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島 秀生様へ

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2017年 8月15日(火)16時37分14秒
編集済
  島様、
こんにちは。まずは、残暑お見舞い、申し上げます。
こちらは、残暑はどこへ…?という気温になってまいりましたが、島様を始めとした皆様のお住まいの地域では、まだまだ暑い日が続いている事と思います。

「一夜分の招待状」への秀作プラスの評、映像を思い浮かべてお読みくださり、ありがとうございました。ご指摘のように、テーマはあるようで無く、言うとすれば、「眠れるように祈りを込めて」だと思います。眠れない日が続くので、、、。このような詩をよく書くので、次はここにひとつ、何かを盛り込めたらと思っています。
タイトルに用いた一夜分という言葉にオリジナル性を感じて下さったとの事、一番考えて選んだ言葉でしたから、とても嬉しく思いました。ありがとうございます。また、詩の構成にも触れてくださり、今後の励みになります。
もしも現実にこのような事が起きたとしたら、風は眠りの国への招待状を、複数は置いていかないと思いました。一通だけ。ですから初めは「一夜限りの」としようと考えましたが、「また来て欲しい」という期待も込めての「一夜分」とさせていただきました。ちょっとした処方箋のようですね。

戦争を生き抜いた祖母が、今日という一日をどのような思いで過ごしたのか、聞いて良いものかどうか迷っていますが、今、わたし達が一緒にご飯を食べれる事は当たり前ではない幸せなのだろうと、経験者でない自分はそう感じながら今日を過ごしています。
次回もどうぞ、よろしくお願いいたします。CM、とても気になります。
 

島秀生さま

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2017年 8月15日(火)15時42分38秒
  批評感想ありがとうございました。
細部に渡りよく解析されていて、素晴らしいと思いました。詩作もさることながら、人様の作品を批評感想するなんて並大抵の事ではないでしょう。
それも暖かい視点で優しい心で批評されています。おそれいるばかりです。
投稿される皆様の創作意欲を充分に引き出しながら、詩作への情熱に火をつけてくれています。
私もその内の一人ですが、今後も宜しくお願いします。
 

評、8/1~8/3、ご投稿分、残り。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2017年 8月15日(火)14時50分35秒
編集済
  終戦記念日ですね。この一週間あまり、NHKスペシャルが、次々と新しい史実を伝えてくれます。戦争体験者がご存命のあいだに、まだまだ教えておいてもらわねばならないものがあるなと感じます。


澤 一織さん「再会の夏」

初連、「煙草の煙と浮かべて」は、
「と一緒に」の意で使われている助詞「と」の意思が、文脈上、するっと希薄に流れてしまうんですよね。
「煙草の煙とともに浮かべて」と強調するか、いっそ「煙草のけむりに浮かべて」(間合いを取るため、煙を敢えてひらがな)では、どうでしょうか?

実は初連は、終連とも絡んでいて、初連とカブらないように終連の「煙草」表現が用意されているんですが、ちょっと無理してて、たどたどしいですよね。大事なとこなんで、もうちょっと考えましょう。

こみあげてくる思いが(は)
煙草の火を明滅させて
煙りとともに瞼を滲み渡らせる

で、どうでしょうか? 最後は泣きながら書き終えたい気持ちになります。

同窓会で会ったら、きっとその友人は、あの時殴ったことを、謝ってくれるでしょうね。そのために、あなたの出欠を確認してきたんだと思います。
きっと、覚えてますよ。

私もこの歳になって、ようやくあらかたのことが言葉に出して言えるようになったけど、ティーンズの頃なんて、ほんとに自分の言いたいことがうまく人に伝えられないことだらけでした。その友人もきっと、自分の状態を人にうまく伝えられないフラストレーションが屈折して、親や周りの人への暴力に転じたんだろうなあと、このお話を読んで、感じましたね。
未熟なティーンズ同士の友情でできることって、限りがあって(なにしろこちらも未熟ですから)、ごく初期ならいいけど、神経がこじれて「病気」の域まで入ってしまうと、もうシロウトには治せないんです。その道の専門家であるプロに任せないといけない。でないと、共倒れになります。
だから、その時は、友情でどうにかできるレベルではなかった。あなたが悪いんじゃない、と言っておきます。

それはそうと、この詩、いいデキですね。私を本気にさせてくれました。澤さん的な順位はどこに入るかわからないけど、かなりいい方の名作です。五指に入れていいんじゃないか。
空白にスペースを入れてくれるようになって、原稿もキレイになりました。


こたきひろしさん「終末には」

私もついこの間まで、毎週母の介護に行ってましたから(今は写真になりました)、情景はよくわかりますね。
わたし的にはいつものことでしたが、病院でも施設でも相部屋だったので、訪ねてくるよその家族をちらちらと見てると、訪ねてくる頻度によって、その人たちの接し方が違うのは一目瞭然にわかりました。
認知症で施設にいる母を見舞う、家族の想いというのが、特に息子の立場でよく描かれているので、良かったですよ。遠方ゆえでしょうけど、普段から来てない家族がたまに来ると、まあそんな感じだわなあって、私にも思い当たるところがあります。
細長い部屋でベッドが縦に2つというのは、病院じゃないかな? 施設ではその並びは稀有だと思うんですが、それはそれでよく描写されてましたからOKとします。
この話の中で、カナメになる部分は自分の本当が重ねられていると思うので、感動があって良かったです。特に、「今の家族」と「前の家族」について、「家族とは?」と考えるところ。かつて大きな存在であった母が、脱け殻になってしまっているショックが、表面上は出していないんですが、実はボディブローのように効いているところ。だからこそ、「俺はなってたまるか」と思うのです。

ただ、この話の中でどうしてもおかしいところがあるのは、「若い妻と幼い娘には嗅がせたくなかった」この年代設定ですね。認知症で施設にいる人の年齢の通常から考えると、「若い妻と幼い娘」がお見舞いに来たら、まずもって、孫とひ孫です。なんでこんなところにフィクションを作るのか全くもって不明です。
作者(主人公)が中高年になってきてるからこそ、近未来、「俺はそうはならない/なりたくない/なってたまるか」と肉迫する言葉が、この詩のクライマックスになってるんじゃないんでしょうか? せっかくのこのピークを潰してると思いますよ。

ミスタッチの終行「自信はがなかった」は、「は」でも「が」でもセンテンスは成り立つけど、たぶん「は」が正解でしょう。このエンディングの仕方は、こたきさんらしいユーモアで、ホントはたぶんまた来るでしょうね。
まずまず良かった。秀作を。


耀子さん「ふいに」

おっと、これは2作連作なんですね。さっと見た時には気づきませんでした。
前の詩を『ふいに』、途中から< >で始まっている詩を『明けてゆく世界に』として、評させて頂きます。

『ふいに』
初連、ステキですね。きっと都会を離れて、街灯りの少ない避暑地に来ているのでしょうか。星がたくさん見えるところに来ている様がよくわかります。そこで星空を見上げる様子を、初連のように表現されるのはステキだと思いました。
そして終連がまた良いのです。とりわけ「その不確かで 確かな存在に」自身が気づくという、この相反する言葉で表現されるものが、人間なのかもしれません。この着地の思考が良かった。次作があってもなくても、もうこれだけで秀作って感じですよ。

『明けてゆく世界に』
星空を延々見たあと、そのままその場所で眠ってしまったかのように、夜が明けるシーンから始まります。
「ウッドデッキの椅子」が登場したことで、そのつじつまを合わせてくれます。自分の居場所がわかるからです。
2連、「塒から帰ってくる」ですが、
「塒に帰る」という言い方がデフォルトなので、塒から出てきたのをこの言い方するのは、やっぱりおかしいと思います。
まあ、カラス的には、朝飯を物色しようと飛んできてるシーンなんですけど、「塒から空に帰ってくる」くらいで、どうですか?
欲をいえば、「チチチチ」と「ジジジジ」のオノマトペが、オリジナルな音に置き換えられたら、ベストです。

この夏、またまたまったく行楽に出ていない私ですが、この詩のおかげで、どこか気持ちのいい場所を訪れた気持ちになれました。ありがとう、良かったです。
星空の秀作は、夜明けまでの時を付加したことで、よりスケール感のある感動となりました。2作連作で、ちょいおまけの秀作プラスとしましょう。気持ちのいい時間を過ごさせてもらいました。
耀子さんは、こういう大きな視点で語れるところがいいですね。時に大それた言い方に失敗してしまうこともあるでしょうけど、失敗してもめげずに、挑戦していったらいいと思います。耀子さんのいいとこですから。


葉月 祐さん「一夜分の招待状」

なにか1~4連までで、もう詩になっている感じでとても美しく、あとは不思議の国が現れようが現れまいが、もうオッケーだなと思いながら読みましたが、終盤、不思議の国から帰ってきてからの顛末のラスト3連がとてもスマートにステキで、特に終連はまた、不思議の国があったからの美しさ倍増で、現実世界の朝になります。してみると、やはり不思議の国はあって良かったなと思いました。

不思議の夢の国の描写においても、特に
「ネイビーブルーのドレスや/ドレスによく映える夜露の耳飾り/星のように瞬くガラスの靴」
この3アイテムの描写が世界を惹きたてました。
また、「一夜分」としたところは、オリジナル性があります。

まあ、ストーリー的にはやっぱり女の子の世界なんですが、描写がなにしろキレイなんで、男女問わず楽しめるものになっていたと思います。作品の性質上、テーマ性があまりないので、そこの内容的な弱さだけで、表現力は申し分なかったですよ。秀作プラスを。


@すみっこさん「白い雲よりも白い花」

夏の時期に、ある程度の高さがあって、大輪で上を向いて咲く白というと、まあ酔芙蓉か白芙蓉が近いのかなと思うくらいで、確とはわかりません。ムクゲの中にも底紅の入らない白花種があるようなので、そちらのセンもあるかな? あるいは、ありそうでない架空の花を想定されてるのかな、とも思いましたが、それだと終連の、「自然の生命力の強さを教えられたようで」の言葉が生きて来ないことになるので、架空では具合悪いでしょうから、そのセンはなしと考えました。
信号を待ちながら見えるものであるし、「まるで雲に向かって白さを競っているよう」という表現もありますから、最低限、ヒマワリくらいの背の高さはいりそうです。だとすれば、やはり先程のあたりの花なのかもしれません。あるいは私の勉強がまだ足りないかな?
などなど、どんな花だろうと色々考えて楽しませてもらいましたから(考えるヒントもありましたし)、それだけでもう一個マルをあげたい感じです。
その花が珍しいと気づく作者(ふだんから植物への意識がないと気づかない)もステキですし、夏の暑さの中、ダレそうになっている背を、それを見てしゃんと伸ばした姿勢もステキです。まあ、「人生」とまでいうと大層ですから、「少しだけ力強く歩いていく」この感じで、正解だと思いますよ。秀作を。
タイトル「白い雲よりも白い花」には、地べたに咲いているものの方が、人間の意識に近いと考える、作者のポリシーも感じられます。



*評のおわりに余談ですが、

すげえ! 宇多田のCM初めて見たけど、あの鳥、クマタカですよ! 私、一瞬でわかりました。あれ、超珍しいんですよ。日本に生息する最大のタカです。飛影(シルエット)では一瞬、鷲かと見まがう、鷲と鷹の両方の特徴を持ってるんです。腹側の、グレーの縞々模様の羽毛がキラリと光ると、タカだとはっきりしますけどね。クマタカの映像なんて、めったにお目にかかれません。鳥が好きな方は、CMをちょっと注目して見てみて下さい。
ところで、あれって、なんの商品のCMでしたっけ??? (←ま、こんなもんですが)

 

島 秀生 様

 投稿者:タルコンティ  投稿日:2017年 8月15日(火)12時05分57秒
編集済
  島 秀生 先生
 残暑お見舞い申し上げます。
 こちらでは太平洋高気圧もお盆休みのようです(笑)。
 お忙しいなかを拙作2作に丁寧なコメントを有難うございます。
 両作とも具体的に御教示くださり大変勉強になります。
 御指摘くださったことを念頭に置いて2作を推敲したいと思います。
 詩を楽しみながら学びたいと思います。
 これからもどうぞ宜しくお願い致します。
 
 

評、8/1~8/3、ご投稿分、その1。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2017年 8月14日(月)23時23分21秒
編集済
  ごめんなさい。残りは明日に。


タルコンティさん「古い箪笥」

ヒラメキがおもしろいですね。もうそれだけで、楽しく読んでしまってもいいのかもしれませんし、
ロジックを考えたい読者は、ロジックを考えてみるのも自由だと思います。

ロジックで繋がりを考えたい場合、終行の前の方、「私の行方」の「私」を、5行目で何処かに去っていったほうの「私」だとして、後半「私は知らない」の方の私を、6行目の「残された私」だとすれば、ロジックは合います。
ただ、作者の考えてることはロジックとは違うところにいそうな気がします。
終行の意図するところは、「(6行目で)残された自分もまた、自分が今いるところがわからない。自分の進む先を知らない。」といった様相ではないでしょうか。「残された私もまた行方知れず」と、言いたげです。
ディティールのロジカルを追うと、言葉の上滑り感を感じることになります。それより、タルコンティさんの場合には、こういう考え方の志向性がある人だ、という作者の概要理解だけでいいんじゃないだろうかと思われます。個々の作品のディティールのロジカルに入る必要はないように思います。
そこは感覚的に、図柄だけ追わせてもらえばいいんじゃないでしょうか。ビジュアル的には、とてもくっきり描く人です。私はそこにも注目しています。
うちは2作ずつしか投稿できませんが、タルコンティさんは、本来、ある程度の量、詩の集合体で読ませて行くタイプの書き手じゃないかなという気がしています。


タルコンティさん「猫の箸受け」

「我家」という言い方をされているので、家族がおられるようで、だから「君」も、奥さんのことではないかと想定されます。
とりあえず……「君」の胸に箸を置けるなら、まあいいではありませんか。私などは、ぶっ飛ばされそうですよ(←なんのこっちゃい!)。
そういえば、北海道土産の木彫りの熊は、明治時代に元・尾張徳川家の方が、スイスに行った折に見かけた木彫りの人形をヒントに、北海道の農民の農閑期を救うべく、副業として普及させたのだそうですよ。必然性があって生まれたもののようですから、そんなバカにしたもんでもないですよ。
「みんな何処にも行っていない」という言葉は不思議ですね。なんだか決意のように聞こえます。それ故、逆にもういないんじゃないかという気がしています(考え過ぎかな?)。


王理さん「はじまりのおはなし」

解釈なんですが、「あなた」の求めるような『まとも』の意味を、想像して描いているのが7~9連なんでしょうか?(前者)
でも6連の最後、「自分がまともじゃないのも/本当はとっくに知っていた」に続いて、それを説明するかのように、7~9連が登場するので、7~9連は今の自分の姿が書かれているように、読めてしまいます。安定を求めて生きている今の自分を、揶揄しているように読めてしまう。(後者)
もし前者のつもりで書いてるのだとしたら、後者のように読者に読まれてしまうのは、全く逆なんじゃないでしょうか? この詩についてはそれを心配します。
そうなってしまう原因は、「まとも」と対照させるべき「道なき道」について、何も書かれてないからだと思います。3連、4連の主張は主張で、そこはそれでいいんですが、でも「道なき道」がどんなものかについては、なんら説明されていません。結局、書かれているのは「まとも」の道だけなので、こういう逆の読み違いが発生してしまうんだと思いますよ。
この詩は大事なことが一所懸命書かれている詩なので、もうちょっと足らずを補足されたほうがいいと思います。片側部分についてはとても細かく書かれているんですが、残念ながらそれでは全体像がわからない、というのが読み手サイドとしての意見になります。


ひなのさん「神聖な街」

出だし3連、いいですね。特に第3連の

太陽は街の稜線に迫り
姿こそ見せないものの
空をほの白く
塗り変えていた

は、絶品ですね。いっぺんで情景がぱあっと浮かびますよ。

終盤の、10~11連、

薄い皮1枚の下に
黒い塊を隠して
神聖な空気を纏う街を
胡散臭く思っていた

この世界はこんなに
お綺麗じゃない
もっと  dirtyなはずだろう

も、良かったです。
どちらも過度に装飾することなく端的で、でも深く、口をついて覚えてもらえそうな身近さがある。いいチョイスだと思います。

第8連、「10年前のあの日」は前作『夏の思い出』と絡んでるとも思えない。以前、何か書かれた作品を指しているのかもしれませんが、ここではすぐ浮かびかねるので、ちょっと何のことか、指示する先が見えないと申し上げておきます。
それはそれとして、

「明日よ  来るな」
そう願った日

という経験は、誰しも一度はありそうで、そこは自分のそれを照らし合わせて、読ませてもらいましたが、でもそこでそっちに反れると、終盤とのロジックが途絶えて、繋がらなくなるので、やっぱりこの連はこのままじゃいけないんじゃないかな?

あ、「1日」は、ネット上では横書きだからいいんですけど、印刷物では詩は縦書きになりますので、「一日」と漢字で書く習慣をつけられた方がいいです。ひなのさんレベルになると、そういうのもちょいとアタマに置いておいて下さい。
概ねオッケーなんで秀作あげますが、もう一歩詰めたほうがいいと思います。


ひなのさん「夏の思い出」

主役は男側で書かれているように見えます。わざと逆側から書いた、という可能性もありましょうが、まずまずフィクション部分が多い作品なんだろうということで捉えていいのかな?
「触れるだけのキスをした」「ごめん  やっぱり……」「ここまででいいよ」の3つの言葉でストーリーが浮かんでしまうくらい、ストーリー的にはオーソドックスに進行しています。一方で、やっぱり断る時には、この定番的な言い方がいいんだろうかと、ひなのさんのように若い世代でも、共通なんだなあと思いながら読みました。
夏祭りというと、私の近隣は盆踊りだけなんですけど、地域によってはいろんな夏祭りの特色があるはずなんですけど、出し店・神社・遠くに花火が揃ったほうが、一般的にはやっぱり「夏祭り」の舞台が揃う感じで、わかりやすいロマンチックの舞台があるんですね。

私はむしろアイテムやディティールにひなのさんの味があるなあと思って読みました。

「ぽっと染まる君の頬は/りんご飴より赤くて/唇はソースの匂い」あ、これリアルで良かったです。
「トロピカルジュースは/三ツ矢サイダーと氷みつ」えっ、あ、そうだったのか。
エンディングのアイテム使いと「しゅわしゅわ」も良かったですよ。

いまいち、ひなのさんの気持ち的な「本当」がどこに散りばめられているのか見えなくて、そこがリアル感に寂しかった由縁かもしれませんが、まあ秀作を。
あんまり一般的に書き過ぎると、かえって人の心から離れますよ。


あさぎさん「夜明け」

そうか、朝起きるのは、起動実験なんですね。「実験」だから失敗することもある。
いや、たいていは「失敗」だから、昨日と変らぬ朝を迎えてしまうのでしょう。
いつかはまっさらな、「なにもしらないあさ」を迎える。それが実験に成功する、ということなのでしょう。
私も戻ってみたい時と場所がある。朝起きた時、その日その時にいられるといいのにね。
「なにもしらない」ということではないのだけど、私の場合は過去ですね。
リセットなのか、時空を超えたテレポーテーションなのか、夢は持っててもいいですよね。秀作を。
あさぎワールドのおもしろさは、もはや理屈じゃないような気がしてきた……。


理柚さん「桃を剥く」

ホントに食べごろになってるやつはヘタの方から、下から上へって感じで剥くと、すーーと一枚に繋がってめくれてくれます。
基本的にむけにくい時は、まだ食べるの早いんですが、中には「川中島」とか堅い桃の品種があって、これは最初から庖丁を使うことをおススメします(近隣に桃の産地があるもので、つい)。あ、でも剥きながら、汁がしたたるんだったら、結構熟れてそうですけどね。
どうやったって、手が汁まみれになりますし、それに剥いてすぐに食べるのがおいしい(時間が経つと変色する)ので、桃こそは、食べる本人が自分で剥けって果物ですけどね。これ、誰かに剥いてあげてるんですね。子供だったら仕方ないですけど、「しあわせなのか そうでないのか」かという下りからすると、異性を想像すべきところのようです。
いずれにせよ、この詩は桃を剥く時の雰囲気がたっぷりありますねえ。感性がおもしろいです。あんまり剥き慣れてなさそうな、おそるおそるの感じが、たどたどしさが、かえって新鮮さと、今時の若い人らしさを感じさせてくれて、私は好感です。そして、自分で食べるのでなく、誰かに食べさせるためという、さりげなく登場人物をもう一人引き連れているところが、この詩の妙味でもあります。
普遍性がある詩かと言われると、そんなことはないんですが、桃を食べ慣れてる人には、なにやっとんねんみたいな詩ですが、若い人が桃を剥く時に、異様に緊張する様がわかる。まあ、慣れてない人が剥くとこんな感じだよねってのもわかるんですよ。年齢限定で共感を得られそうな詩ですよね。中盤の「西日/ひぐらし/軋む椅子」もワザあり、ですし、まあ今の段階における秀作を。
理柚さんはおもしろい感性をお持ちなので、とりあえずそれだけでもおもしろく読ませてくれるのだけど、できればこれからは、その感性を生かしつつ、思考的なものも深めていって下さいね。


耀子さん「理不尽な苦しみ」

八月にふさわしい詩で、心ひかれるところです。
ポリシーはステキで、概ね好感を持ってみていますが、ただなんというか、手当り次第に言えばいいというものではなくて、ちょっとまとまりに欠くと思います。

まず、初連の「今どうしているのだろうか」があることによって、「空爆により瓦礫の中から助け出された子」の話は、過去の話をしていることになります。現在(あるいはここ2、3年)の話ではないということになってします。私の1~5連の印象は、先の大戦で、日本が空襲を受けた時代の話をしているんじゃないか、という図を想像しながら読みました。1~5連の印象って、そういう印象なんです。その由縁は、過去を示すこの第1連の言葉と、「親も兄弟も失くしたに違いない」という言葉(通常爆弾による空爆ではないと想像できる)によるものです。
もし、現在の話をしてるつもりなら、このへんは改められるべきです、特に初連は最大のネックです。

第7連、「色々な意味での戦争で~巻き込まれている」は、「色々な意味で」なんて言ってしまうと、現代社会で生きることも戦争だなんてことまで入ってしまいそうです。「いろいろな要因で戦争している」ならわかるけど、「色々な意味での戦争」なんて言い方してしまうと、ホントの戦争じゃないものまで比喩的に含まれてしまいそうで、この言い方はよくないと思います。

第8連「「攻撃開始」のスイッチを/押すだけの人間も居る」という言葉の由来は、大統領が核攻撃(ICBM発射)の最終確認ボタンを押す仕組みになっていることに由来します。核攻撃を意味する言葉なんです。なので、不公平だのなんだのという土俵以前の問題になりますし。
その前の連の「沢山の人々が/理不尽な苦しみに/巻き込まれている」という現在進行形のものに対して、現在進行形でない核攻撃の話「スイッチを/押すだけの人間も居る」(いや、押したらダメだろ!)をくっつけるのは、脈絡的にも非常におかしいと思います。

こうしてみると、いろいろと雑なのがわかって頂けるでしょうか。
言いたいことはわかるし、ポリシーもステキなのですが、このままでは作品として、ちとツライです。とりわけ、「時系列で書こうとしているのか」、「現時点に定めて水平展開しようとしているのか」は、最初から方針を決めてかからないと(あるいは途中で整然と両者間をターンする)、両者の混濁提起は、読み手には最も不明瞭なカタチとなりますから、気をつけて。秀作あと一歩を。

 

幼少の夏

 投稿者:澤 一織メール  投稿日:2017年 8月14日(月)15時52分6秒
編集済
  緑の風が吹き抜ける
縁側に腰掛けて
皺が流れる祖母の大きな手で
開けてもらった瓶の炭酸水
喉もとで弾けながら
氷で冷やした水瓜を
二人でしめて
赤い夏汗 床に垂らしたまま
口に含んだ黒点の種
どこまで遠く 飛ばせるかと
はしゃぐ私と
真似をしてみせる祖母

ずっと一緒にいると
振り返ることなく
駆け抜けた
幼少の夏よ

青空を泳ぐ
厚い雲めがけて
どこまでも飛んでゆけ
 

魚になって

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2017年 8月14日(月)00時26分11秒
  月夜を泳ぐ魚になって
 さてさて どこまで行きましょう

眠れる夜も 寝付けぬ夜も
 毎夜のように 旅を重ねます

夢の旅 それとも 心の旅
 さてさて どちらへ向かいましょう


月はあまりに眩しすぎて
 火傷をしてしまいそうです

星は 多くて選べません
 彼らの瞬きに目がくらみました

過去に繋がる扉を見つけましたが
 今は 開きたい気分ではなく

未来直通の扉もありましたが
 いずれは 嫌でもそこへ行くので…


あなたに逢える扉を 眺めていました
そこは唯一 心穏やかになれる場所
けれども 扉は開けないで
わたしはその場を そっと離れます

大切だからこそ 行きません
むやみやたらに開けられない
そんな世界も あるものです


この世にたったひとつだけ 誰にも秘密の扉


月夜を泳げる魚になっても
 どこにでも行ける訳ではありません

普通の人間と
普通の魚と
何も 何も 変わらずに
不自由の中の 自由を楽しむ
それで 良い
それで 良いんです

  きっとね

行き止まりの扉に出遭っても
わたしはいつものように
夜の中を フラリと
さ迷うように
泳ぐのです


今夜は どこまで行きましょう
 疲れて溺れそうな毎日は終わらない

それでも わたしは旅を重ね続けます
 月の無い夜も スイスイ泳ぐ魚になって


今なら 銀河でも大海でも どこにでも行ける


今夜は 何に出逢えるでしょうか
 目の前のあなたも どうぞ素敵な夜を。

さあ 一緒に夜の中を泳ぎましょう
魚になって


 

評は、明日に。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2017年 8月13日(日)18時57分5秒
  すみません。評、遅れております。

明日になります。

お待たせしてしまって、すみません。
 

無音の中

 投稿者:油性  投稿日:2017年 8月13日(日)14時50分23秒
  歩幅に合わせて
世界が回ればいいのに
同じ時間を過ぎているこの空間は
全ての人に合わせる術を持っていない

確かに前を見ていたはずの毎日は
いつの間にか底ばかり覗くようになって
ガタガタ、かみ合わないコンクリートのように
全てが冷たい錘で流されていく

確かに時間は進んでいた

地球は回り
定刻通り、電車は滑り
扉は閉まり
信号は青白く点滅
歩いていた記憶はあるのに
記録に見られず
記憶に沈まず

確かにそこを歩いたはずなのに
陸続きの砂埃と共に巡っていた影も
どこにも溜まらないまま

同じ行先になったままの電光掲示板を見逃して
見逃して
見咎めて
空箱に乗っていきたいと
歩むのを止めたことを
誰にも知られないまま
今日も回って、覗き込む
 

思い出の交差点

 投稿者:タルコンティ  投稿日:2017年 8月13日(日)11時16分55秒
  卒業式から何日目だろう
自転車で通った交差点
カーブを切って交差点

日差しに輝く白い肌
目の前に君が居た
自転車に乗り向こうから

ペダルに寄り添う長い脚
話したことも無いけれど
前からずっと気になった

柔らかく流れた黒い髪
すらりと伸びた首筋に
大人びた瞳が美しい

すれ違いざま触れ合う視線
何か言いたげな君の唇
たまらず自転車を走らせた

たったそれっきりだったけど
君を探してしまう交差点
ここの時計は止まっている

今となっては恥ずかしい
甘酢っぽさに出会う交差点
君の笑顔が靡いている
 

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