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三浦志郎様へ

 投稿者:埼玉のさっちゃんメール  投稿日:2019年 1月19日(土)09時43分30秒
  評価を有難うございます。
今まで当たり前にあったものを、リニューアルでも見直されてもいいのかな?と考えました。
そんな時代になっていますよね。
今後も精進したいと思っていますので、また次回も評価を宜しくお願い致します。
 

海辺の味噌汁

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2019年 1月19日(土)02時19分19秒
編集済
  民宿の朝はどこか懐かしい
海苔に卵に納豆に塩鮭
何気ない朝飯を
茶の間に座り客等と味わう

味噌汁があまりに美味いので
御飯と一緒におかわりした
わかめくらいしか入っていないはずなのに

民宿のおばちゃんに尋ねると
焼いた煮干しと鰹節

目の前の種差海岸で
おばちゃんが直に採った
昆布しか入れてない

味噌とわかめを合わせるだけで
八戸のおふくろの味になる

青空に映える天然芝と
岩と松林がうねる
種差海岸を散歩して

帰りに玄関先に挿してあった
袋詰めしただけの昆布を
一つ買って荷物に入れた
 

皆さんにお願い。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2019年 1月19日(土)01時15分14秒
編集済
  すみません。

最近、新しく来られている方の中に、他所とW投稿されている方が時折おられるのですが、
MY DEARではW投稿は不可となっております。
W投稿の書き込みはご遠慮下さい。書き込まれても、評は致しません。
あらためまして周知させて頂きます。
掲示板冒頭にも追記させて頂きました。

他所で評を求めている作品については、あくまで他所で評を頂いて下さい。
同じものを、ダブってこちらでは致しません。

なお、MY DEARに掲載された作品を、
後日、全く異なる時期に、
自分の代表作を発表される機会などに再録されるのは、全くご自由です。

あくまで、同時期において、同じ作品を、
複数ヵ所に平気で書き込む行為や
他所とダブって評を求めるという行為に対して、禁止とさせて頂いております。

ご理解のほど、よろしくお願い申し上げます。



 

三浦志郎さま

 投稿者:レノン  投稿日:2019年 1月18日(金)23時40分16秒
  三浦様
「火種」の評をありがとうございます。せっかく佳作をいただいたのに、漢字間違いとは…申し訳ありません。気をつけます。
書いた時はシリアス真っ只中にいましたが、「ある、ある!」と苦笑してくれる様子を想像したり、漢字間違いを何より悔しがっている自分だったり(笑)シリアスはどこかへ飛んでいきました!ありがとうございます。今後ともご指導よろしくお願い致します。
 

三浦志郎 様

 投稿者:草香メール  投稿日:2019年 1月18日(金)23時23分59秒
  1/14投稿の拙作<かまきり>の早々の評をありがとうございます。
哀れな生き物の最期に出会い、すぐ詩にしなくてはと思いました。
一歩前進するよう、今年もよろしくお願い致します。
 

三浦志郎 様 へ

 投稿者:中也  投稿日:2019年 1月18日(金)20時11分53秒
  三浦志郎  様
この度は批評していただき、ありがとうございます。
職場の窓から椿の花が落ちて、それがまるで、血がこぼれているような感じがして書きました。でも、山茶花と椿の違いをよくわからず、それが詩にそのまま反映してしまいました。情けない気持ちです。次回からは、もっとしっかり推敲して書きたいと思います。細部まで、御指導していただきありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。
                            1月19日        中也
 

三浦志郎さん

 投稿者:伊月あかね  投稿日:2019年 1月18日(金)19時47分23秒
  「白は確かな色」に評と佳作を頂きありがとうございます。
三浦さんのアドバイスを頂いた上で再度読み返してみました。
ものすごく納得したと言いますか、驚いたと言いますか
たしかに最後まで「白」という言葉を使わないで書いたにも関わらず
最後の最後で出してしまった感じがしました。
すい臓に関しては、体の中で一番真ん中にあたる臓器ってなんだろうな?と考え思いついたのがすい臓でした。
たったそれだけの理由です・・・有名な文学作品とは無関係です笑
また機会がありましたらよろしくお願いします。
 

三浦志郎さま

 投稿者:切り子  投稿日:2019年 1月18日(金)19時37分18秒
編集済
  「ねぇ シリー」を評して頂き有難うございます。
この作品はスマホにインストールしたAI(人工知能)シリーとのやり取りを書いてみました。
面白そうだから使ってみたい。さて私の声を登録しようするもNGのサイン。戸惑いながらも懲りずに対峙しているところを家人に見つかってしまってNG。文明の機器に適わず設定すらできなかったと・・・。
三浦さまのご指摘の通り、立ち止まらせるものが欠けています。
詩作への意欲が途切れないようにと「MY DEAR」に参加させて頂いたのですから頑張ります。
どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
 

有難うございます。

 投稿者:くれ  投稿日:2019年 1月18日(金)18時42分12秒
  デンマークでの私の詩の朗読の件で、MYDEAR関係者の皆様から
喜びの声を沢山いただき感謝申し上げます。

丹下さん(ツイッター名)が、デンマークで演奏者の安井優子さんに
詩集を読んでいただき、いろいろと詳細についてご協力をいただいております。

お陰様で、ポケット詩集「私は考える人でありたい」が完売したとの連絡を
昨日受けました。大変有難い事です。出版社から重版をさせて欲しいとの事
で、お任せ致しました。

少しでも、福島の今を知っていただける事は、とても嬉しい事です。
島様のご協力をいただき、この掲示板を利用させていただきました。
 

感想と評 1/11~1/14 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2019年 1月18日(金)18時09分24秒
編集済
  伊月あかねさん「白は確かな色」 1/11

「冬の風」「フルート」「渇いた色」これらを中心に、なかなか個性的な叙景です。音と色が提示されました。続く2連は柳単独。さながら「Willow、weep for me」
(柳よ、泣いておくれ)といった風情でしょうか。それらを踏まえて、本題の3連以降でしょう。
黒と白。これは対立と同時に相互性も感じさせる二色でしょう。ここでは、黒の相互性によって白をプッシュしているように感じられました。極論すると黒を背景として、黒を語る事によって白を読み手に予感させる。そんなイメージを感じました。事実、白という言葉を使わずに「雪」「結晶」を出すことによって、白をイメージとして促すかのようです。そういう意味合いを、より徹底させるならば、終連の「白く」さえも消してしまったほうがいいように思いました。「すい臓」という珍しい臓器を登場させたのは、少し前にベストセラ―になった文学作品の影響があるのでしょうか。いいですね。端正に綴られた確かな佳作です。


もくさん「赤い花」 1/11

もくさんは赤を掲げる。ところが、ここにはそれがどこにもない。それがこの詩の個性であり注目したいところでしょう。全文4分の3は花とは何の関係もないです。初連では文字・音声含めて自己の言葉表現に疑問を呈し、その非力さを嘆いているようにも読めます。
では、2連の「それは」は何か?さしあたり「言葉」を想定して読んでいきます。ここでようやく「血」が登場し赤を連想させています。3連の冒頭は初連のそれと対を成すかのようです。つまり言葉と心。4連になって初めて花的なものが出てきます。おそらく、ここに見る花的なものとは純粋な花ではなく、上記、言葉と心を隠喩するもののことだろうと推測します。疑問形で始まり最後は命令形で締める。流れとしてはなかなかいいですが、もう少し実質解釈に近づけて書くと、もう少しこの詩の中に入っていけるような気はしました。解釈さておき、の甘め佳作を。


切り子さん「ねぇ シリ―」 1/11

これはSNS系でしょうか。そもそも、この板も詩に特化したフォーラムでありレッスン場であり、SNS的要素もありそうなんですが、僕はここ以外出来ないので、知識も要領も得ません。従いまして、この詩の大意をごく一般論的に評するようにしましょう。
なんか、あまりうまくいってないようですね。終連は少しオチ的にも響いたのですが、これは相手の意志でしょうか、それともこちら側の不具合?純粋な詩作品として見ると、事態のみに終始しているので、読み手は「ああ、そうだったんですか」で行ってしまいそう。
立ち止まらせる何か深みのようなものが欲しいわけです。それは相手の状態であったり、この人の(やるせない?がっかり?)のような気分のことではないでしょうか。
もう一歩つっ込んで書きたいところで、佳作二歩前で。


中也さん「椿」 1/11

島さんの前で花について語るのは非常に勇気のいることなんですが(笑)、椿のことです。
椿は散る時、花の首ごと、ごっそりと落ちるそうです(見分けが難しい山茶花=サザンカは花びらで散る)。作品を読むと「花びらが/ひらひらと/散っては落ちて~」とあり、少し違うように思えます。いっぽうで2連「果実の」という隠喩。「手の平でそっと/包み込んで」とあるので、花首ともとれないことはない。このあたり、モヤモヤするのです。
椿で行くなら本文けっこう改修が必要になりますし、本文を活かすならタイトルは「山茶花(サザンカ)」でしょうね。ただし、後半、自己思考のくだりはその影響は受けません。大丈夫です。花のいのちとじぶんのそれを重ね合わせて考えます。花の最期は儚いものですが、再生がきく。人の最期は文字通り最後。再生がきかない。そのあたりの感慨を感じる終連であります。ここに中也さんらしさを見出すことができるのです。総合すると佳作二歩前で。

PS  あるお寺で(鎌倉・報国寺。書いちゃうし…)多くの椿が首ごと散っているのを見ましたが、儚いというか、ちょっと不吉な予感のようなものも感じました。いにしえ、武士は「首が落ちる」を連想して遠ざけたこともあるらしいですね。


時雨日さん「我が人生」 1/12

初めてのかたです。よろしくお願いします。本日初日ですので、感想のみで評価はそれ以降になります。
初連と2連共通で「そんな不安だった」が使われていますが、ちょっと変化をつけたいです。2連は「そんな焦燥だった」等、言い換えをご検討ください。3連。明日は必ずやってくるものなので、ここは心情的比喩でしょう。続く4連は虚しい行為の象徴のように読めました。冒頭から5連まで、何か深い憂慮に陥っているかのようです。6連以降はややト―ンが変わるようですが事態は好転しないようです。最後の「ずっとずっと/死んでいる」は“いかにも”という感じなので、「私の中の○○が死んでいる」くらいがいいでしょう。タイトル少し気になりました。大き過ぎますね。これだけが人生ではないでしょう。
もう少し、下部構造・局地・短期・具体に落とし込んでいいでしょう。また書いてみてください。


彗さん「走馬灯」 1/12

このタイトル、この名詞は慣用句として「走馬灯のように多くの想い出が~」のように使われ、すでにお馴染であります。多くの場合、死の直前に使われるようですが、もちろん健在の場合にも使います。この詩はどちらだろう?と、まず考えました。けっこう比喩や修辞が利いているので、僕の中では判然としませんでしたが、死の淵を想像的に描いたとも言えそうな気がしてきました。前半2連までは、あまたの記憶がぐるぐる回りながら去来するイメージがありそうです。それ以降は、自分の内部へ、内部へと降りてゆく感覚を味わいました。終連はちょっと暗示的で終末感を覚えました。ただ、正確なところはわかりません。「~世界と分離する/僕はどこだ/僕と世界の境界はどこだ」ここは切迫感を抱えながら秀逸ですし「言葉に埋もれて窒息する」もいい。「空の真っ逆さまを行く」ですが、平文ではどう逆立ちしてもできない、詩のみが達成できるフィーリングを獲得しています。ただしセオリ―ギリギリで成立か?詩のアクロバット表現とでも言いましょうか?
限られたスペースを充分に駆使して肉厚な文体が展開されています。佳作です。


三澤新太郎さん「ポリシ―アンドプライド ポプラの誓い」 1/12

同名メインタイトルで1/7(くれさん担当)。1/8(斎藤純二さん担当)。そして今回。次回は島氏。連載や連作の場合、二通り考えられます。

A…小説的なもの。つまり全部読んでいないと筋が全くわからなくなるもの。評者統一のほうが「送・受」双方にとって有利・便利。

B…登場人物・背景・時代等、比較的統一され、毎回一話読み切りのようなもの。(テレビで言う「大岡越前」や「水戸黄門」のようなもの。すごく古いけど)これは評者は必ずしも統一化しなくて済む。

この作品は、基本、Bなのですが、A的要素も全くなしとしない。このあたり、双方にとって微妙さが残るのです。今回は陽子という別のキャラが登場しました。同窓生群像という趣になってゆく気配を感じています。それぞれの成長物語の中に、突然あの震災が割って入ったという趣です。まず、この語り手は誰なのか?を示唆する必要があります。同級生の一人なのか、あるいは作者なのか?前作で「僕ら」とありましたが、一方の“僕らの担い手”が誰なのかが分からないままに読むのは非常に不安が付きまといます。そしてこれはリアル作品なので「いつ、どこで、だれが、なにを、どのように」を明確にする必要があります。冒頭では陽子を客体的に(=She)書いてますが、終わりは(She)がいつの間にか「私」(=I)で主格になっています。最後に、セリフ部分と地の文をもう少しはっきりさせたほうがいいです。要は括弧「  」の使い方の見直しですね。それは同時に「いつ、どこで、だれが~」をくっきりさせることにも繋がりそうです。お身体が不自由な中で大変だとは思いますが、ちょっと頭に留め置かれれば幸いです。評価はなしにしておきましょう。


埼玉のさっちゃんさん「伝言板」 1/12

先日、テレビのバラエティで「○○がなかったあの時代」のような番組があって、「スマホ・携帯、成田空港、新幹線、etc…」をやっておりました。それでも人々は無事生活し、のんびりと牧歌的でさえありました。この詩に沿って言うと「伝言板」や「○○さんが北口改札でお待ちです」なんていう駅のアナウンスもなくなりましたね。
「待ちぼうけ」なんていう、ちょっぴり切なくて淡い期待と落胆があった言葉も死語化しております。
さて、この詩、冒頭セリフ的に持ってきたのが、とても気が利いていていいですね。事情を端的に象徴的に表しています。括弧「 」を付けなかったのもよかった。文中「不便さが古き良き時代」とありますが、それプラス「それが当たり前」ということでしょう。つまり「不便」とは現代から過去を見た時の状況であって、当時の人々は便利も不便もなく、それが常態だったということです。後半2連は、これからの若い人が生活してゆくには必須になるでしょう。将来、事を成すにはツールの新旧やクオリティ―が鍵を握るでしょうね。それに合わせていこうとする。とても前向きでいいですね。逆に僕は仕事と家族以外では、やることが確定しているので、こういうことは余技になりますね。あ、横道に逸れました。評価は目の付けどころに注目して甘めの佳作を。


小林大鬼さん「風の待合室」 1/12

大鬼さんはやや久し振りの登場です。まずタイトルです。これで全てを読んじゃったと錯覚するほどにいいタイトルなんです。本文も、可愛らしさの中にちょっぴり切なさもあっていいですね(初見~2、3度読み)。ただ、何度も読んでいくと腑に落ちない点もあるんです。ロマンとは別の地点で、いろんな具体的ケースを考えた場合です。まず2連の感じからすると、読み聞かせるのは親(母)をイメージしやすい。ところが「娘」です。まあ、そういうこともあるでしょう。ただ、ここは少女とか幼い子とか(後に「弟」とあるから)姉とかが良い気もするんです。そして「待合室~病院」とあるから、とりあえず(小児科外来の)待合室を想像します。しかし、終連からすると母はいない。後から来る?しかし外来医とのやり取りもあるだろうから、いないのは不自然。(何か事情あり?)
それでは小児科入院病棟か?「ああ、入院病棟にもロビ―のような待合室のようなものはあるなあ。そこのことか?」入院ケースだと終連の母の来方も頷けるのです。ただ、姉・弟揃って入院はちょっと出来過ぎか?「いや、かわいそうだけど考えられないことはないなあ」etc…。かくして、入院説にしだいに傾いていくのでした。そもそも「風の待合室」だと、どうも戸外を連想しがちなんですが…。以上のように読み手には解釈上若干のストレスを感じるわけです。このあたり、少し補助的描写が必要になるかもしれません。佳作一歩前で。


レノンさん「火種」 1/12

この詩はですねえ、苦笑しながら「ある、ある!」と声に出して読むんですね。いろんな生活シ―ンで誰もが痛感することをよくぞ書いてくれました。佳作です。
たとえば、職場で上司やお客と。あるいは街中や駅などで。極論してしまうと、これを食い止めるのは文中通り打算やずる賢い知恵でしょう。僕は半ばそれでいいと思っています。
「火種」という隠喩もこの状況にふさわしいです。恐いのは“塵も積もれば”の後の反動でしょう。この詩の後半ですね。まあ、この詩にあるように深呼吸はとても有効な対処法でしょう。前連・後連それぞれに付けられたカタカナフレーズが又効果的です。「ノミコム」⇔「ノミコマレ」の対比の妙もあります。この詩は足すものも引くものもない。ジャストですね。一点だけ。「伺って」は「窺って」のほうがふさわしいですよ。


草香さん「かまきり」 1/14

その異様なスタイルとあいまって、どちらかというと好戦的で“ワル”的イメージのあるかまきりですが、12月半ばともなると、生存の限界をわずかに越えるほどの時期。
たまたま収穫した野菜の中に。事実に近いのかもしれない。この偶然の出会いに野趣を感じました。
この詩の通り死期は近いでしょう。草香さんらしさが出るのは4連以降。とりわけ、語りかけに優しさが滲みます。この生きものはひょっとすると、激しさと引き換えに大きな悲哀を背負い込んだ一生を送るものかもしれません。みどりの中へ消えたのは死に場所を選んだということでしょうか。みどりこそが、かまきりを育み活躍の場を与えた場所でしょう。質朴ながら優しい眼差しが行きとどいた佳作です。このかまきりは子孫を残したでしょうか?


評のおわりに。


どうでもいいことなんですが、最近どうも「さよなら」という挨拶言葉を使わなくなってきたように思います。「これで全くおしまい」という終末イメ―ジが付きまとうからでしょうか?本来は「左様ならば」の変形らしいんですが「そうであるならば…」という風に、まだ続く雰囲気もあるんですがね。響きもなかなかいいんですがね。
会社では「失礼します」で済ましてるし、自分でもホント、言わなくなったな。あ、前の会社では冗談めかしく「さいなら」って言ってましたけど。ここではこう言ってます。「では、また」。
 

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