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現実と夢のはざまに~ 黄色い世界 ~

 投稿者:中也  投稿日:2017年12月12日(火)23時04分30秒
編集済
  銀杏並樹は
まるで
世界を

黄色く

染める

ふかふかの

黄色の

絨毯のうえを
歩いている

時折

黄色い

風が吹いて

黄色い

葉っぱが
まるで自由に
世界を駆け巡る

黄色の

蝶のよう

太陽の光を浴びて
きらきら羽を
輝かせながら
無邪気に
飛びまわる

太陽の光が

黄色の

絨毯を光らせて
道行く人々
自転車までも

黄色に

染まって

まるで
この世界は
単色なのかと
眼を疑ってしまいそう

僕は

黄色い

世界に
迷い込んだ

ぽかぽか
ぽかぽか

陽光のせいにして
ベンチで横になる

かぼちゃの馬車が

ぱかぱか
ぱかぱか

やって来る

いつの間にか
僕は王子様になっている

僕の目の前を
お揃いの

黄色の

セーターを着た
男の子と女の子が
手を繋いで通り過ぎて
行った

どこかで見た気がした

あの時の
僕と君だった

そう気づいたら
目が覚めた
 

冬はナルシスト

 投稿者:山下 一歩  投稿日:2017年12月12日(火)20時50分54秒
  冬は鏡が大好き

新しい鏡を見つけると
是が非でも欲しくなる
だから何時の間にか
数え切れないほどの鏡を
所有してしまった

一日に何度も
お気に入りの鏡を選んでは
うっとりと自分に見惚れて
溜息 吐息

右側のポーズがいいかな
うーん それとも左かな
やっぱり正面が一番似合うかなと
独り呟きながら
何度も鏡に映しては御満悦

時々
穴の空くほど
じっと顔を見つめては
小さな粗探し
針の穴ほどのシミでも見つけたら
さあ大変 目の色変えて大慌て

すぐに天然素材の雪のパウダーで
脇目も振らずに
念入りにお化粧三昧

これで良し
シミもそばかすも
ついでに笑顔まで
完璧に直して

さあ 今日の私は どう?
胸を張って
鏡に向かってまた独り言

冬は七難隠して
何でも直して
何時だって白色美人




 

評ですね。11月24日~27日ご投稿分

 投稿者:雨音  投稿日:2017年12月12日(火)16時27分24秒
  お待たせしました。

「たとえ冷たい雨が降り続いても、青空は必ず戻って来るから」中也さん
中也さん、お待たせしました。
素敵なメッセージのこもった作品ですね。佳作一歩手前を。
多分意図的にそうされたのだと思うのですが、少し一行が短すぎますね。
それが一歩手前の理由です。何をどうすれば、というところはきっと
書かなくてもお分かりになると思うのであえて書きませんが、一行が短くて
さらに1連に君と僕がでてくるので、一文に直すとやっぱりうむ、となりました。
そういった形式を越えても、素敵なメッセージが伝わってきて佳作につながりました。
中也さんはとても控えめな方で、こんな風によかった部分と直してほしい部分をお伝え
するととても素直に反省してくださるのですが、今回は是非、よかったほうを覚えて
置いてほしいです。それが次の作品に繋がると思います。
中也さん、寒いですね。暖かい夜を過ごしてください。

「夜が永いと」たりや あいひさん
たりやさん、はじめまして。お待たせしました。
これはまた新星登場、でしょうか。
新しい感性が見え隠れする作品で、そうですね、作品に感触がありますね。
そして、たりやさんの迷いのなさが語句に見えてくるのがとても印象的です。
はじめましてですから評はつけません。
次回からもどんな世界を魅せてくださるか楽しみにしています。

「Moon」@すみっこさん
@すみっこさん、お待たせしました。
思わず一連目を読んで微笑んでしまいました。おまけの佳作で。
光景が目に浮かんで一気に引き込まれます。1連目と2連目はひとつにまとめると、
そのあとの3連目の語りかけが引き立つでしょうか。その調子にまとめて、
そんな旅へ/ご一緒にいかがですか?もひとつの連に独立させるとよいかなと
少し構成に工夫をすると文句なしの佳作です。やってみてくださいね。

「手紙」こたきひろしさん
こたきさん、お待たせしました。風が冷たく寒いですね。
実は私、いつもタイトルを読んでから読み始めるのですが、この作品うっかり
タイトルを見逃して読み始めたのです。拝見して、よかったけれど、
手紙にだけ違和感を感じて、そのあとタイトルを拝見したら、手紙というタイトルで
すっかり悩んでしまいました。猫たちの手紙ってどういうのだろう。
それとも猫に重ねた男女なのでしょうか?
生殖目的ということだから、人間でもないでしょうか?
すっかり迷宮入りしてしまって。
猫には猫の手紙の書き方があるのかもしれませんね。
ごめんなさい

まだまだ修行不足です

「時の流れは速く」@すみっこさん
@すみっこさん、もう一作拝見します。
最後のおやすみがとても素敵ですよ。すみっこさんの作品には思わずふっと心が
ゆるむような柔らかさがあってよいですね。こちらもおまけの佳作。
私がフォローしているFacebookのとあるページに、先日とても共感できる英語詩が
あったのですが、日本語に訳して書くと、出だしはこんな感じ

あなたを好きな理由?
そんなの何もないの

そして最後の一文が最も心に残ったのですが

理由なんてなにもない
ただあなたがあなたというだけ

だいぶ私流に訳しているのですがこんな感じです。
すみっこさんの作品拝見してふと思い出したのはこの作品でした。
愛情って男女間でも親子でもなんでもそうだけど、つきつめていくとそんな境地。
でもそこに至るまではいろんな心の紆余曲折を経ていきますよね。
若いころにこんな境地にいたったら仙人みたいだし、色んな日々を越えていけばいい。
話がなんだかちょっとずれちゃいましたがこの作品を拝見してそんなことを思いました。
余談の方が長くなり、失礼しました。

「夜桜」中也さん
中也さん、もう一作拝見します。
こちらも前作と同様、少し一行が物足りないかなと思うのですが、短い作品で
一行を長くすると3連くらいになってしまうでしょうか。
それでも、思い切って4連のみ独立させて、1~3は一連にまとめてもすてきかも
しれませんね。短い作品なので、もうあとは調理次第です。
内容はとてもいい。
とてもすてき。
期待を込めて佳作一歩手前。

「人生の歩き方」ひなのさん
ひなのさん、お待たせしました。
めずらしく直球ですね。そんなひなのさんもよいと思います。
まっすぐさに、佳作を。
内容については、これはいじりたくない感じです。まっすぐで。
悲しみにはいろんな角度があって、そうね、8面くらいあるのかしら。
悲しみを知り、悲しみを見つめていく。何度もそんなことを繰り返していくうちに
2面になり、3面になり、と悲しみの側面が増えていまようやく8つくらい見える
ようになりました。増えれば増えるほど、悲しみは悲しみだけでないことを知りました。
ひなのさんがこれから生きていく上で、節々に見つめ直し、書いていってほしい
テーマのひとつです。

::::::

かなり余談のおまけ、これから忘年会シーズンなので参考にしてね。
先日職場の人がお酒の席で叫んだのです
「ネコは裏切るから嫌いだ、女も裏切るから嫌いだ!」と
それをきいていて、あらずいぶん手ひどくやられたのね、と思ったのですが
2日ほどたって、ふと、こういってやればよかったと
「男だって裏切るくせに」
誰かにいいたかったけど、言えなかったので、ここで吐露(笑)いたしました。
そう、私はいつもだまってにこにこ聞いています。
もし周りにそんな人がいたら、心の中は意外と冷静だと心得よ。
 

うそつきボトルの一人旅

 投稿者:たりや あいひ  投稿日:2017年12月12日(火)08時07分55秒
  うそつきボトルは
旅をしている間
うそつきボトルを知っている人は
誰もいないから
いろんな嘘をついた

うそつきボトルは
年齢を誤魔化した
「二十八です」

うそつきボトルは
職業だって出鱈目だった
「旅行会社に勤めています」

うそつきボトルは
出身地も偽った
「鹿児島から来ました」

うそつきボトルは
アメリカ人にもなった
「My mom’s Japanese, ya know」

うそつきボトルは
母国語さえも騙った
「ニホンゴをベンキョします」

うそつきボトルは
何にでもなれた

うそつきボトルは
自分に貼ってあった
あらゆるレッテルを剥がし
あらゆるラベルをびりびりにやぶり
全くの新品になろうとした

うそつきボトルは
全くの新しい何かに
生まれ変わろうとした

でも
どれだけ中身を入れ替えたところで
みずからの体の形は
変えられなかった

紙パックになりたくっても
アルミ缶になりたくっても
やかんになりたくっても
どれだけなりたがっても
本当に変わりたいのなら
メスを入れるしか
ないようだった

うそつきボトルは
結局
ボトルだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カロリーハーフのお二人様、はじめまして。カリフォルニアに住んでおります、あいひと申します。
私事ですが、少し前に旅をしました。沖縄を出発点として日本を北上する旅を二ヶ月ほど。少し遅れてやってきた青春の自分探しの旅とでもいうものでしょうか。それはそれは有意義なものとなりました。
しかしやはり、日本のなかでは考え方の根底に「人間は男か女」という考え方を深く感じました。数年前からカリフォルニアで家族から離れて住み始め、アメリカの自由な国風と様々な友人たちから触発を受け、性自認が揺らぎつつありながらも家族にもカミングアウトできすにいた私は「今までの自分を知る人がいないところでなら」と旅を始めたものの、結局のところ人々は私の体の性を判断材料とし、話を進めていきました。「君はこうあるべきだ」「あなたはこう考えるべきだ」と。そんな「男と女」しかいない世界を感じるたびに、世界から追放されたような、世界から存在することを許されていないような、そんな気持ちになるのです。
しょっぱなからブッ飛ばしたご挨拶をしてしまい、申し訳ありませんでした。一番初めは評なしで感想のみをいただけるとのことでしたので、折角だからと評のいらない作品を投稿させていただきました。今後も投稿させていただきとうございますので、どうぞよろしくお願い致します。
 

期待

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2017年12月12日(火)07時57分3秒
  台所のシンクに顔をつき出しても何も出てこない
くやし涙さえも
ただ排水口を中心に渦が形成されているだけ
昨日の洗剤の残り

昨日見た夢は鮮明だ
赤い屋根に赤い看板掲げる個人商店
チョコレートとコーヒー豆を買った
チョコレートにはうるさいがコーヒー豆にはさほどこだわりはない
これらを購入することをルーティンにしたいと思った
店主は優しかった
店はその一店舗だけ
その島には他に何もない他に人もいない
なら、俺はどこから来た?どこに住んでいる?
ルーティンという期待が重い

目覚めは最悪だが吐き出せるものは何もなかった
昨日は、たしか、米を炊いたあと釜を洗った
一膳で腹は一杯になった
残りは冷凍した
はっきりしているのに答えだけが見当たらないということ
ベランダに出てタバコに火をつける
雨が降りそうだった
 

三浦志郎様

 投稿者:ゴンドラ  投稿日:2017年12月11日(月)17時37分7秒
  三浦志郎様

ご感想と評を頂き誠に有難うございます。いつも丁寧にお読み頂いて、厚く御礼申し上げます。
「人をして語らしめよ」は幕末薩摩藩の武士たちのモットーでしたか…来年は西郷さんはもちろん薩摩藩のことがいろいろ話題になりそうですね。
北条時頼や水戸黄門も文化人だったと記憶しています。単なる武将ではない様々な顔を持っていたという印象があります。
今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。

ゴンドラ
 

三浦志郎 様

 投稿者:耀子メール  投稿日:2017年12月11日(月)13時38分7秒
  こんにちは。「鞦韆(ぶらんこ)の呟き」へのコメント有難うございます。「男の子」「女の子」の部分「一点個性描写をする。(例)「いつもジャイアンツの帽子かぶってたあの子さ」「長い三つ編みの女の子よ」→個別性演出。」いいな!凄くいいと思いました。ブランコに乗っていたあの子たちの姿が目に浮かぶようです。もう一息考えを深めてゆくのが大切ですね。ありがとうございました。これからも宜しくお願いいたします。「鞦韆」という漢字、なんだか好きなんです。蘇東坡の漢詩で有名な「春宵一刻値千金・・・・鞦韆院落夜沈沈」というのが心に残っているのかも知れません。  

三浦さんへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2017年12月11日(月)10時40分15秒
  今回の「いいね」の評価ありがとうございました。
書くほどに詩作の難しさ感じてしまいます。
と言うより、自分には詩は書けません。
贋作なら書けるかも知れませんが。
いつかその
贋作が真作をしのげるまで精進したいと願っています。
まだまだ道は遠いですが。

ありがとうございました。
そしてこれからも宜しくお願いします。
 

三浦 志郎 様

 投稿者:中也  投稿日:2017年12月11日(月)09時21分14秒
編集済
  今回も丁寧に批評していただきありがとうございます。
自分では、納得していた作品だと思っていましたが、何かまだ足りないところがあり、
それを指摘していただきありがとうございました。
指摘していただいた部分、書ききれなかった部分が、中也の限界なのかも知れません。
まだまだ力不足です。読者に常に納得してもらえる作品が書けるまでには、まだまだ
何年もかかりそうです。
才能がない分、努力していきたいと思います。
ありがとうございました。
どうかお身体を大切に、ご自愛ください。
2017年12月11日      中也
 

感想と評 12/1~12/4 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2017年12月11日(月)05時47分42秒
編集済
  中也さん「胡蝶の夢」 12/2

たとえば僕はたまに歴史的事実を詩化しますが、そこに自分の創作という意味でのオリジナリティは入っていません。それに比して、この中也さんの作品は歴史的なこと(ここでは荘子の説話)を下敷きとしながらも”自分を出して”いるのが明らかです。そこにオリジナリティが存在しています。この詩の美点でしょう。詩の要点としては概ね荘子のラインを踏襲しているようです。「夢の中の僕がぼくなのか/現実の世界の僕がぼくなのか/最近/わからなくなってしまってる」に代表されるでしょう。もうひとつのオリジナリティを探すとすれば、ほぼ前半に女性を登場させたことですね。おそらく大事なひとなのでしょう。夢とうつつを自分の側に引き寄せて、終連が結論でしょう。筆致としては中也さんのスタンダードを示す仕上がりですが、逆に言うと、コレクションの中でちょっと埋もれそうな気味なしとしない。前半に登場した女性との関わり・触れ合いをもう少しクローズアップさせると、より突き抜けていきそうな気もするんです。
佳作半歩前で。

アフターアワーズ。

このタイトルでもうひとつ思い出すのは、司馬遼太郎氏の同名小説ですね。でも、僕、これ読んでないんですよ。イタタタ。


耀子さん「鞦韆(ぶらんこ)の呟き」 12/2

ありがとうございます。ぶらんこの漢字は知りませんでした。評をやってると勉強になるなあ!
僕等の子どもの頃は校庭や公園で「ぶらんこ・すべり台・ジャングルジム」が三種の神器。遊具御三家でありました。その筆頭はやはりぶらんこでしょう。目の付けどころがいいですね。昨今のぶらんこ事情、子ども事情はこういったものでしょう。文体はちょっとアレンジしたい。
この詩はト書き、というか作者独白とぶらんこの会話で成り立っていますが、もう少しはっきり区別したいのです。たとえば2行くらい空けて…。すなわち…。

小さな声で話していたよ//ねえ ねえ

きっと 忘れてしまっただろうね//ぶらんこ達は

それと、ぶらんこ会話で出てくる「男の子・女の子」、この部分、もう少し色を添えたいです。
① 原文に近い手の入れ方をするなら「男の子たち」「女の子たち」のように「たち」を入れる。→大勢の匿名性の表現。

②一点個性描写をする。(例)「いつもジャイアンツの帽子かぶってたあの子さ」「長い三つ編みの女の子よ」→個別性演出。

僕の好みだと②なんですがね。詩の思考的基本部分はこれでいいと思います。
「目の付けどころ良好なるも詩行アレンジ要ありと認む的佳作半歩前」です(チト、フレーズが長かったナ)。


こたきひろしさん「恵子の為に」 12/3

まず、細かい点に触れます。終わりのエピソードに入る手前「それもこれも~~結果的に優先されたからだ」の一文が他との接続関係がよくわかりませんでした。ここに入って来る価値があったかどうか、です。エピソード冒頭、読み手は現実感覚で読むから「なんか、おかしいな?」と思うわけです。その事情が徐々に解きほぐされてゆく。この辺りはこたきさんの筆力の功でしょう。
この詩を読むにあたっては準備が必要です。まず「恵子さんは不憫だなあ」という基調心理をずっしりと心に鎮めることです。その上で考えたい。死とは人間が向き合う最も悲惨なことですが、それを踏まえながらも、思考は別方向にも働くようです。「迷わず成仏しろよ」や「幽明界を異にする」と言う言葉に代表されるように、死んでしまった者は、悲しいけれど仕方がないのだから、死者と生者は峻別しよう、という思想があるように思う。どっちつかずは結局、両者にとって不幸せなのではないか?この詩はその上に乗っていることがわかります。淳一は身勝手か?全然そんなことはない。「いつまでも悲しみから解放されなかったからだ」ここにこの詩の真価があります。これこそ残された者の人間課題であるでしょう。一見、突き放したような詩ですが、言いようのない悲しみが良く差し出されています。こういう悲しみの出し方を何処で覚えたのでしょう?最後の”not”主体の文体も見事です。当然、佳作ですよ。


ゴンドラさん「種族」 12/4

はい、佳作です。この発想、切り口、アプローチ。最初、何気に出てって、どんどん読み手を深みに引きずり込む手際は、もう謀略(?)と言ってもいいほどです(笑)。「種族」ここでは物を書く人間を指しますが、警戒的でありながらも矜持的でもある。そのさじ加減ですね。
「もっぱら聞き役である。ただその控えめな態度と注意深く耳を傾ける様子が話し相手に安心感を与える。だから、彼らにうっかり内心の秘密をもらしてしまう人が案外と多いのだ」
全部抜き書きしたのは多くの人に味わってもらいたいからです。いっぽうの人生の極意かもしれません。そういえば、幕末薩摩藩の士風に「人をして語らしめよ」というのがありました。非常に参考にしたいです(このエピソード、ずっと昔にも出したな、ウッ 話題の少ないヤツ!)。
硬質で秘密めいた文体採用もピッタリでした。個性派散文詩。

アフターアワーズ。

「英国作家=諜報」では3人の作家名をイメージしました。けれど実名をあげるのは控えておきましょう。”まことしやかに”という言葉が相応しいほどの芭蕉であります。密偵活動は日本史に時々登場して、北条時頼や水戸黄門の廻国伝説もその変形のふしがありそうですね。



評のおわりに。

耀子さんのぶらんこの詩に触発され、ぶらんこのことを考えていました。
(たとえば僕のような)いい歳こいたオヤジがヘラヘラしながら、ぶらんこを立ち乗りで漕いでいるのを想像してみると、すこぶる不気味なのですが、草臥れたオヤジが草臥れたコートでも着て、ぶらんこに腰かけ、じっと地面を見つめていたり、時々空をうすぼんやり見上げていたりすると、なにやら詩になりそうです(ならないか!?)。
ところで人には通過儀礼というものがありますが、ひょっとするとぶらんこも通過儀礼的な存在なのかもしれません。子どもがぶらんこに乗れるほどに成長する。あるいは振り向きもせず立ち去ってゆくほどに成長する。ぶらんこを去来する子どもたち。ぶらんこは常にそこにあって出迎え、そして送り出す…のかもしれません。

「ねえ、憶えてる? いつかの女の子。パンツ見えてもへっちゃらなほど漕ぎまくってた。
 ちょっとおませで、おてんばさん」

「ああ、あの子ならいい娘さんになったよ。去年、お嫁に行ったとさ」

「ほら、腕白で冬でも半ズボンはいてた男の子いたろ? 最後はいつも飛び降りてた子だよ。今 どうしてるかな?」

「知ってる。今はスーツ、バシッと決めて、丸の内にお勤めよ。この間、公園の前を歩いているのを見かけたわ。ちょっとカッコよかった…」


では、また。





 

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