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島 秀生 様

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2017年10月 8日(日)21時29分49秒
  島様、こんばんは。
今回投稿の「頂いたご馳走に」をご批評、沢山のアドバイスありがとうございます。
早速全部その箇所をそのまま、なるほどと頷きながら入れ替えてみました。きれいに流れてまとめられ、わかりやすくなりました。気付けなかった部分がこんなにあったんだと、それをアドバイス頂けて本当に有難いです。まだまだ文章が至らない所がある中で秀作との嬉しいご批評ありがとうございます。
詩が初めてこんなに長くなったのですが、これからもアドバイスを参考に書いていきたいと思います。
今回の内容ですが、振り返って考えてたのですが、詩をこうして書いてなければ、たぶん栗金団貰ったからって祖母を思い出してたかはわからないなと。
後から後から、祖母の事や祖母からくれたものを思い出したのも、詩を書いてたからだと思います。それがなかったら祖母の有難さに気づくのは本当にだいぶ先だったかもしれません。祖母が亡くなった当時は育ててもらいながら、感謝よりもちょっと冷めてたと思います。将来自分がこんな風に祖母を思う日が来るとは全く考えてなかったと思います。そう、考えると今の自分は贅沢だな~と感じています。色々と気づく事ができて、詩は全部自分の為に書いている気がしてくるからです。更にアドバイスも頂けるなんて贅沢ですよね、きっと。他にやる事が沢山あるのに、良いのかと。毎回書くたびに、次は暫く詩を考えずにやる事をやるぞと頑張るのですが、どこからかスイッチが入ってしまって、いつのまにか考えている自分がいるという状況です。なので、最近は取捨選択するよう心がけてます。できてるか微妙ですが。
すみません長くなってしまいましたが、マイペースですが色んな事が書けたらと思います。これからもどうぞ宜しくお願いします。
 

島 秀生 様 へ

 投稿者:中也  投稿日:2017年10月 8日(日)20時57分1秒
  島  秀生  先生
いつも細部にわたり懇切丁寧に批評していただき本当にありがとうございます。
このサイトに出会い、詩を書くことが日常の一コマになることができました。今までサイトの住人として受け入れていただき、感謝の言葉しか出て来ません。ありがとうございます。
ようやく自分の中で書き続けて良かったと思えるようになって来ました。
これからもこのサイトの住人として、長く住みついている長老として、ここに集うみなさんに喜んでもらえるように、自分の詩を残せるように、精進したいと思います。
250号という記念号に自分が参加できて、本当に光栄です。島  秀生  先生のおかげです。
本当にありがとうございました。
どうかこれからもよろしくお願い致します。
寒暖の差が激しくなって来ています。どうかお身体をお大事に、ご自愛ください。
2017年10月8日
                                    中也
 

島先生へ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2017年10月 8日(日)18時25分7秒
  最初に、二百五十号おめでとうございました。
私はここへお邪魔させていただくことで沢山のものを手に入れる事ができました。
島先生には何度かお叱りの言葉を頂きましたが、それが成長の糧になりました。ありがとうございます。
これからも宜しくお願いします。
では、また。
 

三浦志郎様

 投稿者:タルコンティ  投稿日:2017年10月 8日(日)15時26分26秒
  三浦志郎先生
 いつも温かい御感想及び御指導を有難うございます。
 御多忙のところ重ね重ね感謝致します。
 佳作という御評価を初めていただき少年のようにはしゃいでいます(笑)。
 本作は全くの想像物ですが、数少ない読書経験等から何らかの影響を受けていると思います。
 これからも先生方の御指導、詩、掲示板の皆様の詩等に学ばせていただこうと思います。
 私もかなりの皆様と同様に、仕事、家庭、介護等で疲れてしまい、なかなか時間が割けません。
 そういう中であっても、詩は大切な楽しみの一つであり、今後も続けていきたいと思います。
 引き続きどうぞ宜しくお願い致します。
 なお、先生の詩集を書店で取り寄せていただくことができました。
 手元に届きましたら拝読させていただきます。

 
 

島 秀生 様

 投稿者:耀子メール  投稿日:2017年10月 8日(日)13時03分32秒
  こんにちは。「恋人」「油彩画の中の女」へのコメント有難うございました。「恋人」への秀作、うれしいです。島先生がさっそくネットでホキ美術館、森本草介を調べてくださったとのこと、さらに嬉しく思います。風景画もとても素敵です。私は抽象画は苦手です。写実的な柔らかい絵が好きです。我が家にも、勿論本物ではありませんが、いくつかの絵を飾っていて、そんなものに囲まれているのは幸せと感じます。「油彩画の中の女」については、多分私の思い入れは凄く強かったのですが、先生のご指摘になるほど、と思いました。私の目の中にその女性の姿が焼き付いているので、第3者的に見る目を疎かにしたということになるのでしょう。詩でもなんでも、人に的確に伝える難しさを感じています。自分では常に気を付けているつもりだ入るのですが。これからも宜しくお願いいたします。  

250号へのお祝い、ありがとうございました。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2017年10月 8日(日)12時02分39秒
編集済
  え、今頃ですか? って感じですが、MY DEAR250号に、多数の方からお祝いの言葉を頂戴し、どうもありがとうございました。

この電信柱を過ぎたら、次の電信柱まで歩く。私はいつもそんな感じです。最初の26号までは、一つの目標を持ってやりましたが、それ以降は何号までと目標をもってやったことはありません。電信柱のあいだを一本ずつ歩いてきて、気がつけば250本目になってました。これからも、そんな感じで歩いていきます。
主宰者のくせに、目標をかかげないで、誠に申し訳ないんですが、それが私らしいんですよ。
迷惑ばっかりかけて、誠に申し訳ないんですが、良ければこれからも、私とおつきあい下さい。どうぞよろしくお願い申し上げます。


 

評、9/26~9/28、ご投稿分、その1。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2017年10月 8日(日)11時28分37秒
編集済
  すみません、残り6作は、今夜遅くになります。


中也さん「中秋の名月に恋をして」

この詩は、さすが中也さん、でしたね。
語り口が上手だし、しかもこの詩は中也さんのインテリジェンスが角を立てずに、全体ストーリーの抒情の中に、自然に溶け込んでいました。いつも、このくらい控えめにインテリジェンスを出すのがいいと思いますよ。読みやすくて、いいバランスの一作でした。
具体的に言います。
1~9連の前半部は、まず、がっしり抒情なんです。ハートで語ります。それがいい。この「抒情多め」で、中也さんの場合は詩のバランスが良くなりました。
一個難を言えば、「ここ」「あの日」、やっぱり指示語が多いので困りました。言いにくい部分もあるでしょうから、ある程度は仕方がないんですが、もうちょっとだけ別の表現でかわせたら、と思います。
第10連以降、ストーリーは発展していきます。本題である「中秋の名月」に因んで、中也さんは何を言うんだろうと思っていたら、「僕が月に旅立つことが出来そう/あの大きなまあるい月を手に入れるために」というアクション的な「夢」を語ってくれました。これが良かった。
また第12連、これは宗教と宗教的な場所が、故意にそれぞれがずらして組み合わされていて(ここは中也さんのインテリジェンスがピリッと小気味よく匂うところ)、それが第13連の、

人種も民族も宗教も
全て受け入れて
人はひとによって
繋がって
結ばれて
世界は動いている

という理想形につながっていく。
大きな人類愛で世界をつないで、この詩は締め括られます。きっと月から見れば、地球は一つ、だからなんでしょう。中也さんらしい思考の高さが、この詩では滑らかに、自然に、抒情の中に溶け込んでいました。いいバランスの詩でした。この詩は、中也さんのこれからの詩作の、一つのプロトタイプにすればいいと思いますよ。バランス良くて、読みやすくて、とても良かったです。秀作プラスを。
第14連の「10月4日」ですが、のちのち読んでもわかるように、ここは「2017年10月4日」と、刻んでおきましょうね。


耀子さん「恋人」

私も本物が買えなくて、偽物ばかり集めてますね。唯一の本物は、小島武さんが『ネットの中の詩人たち』のために書き下ろしてくれた原画だけ。でも第6集の画が、たぶん小島さんの遺作のはずです。あの時は右目を悪くされて、もう読売新聞の仕事もやめられていたから、私が頼んだ第6集の仕事が、最後の仕事のはずです。小島さんの原画が、私の宝物だな。

この詩の一番ありがたかったとこは、森本草介という画家と、ホキ美術館を、耀子さんの情熱的な愛着ストーリーを持って、教えてくれたことです。デッサンで1000万て、森本草介さんて凄い方なんですね。その名を初めて知りました(すぐにネット検索)。いいものがわかる耀子さんの眼力もたいしたものです。ホキ美術館もおろしそうな所で、私、風景画がとても興味深いですね。この詩を読むと刺激されて、自分も一度は行ってみたいと、わくわくしてくる感じがあるんです。それがいい。

絵に呼ばれる、ということがあります。釘付けになって動けなくなる絵に出会うことがあるものです。こちらの詩は、まさに五年越しの恋人で、『恋人』というタイトルがぴったりでした。一般庶民の絵画ファンの着地、「合計5000円也」も、うんうん、みんなそんなもんなんだよと共感しながら読みました。あ、でも、ある程度大きな印刷なら、額に入れるとなかなか良いですよ。我が家でも、印刷+額縁 1万円也のシャガールが威張ってますから。
(たぶん誰しも一度は味わう)鼻先で笑ったような対応されたことも素直に書かれてて、良かったです。秀作を。


@すみっこさん「頂いたご馳走に」

戦時中、特に物資が配給制になった時代は、砂糖がとても貴重品で、甘いものが何もなくなってしまって、甘いものが食べたい甘いものが食べたいと思って過ごした人が、ずいぶん多かったそうです。甘いものに飢えた経験がある世代だから、反動でことさら甘いものを作られるのかもしれませんよ。これも戦争の爪痕かもしれないなあと、私、最近思ってるんです。
第10連の「自分には家族との良い思い出なんて/無いつもりでいたけれど」から始まり、13連くらいまで続く、子供の頃若い頃には家族の愛を感じることができなかった自分への苦い想い。後悔みたいなものが語られていることが、前半の祖母への想いを余計に引き立ててくれます。相手の年齢に近づいてきて、ようやくわかることって、あるものです。そして、あの時どうしてわかってやれなかったんだろうって、あとで悔いますし、あらためて感謝の気持ちが湧いてきます。@すみっこさんの初めて見る長編詩ですが、そこのところ、大事なことはきちんと書けてるなあって思いました。細部については、もうちょっと書き慣れて、自分の文体を磨かないと、雑になってるところがあるので下記に記しますが、大事なところは書けてるんで、今段階、秀作とします。@すみっこさんの詩って、いつも心意気がステキなんですよねえ~

些細な部分なんですが、詩行のどうしても気になるところだけ以下言いますね。

2連1行目、「その姿」ですが、見た目という意味はわかるんですが、あとで祖母の「姿」が出てきますから、邪魔をしないために、ここで「姿」という言葉を使うのはやめましょう。「そのご馳走」で、どうですか?

3連冒頭の「何故ならば」は、ここだけ言葉が堅くなるので絶対使いたくない。2連終わりから3連にかけて、こんな感じでどうですか?

会った事も無い同僚の母親の台所姿が
瞼に浮かんできた

祖母の姿が重なる
私の祖母もよく甘い煮物を
大きな鍋いっぱいに作っていたものだ

6連の1~2行目、ここは食べものが並列で登場してくる連なので、並列感のある語り口のほうがいい。3~4行目の語り口と合わせて流れを良くすると言いますか。

外側はどろっと、でも中はほっくりの
甘い南瓜の煮物や

7連1行目、「喜んでたけど」は、「喜んで食べたけど」とした方がいい。ここに「食べた」を入れることによって、オムレツのみならず、ナポリタン側にも「食べた」の意が係っていくから。

9連1行目、「止まった年に」は「止まった年齢に」にしたほうが、ここはくっきりすると思います。

以上、細部のアドバイスはこんな感じです。私の案にすぎないので、取捨選択はお任せします。もっと自分にしっくりいく案があれば、どうぞ変えて下さって結構ですよ。要は、そこの箇所にちょい問題があるので、ご一考下さいということで。
「短い詩は長く読ませるのがコツ。長い詩は短く読ませるのがコツ。」でして、長い詩の場合は、「流れを良くする」ということを心がけておいて下さい。


あさぎさん「気分」

おもしろいか、おもしろくないか、と聞かれたら、おもしろいと答えたい。
冒頭、「手首をかむ」という、ちょっと痛みを伴う皮膚感覚から入るのはお見事。展開する2行目との関係性もいい。
3連、「紐解く」は本来違う意味だけど、これになぞらえた色展開がおもしろい。
これら1、3連と交互にポジションする2連と4連は、逆に表現性より、作者の意志を感じさせる連。
まあ、あさぎさん独特の世界だね。今回はそれに磨きがかかってます。秀作を。


こたきひろしさん「至福」

第6連、

男を戦場に奪われた日
女は最初の子供を身籠っていた
戦争が終わって
男が戦場から生きて帰らなければ
私は生まれていなかった

この連、前半と後半で意味が違うことを言ってると思います。夫が戦地に行く前に身籠って、夫が戻ってこなくても、母親だけで生まれて育った世代の人たちもいますので。それが前2行の意味です。片や、後ろ3行は、終戦後に身籠った世代を指す表現になります。
もちろん夫が帰って来なくて、母親だけで生まれた子は、戦時中でもあり、とびきりの御苦労されたわけで、終戦後に夫が帰ってきたからなんとか育てられたというご家庭もあるでしょう。でもその場合は、「生まれていなかった」ではなく、「育っていなかった」だと思います。
通常はそういう受けとめになりますので、そういう書き方をしたほうがいいと思うのですが、例外的に非常に短期間(半年以内とか)しか軍隊に行ってない方は、妊娠から出産までのあいだに、戦争に行って&帰ってきたという方がいるのかもしれません。とはいえ、外地にいた方は、引き揚げだけでも半年以上ざらにかかってますので、まずめったにいないと思いますが。
親の言葉って、そのままでは客観的におかしい場合があります。そこは聞いてるほうが整理して、微修正して書いてあげねば。

第9連、

なのにどうして
命が朽ちていくときに
幸福ではいられないのか

この連は核心突いていて、いいですね。介護に携わる全ての人が、きっとこれを感じていることでしょう。
戦争を経験して、さんざん苦労してきた世代なのに、どうして最後を幸せに閉じさせてやれないのかなって、私も父・母を介護しながら何度も思いました。
みんなが感じる命題ですよね。

終連、また最後に話がスライドしますよね。何か、ここまでの話と違うことを、もぞもぞっと言おうとしてる。この連はいらないでしょう。せっかくここまで、いいこと言ってきてるのに。その前の連で終わりにしましょう。
ちゃんと行わけ詩の形でも、書こうと思えば書けるではありませんか。秀作を。


耀子さん「油彩画の中の女」

うーーーん、2点あります。
まず初連、「夏の終り/陽の落ちてきた/部屋の壁に掛けられた/油彩画の中の女に」に、とあります。終連にも「薄暮のなかに」とありますが、当然ながら絵が日焼けするのを嫌がりますから、美術館の展示室には通常、外光を入れないものです。画廊なんかもほぼそうです。じゃあ、この外の太陽光が入りながら眺めてる場所ってどこなんだろう?って思います。美術館でも画廊でもないとこ? ふつうに考えると、まずこの絵の掛かってる場所がわからない。

2番目、
「その下にゆったりと流れる一条の川は/体の芯をなしている」という表現ですが、「一条の川」はやっぱりふつう「川」のこととしか思わない。そうすると、少女は川べりにいるのか?ということになるし、そこに「横座り」というのもわけがわからないことになります。

言いたいのは、このままではわからないですよ、ということです。後の詩『恋人』との連作だろうということを勘案しても、やっぱり無理があります。

タイトルを『光の方へ』とし、詩のあとの注釈に「*森本草介 2004年作 油彩 ホキ美術館 所蔵」という具合に入れる。
まず、この絵のことですよと明言したのちに、この詩を読ませる、という構造にしないといけないと思います。でないと、2つの謎は解けません。
(まさか背筋のこととは、絵がなければ、わからない。また、まれに天窓から採光してる所もあるけど、その美術館の特殊構造の部分については、書かねばわからない。注釈で美術館名を記すだけでもカバーになります。)

 

目眩

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2017年10月 8日(日)08時51分6秒
  千年を過ぎていたかも
しれない
その間ずっと瞑っていた眼を
そっと開けたら

閉じる前と
世界は何も変わらなかったのだろうか
蒼空は弓なりに反って
山並みと交差していた
草も木も二人の男女も
かっと日照を浴びていた

真夏の真昼
陽炎が揺れていた


水の匂いがした
川原の石ころが焼ける匂いがした
川原の石ころの上に立っていた

川音が止まない
向こう岸は山肌に沿っていた
山肌は垂直に立ち上がって
鬱蒼と樹木が生い茂っていた

あなたは
誰なの
少女が聞いてきた
少年は自分が何処の何者なのか
記憶をなくしていた

だから
聞き返した
君こそ
いったい誰なの

山のどこかで鳥が鳴き出した
とても気味のわるい鳴きかただった

私は
と言いかけて
少女はやめた

声が山肌に跳ね返って
何だか神秘的だったから
不吉な鳥の鳴き声は疎ましい

閉じていた唇を開いて
少女は言った
私もあなたと同じ
何処からきて
何処へ行くのかわからない
何もわからない
自分がいったい誰なのかさえ

ずっと眠っていたらしくて
眼が覚めたら
ここにいた
そしてあなたがここにいた

少女は言った

それを聞いて
少年は少なからず安堵した
安心した

思いながら
少年は眼を瞑る前の世界に
想像を巡らした
巡らしたけど
そこには
濃い靄がかかって
見えなかった

暑いわね
少女がいきなり言った
彼女は厚着していて
汗が酷かった

その有り様に
君はきっと冬の方角から来たんだね

少年は言った

反対に薄着していた少年は
きっと僕は夏だな、と
言ってから
どっちにしても暑いや

陽気に笑った

その笑い声が少女にも伝染したらしい
そうね
脱いじゃおうかな
あっけらかんと言った

その言葉に少年は怯んだ

少女はかまわずに着ていたものを脱ぎだした

少年が見ている前で裸になってしまった
いくら知らない同士でも躊躇いもなく

そして少女は言った
あなたも裸になったら
川に入ろう
水浴びしようよ

服を濡らしたら後で困るでしょ
だから裸になるの
何かおかしい

早く早く脱いで

急かされて少年も脱いでしまった

それを見て
少女は笑った
可愛い

言って笑った

有り得ない展開に
少年は
一瞬たち眩んだ
全裸のままで



 

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2017年10月 7日(土)22時36分48秒
  砂ほこりも
落ち葉も
髪の毛も
わたしも

風の無い日には 立ち止まり

雲の歩みや
雨粒の落ち方
季節の薫り
心の動きさえ

風が眠る日には 行く先を決めかねる


些細なひと押しが
今日を変えていったり
一吹きの風から
勇気を貰う事もある

時には
悩み 迷い
立ち止まり
振り返る

目を閉じて 風の訪れを待っていた


ひと度 風が駆け抜けると
砂ぼこりは遠くの町を目指して
若々しい落ち葉は仲間を探す旅に出た
俯く顔を上向かせるように空に靡いた髪が

立ち尽くすばかりの わたしを突き動かした


風に抱かれ
背中を押され
明日へと導かれて
わたしは今を生きよう

透明な生命力を身にまとって

雲は流れ
大地を潤し
季節がやがて熟す頃
心が空の青さに出逢えば

  いつか
  風に愛されていた
  自分を思い出すだろう

  そうして
  風を愛(いつく)しむ事の
  喜びに包まれるだろう


もしも明日 この胸の中に 新しい風が吹いたなら




 

茶の間の一生(評不要)

 投稿者:キャベツ  投稿日:2017年10月 7日(土)11時52分18秒
  中年女の背中を舐めた
まだ万博公園も無かったあの頃
いつも強かったはずの祖母は
「弱みを握る者」の監視下で
電気のこぎり片手に
怯えながらそれを監視した
それは時にチープな宇宙で
ゲーセンの画面のように
チカチカ踊るだけだったが
奴らが居座る時分には
水琴窟の調べのような
無我へのいざないともなっていた
それは電波時計のように正確な
細長い眼鏡の中年ダンサーを経たのち
相撲取りのようなサイズの無口な鳥
そして豆腐のような死骸になった
ずっと茶の間に正座して
都合が悪くなると
末恐ろしい唄を歌っては
全世界であるところの
茶の間をごまかした
今頃君の頭上を
飛んでいるはずだよ
「弱みを握る者」の豆腐が
ただの幸せをたずさえて
 

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