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11月28日(火)~11月30日(木)ご投稿分の評と感想です。

 投稿者:Kazu.メール  投稿日:2017年12月 5日(火)17時23分31秒
  雨音さん、お先に失礼します。
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〇耀子さん 「いつだって 宝なのさ」11月28日(火)ご投稿分

耀子さん、こんにちは。

親子の絆って、言葉以上に強いものだと思うのですが、この詩のように、昨今の親と子の関係は、時に信じられないことがありますね。そしてその信じられない事柄では、幼児の方が一方的に弱者となって、悲しみを通り越して憤りを覚えることがあります。しかしこういうことって今に始まったことではなくて、昔もあったことでしょう。ただ、今は情報の速度がハンパなく速くて、しかも誰もが知り得る環境になった分、私たちは耳にし眼にする機会が増えたのだと思います。

今私たちはここに詩を書く者として集っているのですが、例えば「虐待の連鎖」「貧困の連鎖」ということに対して、この場として何が出来るのかと考えたとき、私たちは自分の非力さに気付きます。「虐待」に対して法的対処も人道的対処も出来ません。「貧困」に対して金銭的政治的配慮も出来ません。

しかし私たちにはこの場で「詩」を通して、声を挙げることができます。
間違っている事は間違っていると、その事実を言葉で訴えることができます。
そういう視点から言えば、私たちは決して「非力」ではありません。
なんてったって「言葉」に関していえば、私たちほど最強な「言葉の使い手」はいないのですから、法律家が法で対処するように、政治家が政治で対処するように、私たち詩人には「言葉」で対処することができるはずです。
この詩はそのことを、改めて、詩を書く者へ提言してくれた作品のように思われました。

お作、佳作を。

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〇こたきひろしさん「人形劇の舞台裏」11月28日(火)ご投稿分

こたきさん、こんにちは&お久し振りです。
こたきさん、前回のワタクシ宛の投稿、覚えていますか?
ワタクシ、あのとき、「欲望だけが」に極上佳作を付けさせて頂きました。

でも、今回は残念でした。

ストーリーは興味深く拝読できるのですが、ここは「詩」の場なので、まず作品が「詩として在るか」ということが前提になります。そして私はここにその「詩」というものが感じられなかったのです。

物語としては、なるほど、様々な工夫をしていて、これに肉付けすれば、一篇の小説になるのだろうと思われますが、しかしこれを詩としてみた場合、何が言いたいのか不明なんです。よもや「長谷川真理子さん」の、隠された過去を推理する過程の話を詩にしたかったとは思われません。そのことはあくまでもこの詩に対する前振り、場の設定だったはずです。
では、こたきさんの詩はどこにあったのでしょうか?

二人で投身自殺を図ったはずが、言い出した本人は生き残り、相談された方だけが死んでしまった事に対する長谷川真理子さんの自責の念や、そしてそんな重大な過去を打ち明けられた自分って一体なに?ということを掘り下げることが、詩ではなかったのではないかと、私には思われます。
私はその、こたきさんなりのこの作品の顛末を読みたいし、そこに詩人としてのこたきさんが居ると思うのです。

前作「欲望~」の中には、真夏の炎天下に交尾する蜂とフォークリフトで作業する俺がいて、そこから誘発された「かあちゃん」話を布石に、俺の父母への、不器用ながらも精一杯の眼差しがあって、そこに「詩人こたきひろし」を見た想いでした。

今作も、そんな風に、詩的展開をして欲しかったと思いました。

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〇中也さん 「僕は死を書けない。」11月28日(火)ご投稿分

「評なしで」ということでしたので、私の想いを…。

生物はいずれ「死」を迎えます。
いや生物に限らず、この地球も宇宙もいずれ「死」を免れません(と言われています)。
つまりありとあらゆるもの、森羅万象には終わりがあるというわけです。
だったらそんなもの、書いても仕様がないと考えるか、だからこそ死物狂いで書いてみようとするか、どっちでも良いわけです。いずれは何もかもなくなっちゃうわけですから。
当然、「書けない」ということを書くことも有りです。

今日、今現在、生きている者として、そのスタンスはどうあってもいいというのが、私の持論です。
ただし、自分以外の人には迷惑の掛からない限りに於いては、ということが絶対条件付きですけどね。

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〇あさぎさん 「ときには曖昧のそのままで」11月28日(火)ご投稿分

あさぎさん、こんにちは。

今回の詩は、ちょっとデジャヴ感のある詩となりました。
この手の詩はどこか既成的視覚感があって、謂わば「作り物っぽさ」が感じられるものですが、あさぎさんのって違うんだなぁ、これが。この不思議と受け入れられてしまう映像美は、なんなんでしょうか。

私は絵画を見ることが好きなんですが、あさぎさんに対して、今回私は、アンリ・ルソーの絵を想いました。ルソーの絵って、印象派絶頂期のフランスにあって一風違う絵を描いたフランス人です。遠近感の乏しい、のっぺらとしたものが主体ですが、そのイメージの鮮明さにはこころ打つインパクトがあります。あさぎさんって、そんな一面があるのです。言葉の連結は意図的なのか天性なのか、かなりぶっきらぼうなのですが、そのミクロ的に見るぎごちなさがマクロ的に見た場合、全体として調和がとれている、そんな感じがします。

今回の詩だって、青空・海・波・山・星です。
この言葉を使って、さあ、詩を組み立てなさいと言われたら、私なら確実に知恵熱が出ますね。
しかし実際、あさぎさんは詩にしてしまう。
いやむしろ、書き上げた詩を読み返してみたら、そこにはなんと、空も海も山もあったと云った方が正しいのかも知れません。そんな読者に媚びない姑息のなさが、あさぎさんだと思うのです。

その視点からすると、最後の「」内はどうかなぁ。
私は全くいらない言葉だったと思いますが、あさぎさん、どう?

お作、「至極個人的嗜好的あさぎさん的」佳作です。

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※葉月 祐さん 「十一月の傘の下」(11月28日)

「評不要」ということと、皆伝者さんということもありまして、では独り言を(笑)

葉月さんは雪国のお住いの方だから、この「十一月」という季節には取り分け鋭敏なのではないかと思います。短い秋が行き過ぎると、足早に冬が到来することでしょう。その点、ワタクシの住むところは、冬と雖も雪は滅多に降りません。数年に一度、3センチも積もろうものならもう大変。道路は大渋滞し(だってタイヤみんなノーマルしか持ってないし)、犬はうろたえるし、子供も先生も授業そっちのけで運動場で雪合戦もどき始めるし(これは50年前の自分の事)、だから「十一月」ってワタクシには「秋、真っただ中」なんですね。

「雪より冷たい雨」というのは、日常の生活より発せられた言葉なんだろうと思われます。
「舌先に絡んだ/張り詰めた空気は/微かに甘い/冬の味がする」なんて、言葉の響きの美しさとは裏腹に、そこに暮らす人々には、これからの覚悟を促す「甘味」なのでしょう。それが最後の「傘を握り締め」させるのでありましょう。

私には実感がないけれど、凛とした空気感が、この詩にはあります。

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〇たりや あいひさん「よろこびってひとは」11月29日(水)ご投稿分

たりやさん、初めまして。
私は評を書く際には投稿者さんに呼び掛けるように書かせてもらっていますので、今後「たりやさん」と呼ばせて頂きますことを、ご了承願います。
それから今回は初回なので、感想を中心に書かせて頂きます。

さて、たりやさん、お作、全篇平仮名で書かれていますが、そこにはたりやさんの拘りがあったことと推察致します。確かに現代詩は、字体や字の並べ方、或いはページの余白を含めて「詩」ですが、基本、ワタクシはスタンダードがよろしいと考えます。全部平仮名という書き方は、そこに強い意志は認めますが、読者としましては漢字変換された詩の方が読み易いし、イメージもし易いからです。

とくに「よろこび」は喜び・悦び・歓び・慶び等々いろいろありますから、その漢字の持つ意味合いを含めて選別して使われますと、より読者は作者の共感を覚えるものと思われます。

とは言うものの、決して作者は読者に媚びるものではなくて、書きたいように書くわけだし、読者も読者個々人の範囲の中で受け取ればいいのだとも言えます。この場合、読者も作者も対等の立場であると思われますが、一点だけ、相違があると私は思っています。
それは、作者は作品の向こう側を意識して書かなくてはいけない、ということなんです。そうしないと、相手に言いたいことが伝わらないと思うからです。

作者の言葉を読者に委ねる(判断を任せる)という書き方はありますね。
お作の最後「たしかにあなただけだ。」の「あなた」がそうですね。
この「あなた」は、特定の誰かかも知れないし、或いはギリギリ形而上のあなたかも知れない、それは読者にとっての「あなた」で良いわけですが、少なくとも誰でもいい「あなた」ではないはずです。ただ読者には、いろいろな「あなた」を当て嵌められる余地が残されているということだと思われます。

いずれにしましても、このように伝えたいことを伝える書き方は、作者の責任だと思う次第です。

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〇夏生さん 「沈む夜」 11月30日(木)ご投稿分

夏生さん、こんにちは。

お作、「夜」という、漠然とした時間帯を捉えようとして、言葉を探すところに夏生さんの詩があったように思われます。それが何かははっきりと説明できないけれど、その遠いところから呼び掛けてくるものに、耳をそばだて、息を詰め、その正体がなんなのかと、緊張している様子が想像されます。

ここにある作者の息遣い、焦燥、苛立ち等が読む者に迫ってまいります。
迫ってくるのですが、しかし何かもう一つ足りないものがあるように、私には思われます。

それが何なのか、実は私にも見えてきませんが、ただ言えることは、この詩が詩を書く流れの中で成立していったように感じられて、このことが言いたいとか、この一行或いはこの一言がまずあって、そこから詩が始まったものではなかったのではないか、と思われたことです。

この詩の核はどこなのか、それが明確に伝えられたら極上佳作といえるでしょうが、私的にはこの詩「佳作半歩前」でしょうか。もうちょっとなんですけどね。

しかし夏生さん、以前に比べると言葉に想いが乗ってきたように思われます。借り物の言葉じゃなくて、自分の言葉として書かれていると思われます。

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〇山下 一歩さん 「風立ちぬ」11月30日(木)ご投稿分

山下さん、こんにちは&お久し振りです。

この手の詩は、もう抜群の安定感と説得力のある山下さん、この詩もその路線は健在です。
こういうのを一言で「うまい詩ですね」と言ってしまってもいいと思いますが、それだけでは評になりませんから、なんか申し上げねばと再読、再再読しています。

まず、ちょっと漢字変換で気になったところですが、1連目の2行目、「秋使用」じゃなくて「秋仕様」が良いのではと思いました。
それから題なんですが、「風立ちぬ」というと、ワタクシなんて咄嗟に、ナヌッ、堀辰雄?と思ってしまって、先入観が拭いきれなかったです。どうなんでしょうねぇ、そのあたり。これ、鳥さんを書かれたものだと思われますから、その鳥の名前を題に持ってきてもよかったんじゃないでしょうか?

それとここも、気になる人には引っ掛かるところ。
1連目はいいとして
2・3連は「た・だ」調で、4・5・6連が「です・ます」調です。
ここもどちらかに統一した方が、読者受けは良いでしょうね。詩では敢えて両方を使って書くこともありますが、この詩にあっては、敢えて二調子にする理由はないと思いますから、原則に従って、どちらかに統一した方が無難ですね。

お作、「佳作半歩前」ということで。
それから山下さん的には、もう一つ抜けた連があっていいかな、とも思いました。



〇続いて「黄昏」

以前、私は拙作にも書いたことがあるのですが、黄昏の語源は「たそかれ=誰そ彼(誰ですか、あなたは?)」ということで、電灯もない昔の事ですから、夕暮れて人の顔の分別が付かない時刻のことを言ったものでしたので、そういう時刻って、3連目の最初「ぼやけて来た/昼と夜の境目」という表現がぴったりですね。

前後しますが、2連目の4行はちょっと韻を踏んでいて、語調がとても心地いいです。こういうことができるところに、山下さんの詩の深まりを感じます。

全体的に見て、連の流れに余裕と貫禄が感じられ、そして詩(連)に無駄がないので、それらがより一層の安定感に繋がるのだろうと思われます。
終連の「落とし」は決まりましたね。特に最後の2行は嵌っています。

強いて一点、終連の2行目、「空しい私は」の「空しい」が必要だったかどうかなんです。ここ、自分を卑下しているわけですから、もっと突き放した方が、より効果的になるんじゃないかと思うのです。もっと言えば「独り取り残された」も一考してみてください。
自分を突き放して卑下するときは、いつもより一段テンションを上げて冷たくそっけなく書くと、読者は一層の共感を覚えるものではないでしょうか。

でもお作、充分「佳作」です。

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〇ひなのさん 「生まれ変わるための」11月30日(木)ご投稿分

ひなのさん、こんにちは。

お約束の「終電駆け込み乗車」のひなのさんです。
毎回ありがとうございます。なんか意識してもらっているようで、評者冥利りに尽きます。
でも評は評、想うところは余すところなく申し上げましょう。

う~ん、この詩、ちょっと「ヤッツケ仕事」的作品に見えてしまったんですよね、ワタクシ。
例えば「禊」。
この言葉、こんな安易な使い方するようなひなのさんじゃないでしょう。
もっと真摯に、もっと巧妙に、もっとしなやかに使いこなすのがひなのさんです。
それから6連目に出てくる「こぼれそうになる涙」。
こんな安っぽい涙なんて流すようなタマ(←失言)ひなのさんじゃないでしょう。

というのが、今回の感想でした。

「ひなのさん=うまい詩・読ませる詩・一からくりも二からくりもある詩」というのはもう公式なんです。公式は否定できませんから、公式は常に公式であらねばいけません。公式がコケルと世界は困ってしまうのです。好む好まざるに関わらず、私にはひなのさんはここではもうそういう立場の詩人さんなのです。

というとで、次作を(乗り遅れないよう)期待しています!

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最近、ここで評を書かせてもらっていて、想うことがあります。
それは自分としては評をする基本姿勢はブレていないつもりなのですが、人によっては「あれッ、この前言ったのと違うじゃん!」とお感じの方もいらっしゃるかも知れない、と、不安に思う時があるのです。ワタクシとしましては、その都度、精一杯読ませて頂いて、その時々に感じたことを書かせて頂いているだけで、決して、ブレているとは自覚していません。でも絶対ブレていないか?!と詰問されますと、少々心細くなります。
で、「アンタ、ブレてない?」と感じたことのあるお方に一言。
これ、前の選挙中、新聞のコラムにあったお話です。

アメリカの政治家の父親と、その息子の会話。
「パパ、こっちの党からあっちの党に移った人の事を、何て言うの?」
「それは『卑怯者』と言うんだ」
「じゃあ、あっちの党からこっちの党に来た人は?」
「それはな、息子よ、『改心者』と言うんだよ」
 

沢口リリキ様

 投稿者:夏生  投稿日:2017年12月 5日(火)14時00分31秒
  沢口リリキさま、おきなわ文学賞、詩部門、佳作受賞おめでとうございます!

素晴らしいですね!沢口さまの御健闘が大きな励みになりました。

これからの益々のご活躍心より願っております!
 

島秀生様

 投稿者:夏生  投稿日:2017年12月 5日(火)13時57分37秒
  拙作「置いてきぼり」に評、アドバイスくださいまして、ありがとうございます!

描写、表現の対象を描ききれず、ご指摘通り、力不足でした。まだまだです。

細部までお読みくださり、ありがとうございます。精進致します。
 

同じ屋根の下

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2017年12月 5日(火)12時59分20秒
編集済
  君には
白く光る髪の毛が
ご飯山盛り食べていても
重さが太さが私よりも

ない  ない  ない

私には
目立つ色の髪の毛が
僅かに去年より幅が
甘いおやつが前よりも

ある  ある  ある
何故君にはない

君にあるのはなんだろう
私になくてあるもの
けれどそれは知りたくない

色々と考えながら
ひと息つく事がだいぶ増えたかな
今年から仕事とお小遣い増えたからね

そうだ
君にもあげよう
あまい
あまぁいおまんじゅうを

と机の片隅に包まれた
きつね色のふんわり甘いおやつ
こっそり持ってたんだ
でも見た目が昔と
変わらない  ない  ない

まだまだ君のこと
知らない  ない  ない
同じ屋根の下に居ても
実は知らないふりしてる
目の前の心模様なんて
 

島 秀生 様

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2017年12月 5日(火)09時00分23秒
  おはようございます。
ご返信遅くなりました。
今回投稿の「黒猫サチと私」にご批評と沢山のアドバイスを賜り誠にありがとうございます。ロジックか繋がっていないとのご指摘に何が足りないのか気づかせて頂きました。やっと、五連を島さんの下さった連を入れさせて頂き、修正してみました。七連目の一行目もなおしました。新しい五連目で漸く詩全体が繋がりました。ありがとうございます。評者様からのアドバイスでこれからも少しずつ学んでいきたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。
 

ごめんなさい失念していた

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2017年12月 5日(火)07時54分26秒
  自慢話しか聞き取れない
ヒアリングには残念ながら自信がある
耳の穴にひとさし指をつっこんでも無意味
好きなサンドウィッチの具もモノクロになる
おいしくない
つまらない
私の世界をこんな風にしやがって

だから
あなたが得意とする事象を預かったまま海底を歩くことにする
上空は既にクモの領域
絡め捕られ食べられるのが身体とは限らない

深度が深くなっても私は大丈夫
あなたの得意は私の手の中にあるのだから
(邪魔はさせない)
得意がないあなたは不安になるの?
ごめんなさい失念していた
あなたを上空へ案内するべきだった
そうすればよかった
間に合うならこれはアドヴァイス
何も持って行かなくていいから
持ち物なんてすぐに意味を成さなくなるから

何も聞こえない
ここは静か
ここはカラフル
 

苦しくも悲しくもなければ羨ましくもない

 投稿者:たりや あいひ  投稿日:2017年12月 5日(火)03時08分15秒
編集済
  才能

なんてものを信じたくない。

だって
そんなものが存在したら
報われないじゃない。

全ては
環境と努力で
決まると信じたい。
かかった時間で決まるんだ
って信じたい。

じゃないと
報われないじゃない。

彼女の声が美しいのは
それが彼女の才能だから。
彼女が歌うコツをすぐに掴んでしまうのは
それが彼女の才能だから。

じゃあ私はどうしたらいいの?
諦めろ
とでも
いうの?

才能なんて
信じない。

全ては
環境と
努力で
決まるの。

そう
自分自身に
言い聞かせるの。

じゃないと
悔しくて
悔しくて
悔しくて
悔しくって。

才能
なんて
信じない。

そんなもの
妄想でしかない。
空想でしか
ない。

才能
なんて。

才能

なん








あゝ


ほしい

 

島 秀生 様

 投稿者:中也  投稿日:2017年12月 4日(月)23時15分59秒
  島  秀生  様
評をしていただきありがとうございます。
ご指摘いただいたこと、本当にその通りです。
少し、気持ちが入りすぎて、客観視できないまま、中途半端な形になってしまいました。
力不足だと改めて感じました。常に最高の料理を作ることができないうちは、
まだまだ修行して、自分の腕を磨いていかなければなりません。このサイトでしっかり磨いていきたいと思います。
師走に入り、何かと慌ただしくなってまいりました。
また、寒さも日増しに増してまいりました。どうかお元気で、お身体をご自愛ください。
今後ともご指導よろしくお願いいたします。
2017年12月4日            中也
 

島 秀生 様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2017年12月 4日(月)19時22分50秒
  評をありがとうございます。一本すじを通すことを意識して取り組んでいる今日このごろです。ですので今回の評は本当にうれしいです!ありがとうございます!  

島 秀生 様

 投稿者:耀子メール  投稿日:2017年12月 4日(月)19時06分39秒
  こんばんは。「揺蕩いながら」へのコメント有難うございました。名作といってくださって本当に嬉しいです。星空を見るのが好きです。最近ちょっと立派な?星座表を買いました。評者の皆さんの、参加者の方へのコメントも読みながら、いろいろ参考にさせていただいていますが、難しいですね。シンプルに淡々と詠いたいのですが、気持ちがこもりすぎて、無駄な言葉を使うことも多々ありです。言葉を足していただくこともあり、成程!と改めて感じることも沢山あります。これからも宜しくお願いいたします。  

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