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春の息吹

 投稿者:山下 一歩  投稿日:2018年 2月19日(月)21時30分34秒
  さっぱりと
散髪された街路樹が
静かに春を待っている

2月も半ばを過ぎ
カレンダーの中で
春という文字が眩しく光る

街中のショーウインドーでは
もう春を先取りしたマネキンが
手招きしている

襟元を吹き抜ける風は
まだ冷たいけれど
彼方此方に
春の始まりを探してしまう
私がいる

先日の雪で
白い帽子を被った梅の蕾も
この数日の温かな日和で
少し脹らんだ気がする

薄い光を浴びながら
首を長くして
春の訪れを待ち焦がれる
もの達は多い

私もその中の一人

寒さに怯えていないで
私の心の蕾も
早く脹らんで欲しい

春の予感を感じて
 

三浦 志郎 様

 投稿者:中也  投稿日:2018年 2月19日(月)21時14分9秒
  三浦  志郎  様
毎回、お忙しい中、御丁寧に批評していただき、本当にありがとうございます。
今回は、三浦様のご指摘の通り、全く表現とか、詩的な文章を書こうとか、そんなことをすべて捨てて、ただ自分の発する通りに書いて見ました。私にとって、こんな書き方をしたのは、初めての挑戦だったと思っているのですが、何が初めての挑戦なのか、うまく伝えることができず、申し訳ありません。
いろいろ考え方があって、その時代の国民が主体的に考えて決めることが主権者だと思っております。某Y新聞のアンケートにおいても、改正に賛成する人は49%で50%の人が反対だという記事を読んだところです。最後は国民投票で決める手続きが必要になるので、しっかり自分の考えを持って、いざ国民投票の時には一票投じていきたいと考えているところです。
仲間と酒を飲むとつい気を許して本音で話しています。時に議論になることもありますが、なかなか本音を語れない時代の中で、仲間と飲むお酒がとてもストレス発散になります。もちろん、詩の話がメインなんですけど。
これから、スッキリしたところで、また、新たな気持ちで詩を書いていきたいと考えていますので、どうかご指導よろしくお願いいたします。
2018年2月19日      中也

 

三浦 志郎 様

 投稿者:山下 一歩  投稿日:2018年 2月19日(月)18時34分43秒
  この度も、御批評有り難う御座います
甘めの佳作有り難う御座いました
何時も多面的、かつ柔軟な見方をされて頂き
新たな一面を御提示頂いている様で感謝しております
前から、雨音様にご指摘頂いております、詩の中にもう少し
何か、ゆとりと言いますか、遊びと言いますか、今は上手く表現出来ませんが
もう少し、雲が流れるように、ゆったりとした間合いが作品の中に持てたらと
悶々としております
ちらほらと梅の頼りも聴こえて参りました
春の足音ももうすぐですね
三寒四温の季節になりますので、三浦様におかれましても、御健康に御留意下さい
これからも、また、御指導宜しくお願い致します
有り難う御座いました
 

三浦 志郎 様

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 2月19日(月)18時08分42秒
  今回投稿作に上席佳作とのご批評頂きまして、ありがとうございます。最近内容が短くなっているので、これでいいのかなぁと思いながら投稿しています。本当は詩を色々と読んでいくのが良いと思うのですが、書くだけで終わってしまっています汗。皆様のように読んで勉強していく時間も作らないとですよね。評者様の皆様は勉強されて来た確かな言葉でご批評して下さるので、自分の中で曖昧になっている部分がこう、ピシッと当てはめられてわかりやすくなるのでとても有難いです。なんか、上手く伝えられていないかもですが、この度も勉強になりました。最終連お褒め頂けたのは嬉しかったです。「よ」の効果が良かったのですね、実はこの詩の元は前に投稿した時、もっと暗く悲しい感じだったのを変えようと思い書いてみました。けれど、悲しいとは書いていないのに悲しそうになってしまいました。最後の連が決定的にさせたのでしょうか。言葉って不思議なものですね。
童謡の「シャボン玉」を調べさせて頂きました。一見明るい楽しい歌のようなのに、その詩の裏には悲しいというか、子供を持つ一人の親として凄く野口雨情さんの気持ちが伝わる思いになりました。童謡に対して180度見方が変わりました。色々あるのですね。機会があれば周りに話してみたいなぁと思います。この度もありがとうございました、また書けましたら宜しくお願いします。
 

三浦志郎さまへ。

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2018年 2月19日(月)15時37分18秒
  三浦さま、

こんにちは。ご多忙の中、「こんな夜だから」へのご感想をいただきまして、
ありがとうございました。

テーマはラブではなかったのですが、海外の友人達との写真を眺めていたら、過去がいつもより強く恋しくなり、あの人はどうしてるかな…が連鎖してしまい、結果、感情のブレーキが効かなくなってしまいました。
わたしも投稿後、「これは友達を思ってのものではなくて、、、」と思ったのですが、
このまま三浦さまへお渡ししようと思いました。

恋人であれば、関係がダメになっても、ゆっくりと切り替えていけて、
逢えない時間は埋めていけたかもしれませんが、
特別な友と過ごした、とびきり楽しかった、幸せだった時の記憶に代えは存在しないよと、劣化したアルバムから落ちた写真に言われたような気持ちでした。

一軒家~の連は、実際に距離がそう移り変わっていった事を描いた連でしたが、触れて下さり、嬉しく思います。ネガティブな空気の着地としてしまいましたが、次に友達を思い出す時、大切な思い出に触れる時は、「同じ空を見ている」と、笑顔で言葉を並べたいです。
自分にとって大切なものは、消えない無くならない、いつまでも大切だ!と、胸を張って、書きます。

トライさせてくださり、ありがとうございました。
 

初めまして お父さん―続・海からの言葉―

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 2月19日(月)11時09分50秒
編集済
  3 「裕子の過去」

裕子が家族を想う時
“血”のことをさけて通れない
夫と娘の彩子は血が繋がらない
彼女の本当の父は―
その誕生の契機を
自分の命の分身を
裕子の体に注ぎ込み
戦争でこの世を去った
その誕生を知ることもなく



石田裕子の最初の夫そして彩子の実の父は浦添厚志。海軍軍人。戦争中に戦艦大和に乗って
南の海で戦死した。裕子はその時妊娠三ヶ月。その後、彼女は石田成三と再婚。成三も海軍
で、しかも浦添厚志と同じ大和に乗っていた。乗組員の食事を作る烹炊員(ほうすいいん)
だった。彼は奇跡的に生き残り、縁あって裕子と結ばれた。その時彩子一歳と数ヶ月。血が
繋がらないという事実はそのまま歳月に託された。夫婦はそのことにあまり触れたくない。
忘れようとしていた。このままではすまされないことを知りつつも…。もちろん彩子はその
ことに気づいてはいない。





4 「成三の内面」

彩子を一歳の頃から知っている
実の娘と思ってきた
少なくともそのように努めた
私にとっては
父としての心の訓練だったようだ
思いによって事実を乗り越えようとしてきた
浦添さんと偶然大和の中で会ったのは
何かの運命だったと思う
血液型が私と同じだったのも
何かの励ましだったと思う
浦添さんが遺して行ったものの受け継ぎ
実父でない事実が
日常の中でしだいに意識から遠のいた
あるいは
意識に急浮上して茫然としたこともあった
しかし私の切なる願いとは
彩子を含む家族を包み守ることだった
戦争では生死の境をさまよった自分だ
あの地獄から一転
望外の幸せ
たいていのことは成せるはずだった
家族とは
私の目的 願望 終着点
成すべきものだったのだ



******************************************


評なしで。  次週予告: 「彩子を待つ新しい世界、さて、それは…?」
 

井嶋りゅう 様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 2月19日(月)08時23分6秒
  日本詩人クラブへの御入会おめでとうございます!評ではいつも勉強させていただいていました。また投稿される作品を読んでは私もこんなふうに書けたらなあと思ってしまうのです。これからも作品を読んで勉強させていただいます。身勝手ではありますが今後のご活躍をお祈り申し上げます。  

感想と評② 2/9~2/12 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 2月19日(月)07時33分39秒
編集済
  山下一歩さん「寂しさ」 2/12

いわゆる擬人法というのは、詩中のパーツとして使われる場合も多いのですが、この詩は擬人法が、詩全体をあたかも包装紙のようにくるんでいます。その捉え方が「油断も隙もないヤツだなあ」みたいな印象があっておもしろいのです。僕はその性質に雨気・水分・湿気を共通するものとしてイメージしていました。それは何処にでも入り込んでくる。いつの間にか濡れている。そんな感覚ですね。今回はフレーズ特性にも注目してみました。以前はもっとフレーズ間にすき間があった気がします。これは緊密に組まれている感じがします。いい感じです。甘めの佳作を。


ひなのさん「私に続きを」 2/12
まず、タイトルにひかれましたね。キーワードとしては「自由」。(コメントのほうにある)「責任」。それらを仲介する「続きを書いて」。この三者がどのように連結してゆくのかは、僕は今ひとつ分かりませんでした。後のひなのさんのコメントを待ちましょう。興味をひいたのは「続き」で、しかも他者志向である点です。他者志向だから悪いと言うほど、評者はヤボではないつもりです。ただ、気にはなります。みんななります(笑)。それが人情というものでしょう。ではその相手は誰か?誰でもない。あるいは誰でもいい。読み手も、当のひなのさんもそう思って書いている、そんな気がしただけです。で、詩ではそれも正解である、という認識があります。もう一説、立論することもできるんです。”Deep inside”(これ外国の歌詞によく出てくる)にいる、もう一人の自分に続きを頼んでいる。しかしこれだと穿ち過ぎかな?
ところで、この詩を読むにあたって、前作とも関係があるかもしれないと思って読みました。
「自らの手で書き続けなければならない」「運命というゴーストライター~乗っ取られる」などのフレーズがありました。これらも関わってくるかもしれない。すなわち、この2作はどこかで繋がっている。あるいは、同傾向の意識のうちに書かれた、これは姉妹篇的な役割を果たすような…。いずれにしても、この作品はひなのさんの思考を記録するものとして、長くストックされるといいと思います。評価は佳作です。

アフターアワーズ。

すみっこさんのくだりとまたまた同じでイメージ連鎖を。これまた、調べるひまがないのですが、谷川俊太郎氏が「オレを○○してくれよ」のフレーズ中心の作品があったように思います。これはひなのさんがマネしたことを意味しません。単に僕の勝手なイメージ連鎖です。


葉月 祐さん「こんな夜だから」 2/12

皆伝者なので、感想を。
英語で言うと「Night like this」って感じ。なかなかシャレたタイトルです。そして、これはラブソング。この種のテーマは葉月さんとしては、割と珍しい部類(?)に入るかもしれません。
「何も無い」ことと、「当たり前」と「一つしか無い」のに別々である。別の時間を生きざるを得ない、そこに悲しみが由来するかのようです。「一軒家~」で始まる連が、転調という意味でなかなかの役割を果たしています。中間部にこういうフレーズを入れるのは葉月さんの得意技のひとつです。葉月さんも恋をしているのでしょう。きっと逢う日も近いのでしょう。


ゴンドラさん「魔法」 2/12

あまり雪が降らない都会の雪。その始まりから終わりまでの一部始終をほぼ漏らさず追跡しています。テーマ的には目新しいところはなく、ありがちなんです(あ、失礼!)。では、この詩は何か? ”きら星のように華麗な言葉がこの詩を飾っている”点、これに尽きるようです。そしてこの事は”ゴンドラ詩に於ける重要な基礎体力”と評価出来ます。それともうひとつの点として、雪の終焉を―特にその醜悪な部分を―丁寧に、しかも華麗と思えるほどに叙情されていることです。詩の三分の一を費やしている。雪の美しさは、言ってしまえば、誰にでも書けるのです。そこが違う。「凋落は始まっている」―物事の兆しとは存外早い時期に、人知れず始まっている、というのが僕の動かしがたいフィーリングのひとつなんですが、それに正にピッタリなんです。「華麗部門佳作」と致しましょう。


評のおわりに。


スケートの羽生・宇野両選手のことは皆さん、書かれているので重複は避けましょう。で、もって、「カーリング」です。不思議なスポーツです。なにか深遠な哲学でも具しているような。ルールも知らないクセしてTV観て、あーだ、こーだ論評してたら「うるさいなあ」と叱られました。ルール知らないけど、日本女子チームは見栄えもいいので、ま、いっか。結局、これが言いたかったんですね。あと、多くの場合、映像アングルが真上というのも珍しいスポーツだと思います。 では、また。
 

三浦さんへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 2月19日(月)05時50分5秒
  感想と評価ありがとうございました。

 

感想と評① 2/9~2/12 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 2月19日(月)05時05分55秒
編集済
  中也さん「Drunken ravings~昨夜仲間と飲みすぎて~」 2/11

まずは、飲み会の席でこういうことが話題に出る、あるいは中也さんが思考する、というのが凄いことのように思います(僕の場合は、飲みすぎると殆ど与太ばなしですよ 笑)。
コメントに「初めての挑戦」とありますが、どこがそうなのか、僕はちょっとわからなかったんですが、それはそれとして、詩的技術とかの枠組みをいったん外して、思ったことを素直に、直接的に、ありのままに書いた、そんな印象がありました。ここでは僕の意見は書きません。ただ、興味を持ったのは原発のくだりです。これが始まった当初は(政府のキャンペーンや世論操作のせいもあって)、「そんなものは危険だから反対だ!」と考えた人は統計的に見て、あまりいなかったようです。そのことを今の事態から逆算して考えてみると、人間とは、社会とは、そういうものなんだという感慨があります。タイトルの英語はなかなか渋いチョイスですね。
これは評価は割愛しておきましょう。


こたきひろしさん「惰眠」 2/11

構成的に見ると、①眠るように死ぬことへの考察 ②ビデオの中の物語 ③それを見ている作者(=こたきさん?)

それぞれ趣の違ったものを重層的に配置する一種のちから技を感じさせます。そしてそれは、さしあたっての、こたきさんのマイブームなのかもしれません。とりあえず詩の主力は②で読ませておいて、パッと③に持ってゆく、切り替える。そこに一種の鮮やかさがないでもない。
(僕の場合、こういう時、どうしても番号を振ってしまう癖があるんですが…)
ただ、読み手がそういうスイッチにうまくついていけるかどうかの不安を感じながらの佳作一歩前としましょう。


えうげねさん「無題」 2/11

初めてのかたなので、よろしくお願いします。今回は感想のみにしましょう。
都会と人々の多様性、そこに生きる主人公の孤独感・寂寥感が、なかなかハードボイルドなタッチで表現され、読み応えを感じました。「私は足枷を~」の4連は、おそらく自分と都会との関係を表す隠喩だと思われるのですが、それにしてはリアル過ぎる気がしました。写真はこの詩のムードを高めています。せっかく写真を載せてくれたのですから、タイトルはそれにふさわしいものを考えるといいと思います。また書いてみてください。


すみっこさん「飴玉」 2/12

上席佳作です。「理由(いわれ)なき悲しみ」を感じます。これをもう少し詳しく書くと“何処から来るのか分からないんだけど、ものすごく悲しい”そんな具合になります。この感触が、この詩の佳作の秘密です。「甘酸っぱいよ」「解けていくよ」「何もないよ」―ひとつには、この詩の悲しみには「よ」の効用があると見ます。

「雨は私にだけ降ってくる/もう何もないよ何も」

あり得ないことをあり得ることにする―これは用法上、詩の独壇場です。「よ」を重ねつつ、最後に辿り着く「よ」。実に、この詩は、この終連によって完璧を得た、と言って過言ではないでしょう。この終連、今回のフレーズ大賞。大ジャンプ。金メダル。ほめちぎり!

アフターアワーズ。

僕はこの詩を読んで、なぜか全くわからないのですが、童謡の「シャボン玉」を連想したんです。調べてるヒマがありませんが、たしか有名な詩人か作詞家の作で、その詞の背景には何か悲しみがあった記憶があるのです。


つづく。



 

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