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人生の道程

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 9月24日(金)06時53分21秒
  いつの頃からか
覚えてないのですが
僕は道を歩いてきました
長い長い一本道に見えました

時折り道が二つに分かれていました
僕はあまり深く考えず
片方の道を選びました
長い長い道を歩いていました

すると途中で
すってんころりん
転げたこともありました
僕の記憶では二回ほど転びました
それでも立ち上がって
僕は道を歩いてきました

これからもこの道を歩くでしょう
また二つに分かれているかもしれません
一つの扉が見えるまで
僕は歩くでしょう
人は行き止まりで扉を開けて
異世界へ行ってしまうのだそうです
僕はそれまで歩くでしょう
 

訂正の件。

 投稿者:沢口リリキメール  投稿日:2021年 9月24日(金)06時40分52秒
  エイジさん、訂正の件、了解致しました。  

沢口様へ 詩の訂正

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 9月24日(金)06時36分10秒
  最終連を以下のように訂正したいと思います。

おかゆさんは胃と
すっかり仲良し
僕は心の中で叫んだ
「ありがとう おかゆさん!」

宜しくお願いします。
 

再会

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2021年 9月24日(金)05時30分9秒
  Y子は詩が好きだった。父親が国語教師だったのでその影響も
あっただろうか。若い頃からノートに書き溜めていた。大学は
文学部。立原道造が好きだった。以来四十数年が経っていた。

子供もすでに独立し再び詩作を思い立ったのだ。人は若い頃熱
中したものに還ることは多い。発表はしたことがない。今はネ
ットで書きすぐに投稿できる。昔に比べ便利になったものだ。

S男はあるネット詩誌の同人で投稿部門の評者も兼ねている。
しかし、この男は学生時代に立原道造さえ知らなかったのだ。
ある女性が教えてくれたのだった。遠い昔の話である。

Y子はネット上の詩のサイトをあれこれ探していた。ひとつの
サイトが目に留まった。そこに書かれている評者の名前は―、
懐かし過ぎる名前だった(S男…本名?ペンネームかしら)。

評文を読んでみたが、そのニュアンスは昔聞き覚えのあった話
し方に似ていた。記憶を呼び起こすものだった。Y子はしばら
く投稿してみることにした。もちろんペンネームで、だ。

S男はそういう事情は全くわからない。普段通りに評を書く。
「また書いてみてください。では、また」。投稿者のY子だけ
が知っている。果たして人はこれを「再会」と呼ぶだろうか。


****************************


これは全くのフィクションであります。(特に後半)
 

エイジさん、沢口さんへ。

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2021年 9月24日(金)05時17分31秒
  エイジさん該当作は9/23(木)投稿ですので、
担当は沢口リリキさんになります。
エイジさん、リリキさん、よろしくお願い致します。
 

三浦様 詩の訂正

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 9月24日(金)02時09分34秒
  最終連を以下のように訂正したいと思います。

おかゆさんは胃と
すっかり仲良し
僕は心の中で叫んだ
「ありがとう おかゆさん!」

宜しくお願いします。

 

抱負など

 投稿者:galapa(滝本政博)  投稿日:2021年 9月24日(金)00時12分53秒
編集済
  アリスは遊んでいる
言葉と言葉をくっつけて
箱から取り出した言葉を組み合わせて
それぞれの言葉の色で
美しい形を作っていく
噛み合う言葉を探して
言葉で一枚の絵画を作っている
一人でも退屈しないアリスは偉いね
    *
来るあてのないものを待つ
ような あてどなさ
退屈です
こんなに齢をとっても
教養がないので時間をつぶせない
趣味などがあればと思ったりする
釣りとか料理とか
なんでもよいのだが
若い頃は本も読んだが
いまはすっかり辛抱がなくなった
買ったまま放ってあるものが山積みだ
今年はせめて本を読むことにしよう
ペン習字の練習も続けよう
月に二作
出来ればもう少し詩も書こう
    *
精神科の待合室にて「不思議の国のアリス」を読了
作品世界になかなか入り込めず
読むのがしんどかった
わたしは少女よりも少年の不思議な内面の輝きに興味がある
キャロルことドジソン氏とはウマが合わないのかもしれない
また英語圏の文化・言語に親しんでいれば
面白い読み物であろうことは想像がつくが
そんなことをわたしに要求されても困るのである
登場人物の咬み合わない会話の部分は楽しかった
ルイス・キャロルは
言葉をこねまわし
意味をずらし遊んでいて
かならずしも情報の伝達を目的としていない
そこが面白い
    *
外は晴れていましたから
雨が降っていましたから
大風が吹いていましたから
アリスはいったい何処にいるのかわからなくなりました
本当は あの日が晴れだったり
その日が雨だったり
この日が大風だったりするだけなのにね
    *
歳月は駆け足で過ぎてゆきます
でも歳月さんの脚はものすごく早いので
アリスは置いてきぼりをたくさん食べて
やっぱりまだまだ子供です
    *
今年で六十二歳になりました
残された時間のことなど考えたりします
あと二十年もすれば
煙となり骨となります
わたしは生きます
少なくとも後しばらくは
生きて何をしましょうか
それが問題です
残された時間は短いです
ちっとばかし 愛するってのを
しなければなりません
そして 詩を書く人であるわたしは
一編でも誰かに届く詩を書きたいと望みます
    *
気分が落ち込んで
陰々滅々の力に腕を取られました
でも引き返してきました
空元気でも出したほうがましです
ウソでも明るい前向きなことを口に出してみる
朝起きたらカーテンと窓をあけて
光と風を入れ込んでみる
今の私には
単純な明るさが必要です
    *
やがて 空から言葉が降ってきました
それから ぼつぼつと大粒の言葉が降ってきました
そして ざあざあと言葉が降ってきました
街は言葉で溢れ洪水
胸を張った船が岸を離れてゆきます
乗っているのは アリスとわたしと猫と犬
歌えよアリス
嘘つきアリスのでたらめでいい
行き先が何処であろうと運ばれてゆこう
 

齋藤純二さまへ

 投稿者:れもりあっと  投稿日:2021年 9月23日(木)17時59分29秒
  評を、いただきました。
ありがとうございます。

「雨の静けさに似た激しさ」という部分は、表現にとても悩みました。
想像しにくいかもしれない、と思っていました。
「雨の静けさに似た烈しい心」とした方がよかったかもしれません(それも
ちょっと違うかもしれませんが)。

ブラッシングの件に関しては、自分でもやってみようと思います。
実際にやることによって、より理解できると思いますので。

今回は、詩情部分と、構成、それから細部にも気をつけてみました。
今度書く時は、細部に気をつけてみます。
この詩から、さらにいい詩が書けるかもしれない、と自信がつき、幸せな気分です。
詩情部分は、伝わるように配慮し、伝わっているようなので、とてもうれしい
です。
そういったお褒めの言葉も身に沁みつつ、詩作をする上での栄養ドリンクにさせて
いただこう、と思います。

今回も、真摯にコメントしてくださり、ほんとうにありがとうございました。
皆さまとともにこれからも、詩作に励んでいこう、と思います。
 

おかゆさん

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 9月23日(木)11時44分44秒
  胃の調子が悪い時に
お世話になったおかゆさん
胃を悪くしていても
とても胃に優しい
つるっと流れる
おかゆさん

透析を受けているから
どうしてもご飯を減らしがち
体重の増加でしんどさも決まる
ご飯 いや、パンを食べるぞ
と決めてから
一日二食はスーパーで買ってきた
パンを食べて過ごしていた
そうすると あっという間に
胃のごきげん損ねて
調子がすっかり悪くなって
パンを吐き出すようになった

そこで  おかゆさんの出番
「ほなら  おかゆさんにするか?」
母が言った
僕は仕方なく「うん…」

米を二分の一合用意する
米を研いで 水を切る
水を六百ミリリットルぐらい注ぐ

鍋を中火にかける
白く煮立てば
鍋底に米がつかないよう
しゃもじで優しく混ぜる
鍋の中が沸いたら
すぐ弱火にして
ほんの少し隙間を開けて
蓋をする

ずっと弱火のまま
混ぜることなく
三十分から四十分を目安に火にかける

好みのかたさになれば
火を止め 塩ふたつまみほど加えて
おかゆさんの出来上がり

僕の胃に大人しく
おさまったおかゆさん
最初はちょっと
むかむかっとしたけど
吐かずに済んだ

こうして 僕と
おかゆさんの生活か゛
えっちらおっちら
始まった

二日経ち
(今日は透析いって)
三日経ち
(今日は中日で)
四日経った
(また透析いくぞ)

病院で先生に
「やっと胃の調子よくなりました」
と報告した

おかゆさんは胃と
すっかり仲良し
僕は呟いた
「ありがとう おかゆさん…」
 

夢うつつ

 投稿者:北川 聖メール  投稿日:2021年 9月23日(木)11時13分16秒
  病が昂じて余命はもうないと言われてしまった
そういう言い方もあるのかと思い知った

怖さは当然あるものの私一人が死ぬだけのこと
この世に生まれたんだからいつかは死ぬさ

痛みを抑えているモルヒネのせいで意識が時折遠のく
再び目覚めては現実を思い知る

小さい頃死ぬ夢を見てお母さんに泣いて抱きついた
それが夢ではなく現実になってしまったね

でももういいような気がする
ねぇとお母さんに尋ねる
そうだねぇといない母は答える

部屋が翳っていく
もう私は夢うつつだ
 

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