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禾 ム(わたし)

 投稿者:ひなの  投稿日:2018年 2月 5日(月)23時50分10秒
編集済
  心は立ち尽くしていた

身体はすたすたと
目的地に向かうけれど
心は立ち尽くしていた

離れていく身体に
そんなの嫌だと
ひと言叫んだきりで
小刻みに震えて

身体ーー
それを動かすもの
理性と感性

大人になった私は
理性の方が強い
心の声は聞こえぬふりで
脳の声にこそ従うの

心の声に惑わされては
いけないのだと
言い聞かせて

身体と心の距離は
加速度的に広がって
心を置き去りにした身体は
とりとめをなくして

次第にほころび始めーー

どうして
涙が止まらない

どちらかだけでは片手落ち
心と身体と合せて私
なのに

いつも  いつも
ばらばらになってしまう
気付くのはいつも
ぼろぼろになってから

声をあげて泣いた
同じ悲しみで
心と身体がつながった


......................................................

以前、似たような作品を読んでいただいたことがありますが、
今回はより生身の自分に即した感じにしてみました。
いかがでしょうか。
 

三浦 志郎 さま

 投稿者:ひなの  投稿日:2018年 2月 5日(月)23時45分29秒
  「心もよう」に佳作をありがとうございます。

若いうちは経験が少ないから一事が万事です。
些細と思えることにも傷ついたりして……。
けれど、それと同時に立ち上がる力強さも持っています。
過敏で、繊細で、なのに力強くて。
めんどくさがりなのに、一生懸命で。
思春期の少年少女を扱った小説を読むと、
存在そのものが芸術だなと感じます。

こんなことを考えられるということは、
少し大人になったということでしょうか。
私も心はまだまだ成熟しきれなくて、
できれば、もう少し強くなりたいです。

この度もありがとうございました。
 

雨音 さま

 投稿者:ひなの  投稿日:2018年 2月 5日(月)22時41分16秒
  「暗い道を」に佳作をありがとうございます。

休んでもいいのかな、でも休むと動けなくなりそうで。
私は怠惰だから、動かないでいいなら動かないし……。
また歩き出せる気がしないのです。

最近は私生活が忙しく、ストレスも少なからずあって、
こんな詩ができあがりました。
メンタル的には黄色信号で、でも普通に過ごせるってことは
昔と比べて強くなったんだろうなぁと思います。

この度もありがとうございました。
 

三浦さんへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 2月 5日(月)22時27分7秒
  批評と感想ありがとうございました。
ではまた宜しくお願いします。
 

雨音さまへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 2月 5日(月)22時23分27秒
  雨音さんへ
感想ありがとうございました。
私は未熟で未完成な人間なので

この先は白紙にします。
 

三浦志郎様

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 2月 5日(月)21時39分31秒
  詩の感想と批評、本当にありがとうございます。

「雪ん子達」はつくばで大雪の降った翌日の夜に見た親子の一瞬を描いたもので、これ以上は長くすると、説明的になる感じがします。
「母のメモワール」は自分では初めての連分けなしの実験詩~昭和初期に流行ったモダニズム的シネポエム。
場面が飛んだと指摘された職場やカフェの部分は母の思い出話を入れました。
 

三浦 志郎 様

 投稿者:中也  投稿日:2018年 2月 5日(月)17時05分14秒
  今回、お忙しい中、批評していただき、ありがとうございます。この詩は私自身が常々本当に考えていることを書いてみました。のどの切開をして言葉を失い、胃瘻することで、食べる楽しみも失います。胃瘻してから極端に痩せていき、人によると、一年から二年ぐらいだということだそうです。ベットの上で寝たきりで、何の楽しみもなく、死を迎えることに人間の尊厳はどこにあるのだろうかということを考えました。
欧米では、のどの切開はほとんどなく、況してや胃瘻はありえない医療だということです。
日本人の平均寿命の長さには、このようなこともあるのではないかと思います。健康寿命が長いことを考えていくことが大切だと思う昨今です。私も老年期を過ごしている一人として、どのような最後を迎えることが良いのか、自分のことを自分で考えることができるうちにしっかり考えて、子供たちに遺言を残しておきたいと思います。
とてもデリケートな問題で、自分の考えを示しているだけの詩になったようで、申し訳ありません。
今後ともご指導よろしくお願いいたします。
2018年2月5日     中也
 

三浦志郎様

 投稿者:ゴンドラ  投稿日:2018年 2月 5日(月)17時01分29秒
  三浦志郎様

ご感想と評を頂き誠に有難うございます。
この詩のモデルは、ディヌ・リパッティというルーマニア出身のピアニストで、不治の病と闘いながらバッハやショパンの楽曲で名演奏を残しました。また、戦後間もないブザンソン音楽祭でのリパッティの最後のコンサートは、感動的なものだったと伝えられています。
今後ともどうか宜しくお願い申し上げます。

ゴンドラ
 

三浦志郎さま

 投稿者:たりや あいひ  投稿日:2018年 2月 5日(月)10時03分2秒
  「Self-Love」へ暫定佳作をいただきまして、ありがとうございます。そしてまた、書きたかったことを読み取っていただけたことに重ねて御礼を申し上げます。
この作品のタイトルでいいます「Self」は、ここでは「自身」ではなく「我(が)」の訳として使いました。根本的なアイデアは、ヒンドゥー教でいう「Brahman (大我)」と「atman (小我)」は同一であり、またそのことを自覚することによって宇宙的境界に達し、絶対的な幸福を手にいれることができる、という考えからもらいました。それでも結局は「大我」を愛することによって「小我」を愛し、つまり自分自身を愛することになるので、間違いにはなりませんけれど。
また、この詩の中における「あなた」というのが「何者でも何物でもない」とおっしゃっていただきましたが、全くその通りです。ありがとうございます。この辺りは、エーリッヒ・フロム著の「愛するということ」という本の中で、一般的に「神」と呼ばれている世界のすべてのものの起源である超存在的存在について述べられていたことに基づいております。「神」というものはいかなる肯定的属性を持たず、それというのも「神は優しい」「神は偉大だ」など、「神は~~である」と述べた時点で「神」というものに人間性を映し出してしまう、すなわち有限性を与えてしまうからである。従って我々にできることは、「神には限りがない」「神は死なない」など、「神は~~ではない」と否定することだけだ、ということでした。モーセの物語に出てくる「名を呼んではいけない神」や、法華経で仏性を説明するために用いられた「三十四の否定」などがこれの例でしょう。
くどい説明をしてしまいました。自分の持っているちっちゃな知識をベラベラと垂れ流す人は、きっと好感度も高くありませんね。慎ましく生きられるよう気をつけます。
これからも書いてまいります。よろしくお願い致します。
 

感想と評② 1/26~1/29 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 2月 5日(月)09時33分53秒
編集済
  こたきひろしさん「cookingknife」 1/28

この詩は前半と後半でわかりやすく区別されている。―これは好意的な書き方で、指摘的に書くと片方は別詩として成立するのでは?―となります。ところが、後半「ぼんやりみていたテレビ~」を含む二行連を設けたことによって、まずまず繋がってゆく、という事情を持っているかのようです。つまり、この二行が重要な連結装置になる。このテレビが報じていたのが、すなわち詩の前半部分であり、こたきさんの心情を示す前半部分であるわけです。後半は「それ以上を求めまいと至るまでに/かかった歳月」が実感を伴って実に重い。「後半同境遇的シンパシー的甘め佳作」を。


小林大鬼さん「雪ん子達」 1/29

場面こそ違いますが、既存作の筑波エクスプレスの子供と同列の雰囲気に連なる作品と言えそうです。雪の、しかも夜に2連のように昼間のように遊ぶ親子は何か特殊事情があったのでしょうか?このあたり、もう少し情報量が欲しいところです。残った足跡を新たな雪が消してゆく。そのようなさまをきれいにまとめた終連が光ります。


小林大鬼さん「母のメモワール」 1/29

小林さんの詩を読む楽しみのひとつに固有名詞の登場があります。今回は「千葉」という大ぶりな触れかたですが、ここで私事で恐縮ですが、最近、千葉に出張した(八千代・茂原・市原)評者としては微妙に反応することになりました。事実に即した作品と思われます。詩の流れとして「冷めた職場」「隠れ家のようにカフェで」の部分は場面がジャンプし過ぎで、読み手は映像再生にちょっと戸惑うのです。おそらく作者はわかっていて、勢いで書いてしまった印象があります。この点、推敲が必要です。それと、連分け詩バージョンもストックすることをお勧めします。


ゴンドラさん「円舞曲」 1/29

これはKazu.さんが興味を示しそうな題材です。おそらくこれに似た事実があったのでしょう。
「わたしは主治医として~」以降が創作が濃くなるように思います。「○○しながら死ねたら本望だ」とはよく言われることですが、現実問題としての是非はともかく、これは詩という修辞上の枠内で達成される。人間には精神と肉体がありますが、精神が肉体を凌駕した瞬間を捉えた散文詩と言っていいでしょう。「若き天才」という言葉が痛ましいほどです。彼は命よりも後世への名を重んじたのかもしれません。「その志やよし佳作」と致しましょう。


ひなのさん「心もよう」 1/29

初連、軽快で好きですよ。句の区切れが適切でリズムを生んでいます。朝にこそふさわしい。
「次この部屋に戻るのは/とっぷり夜が更けたころ」の叙情味もいいです。なかなかリアルな生活詩でしょう。ずいぶん乗ってさらに乗り替え。お疲れさまです。電車内での思考の移り変わり。「重→軽」へ。この復元力はお見事。若さのせいでしょうね。それと空と雲。仮想された旅。
よい一日の予感がしますね。占いも良かったのかもしれませんね。この軽快感に佳作を。


評のおわりに。


昨日は立春。メディアや小売業ではそろそろ春を意識し始めます。ところが現実この寒さ。
先般の雪には往生しました。文科系の僕としては、そろそろ雛人形を出そうと考えてます。
(なんか、まとまってないな!?) では、また。


 

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