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心象 その3 父の肖像 ~自分の中に棲み着いて離れない父の記憶~

 投稿者:中也  投稿日:2018年10月12日(金)00時45分25秒
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  当然、戸籍の父の欄は空欄だった。養父母にそのことは聞けないし、知らないと言われるのが怖かった。知らないことの方が幸せだと思える時もあると言うのを耳にしてから、余計に怖くて未だ真実を知らないでいる。

だから僕の父の記憶は養父になる。養父はとてもおしゃれで、長髪の長い髪にパーマをかけて、首にはスカーフを巻いて、真っ赤なシャツとジーンズが目に焼き付いている。養母はそんな養父に一目惚れして、親の反対を押し切って結婚したらしい。

養父はほとんど家に帰って来なくて、毎晩のように飲み歩いては、複数の愛人の家を転々としていた。給料日になると、養父の職場に着飾った女性が何人もやって来ては、飲み代を請求するのが、恒例で、職場の同僚からも羨ましがられる存在だったらしい。

僕は幼年期、そんな養父を心の中で自慢したい気持ちでいた。父親参観日は、養父が教室に入ると、僕のクラスメートはもちろん、父親参観に一緒に来ていたお母さんたちもざわついているのがわかるほど、授業より養父のことが優先されて、うれしかった。

僕が小学校4年生の時、忘れもしない事件が起きた。養父はその頃、赤いビートルに乗っていたのだが、その日、たまたま僕が家に一人でいたとき、突然、家の前に車が止まったかと思いきや、養父が玄関にやって来て、ステーキを食べに連れて行くと僕を誘ってきた。別に断る理由もないから、言われるがままに車に乗ろうとしたときに助手席からとてもいい匂いのするきれいなお姉さんが現れた。養父は彼女のことは何も言わず、僕を後部座席に乗せると、助手席の女性と笑顔で話しながら、目的のステーキハウスまでドライブした。初めて食べたステーキより、目の前にいるきれいなお姉さんが気になって仕方なかった。
養父は僕を家に降ろす時に、お母さんには内緒だと言った。僕は何か悪いことをした気がして、怖くなったのを覚えている。

そんな養父に養母は激しく罵った。養父も短気な性格だったので、養父が家に帰って来るといつも喧嘩が絶えなかった。養父は養母に対する怒りを子供達にぶつけた。勉強してないと言われてはよく叩かれた。養父が家に帰って来ない方が幸せだった。

思春期になると、何となくいろいろなことがわかり初めた。養父の女性関係はますます激しくなっていった。養母の高校からの親友にまで手を出していたことが喧嘩の内容からわかった。とにかく次々に声をかけては、あわよくば自分の彼女にしていった。

養父との決別の日がやって来た。

養父は養母に別れてほしいと切り出した。話しによると、どうも離れられないほど好きな女性ができたらしい。養母に10年、20年先に戻ってくるかもしれないと言った。養父らしい別れかただったと思う。その時、僕は大学三年生だった。養母から家に帰って欲しいと言われ、少し早めに帰省した。

養父はとても笑顔だった。養母は養父が出ていくまで、笑顔を絶やさなかった。泣いたら負けだと思っていたのかもしれない。

それから約30年以上経つが、一度も養父に会うことはない。弁護士の話だと養父は35歳以上、年が離れた女性と暮らしているという。僕よりも一つ下、20歳の女性と駆け落ちしたことになる。二人の間には二人の子供がいるということだった。

またしても僕はひとりぼっちになった。ひとりぼっちだということを再認識した。あの時のように奇行や非行は行わないものの、心に残る痕跡はナイフで臓腑をえぐるような痛みを感じて、悪夢を何度も見ては眠れなくなった。

あの日から僕から父が消えた。
私から父と呼べる存在は完全に消滅した。

だけど、悲しいかな。そうは言っても、楽しかった記憶が頭から離れない。そして、僕も養父のように派手を好む性格を持っている部分がある。

人はどんなに嫌なことでも、自分が経験したことから抜け出せない動物かもしれない。虐待を受けた子供が親になって自分の子供に虐待をしてしまうと言われているように。悲しい動物なのかも知れないと時々感じる事がある。
 
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