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地図に載っていない集落を訪ねて

 投稿者:澤 一織メール  投稿日:2017年 8月10日(木)23時08分39秒
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  地図に載っていない集落を訪ねて
峠へと続く
小川と並びあった里道を歩いてゆく

乱暴に生い茂る樹々は
大地を突き刺すような
真夏の陽射しの侵入を許さないのだろう
路は泥濘み
虻の羽音が何処までも鼓膜に触れる

痩せ細った丸太の木橋を渡り
せせらぎの音が絶えた頃
両脇の樹々の間から
蔦や雑草の蔓延った木造の建家が
一棟
また一棟と 姿を現した

その佇まいは
東京の病室で体に管を巻かれた
祖母を思い出すもので
郷愁とはほど遠く
全身の疲労に後悔は重く伸し掛かった

私の祖母はこの集落で青春を育んだ
限界集落という言葉が生まれる前の話だ

少し前まで
私は祖母の家の側に住んでいた
正しくは
体の弱い両親に代わって
私が祖母の家の近くに住むようになった

私は正直、祖母が鬱陶しかった
早朝
仕事の支度をしている時に
味の薄い朝ご飯を持ってきたり
帰宅後も
着替えている途中に玄関のチャイムが鳴り
ビニール袋に天ぷらを持って現れ
休日は
彼女と遊んでいる時にも
携帯に電話が掛かってくる

私はやがて
祖母を遠ざけ、拒絶した
仕事は残業を増やし
脂っこい天ぷらはビニール袋ごと
ゴミ箱に捨て
携帯は着信拒否にした

近所の病院に運ばれたと
ヘルパーから仕事中に電話があった時
私は初めて
祖母に対する振る舞いを悔やんだ
と同時に
心の何処かで
安堵している自分を感じ
私は
人でなし
だと
自分の為に 涙を零した

祖母が入院してからは
穏やかな日々が続いた
私は時間があれば祖母の病室に行き
祖母と色々な話をした
妹が流産した時は
一緒に 涙を流した

それでも前を向こうと
祖母が語ってくれた話の多くは
若き日を過ごした集落での話だ

厳しい自然のもとで
豊かに少女時代を過ごした祖母は
学帽を格好つけて被っている祖父と出会い
十代後半で集落から
東京へやってきたという

そんな祖母は

体に管を通すようになり
話すことも難しくなった

私は祖母に会いに
もう地図には載っていない集落を訪ねた
背丈まで伸びた草木を掻き分けて
崩れそうな一棟の建家に辿り着くと
横道があり
誘われるように歩いてゆくと
開けた雑木林を見つけた
そこが校舎のあった場所だと気づくと
私は祖母に向かって叫ぶ

待っていたよ

樹々の隙間から
鳥が囀り
私は無垢に微笑む
かつての少女と出会った
 
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