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感想と評 7/24~7/27 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2020年 7月31日(金)13時55分53秒
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  1 小林大鬼さん「予感」 7/24

新型コロナウイルスを詩で追いかけ続ける大鬼さん。さて、今回は?
雨の情景です。折からの明けない梅雨。「ぶり返し始めた」が後段のコロナを暗示するように効いてますね。後半はコロナそのもの。
はい、そうですね。第二波とも呼ぶべき勢いです。
「糸」「蜘蛛の巣」もぴったりな比喩です。「激しい雨=コロナ再熱」の大比喩の中に「蜘蛛の巣」の小比喩をうまく納めて説得力を感じたしだいです。「百年の死の系譜」は調べてみると―ああ、なるほど―スペインかぜから約百年経つわけですね。佳作を。
それにしても、ヘンな言い方ですが、大鬼さんがコロナを追わなくて済む日が一日も早く来ることを願いたいです。



2 じじいじじいさん「願い」 7/24

これはいわゆる“大人向け普通詩”と言っていいでしょう。ほぼこれでいいと思います。
少し引っ掛かったのは「願いが叶うなら/私は昔に戻る」「過去の私を変える」「過去を変える」です。僕は未来よりも過去大好き人間なんで(笑)、大歓迎なんですが、「終わったもの、どうやって変えるの?」とちょっとツッコミを入れたい気もするのですよ。ただし、終わりに「過去を振り返るくらいなら」と否定的トーンがあるので、上記部分はそれに呼応する“真逆的反面教師的比喩的伏線”と捉えることもできるのです。変わって「未来は努力で変わるから」―これはけだし名言ですね。ちょとゴツゴツしたところもあるんですが、詩の気分として上向きで勢いがあります。
いいですね。「今後を踏まえ的佳作」とします。
理由は二作目の最後に書きます。

3 じじいじじいさん「いっしょだね」 7/24

生きる世界が全く違う「トリさん」と「カメさん」の対比の中で、子供にもわかりやすく願いを描いています。このあたりはやっぱりうまいんです。しかも語調を整え、リズムに当てはめてゆく。これはやはり才能的領域のひとつでしょう。ただ、終連はやや変針して急ぎ過ぎたの感がありそうです。たとえば大人領域で言うと、全く違う境遇ながらその住まう世界はどちらも美しい。こういう世界観からはまた別の方向性も出てくるのですが、子供ということで考えると、それは少し先という気もします。うーむ、このあたり微妙で保留にしましょう。

さて、アドバイスを書きたいと思います。これは強制でもなんでもなく、最終的にはじじいじじいさんが決めることですが、結論から書くと、今まで2作投稿でしたが、今回のように1作は“大人向け普通詩”を書いたらどうか、ということです。将来ある子供たちにできるだけ、詩を、文章を、あるいは読み聞かせで親子のコミュニケーションを。それは非常に気高い志であります。いっぽうでご自身の“詩力のマネージ”を大人詩で磨いてほしいと思うのです。そういう意味を込めて「願い」を奨励的に佳作と致しました。もし2作が重いならば、1作交互でも構いません。誤解のないように書くと、これは児童詩が低価値であることを全く意味しません。まどみちおは多くは児童向けを書きましたが、ただの一度も軽んじられたことはありません。金子みすず然りです。繰り返しますが、これは僕の私的考えであり、最終的にじじいじじいさんが決めることであります。



4 まるまるさん「ある出来事」 7/24

全くもって、日常の隙間をうまく掬い取って、面白おかしく、真摯に描いてくれるものです。
まず位置関係ですが2連目。ここは車庫、終点、営業所のようなところでしょうか?
そして、いつもは止まる(休む)のに行っちゃった、という風に理解したのですが。
こういう場合、普通は車庫の係員に事情(バスに弁当箱を忘れた)を説明して、電話番号を伝えて連絡を待つ、というのが正攻法のような気がしますが…。そうじゃないところが、この親子であり、この詩である、という気もするんですが。あるいは2連で、ことさら「車庫」だったのは、後半のおじさんとのやりとりがあるから。あるいは、これが100%事実だからかもしれません。ところで「言葉が読み取れた」と「母は強し」の間に行動描写を1~2行入れたほうがいいでしょう。「とっさに自転車飛び乗って/必死に漕いで車庫に向かった」
みたいな。でもなんか、この詩、やってる本人大真面目なんですが、ユーモアが感じられていいですね。なんか、この親子、可愛い。そんな日常が滲み出ます。佳作一歩前で。



5 かすみ じゅんさん「グリップ」 7/25

この詩は一見すると、各連軽く自己完結しながら、各次元へと軽くジャンプしてゆくように見えるのですが、何度も読み詩に馴染んでくると、全く脈絡なしとしない。案外、風景を忠実になぞっているように思えてくるんですよ。やや隠喩で奇をてらっているのは1・2・13連だけかもしれない。「歩道、木陰で小休止。渋滞を尻目に側道を突っ走る。小雨にやや重い雲。なだらかな坂を風とともに…」これ、自転車じゃないかと思う。サイクリングじゃないかと思う。タイトル「グリップ」もどこかハンドル関連を連想する―まあ、こんな具合に勝手に想像してみたわけですが。ただし、今までのかすみさんの叙景とは一味違うのは充分に理解できるのです。既述したようにそれぞれ完結的なんですが、後半「このまま~」以降、少しそれが乱れる気がする。この後半を恐ろしく要約してしまうと「許してあげる/と/雲に言ったんだ」だけなんですが、それに続く3つの連が修飾する対象が迷子気味なんです。僕だけかもしれないけど、ここ読んでてちょっと心もとない気分になったんです。
「誰にも」と「肋骨」は「雲に言ったんだ」に向かうように読めるので、終連のみは、もう一度「走る」感覚の句を追加すれば、詩行がくっきりと判別され安定もするように思います。
佳作一歩前で。

かすみ じゅんさん「梅雨晴れの夜から」 7/25

7/18に投稿され、すでに澤さんがすてきな評を書かれていますので、割愛させて頂きます。
何かの手違いで載っちゃったんでしょうね。



6 みたこさん「例えばこんな夕暮れに」 7/26

ああ、いいですね。優しい詩です。まず前半のエピソードが微笑ましいのです。人によりますが、けっこう見知らぬ人から、こんな風に声かけられる人っているらしいですね。僕は殆どありません(人を見るか?)この詩では自分でもとっくに知ってて、やってることなのに、初めて聞くようにちゃんと聞いてあげる。優しいです。そして謙虚です。相手もそういうのをちゃんと嗅ぎ取って声をかけてくるのかもしれないです。こういう人にはいい一日の終りがやって来るに違いありません。事実、後半、みたこさんと夕暮れの美しい邂逅がありました。エピソードを語り始める前に、枕詞的に「例えば」とするのはいいですねえ。粋でシャレた雰囲気が出ます。この詩は「たとえば」(ひらがな)のほうがよかったかなー。
甘め佳作です。



7 エストリンさん「生きる」 7/26

以前のコメントで母上が(長期)入院されていることを知りました。この詩はそれがポイントになっています。一点だけ解せないのは「今日は母親の見舞いだ」「退院できない母親」とありますが「母親の通院の付き添いがある」とも書かれている。この部分です。
白紙状態で初めて読む人も引っ掛かると思うんです。何かアレンジが必要でしょう。
ご自身周辺のこともあるのに、ご両親からもけっこう重くあてにされている。板挟みという雰囲気も見て取れる。詩行自体、日記風に書かれているのではありますが、行間から滲み出るのは「生きる」ことの、より濃い濃度の実体験ということでしょう。ここに提示された「生きる」は、直接は出てきませんが、ご両親とご自身とのトリプルイメージとしての「生きる」という気もしています。詩行にもありますが、安易に「頑張って」とは書けない何かがありそうです。できることと言えば佳作を以ってすることです。



8 れもりあっとさん「昇天」 7/27

その昔、ネコが主人公の「銀河鉄道の夜」(文庫本)のアニメ版があって、列車が来る前にジョバンニが草原に佇んで夜空を見上げるシーンがあったのですが、この詩を読むと、やけにそれが想い出されてならないのでした。僕の場合、読んだとたんに音楽や映像が浮かぶのはとても有難いことです。そして、そういう詩は多くの場合、好きになるのでした(これは、あくまで僕の個人的意見ですが)。ああ、映像が浮かんでどうしようもない!そのような裏付けができている言葉運びであり、抒情性であり夢幻性なのです。ストーリーも順を追ってうまく考えられています。しいんと静まった音も聴こえてきそう。ただ「やっとこさ」はないでしょう(笑)。単に「やっと」か「やっとのことで」でしょうね。終連の意外な展開は素晴らしい。アイデア賞ですね。これは佳作以外考えられない。「昇天」。主人公は飄々としているのですが、もしかするとこれは人の死のありようかもしれない。そんな憂いが微光を放つ流星のように僕の脳内を駆け抜けたのでした。わずかですが…。



評のおわりに。


今、ちょっと詩と並行してドイツの戦中・戦後のことを調べています。
読んでいる本は「ヒトラーの戦い」全10巻。何を血迷ったか?
先は長い! では、また。
 
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