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夏を聴く

 投稿者:鈴鳴すずしろ  投稿日:2020年 9月17日(木)02時07分58秒
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  ひょんな事から思い出の名前を知った

BGMで流していたクラシックから
幼い日の恋慕が聴こえて
僕は思わず顔を上げた

YouTubeの動画を止めて
タイトルを慌てて確認する
ベートーヴェンのピアノソナタ
第八番『悲愴』第二楽章
そんな重々しいタイトルだったのか
思わず苦い笑みが零れた

幼い夏に想いを馳せる
彼女の家は小さな古着屋で
夏の日差しから逃げようと
古着の後ろに隠れるようにして
僕達は毎日遊んでいた

玩具のピアノを鳴らしながら
この曲だけ弾けるんだよ
なんて言って笑う
貴女の背中にもたれかかって

拙いピアノの音色
遠い蝉の声
微かな息遣い
少し高鳴った心臓の音

柔らかなその背中から
僕は夏を聴いていた

叶うことなく終わった恋慕を
僕は『悲愴』だなんて思わない
叶ってしまったら
手に入れてしまったら
そして
それを失ってしまったら
あの夏の貴女に
こんなに安らかに恋焦がれることなんて
きっと出来なかっただろうから

僕は窓を開けて
ベランダの手すりにもたれ掛かる
煙草のミントが妙に甘い
あの夏よりも
少し容赦の無い太陽が
変わらない蝉の声が
久しぶりに再会した旋律に乗って
ひとつ足りない体温を探しに
未だに色褪せない記憶の中へ
穏やかに溶けだしていった








齋藤純二様、お久しぶりです。
前回評をして頂いたのが2019年の2月ですから、およそ一年半ぶりということになります。
前作「台風少女」の際、大変良いご感想と共に続編が読みたい、と仰っていただけましたね。
長らくお待たせ致しました。本作がその続編に当たります。
楽しんで頂けますと幸いです。
 
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