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切ない

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 5月22日(火)08時23分16秒
  気を付けていないと
掻き消えてしまいそう
けど
消えてしまっても
しょうがないとも思う

鼻の奥がツーンと
収縮する
胸の中がギューと
縮まる
辛い
泣きたくなる
けど
泣くのは
辛いからだけではないと思う
泣くのは
辛いからだけではないと思う

風景が優しく見える
唄を口ずさむ
自分のために
今の自分へ
これからの自分へ
励ますため
励ますため?
教えてほしい
けど
教えてもらっても
分からないと思う
唄を最後まで唄いきることはない
 

死神月

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 5月22日(火)06時45分56秒
  紅い三日月が筑波の闇に落ちてゆく


柱時計の振り子が切れて
血染めの鎌が無機質な夜に振り下ろされる
 

レイニー デイズ

 投稿者:沢口リリキメール  投稿日:2018年 5月21日(月)17時15分59秒
  雨の日曜の午後
二人はまだシーツの海の中
雨音は今日も虚ろに室内に響く

澱んだ眠気を振り払い
薄暗い部屋で沸かす二人分のコーヒー

ラジオをつけ流れてきたのは
キャロル・キングの
「イッツ・トゥー・レイト 」

皮肉にも二人の現在(いま)に
相応しい曲

何もかも、すべてが気だるい
下降を続ける
季節のテンション
まるでキミと僕の関係のようだ

おそらく
一年前のおなじ雨の季節から
愛という傘をどこかに置き忘れ
心と心は
毎日、雨に打たれていたんだよ

降りしきる雨は
灰色の閉じたブラインドのように
二人を隔てていたんだよ

なのに何故
いまでも一緒に暮らしているのだろう?

キミも僕には
少しも魅力を感じてはいないのに?

恋人という名の惰性の車輪で
互いの心を擦り減らしているだけなのに

雨の日曜の午後
二人は空っぽになった愛の部屋の中
雨音は今日も胸に虚ろに響く

キミは起きてくる気配もなくて
三年前に買ったお揃いのコーヒーカップは
とっくに冷めていて






_____________________________

キャロル・キング(Carole King, 1942年2月9日- )、アメリカ合衆国出身の女性シンガーソングライター。
「イッツ・トゥー・レイト 」、1970年頃、全米シングルチャートで5週連続1位、年間チャートでは第3位を記録。恋の倦怠と終わり、戻ることのない心を綴った曲。
 

島 秀生さまへ。

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2018年 5月21日(月)16時52分3秒
  島さん、

この度は「晩春」へのご批評やご感想、ありがとうございます。
また、修正案を、今回もありがとうございました。
三連の「根元」は、足下とするかどうかで迷ったので、ストレートに書いてみて、助言をいただければと思った語句です。手元の稿は「足下」としました。また、八連~十連は、修正案を元に、行間の微調整もしたいと思います。

この作で一番伝えたかったのは、桜から見える春の終わりではなく、春に幕を引く木蓮の花びらに「揺らされる」自身の感情でした。一人の書き手として、評者であり読み手となる方に、それらを感じてもらえた事は、詩作への励みとなります。

以前も詩の呼吸(行間)についてアドバイスをいただきましたが、感じたものの余韻を読み手へ伝える事は本当に難しいです。また、語句をどう選ぶか、連分け、これらをどのように置くかも、難しく感じますが、考えるのが楽しくもあります。
自分宛の評も、皆さん宛の評からも、いつもヒントをいただいております。ここで得たものを、何かの形でお返しできればと思っています。

雨は季節を導くものですね。ただ降っているのでは無い、と感じる今日この頃です。
長くなりましたが、この度もありがとうございました!
 

島 秀生 様

 投稿者:耀子メール  投稿日:2018年 5月21日(月)12時51分15秒
  こんにちは『ぶつからないようにさ』『 愛おしくて』へのコメント有難うございました。「ぶつからないようにさ」へのアドヴァイスをよく読みました。確かに言われるように本物のクラゲの叙景をいれると、ぐっと映像が浮かび上がりますね。スカイツリーの水族館で見たとても綺麗なクラゲを思い出しました。そしてネットの写真など見て、作ってみました。『 愛おしくて』のデッキの椅子が魅力的と言ってくださってとても嬉しいです。実は、このデッキ自慢のデッキで、とても気に入っているので、何かというと詩に登場するのです。ご指摘の点、考え直してみました。心から湧き上がるものがないと、なかなか詩も出来なくて・・・。でも、休むとますますできなくなるので、頑張って行きたいと思います。これからも宜しく願いいたします。  

すみっこさん

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 5月21日(月)09時58分41秒
  了解です。  

三浦志郎様

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 5月21日(月)08時47分38秒
  投稿作「好きな色」の三、四連少し修正致しました。
すみません、どうぞよろしくお願い致します。
 

島さんへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 5月21日(月)05時13分43秒
  ふたたびありがとうございました。
 

Memory

 投稿者:ゆき  投稿日:2018年 5月21日(月)04時09分16秒
編集済
  夕焼けを背に
紅く染まった
河岸を歩いていた

川べりに若い男女が
短い草の上に座って
夕焼けを見ていた

かつては同じように
誰かとその場所に座り
美しい朱色の奇跡を眺めた

あの夕日も今日と
同じくらい眩しく
夜に変わるのが名残惜しそうに
ゆっくりと沈んでいった

あれはいつの事だろう

忘れたふりをしているうちに
いつの間にか曖昧になって
思い出せなくなった

こうやって大切な事を
忘れていくのだろうか

思い出は消えてしまっても
夕焼けが終わって
漆黒の夜にかわるまでは

君が消えてしまわないように

僕は一人佇む
 

評、5/8~5/10、ご投稿分、残り。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2018年 5月21日(月)01時18分27秒
編集済
  遅くなりました~

今年もゲリラ豪雨的な、べらぼうな雨の降り方することが多いですよね。
我が家は、樋があふれると雨漏りがするので、困ります。
年に何度か、家じゅうのバケツや洗面器を、総動員することがあります。

み、皆さんは、雨漏りしないお宅にお住まいですか?


葉月 祐さん「晩春」

まず第3連、
枝垂れ桜の根元に → 枝垂れ桜の足下に

のほうがキレイじゃないかな?
この1点と、あと9連の2行の関係性にも違和感があるので、8~10連の行関係をちょっと変えました。
以下、通しで書くと、こんな感じ。


花の薫りに
雨の匂いが混じり
夕焼けの色も
薄紅と橙の間を
さまよっている

陽が沈み
濃い影が
風を呼び
花が散る

枝垂れ桜の足下に
抜けがらを残して
春が暮れてゆく


わたしを置いて


静けさに慣れるまで
浮き沈みを繰り返す
わたしの心も

町を撫ぜる風が
瑞々しい
若葉の薫りとなる頃には

ふたたび 賑やかになるだろう


引きとめる事など
出来やしないと
知っている

行く春の 袖を掴めぬように


木蓮の花びらが

落ちてきては
わたしの鼓膜を
静かに揺らす



こんな感じで、どうでしょうね? ご参考まで。

桜開花の時期、なぜか雨が降ります。それが桜の花びらの終盤を散らしていきます。とりわけ雪の多い北国の人であれば、待ちわびる春と桜の関係は密接でしょう。
また、北国の春は、桜のタイミングで、いろいろ花もいっぺんに開花すると聞きます。この詩でも桜だけでなく、木蓮のひとひらがいい情緒を出してくれてます。
これら季節に呼応するように揺れる作者の感情も、見事に描いてくれています。美しい詩ですよね~
指摘した箇所をご検討頂く条件つきで、名作を。さすが!です。



こたきひろしさん「奇跡」

創作とも思えなくて、もしも「奇跡」が起きたなら、それは本当にステキなことです。
柄にもない(あ、失礼!)純情が顔を出しているのが、その証しでしょう。
良かったですね!

こたきさんは、短い詩はツメが甘いなあー
「時間と空間」の距離を描きたかった気持ちはわかるんですが、時間が単純に「数千年開いてる」というと、現代の人じゃあないみたいですよ。
そこが一番の違和感。また、「空間」を描くために、3連にたった1行だけ用意してるのは、付け足し感が否めない。
なので、2連と3連の比喩は合体したら? というのが私の案です。以下に、修正案を示します。(初連は変更ナシです)


私の爪が伸びて延びて
貴女にまで届くなんてあり得ない
私の皮膚が破れて流れ出した血と
私の感情からこぼれ落ちた涙が
ひとつになって貴女の柔らかな内臓を充たすなんて
あり得ないから

なのに何で
私たちは廻り会ったんだろう
貴女の声は遠く離れた場所から聴こてくる
私の通り過ぎた時間と
貴女が通り過ぎたかもしれない歳月とでは
数億光年かなたに
離れているかもしれないのに

互いの折り合わない時間と空間が
私を苦しめ
苛んでいる

全ては
愛情も性も充たされない男の純化された欲情
でもなくて
さらさらと沸き上がる純情だから
貴女は安心して眠るとよい

安心して眠りなさい


こんな感じで、どうでしょうね? 私とこたきさんでは口調が違うところがあるので、ぴったりしっくりというわけにはいかないでしょうが、使えるところは使って、参考にして下さい。
ちょっと甘いんですが、「奇跡」を祝って、秀作を。



耀子さん「愛おしくて」

耀子さんの詩に時々登場する、デッキの椅子がいつも魅力的なんですよねえ~ このアイテムが、いつもステキな叙景を連れてきてくれます。
私、梅は春先に花が咲いてる時は好きなんですが、その後、葉が出てからは、わりと虫が多くつく木の印象が強くて、花後の梅に、あまりいい印象がなかったのですよ。ただ、『海街diary』という映画で、実がつく頃の梅の木を美しく描いていて、あれが私の中で唯一、花後の梅の美しい映像だったな、っていうぐらいなんです。実際、花後の梅を描いたものって、ほとんどないと思う。
なので、この時期の梅を叙景化されてること自体、私にとっては意外性のある映像なんですよ。なので、フツウに梅の実を愛おしむ様子さえ、描いて頂ければ、もうそれでOKといいますか……。
と、いうわけで、終連、ヘンに強調部分作らなくて良いから、最後までちゃんとキレイに描いてよ!っていうのが要望です。
というわけで、終連、こんなぐらいで、どうですか? 作者の意図を汲みつつ、控えめな美にもっていってみましたが……。


 木に実る豊かな翡翠色を見上げつつ
 私には落ちた実が 気になる
 そっと掌に拾い上げる
 だいじょうぶ
 まだ美しく 艶ややかだと


あと初連2行目は、

 デッキの椅子に → デッキの椅子で

かな? やっぱり。

耀子さんの良い作の時を思うと、これもちょっと、おまけ秀作、くらいでしょうか。



佐竹coさん「水曜日」

初回ですので感想のみになります。
2連がこの詩の命題なわけですが、これに対し、

だのに私は、コンビニで傘を買い
だのに私は、早足で帰路を急ぎ
だのに私は、水溜まりをよけてしまう

という、ちょっと自虐的ユーモアがおもしろいですね。
ストーリー的には、この軸でいいと思うのですが、これに初連の内容をどう絡ませていくか、ですよね。一度で話が終っちゃってますが、二度・三度、これの続きを絡ませていって良い、ということです。で、カレーはどうなったんですか? て、ことを書いても良いのですよ。
「水溜り」の連のあと、後ろに2連くらい追加して、それ書いてもいいですね。

別件であと1点。「パン屋でカレーを頼む」という不思議は、ちょっと解説的詩行が必要ですね。なにかこだわりある昼飯なら、そのこだわりを書いても良しです。

おもしろいものをお持ちなので、また書いてみて下さい。あ、その際には、管理人に初回届け出を。



Charlie_8813さん「彩度ゼロ」

初回ですので感想のみですし、創作性が高いので、ショートストーリーとして読みますよ。
(もしこのタイプしか書かれないのだとしたら、まずもってこの時点で、MY DEARに投稿されてくるのは場違いかと思います。うちはオールラウンドに受け付けているところではないので、回りをよくご覧になってからご投稿下さい。またもし投稿するのであれば、初回投稿前の、管理人届け出も必ず守って下さい。)

あのー、家庭環境が悲惨だった人も、病に侵された人も、もっと真剣に生きてますよ。真剣に生きているから、だから、どんな人にだって、人間ドラマというものがあるんです。たとえばマイナスばっかりじゃなく、その人がよすがとするところだって絶対あるわけですよ。この作品の場合には「親友」ですが、

 離れないのは親友だけ、
 お前だけは裏切らないでそう思うがすがることはせず。

たったこれだけで、ごまかしちゃってますよねえ。これしか書くことないなんて、あり得ないんです。

それに良くても悪くても、その人なりのロジックを持って生きているものなんですが、それもない。また、敵対する存在として書かれているキャラにも、それなりの人間像や性格性があってしかるべきなんですが、それも書けてないから(あって、一言、二言レベルですよね?)、そもそも対象を捉えてないので、むやみに批判してもまるで空回りですよね。

この作品、「半生」的にとても長いスパンで書かれてますが、どれか人生の一点に絞って、まずその時点に関わる全員のキャラ像を書き込むとこから、始められたほうがいいと思います。
それと、表象ばかり並べ立てて書くのは、とりもなおさず、作者自身が、表象しか見えないような人だということに他ならないんですよ。たとえばあなたの肉親から、今日までどうやって生きて来られたのか、一度じっくりヒアリングされてみてはいかがですか? 自分の身の回りの人たちにだって、それぞれの人間ドラマがあるわけですよ。そこに着眼できるようにならないと、いいものは書けないと思います。


 

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