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言葉でできている

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2018年 5月20日(日)22時05分7秒
  わたしは言葉でできている


だれかが与えてくれた
やさしいひと言

きみや あなたからの
きびしい指摘

母から届く
誤字だらけのメール
(「蟻がとう」は いつ直りますか?)

夢の中でも
途切れることのない会話

  起きていても
  眠っていても
  いつも傍には 言葉がある
  このからだも
  このこころも
  言葉無しには生きられない


ささいなやりとりのつみかさねが わたしをつくった


「へー」や「ふーん」
気の無い返事も
こちらへ向けられた時から
わたしの一部になる

悪口や陰口
嫌な言葉でさえ
自分の影となり
やがては輪郭に変わってゆく

  きっとこの世には
  無駄な言葉など
  ひと欠片もありはしない


だれかが きみが あなたが わたしをわたしにしてくれた


いつか死んで灰になった時
わたしは誰かの中に
遺れるだろうか?

もしも生まれ変われるなら

誰かのための
ひと欠片の言葉として
生まれてきたい





 

島さま

 投稿者:ゆき  投稿日:2018年 5月20日(日)12時08分32秒
編集済
  「Real Friend」に評と感想をありがとうございます。
仰るように構成が分かりにくいので、5連目と6連目の間は1行ではなく2行空けた方が分かりやすいですね。
「季節ごとに」と言う言い方では、四季が訪れるたびにと思われるので「季節に住処をかえる」に変えた
方がいいのもとてもしっくりきて、勉強になりました。
夢の中の事なのと、また読んで下さる方にどんな「鳥」なのか想像してほしくて、敢えて「渡り鳥」とだけ書きましたが、私も「冬の鳥」をイメージしました。

今はそうでもないのですが、以前は友達を作る事が出来なかった時期があって、その時に友達が欲しい。
と思いつつ内にこもっていた時の事を思い出して書いた詩ですが、書くことによって気持ちがすっきりした気がします。仰る様に、自分がして欲しい事を相手にしてあげる事が大切ですね。
お忙しい中、どうもありがとうございました。
 

島秀生様

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 5月20日(日)08時34分53秒
  「蛙と月と悲しみと」に感想、ありがとうございます。

蛙の鳴き声のオノマトペはもう少し練った方が良かったです。月光の音に近づけたかったのですが~。


自分が最初に読んだ詩が草野心平のオノマトペだけの蛙の詩でした~彼の複雑な少年時代と、自分の祖父の訃報が今回の詩に重なったような気がします。


夜遅く、つくばのバスを降り、家路までの風景を詩にしたものです~島様の個人的なエピソードを思い起こさせただけで嬉しいです。
 

島 秀生 様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 5月20日(日)07時22分22秒
編集済
  評をありがとうございます。旅行中に出会った光景です。自分の心をどう輝かせてくれたかというご指摘を受けて当時を思い出そうとするのですが、結構ビールを飲んで結構酔っぱらっていたことしか思い出せません(笑)いただいたご指摘は、この投稿ではなく今後に生かしたいと思います。ごめんなさい!  

寂しい結末

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 5月20日(日)06時37分54秒
編集済
  定年を理由に解雇された
出るだけましな退職金と失業保険で十ヶ月働かないでいたら、木偶になってしまった
家の借金は六十五才まで
失業保険は切れてしまい退職金も底をついてきた

年金を僅かながら貰い始めたがとても生きるに足らない 満額は六十五才
もう働かないではいられない
本気で仕事を探して回ったが、六十過ぎて仕事があるわけなかった
必死に探して回る内に何とか拾って貰えた
運が良かったとしか云えない
収入は半分以下になったけれど
何とか食い繋いでいかなければ

こんな詩は
例え一万篇書いても誰も評価しないだろう
詩の値段なんてつけられないのにさ
皆さん、リアルなのには目を背けたいのさ
だけど言葉を美しく並べ立てれば
それが詩なのか
簡単な事をいかにも難しく文章に起こすなんて
飽き飽きしたんだ
私は
詩人でも何でもないただの一般庶民の一人に過ぎないからさ
 

戦場では

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 5月20日(日)05時54分34秒
編集済
  戦場でも兵士は便意をもよおすだろう
それは生きている何よりの証拠
戦場では引き金の壊れた銃は役に立たない
誰も殺さずに済むかもしれないけれど
きっと敵に殺されてしまうだろう

私は戦場から生きて帰ってきた男を知っている
そいつの口からいったい何人殺したかより
何人殺さずにすんだかを聞きたかったが
そいつは戦争の事となると一切口を開かなかった

頑固一徹
酒ばかりは浴びるように飲んでいた
飲んで暴れて
家族に戦争を及ぼして
なかなか元気だった

なのにどうして
そいつが歳をとって
ある日倒れ間もなく息を引き取った日に
厄介払いができた筈なのに
私の眼から涙があふれてあふれて
止まらなかったんだろう
それはけして憎悪からの解放ではなかったと思う

人間なんて
本当に分からない
 

島さんへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 5月20日(日)05時25分36秒
  感想と批評ありがとうございました。
短い詩を書くようになって幾らかは詩を楽しめるようになりました。
 

評、5/8~5/10、ご投稿分、その1。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2018年 5月20日(日)02時41分29秒
編集済
  すみません。残り5作は、月曜日になります。


こたきひろしさん「やがて私は人になる」

「明日がどうるなるなんて(たぶん「明日がどうなるかなんて」のミスタッチ)誰もわからない/だから/気持ちいい」って言い放っちゃうのは、ある意味、豪快で気持ちよいですよね。フツウなら、明日がわからなくてビクビクして生きるという消極的な方に、考えが行っちゃうところですから。
これはまあ、こたきさんはご自身の経験から、そういう持論に至られたんだと思います。しかし、そうでなくても近年の雇用の不安定は、日本の社会現象としても、「明日がどうるなるなんてわからない」という人生観を持つ人を増やしちゃったような気がしています。そこで笑えるのも、ある意味、不条理な微笑みだなあと私は思う時もあるのです。
くよくよしたって一緒だから、笑った方が楽しいじゃん!っていう開き直りの人もいるし、だからこそ本当にいいことが待ってるかもしれないと陽転思考の 人もいる。いずれにせよ、「不安定」というファクターは、すっかり現代人の思考の軸に根差しているような気がしますね。
とはいえ、なかなか、「だから/気持ちいい」とまでは言えないものですよ。豪快で、いいですね。
そこの核になる部分は評価してるんですが、うーーん、短い詩って、あんまり「遊び」(ハンドルの遊びと取ってもらってもよい)の余裕がないので、遊びにおもしろいものがあるこたきさんの良さを生かすには、やっぱりキビシイ詩形のように、私は思いますよ。なんで、短い詩を書こうって話になったんだろうと、私は謎に思っています。短い詩形の厳しさからいうと、このムダの多さは目立ってしまって、どうしようもない。トータル評価としては一歩前になりますが、こたきさんが短い詩形でこの一歩を詰めるのは、ちょっと時間がかかるかもしれないですね。


ゆきさん「Real Friend」

6連からあと、ハートがマッスグに伝わってきて、いいですね。
特に「おさらい」という言葉を用いた6連から9連までが、とてもステキで、この間に語られるモノローグがしんみり響いて、心に入ってきます。

構成ですが、1~5連が、「夢」の解説で、6連になって、その「夢」から一歩出ようとする展開。
よく読めばわかるんですが、初見でその構成がちょっとわかりにくいので、シルシの意味で、5連と6連のあいだ、1行ではなく、2行アキにしましょうか。
4連、「季節毎に」というと、四季のイメージがあって、4回移動するのか?みたいな事になってしまうので、ここは「季節に住処をかえる」くらいにしておきましょう。
5連、「夢」の中なので、方角がなくて、それはそれでいいのかなと思いました。いちおう詩的には、白鳥イメージの「冬鳥」ですね。私はそう読みましたよ、という話で、変更はナシでいいと思います。
「夢」の心象風景として3~5連を作ったのは、とても良かったですね。単に「夢」の中、ということでなく、風景を連れてきました。
冒頭言いました、6~9連の良さとも相俟って、秀作を。

リアルの友達かあ~~
幸いにして、大人の世界には、礼儀がありますから、取っ掛かり段階としては、わりと無下にはされませんよ。
声をどんどんかけたら、どこかで波長の合う人と出逢えそうな気がします。
そこから「本当の友達」に至れるかどうかは、自分の在り方次第なんですが。
ちなみに私は、人と話したい時は、自分がまず人の話を聞きます。自分がして欲しいことは、往々にして相手もしてほしいに決まってるから、相手にまずそれをしてあげるとこから、私の場合は始めるけど……。


あさぎさん「ありがとう in 台湾」

ダックスフント(独: Dachshund)は、ドイツ原産の犬。JKCの登録名は英語読みによるダックスフンドだが、ドイツ語では文節末尾の d は濁らないため「フント」だとか。ドイツ語のアナグマを表すダックス(Dachs)と、犬を表すフント(Hund)を合わせた「アナグマ犬」を意味する。巣穴の中にいるアナグマを狩る目的で手足が短く改良された。そんなわけで元々は猟犬なので自立心が高いそうな。

そういえば私も後ろ足が車椅子のダックスをテレビで見たことがある気がする。あれは台湾の話だったか。タイトルの「ありがとう in  台湾」を読むと、ご自身が海外旅行中に見た出来事なのかと思うイメージが先行するのだが、そうではないのかもしれない。案外と最初から、台湾の病気のダックスのニュースをズームアップしたものなのかもしれない。そう考えたほうが、ダックスフンドに話が集中する理由も、つじつまが合ってきます。
ダックスはその無理のある体形から、椎間板ヘルニアになることが多いそうな。こうした病気の犬が車椅子をつけますが、その状態でありながら、飼い主の女の子のことが余程好きなのか、女の子の唄に合わせて、踊るような仕草をするのは凄いし、感動的ですね。
そして最初の4行、高層階なのか、美しくてオシャレな風景がミキシングします。そこに台湾の景色の一端を反映しているようです。そしてラストの2行は謝謝(シェイシェイ)で、やはり台湾を演出しています。
中味も優れたものを捉え、構成的な面の配慮もされていて、まずまずできあがっている作品なのですが、あと一押しですよねえ~
例えば、もしも旅行中(出張中)の出来事であるなら、それが旅行の中で、自分の心をどう輝かせてくれたかを。もしも想像するようにテレビで観たニュースをズームアップしたものであるならば、自分の犬大好きの立場から言っても、これがどれだけ凄いことなのか、というようなことを。足してほしいですね。あるいは日頃から「ダックス愛」があるなら、それを語ってみてくれるのもよいです。そうした自分のポジション・立場からの言葉が、何か加わってて欲しいんですよね。
まあ、あさぎさんのは短いタイプの詩なので、あんまり欲張ってもいかんのですが、もうひと声、欲しい感じなんです。うーーん、半歩前かなー


耀子さん「ぶつからないようにさ」

その人が「私はクラゲのように生きているんだ」と吐露するところと、作者が我が意を得たりとにやりとするところ。
この段階で、双方の思惑が違う(自身の主義として語るところと、他者の眼から批判的に見ていたものが的を射たものに定まるところ)わけですが、にもかかわらず一つの言葉に集約されるところが、いい意味で小説の醍醐味部分に触れたようで、おもしろく読みました。
この詩の核心部分はこれでいいと思うのですが、他方、全体を見渡し時に、いくらいい事を書いていても論説文は詩ではないので、ロジカルなことだけではいけないと思いました。
具体的に申し上げると、この詩は初連に入る前に、まず海でも水族館でも良い、本物のクラゲの姿や生態を叙景的に書き、クラゲの映像を描く連を冒頭に作る。それから現行の詩に入り、自身を「クラゲ」のように生きているという人物と対象させる。
そうすれば自ずと、後半を読む時に、ロジカルな「クラゲ」の意だけでなく、映像を伴った「クラゲ」の姿で、その人が浮かび上がってくるはずです。
この詩の在りよう、というものを考えた時に、そういう配慮が必要なんです。
まあ相手が耀子さんだから、ちょいと高度なことを申し上げました。その構想でちょいと補修してみて下さい。そうすれば、もっと大きな詩になります。うーーん、おまけ秀作かなあー


小林大鬼さん「蛙と月と悲しみと」

私の沿線のJRも、和歌山県との県境の駅で、すごく蛙が鳴きます。その駅だけ、うるさいほどの鳴き声がして、その駅に到着したことがすぐにわかるのです。
家路の途中に聴いた訃報というのが、この途中の駅の情景、つまり、蛙の鳴き声しかない森閑さであり、かたや蛙の賑やかさの無頓着ぶりであり、そういったものと心の在りようとが、よく符号した情景を描いていると思います。いいですね。筑波も蛙が多いと聞くので、ピッタリかもしれません。
基本線は実にオッケーなんですが、このオノマトペはどうしたいのでしょうね???
1つ目と3つ目は同じですね。でも2つ目と4つ目は違う。「げ」を「げっ」に変えたという点はあるんですが、4つ目が、2つ目を軸にしたアレンジというには、ちょっと中途半端なんです。なら、いっそ4つとも違うなら、違和感もなかったんですが、いったいどうしたいんだろう??? と思ってしまう。
もっと詩に長さがあり、もっと何回もくりかえすならば、別の考え方もあるんですが、4回しか出さないこの流れであれば、4つとも変えたほうがいいでしょうね。聴覚による表現というのも、ある意味、腕の見せどころなので、もっと練ってもいいと思いますし、あるいは「げ(っ)」と「ご(っ)」の並びをルール的に4種類作ってもいいと思います。
うーーん、おまけ秀作で。

 

好きな色

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 5月20日(日)01時50分39秒
編集済
  お母さんへ花束を
送れる程の代金は無かったので
混み合う花屋で
買って行く人々を見ていました

せめて一輪の花でもと
見ていたその時
紫の花に目を奪われたのです

紫色のカーネーションがこんなにも綺麗だなんて
自分に買ってしまおうか

なんて暫く見つめていたのですが
ふと紫色で思い出したのです
祖母が大好きな色だったという事を
いつの間にか好みまで似て来たのでしょうか

そうです
貴方は育ての親ですものね
反発ばかりしていたのに
一つ一つの思い出は忘れられないものですね

その時は平気だったのに
大人になると悔やむ事があります

お母さんはいるけれど
貴方はもうとっくにいないのです・・・

そうだ
この一輪の花を
貴方と思って
偲んで部屋に飾ろうと思います

私だけにわかる
この花を飾る意味が
それでいいですよね

紫は高貴な色なんですよね
だから好きなんだって
私はちゃんと覚えていますよ
 

独りごちる

 投稿者:ロンタロー  投稿日:2018年 5月19日(土)19時20分13秒
   時だけが過ぎてゆく
 情報の波に流されて
 常識の枷に縛られて
 いたずらに時だけが・・・

 思い描いていた夢も
 恋焦がれていた人も
 遥か遠い過去の話へ
 現実だけがあるだけ

 世を忍ぶ仮の姿が
 実は真の姿だった
 今更気付かされた
 今日この頃でした



 ※今回投稿させていただいたものは、感情の吐露に終始した感がありますが、どうぞよろしくお願いいたします。


 

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