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東京・中日新聞朝刊に連載されている五木寛之の『親鸞』の4月21日号に
法然門に入門したての綽空(親鸞聖人)の台詞として、
法然聖人の新しい考え、新しさという言葉が述べられています。
親鸞聖人が、こんなことを言うはずがありません。
仏教に新しいも古いもないからです。
法然聖人の『選択本願念仏集』も親鸞聖人の『教行信証』も、
仏典を引用して念仏の教えの正当性を主張しています。
親鸞聖人は、真実の教えとしての「真宗」を名乗ることはあっても、
新しい教えとしての「新宗」を名乗ることはありませんでした。
『教行信証』化身土巻の後序に
「聖道の諸教は行証久しく廃れ、浄土の真宗は証道いま盛なり」
と言っているのは、新しいから盛んなのではなくて、
真実の正しい教えだから盛んなのであると言っているのだと思います。
同様に道元禅師も座禅は釈迦の修行法であり、釈迦が教えた仏教に直結していると確信していました。
つまり、この「鎌倉新仏教」という規定は、第三者的な規定であり、
仏教を内側から理解してはいない規定であると言えると思います。
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