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感想と評 4/6~4/9 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 4月15日(日)07時50分28秒
編集済
  江見由宇さん「言葉」4/6

はじめてのかたです。ようこそおいでくださいました。よろしくお願いします。ここでは感想と評(評価)でワンセットですが、初回(又は様子見的に数回)は感想のみとなります。よろしくお願いします。

後コメントなどを読むと、礼儀正しく、優しさ、柔らかさを感じました。それは作品にも反映されているようです。言葉の持つ裏表、光と影、長所と短所。属性として提出されたのは「こわいもの・いぶかしいもの・もどかしいもの・みさだめるもの・すごいもの」―そうですね、おおむね言い切れていると思います。それらをご自分の側に引き寄せて書かれているところに好感を持ちました。構成上は「言葉/それは~」というおそろいの出し方です。僕はこういう書き方はまずしないんですが、この詩には似合ってますね。この詩の持つ雰囲気やキャラクターに溶け込んでいるのを感じました。そのように事例を出しつつ「みさだめるもの」以降、詩は結論に向かうかのようです。「ほんととうそ~~なにを信じるか」において、自分への引き寄せが最高点に達したのを感じます。それを受けての”まとめ~結論”です。とても幸福な方向に向かっているのを感じます。後はささいな技術論を。終連の一行置きがとてもいいんですが、もう少し前連に近づけたほうがいいでしょう。後はタイトルです。文中「言葉」が多出するので、タイトルは少し違う方向へ持って行った方がいいかもしれません。それでも、この板でのオープナーとして相応しいものです。また書いてみてください。


小林大鬼さん「五井駅の住人」 4/6

なかなかマニアックな駅の登場です。読み手を代表して調べたところによると、千葉県は市原市。JRと小湊鉄道の駅。この小湊鉄道というのが趣ある路線として最近人気があるようです。ちなみに私事的余談を書くと、今年の一月、僕は出張でお隣の五所地区に行ったことがありました。それはさておき、作品です。「家」が第一のルーティンだとすれば「駅」は第二のルーティンかもしれません。人はだいたい同じ時刻に通勤・通学する。よく見かける顔も一人二人はいるでしょう。「住人」(これは比喩的意味でしょう)・定位置・「隅に座り」とあるから駅利用客とは違う。(差別的な意味ではなく)駅によくいる風変りな人かもしれません。それを一瞬のスケッチ。技法的にやや気になるのは冒頭の「引っ越した今でも」です。引っ越したのは「彼」か? はたまた「彼」を見つめている「この詩の主体」か? このあたり活かすには、もう少し付け足す必要がありそうですし、そもそもこの語句は詩において、あまり大勢に影響を及ぼさないように見受けられるのです。それよりも場面描写に徹して別フレーズにして強化したほうがいい、というのが僕の意見です。作風としては奇妙視や蔑視でなく、あくまでニュートラル、むしろ同情が匂うのもいいです。伝わる雰囲気がありました。甘め佳作を。


葉月 祐さん「詩になる夢」 4/7

皆伝者さんなので感想を書きましょう。冒頭、奇想天外な発想です。けれど、葉月さんのいつもの柔らかく優しい語調のおかげで、すんなりその世界に入ることができました。ひとつ腑に落ちないのは冒頭から前半で「私=詩」の感覚で来ているのですが、中盤以降『ねえ、わたしを詩にして』の展開がよくわかりませんでした。何か時間差があったのかどうか? しかし、この詩の持つ構想、フィーリングはとてもいいんです。僕の心にヒットします。今後もこの構想を温めて―常駐構想として―進化・発展させるといいと思います。いつか大作になる日が来るでしょう。


こたきひろしさん「散文詩かも知れない散文」 4/8

まず、これはタイトルが違うかも知れないですね。あるいはもっと付け方があるような…。ちょっと悲惨な状況の男の身辺ではあります。それに追い打ちをかけるような彼女からの電話。その状況の書き方、展開の仕方はやはりうまいんです。冒頭、大上段から起こして、男の個別性まで降ろしてゆく。その降ろし方のことですね。微に入り細に入り写実的でうまいです。ひとつ書法で気になったのは冒頭「私」で始まったのが文中は「男」になっている。こういう書き方もあるにはあるんです。詩にも前白・前言、あるいはト書きのようなものがあっていい。その場合、人称が違う場合もあるでしょう。もしもこの詩がそうであるなら、初動部分「問題になりかねないと思う」と「激しい雨が強い風に」の間、2~3行は空けたいですし、そうでないなら統一すべきでしょう。佳作一歩前で。

アフターアワーズ。

こたきさんの詩へのアプローチとして、ちょっと図式的に…。

瞬時に構想する→瞬時に書く→瞬時に投稿する→左記の三行為を瞬時に忘れる→忘れることによって次への詩作エネルギーに転換する。

その評価は別として、非常に特異なパターンを持っています。これはこれでひとつの個性と認識しております。


すみっこさん「一本桜」 4/8

前回は非常に込み入った作風でしたが、今回はナチュラルで、評者としてはホッとしました(笑)。詩のシチュエーションとして、群れてなく一本だったところが良かった。そういう”ソロ感覚”というのは自由でありながら孤影あり。そういう風情ですので、すみっこさんも語りかけやすかったと想像できます。一本と一人。だからこそ、そこに自然で抒情に富んだ対話が成り立つのです。そんな詩。「持て成す」はこの詩の場合「もてなす」が良いと思います。フィナーレに近づくにつれ、すみっこさんの心情も増してゆきます。その高揚感はすごくいいです。一歩引いた謙虚も魅力。詩自体が美しい。ただ、描き方はちょっとありがちでおとなしかったですね。佳作“一本”前で。


評不要コーナー。

タルコンティさん「4/9付コメント併載『楽器』」 4/9

楽器を擬人的に捉えている点にまず注目しました。それほど例がないので…。「悲鳴」というのが皮肉ですね。それを妙音として聴いている僕等も皮肉。アイロニーの二重性があります。物事はいろいろな角度から見られますが、これは一方向から見ている。それもアリでしょう。そこがおもしろいのです。



評のおわりに。


楽器のはなし、続。楽器には「悲鳴」もありますが「反発」もあります。打楽器で言うとリバウンド。これは有利でありながら大敵でもあります。リバウンドに手首が負けてうまくコントロールできないと良い音が出ないんです。僕にとって”手厳しい玩具”のゆえんです。「対峙」と「融和」が必要になってきます。道具一般にも言えるセオリーでしょう。言葉を楽器として道具として使う僕等も対峙と融和の二面性が肝要かもしれません(ガラにもなく気高いこと書いたよなあ、ムリが感じられるなあ)
では、また。







 

誓い

 投稿者:澤 一織  投稿日:2018年 4月15日(日)04時21分29秒
編集済
  君を薬漬けにした
黒い街のネオンや黒服の手招きが
君からあらゆる血色を取り上げても
きっと 僕たちは忘れない

まだ
君の瞳が
真っ赤にひび割れる前
君が
その透きとおった瞳で
この世界を見渡していたことを


君は重く正しい鎖に
両腕をきつく結ばれながら
遠ざかってゆく
赤灯の明滅を見つめながら
僕たちは乾ききった唇を噛み締めて
誓う

 僕たちは
 君の帰りなど待たない

いつかどこかの未来にて
かつて共に育った街の
ファミレスやコンビニで
君を見かけたとしても
僕は君に声を掛けないだろうし
君が僕に声を掛けてくれたとしても
僕は言葉を遮り その場を去るだろう

君が後遺症に苦しみながら
明日 この街で暮らそうが
再び 黒い街へ消えようが
君は君の瞳で世界を見渡せばいい

だけど
もし 僕の彼女や家族に声を掛けようものなら
夜も深まる頃
この街から君を追い出す手立てについて
仲間たちと話し合うかもしれない

他の街の掟などどうでもいい
例え 歪んでいたとしても
これが僕たちの誓いだよ

さようなら

かつて
その透きとおった瞳で
世界を見渡していた君へ
そんな君と日々を共に過ごしたかつての僕たちへ
育った街から
黒い街のネオンや黒服の手招きを睨みつけながら
もう一度だけ 噛み締める

僕たちは忘れないよ


***

雨音 様

お久しぶりです。
宜しくお願いします。

澤 一織
 

雨音 様

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 4月14日(土)21時10分56秒
  すみません、投稿作「大切な人へ」で三連と四連で修正しました。宜しくお願いします。  

大切な人へ

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 4月13日(金)17時21分31秒
編集済
  心の中をどうぞ覗いて下さい
誰も傷つけたくはないのに
ギザギザした言葉が飛び出してしまう

近い人ほど伝わらない
どうしてか心が遠くなる
本当は一番大切な人なのに
大事にしてあげられないなんて
それは悲しいことだから

ふいに僕は君に伝えたくなる
心で想っていることを
でもそれは優しい言葉で包めないと
楽しい時間はやって来ないだろう

大丈夫    お互いに余裕がないだけだよね
今夜はゆっくり休んで一緒に明日を迎えよう
太陽が顔を出して僕等を待っているよ
 

齋藤純二さま

 投稿者:夏生  投稿日:2018年 4月13日(金)16時14分21秒
  齋藤さま、拙作「夜に書く」に佳作との評をくださり、ありがとうございます!

夜に詩を書く、というところから日々の終わりに思うこと、悔やんだこと、できなかったこと
など思い起こし、初めに書こうと思ったものと違う形になりました。不思議なもので。

あれもこれもを書こうとしてしまい、連の中に書きすぎてしまいました。ご指摘ありがとうござ
います。

齋藤様、その後体調の方はいかがでしょうか。大変な時に細部まで御丁寧にお読みくださり、コメント、アドバイスくださいまして、ありがとうございます!
 

雨音さまへ

 投稿者:夏生  投稿日:2018年 4月13日(金)15時51分48秒
  雨音さま、ご多用のところ拙作「さんかく」を御丁寧にお読みくださり、佳作との評をくださいまして、ありがとうございます!

たのしかった、とのお言葉とてもうれしく思いました。最終連のご指摘、連の位置変えなど
アドバイスくださりありがとうございます。最後が難しかったので、着地が不安定だったかと思います。今後の課題として精進致します。
 

シルクブルー様

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 4月13日(金)08時46分3秒
  投稿作にご感想ありがとうございます。最後の部分は無理矢理感がなくもないですが、一応今の自分でいよう、いてやるかですね。また時を重ねて同じ事を思ったら、また違う内容になるかもしれません。常に人も自分も変化していると思います。今はせめて胸を張って堂々としているか!と。何も偉くもないけど背筋はピンッとしていないとね。この度もありがとうございました。  

シルクブルー 様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 4月13日(金)08時00分15秒
編集済
  評をありがとうございます。二人の対話形式にしたのですが、どちらを主役にするか決めていればより長く、明快な表現もできたかなと反省です。今後もよろしくお願いします。  

シルクブルー様

 投稿者:中也  投稿日:2018年 4月13日(金)02時25分59秒
編集済
  シルクブルー様
批評していただきありがとうございました。
詩が弱かった点、切り込みが足りなかった点、表現が足りない点など、その通りだと思います。私のように震災を体験していない人間が震災詩を書くことは、震災に遭われた人に対して失礼だったのではないかと反省しています。だから、内容が薄っぺらい作品になったということではないかと感じでいます。詩を書く人間として大いに反省しました。
シルクブルー様も言葉を選びながらも、そのことを言いたかったのではないかと思っているところです。
文学作品を書く人間は誰しも自分の作品を最高のものにしたいと思うと思います。それが文学を芸術にしたいのではないでしょうか。描き方は人それぞれあって、詩も小説もおそらくいろいろあるでしょうが、私は自分の作品を最高にするためにリアリティを求めることもあると思います。つまり、今回の私の作品にはリアリティがなかったということだと反省しました。リアリティを求めるあまり、明治以降の作家の中には、鴎外にしろ漱石にしろ、太宰にしろ、悩み苦しんだと解釈しています。また古典の題材から自分の作品を描こうとした芥川はそのすばらしい文章力で後世の評論家から芸術至上主義と言われる短編集である時獄変を完成させました。しかし、それはのちに彼の高い文学性を認めた人たちの中から生じた言葉であると考えています。彼自身は何度も服毒自殺を試みながら作品を書いていました。彼は自分の作品を最高の作品にしたい、つまり芸術として認められたいという気持ちがあったと思いますが、それは誰もが持っている感覚であり、少なからずわたし自身も持っています。多かれ少なかれ文学を書く人は皆持っているのではないでしょうか。地獄変の主人公の絵師良秀は宇治拾遺物語での話と違い、自ら火をつけて自分の娘を焼き殺します。間違ってたらごめんなさい。ただ、宇治拾遺物語とは違い、芥川ならではのこだわりが作品にあります。芸術に対する芥川の小説へのこだわりが垣間見れます。その後、良秀は自ら命を断ちます。一見するととても残酷で悲しい話ですが、この作品には、芥川自身の葛藤があるように思われます。つまり、最高の作品を仕上げるために最高のリアリティを求め、最高の作品を仕上げた代償に自分の愛する娘を殺めたという道徳心というか、人間としての良心との狭間で悩んだ末、自ら命を絶つという結末が、まさに当時芥川自身が悩み苦しみながら作品を書いたと推測されるところです。つまり、ただ地獄を描こうとしたのではなくて、究極の地獄を描くことで、芸術と人間の道徳心で揺れる自分自身の内面を描こうとしたのではないでしょうか。人間は悪にも善にもなれる存在です。芥川自身が、服毒自殺をしたことと良秀が自ら命を断つことが重なって、余計にこの作品を芸術至上主義だと考える後世の研究者が出て来てもおかしくはないのだと思います。また、小説には私小説というジャンルもあります。自分の体験したことををもとに、作品に昇華する方法です。わたしの父も小説家の端くれで、本当に家族は苦労しました。あまり多くは書きませんが、愛人が複数いたり、毎晩飲んだり、家に帰って来なくて愛人の家を点々としたり、書けない嫌な記憶がたくさんあります。だから私は父を恨み、小説ではなく、詩を書いています。
私の考えは喜びの向こうにあるもの、悲しみの向こうにあるもの、残酷な現実の向こうにあるものを詩であれ小説であれ、おおよそ文学というものは書くべきではないかと思いますし、本当に優れた作品にはそれがあるように思われます。そんな作品を一つでも残せたらいいのですが、まだまだ全然ダメですね。
最近の小説は吉田、東野、湊、伊坂、角田さんなど、売れている作品にはインパクトが強くて刺激的です。しかし、例えば東野さんの白夜行は映画にもなりましたが、刺激的ですが、読んだ後の読後感が大きくて、生きることを考えさせられました。吉田さんの悪人も話は残酷ですが、ものすごく生きることの大切さを感じた作品です。今回の私の作品には、リアリティもなくて弱く、インパクトもない、読者に訴える力もない作品になってしまいました。
これから、震災詩は書けない、いや書くのは失礼ではないかと本当に考えさせられました。
震災に遭われた方に謝らなければなりませんね。とても長くなってしまいました。シルクブルー様の批評からたくさんのことを改めて考えることができました。これもこのサイトの皆様のおかげだと思っています。
シルクブルー様、サイトの皆様、温かくこのサイトで私を受け止めてくださっている管理人の島秀生様、ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。
2018年4月13日           中也
 

あいつ

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 4月13日(金)01時24分42秒
  あいつは仮面の中にいる
時々鏡の中にもいる

あいつは人混みに紛れては
外の気配を窺っている

あいつが一度目覚めれば
もう惨劇は終わっている

あいつは薄ら笑いを浮かべ
血を滴らせ空になる


註 一度=ひとたび
 

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