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雨音様

 投稿者:三澤新太郎メール  投稿日:2018年 4月12日(木)00時02分12秒
  雨音様へ、御礼が遅れて申し訳ございません。
評をありがとうございました。とにかくストレスに
ならないように創作に向かうことと、最近は
じっくりと見て、感じた事をゆっくり心で整理してから
書くようになりました。のんびり向き合う事が
大事だなと思っています。
いつも本当にありがとうございます!
 

齋藤様

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 4月11日(水)23時27分17秒
  齋藤さんお体はいかがですか。丁寧な感想と評価を読ませて頂く限りお元気そうで何よりです。

結果的に問題の二作になってしまいましたが、作る段階では予想してはいませんでした。
芥川龍之介が「地獄変」の中で書いた芸術至上主義に幾分か感化されていたのかもしれません。本当の地獄を描きたいが為に自分の最愛の娘を犠牲にした絵師の物語は最後は主人公が自死して終わっています。
詩作と小説の違いは何なのかと考えた時に、詩歌には高い人間性が追求されていなくてはならないのでしょう。今回の二作にはそれが欠けていると読み手に伝わったのだろうと推測しています。
しかしながら、人間を善と悪に振り分けて捉えるには無理があると思います。
人間は条件と環境の中で善にも悪にもなりうる存在だと私は思っています。
それを私は私なりに作品にしたいと常々思っています。それが結果的に表現が読み手に不快感や刺激を与えたのは詩の読者が詩の作者であったからだと思われます。
でも、小説の読者が作者になる可能性は作家を志望しない限りないでしょうから。小説は反対に過激な表現が売り上げに繋がる可能性を秘めた文学ですし。

比べて詩を志す人間は崇高な精神を求められなくてはならないのでしょう。

書き出したら止まらなくなるので止めます。
二作の評価と感想頂けてありがとうございました。
心配していたので安堵しました。
今後は表現に気を使わない訳にはいきませんね。
 

4月3日(火)~4月5日(木)の後半、評と感想になります。カロリーハーフの齋藤

 投稿者:齋藤純二メール  投稿日:2018年 4月11日(水)21時44分46秒
編集済
  思い出は重くない          こたきひろし  さん          4/4

こたきさん、二作のご投稿をありがとうございます。読み応えありましたよ。

では、こちらの『思い出は重くない』から。
「彼の少年の曰の記憶は〇〇の夕日に包まれていたりはしなかった」と連の始めを詩的に切り出し、少年の家内暴力と家族の姿を描かれています。最後の連を除けば小説のような状況説明で読者へ伝えているのが、こちらの御作の特徴となっています。ほぼ誘導させるストーリーがありそれをなぞり読む感じですね。場面が目に浮かびやすく、上手に描かれていると感じました。

彼が暴力へ走ったのはやはり父親の影響が大きかったのでしょう。
父親からのネグレクトや冷やかな視線っていうのは、こどもに対してとても加虐な行為です。精神が病むのもわかるような気がします。そして、学校側は彼への学校生活への促しも積極的でないという話になっていまして、残念な社会が見えてきますね。

最後の連ですが、親族の話という説明はない方がいいと思いました。突如、傍観者的な立場からの考えとして述べられ、読者にとっても戸惑いが生じますかね。また、その前の連で「それは世間に蔓延る黴の臭いがした」で、決まったと感じましたので。

少年が愛を感じることができず追い詰められ、母親に暴力を振るまでになった理由(わけ)をもうひとつふたつ読者へ提示したのなら、同情する気持ちが少なからず芽生え掲示板に意見された悲しみもある程度、遠ざけることが出来たかもしれません(けして暴力を肯定するということではありません)。

世間に蔓延る黴、その黴に触れつつ腐らないようにと苦しみ生きているひとがいて、他人ごとと思っていた自分が巻き込まれることもあるでしょう。私たちの社会や家庭で起きている問題を見つめる御作となっている力作だと思いますが内容の性質上、評価は保留とさせてください。






ふと思ったこと           こたきひろし  さん           4/4

こたきさん、二作目ですね。こちらの御作、Kとはイニシャルからしてこたきさんのことのようにも思えますが、結末を考えますと、やはりKという人物として拝読したほうが良さそうですね。

Kは、仕事帰り疲れた身体を電車に揺られながら、読書するわけでもなく、スマホを使うわけでもなく、車窓から見える景気さえも見ているようで見えてないほどに、物思いに耽る。考えることが好きなKは、命と引き換えにできるものについて探究する。命と引き換えにできるものとは、もちろん「愛」についてでしょう。しかし、露骨にこたきさんは愛なんて言葉は使わない、結びつけないこたき流がそこにあるような気がします。自分の命と引き換えにしても守りたいのは、家族以外にないと考える。いざ、そのような場面になってみなければ、それもわからないという正直な自分を見つめています。このへんの表現がいいですね。

そして、終盤ですね。電車から降りたKが事件に巻き込まれる場面になるわけですが、「社会に隠れ潜んでいた精神障害者らしき人物」と綴られ事件につながる表現はアウトですね。障害をもつ方やその家族の立場から考えてみてください。中也さんからのお言葉もありましたので、すでにご理解されているとは思います。
また、考えごとをして何事もなく何時ものように、電車から降りていく感じで詩を終わらせても充分手応えにある御作だと思います。インパクトのある事象を入れない方が伝えるべきことが、伝わるということもあるでしょう。

無理にこたきさんが表現の方向性を変える必要はないと私は思います。伝わり方だけ考えてくだされば、それで済む話でしょう。

とても読者を上手に誘導され、情景が浮かび心情の伝わってくる御作でした。評価は保留とさせてください(途中までは佳作以上の評価だったのですが)。

またのこたきさんのご投稿を楽しみにお待ちしています。







思い出                     ゆき さん                 4/5

ゆきさん、初めてまして齋藤と申します。よろしくお願いします。今回は評価はなしで感想を書かせいただきます。

ゆきさんは、精力的に詩作をされていますね。風、雲、雪など自然の現象に「君」と「僕」を絡めて進行され、上手に場面に反映し描かれる方だと感じています。

こちらの御作は雪の情景に包まれながらも、寒さよりも綺麗な現象や景色、思い出に浸ることができます。そして、ペンネームもゆきさんということで、すべて雪尽くしになっていますね。今は春ですが、あえて雪に関わる御作となっていましたので、ゆきさんはとても雪が好きなのかなあ。私は景色が一面、雪で真っ白になってしまう世界観が好きですね。

拝読していまして「そうそう、それあるなあ」と大きく頷いていました。声だけを覚えているくだりや思い出した出来事が昨日のように感じたり、そのようなことありますね。ふと、思い出しセンチメンタルな気分に浸るのは、せつなさもありますが癒やされようとする自分もそこにいるような表現が含まれ、いい感じです。

出だし「粉雪の舞う夜に/君の唇も/白くなってくる」となっていまいして、君が今は僕のそばにいるように思えましたが、拝読していますと僕はひとりで車の中にいて、奇麗な雪の結晶を見たり、初めて聞いた声を思い出し心が温かくなる、となる状況だったでしょうか。初めて聞く声で心を温かくなるというのは、声にやさしさが表れているほど素敵な方だろう、と想像できますね。しかし、~だったと表現されていますので、その方とは終わった関係なのでしょうか。そこで、悲しすぎるといった言葉が綴られいるのかな。せつなさを感じつつもそれでも大切な思い出になっていると思いたいものです。

連ごとで気持ちががプラスにむいているもの、マイナスに向いているものが散りばめられ、花びらを一枚ずつとり「好き、嫌い、好き、嫌い……」のような心の揺れを感じながら拝読できる不思議な感覚が良かったですね。ただ、「誰か」と「君」の内容が交差し、混沌としていますかね(もしかしたらこの二者は同一人物なのか……)。
今の季節に雪風景、もうそれ自体の時制が過去の「思い出」となっていまして、その世界に浸ることの出来る素晴らしい御作を拝読させていただきました 。ありがとうございます。

またのゆきさんのご投稿を楽しみにお待ちしています。







夜に書く                 夏生さん              4/5

夏生さん、ご投稿をありがとうございます。『夜に書く』の御作、夜の深々がとても伝わってきますね。評価は「佳作」です。

ひとりになった夜に今日起きた出来事を回想し反省したり、「わたし頑張ったよ」と自身を労ったり、ひとの言及や行動への意味を考えたり、一日を振り返ります。誰しもそのような夜を過ごすことがあるのではないでしょうか。折り合いとともに、それらの思いを書きとめておこう、と。題目を『夜に書く』とされたのもとてもいい感じですね。日記に書きとめる、詩に書きとめる、思考することを書くとされるのもいいでしょう。「書く」という言葉がいい許容をつくっています。これら「書く」ということが、明日への成長の糧になっているのかもしれませんね。今回は「さみしさ」との溶け込みがテーマとなっていますが、読者に重荷を背負わせることなく、さらさらと流れて拝読できるのも素晴らしですね。インパクトのある言葉も使用せず、言葉と言葉の接着技術(感性かも)にて雰囲気のある夜の空間を醸し出すことに成功しています。

一連、出だしの「白紙見つめ10分/書きたいことを/探すと」と、今日一日の振り返りの時間でしょうか。思い出す場面は聴こえ(見え)てくるが、そこでの反省や悔いを変わらない、届かないとの表現で心情が上手く描かれていますね。
また、「きく」という語彙は「聞く」、「聴く」、「訊く」とありますが、こちらの御作は「聴く」をお使いになっています。言葉などを聞いて、それがただ聞くだけでなく、その言葉が自身の心に響いてくる時には、やはり「聴く」を使われるのがいいでしょう。そこもグットでした。

六連、「起こせなかった/ことが/鈍く痛む」と。為せば成る為さねば成らぬ何事も、といった教訓とか反省でしょうか。ここもうんうんと頷きました。脱線ですが、私の場合は考えるより先に行動をしてしまい反省することが多いです。

「さみしさは/やさしさに/変わるだろうか」、ここがサビというか、表現したかったところに思えます。強いさみしさを知り、またさみしさを持ちつつ、同じようにかなしむひとを思いやりやさしくしてあげられるだろうか。そのような自分になろうとする心をもつことに繋がっているだろう、テーマが見えてきますね。

そして、終連では「さいしさは/くたびれて/眠り込んだ」と締めます。締めるというより眠りに入るスヤスヤ感に心地よくなり、読者に「さみしさは/やさしさに/変わるだろうか」の答えを問いかけつつ、言葉がまとまらずに、と上手く逃げられてしまった感じですね。それもいいです。

気になった点は、各連ごとの文字の密集度や漢字の使用による拝読時のバランスを考えますと、一連が少し重たく他の連とはリズムが違っているように感じます。入り口のつかみなのでこれがベストなのかもしれませんが。これは私のいちゃもんレベルになっているかもしれませんので、スルーしてください。

夜、今日一日を振り返り自身の思考と心情を聴いてみる。そこにはやさしくなるための時間と成長があるのでは、と日々の一コマを表現されている素晴らしい御作でした。

またの夏生さんのご投稿を楽しみにお待ちしています。






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ちょっとつぶやき

いつの日かMY DEARに参加している方々で、朗読会が出来たら盛り上がるだろうなあ。。。

ツイッター MY DEAR『詩の仲間たち』の企画では、毎日ある記念日をテーマに興味のある方から詩作アップしていただき、まとめています。字数制限が140文字と少なく難しいこともありますが、素晴らし作品が集まっています。一ヶ月ほどで300を越える作品が集まりました。ご興味のある方はぜひご訪問、ご参加ください!
ちなみに今日は、「ガッツポーズの日」で『#ガッツポーズ詩』。元ボクサーのガッツ石松が試合で勝利し、両手をあげ喜んだポーズをガッツポーズと言われるようになった日です。ガッツポーズがテーマで詩を書く? って感じですが、書き始めると楽しいかもしれませんよ!

https://mobile.twitter.com/mydear2000s

 

More Than Today

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2018年 4月11日(水)21時05分23秒
  同じ一日は 二度と来ない

いつものように走る朝
会社までの三分間に
感じる空気は いつも違って

仕事をしていれば
トラブルもあるけれど
元気を貰う事も たくさんで

たったひとことの挨拶から
膨らんでいく 些細な会話が
与えてくれる 不思議な力があって

  いろんな人から受け取る
  たくさんの言葉で
  こころが満ち 潤えば
  風の匂いや 空の絵画
  人の優しさ 形のないものが
  今日よりも きっと

  もっと いとしく思えるでしょう


焼きたてのパンを
片手に歩く帰り道
見上げた空に浮かぶ雲の形に
思わず笑ってしまった

そんな瞬間とまた出逢えるように 願う

明日はどんな日になるだろう
今日よりも もっと
泣いて笑って楽しもう
同じ一日は
二度と来ないから
精一杯に 生きたいね


  時は何も言わず、
    緩やかに流れ去っては、
      新しい明日を連れてくる。




********************

島さまへ。

いつも更新、お疲れ様です。
今回も参加し、学ばせていただけたらと思います。
どうぞ、宜しくお願いします。
 

喉が渇いて

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 4月11日(水)10時53分17秒
  高速道路に架かる橋 その欄干に寄りかかって車の河を見下ろしていた 少年の眼は虚ろだった
その日も 少年は学校には行かなかった 行けなかった理由は 少年にとっての中学校はララララじゃなくなっていた からだ
その事を親は知らない でも もし口が裂けたら言ってしまうかもしれない そんな思いに向かって 冗談はやめろよ と もう一人の自分が言うのを
少年は度々聴いていた
今のところ学校から親に連絡はされてないようだ
母親も父親も何も言わない いや 知っていて黙っているのかもしれなかった
だとしたら 普通に学校に出掛けて普通に帰宅する我が子が 日中何処にいて何をしているのか心配しないなんて あり得ない だろう
少年にとって 学校も教室もララララできない場所と時間になってしまったのに ララララしているクラスメートたちはいつも通り通学しているに違いなかった
少年は
それが羨ましく妬ましくもあった 僕だって普通に学校へ行って普通にしていたかった 普通にまさるものはないともう一人の自分が口を挟んだ
少年は優しい性格の子供だった 口数が少なくて内向的だった 羊のようにおとなしい と 表現して構わない などと一個の未熟な人間に説明がつけられるほど 簡単にはいかないだろう
何にしてもそんな我が子を 果して母親がどこまで理解し理解しようとしていたかを少年は身と心で感じた事はなかった
どこまでも不明だった そしてなぜか少年の心に父親は欠落していて ただただ怖い存在でしかなかった
父親の為に涙をこぼす事はなかった

少年はクラスメートの誰にも意地悪したことはない
事の良い悪いは問題じゃなくて
それができる子供とできない子供が存在してしまう
そして悲しい事にはできる子供は数が多くなってしまうのだ
意地悪される子供は少数だから
正解と不正解に当て嵌めると 民主主義の多数決の原理が働いてしまうのだろう

先生にとって なぜかそんな少数は扱いずらい学生になってしまうのだ 教室に立ち込めるフラストレーションの逃げ水が弱い者に流れてしまう現実を止められないままに 諦めてしまうのだろう
無力だから

少年は物事の洞察力が深かった
もしかしたらそんな我が子に母親は反感を抱いていたかもしれない
それは表面は暖かい水なのに手を入れると中は氷っているような感触を少年は持っていたのかもしれなかった

高速道路に架かる橋の欄干から身を乗り出して 何度飛んでしまおうと 少年は決意しただろう
空は高く 少年はけして鳥にはなれないとわかっているのに 人間なんて簡単にはやめられないのに
その度にもう一人の自分が必死に止めに入った
もう一人の自分がもっと生きていたいと言った

高速道路に架かる橋の道はほとんど人も車も通らない
時々爽やかな風が吹いて少年の心に吹き込んだ
明日は学校へ行こうと少年は思った 行かなければ大人になれないと思った

一刻も早く暗いトンネルを抜けてしまえば 自分も眼下を疾駆する車を運転できる日がきっと来るに違いないないと
人生がララララになるに違いないと


 小林さんのアドバイスに従い説明をつけます。作品は少年時代の自分を現代に移して書きました。中也さんの指摘を尊重し表現は抑えました。
 

私以外の人は私ではない

 投稿者:耀子メール  投稿日:2018年 4月11日(水)06時31分41秒
  周りの人が
自分と同じ思考をするものだと
何となく 思ってしまうことがある
これまでの人生で
「それって おかしくない?」
という場面を
幾たび 経験してきたことか
それは 取りも直さず
私と他者との考え方の 齟齬からくるのだろう

外交問題・経済問題等々
そんな大きな問題を論じるには
知識が少なすぎる

だから それはさておき
本当に小さな身近な問題だけど
いつも思うですよね

私が発信した返事待ちのメールへの返信
すごく遅い人がいるの
うっかりすると返事なしの人もいる
必ずメールの返信はしてよね
早くしてよね!って イライラする

そんなとき 私は私を諭す
彼の人は
余りに返信が早くて驚かれるタイプの
私とは違う
毎日メールを見ないタイプの人なのかも知れない
それに 今日
返事を貰わなければならないほど
急いでないでしょ?
もしかしたら
私が勝手に返事を待っているのかな
色々な行動パターンがあるんだよ と

そういえば
そうだよねと自分を納得させる

せっかちタイプ
おっとりタイプ
まあ 考え方も色々さ
大きく構えるのが
自分の精神衛生のためにも得策

人が 自分と同じ思考だろうという
思い込み的発想から自由になろう

私以外の人は
私ではない と
私は折りに触れて
私に言い聞かせる



 

雨音さまへ

 投稿者:たりや あいひ  投稿日:2018年 4月11日(水)02時27分59秒
  この度は「なくなる」へご批評をいただきまして、ありがとうございました。手足が自由に伸び過ぎて、みっともなく飛び散っているようならば、お手数かもしれませんがズバッとおっしゃってくださいませ。未だに「個性」と呼んでいいような形も定まっておりませんので、アウトサイン、ゴーサインをいただけますとかなり助かります。
「主題のころもの部分」は、そうですね。たしかに、主題である「いろんなものから解放されたら純粋で限りない存在になれる」とだけ言われても、ウ、ウン、ソウダネ、としか反応できませんね。ころもやら調味料やら薬味やら、また色々試してみます。
まだまだ成長途中ですので、よろしくお願いいたします。
 

雨音 様

 投稿者:山下 一歩  投稿日:2018年 4月10日(火)20時08分14秒
  お忙しい中、この度も御批評有り難う御座いました
その節はお手を煩わせて申し訳なく思っております
何時も、太陽のような、春の足音のような存在に
とても有り難く、そして感謝しております
これからも、宜しくお願い致します
お体にも御自愛頂きお過ごし下さい
 

雨音さんへ。

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 4月10日(火)16時09分50秒
編集済
  お仕事と評担当、お疲れさまです。感想を頂きました。ありがとうございます。
女性心理に挑戦してみましたが、雨音さんの詩が持つ、包み込むような柔らかさ
からは程遠いものとなりました。内密の話なんですがね。「お父さん詩」と「打楽器詩」で
とうとう当面のネタがつきました。これからどうやって生きてこ?(大げさ、か 笑)。なんかないですか?
ところで、お仕事ちょっと大変そうですね。ゆっくりと”がんばり過ぎずに”がんばってください。
 

タルコンティさんへ。

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 4月10日(火)15時58分46秒
編集済
  お便り、ありがとうございました。
評者を兼任する者として嬉しいお言葉でした。又(評不要ですが)詩も併載されて
いましたので、詳しくは、また改めて評担当のほうで。
まずはお礼の言葉をお届け致します。ありがとうございました。
 

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