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煮える果実

 投稿者:海ふくろう  投稿日:2020年11月22日(日)12時51分37秒
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  煮えたぎる腹を抱え 電車に揺られ続ける人がいて
くたくたな体で懸命に吊革を握る手は ともすれば濁流に呑まれそうで
疲労の雫を頭から垂らしながら内蔵は隅々までグツグツと音を立てて茹でられる

冷えた胸を抱いて 河原を歩き続ける人がいて
吹き荒ぶ風に熱を払われた頭蓋骨には ありきたりの言葉が転がり続ける
孤独のショールを頭から纏いながら喉も爪先もハリハリと薄く確実に凍り始める

ぬるい掌を懐にして 夜道に佇む人がいて
流れの止まり始めた血は透けて蒼褪めて 失われた幸せのぬくもりが冷めてゆく
冷徹の霙を頭に積もらせながら眼球も記憶もトロトロと融けて流れている


ガタゴトと軋む車窓から眺めるのは芦の揺れる河原に隠れてどこまでも伸びる細い道
黄金たなびく夕空から 林檎が一つ光って

煮えたぎる腹に転がり落ちれば
トロリと熱い甘煮になった

それは荒ぶ風に運ばれ
凍った喉に届けば潤い優しい声が戻る

風に吹かれて冷めた甘煮は夜の霙に溶けてシロップとなり
煮えた腹に滴れば立ち続ける疲れを癒し帰路を軽くした

熱い果汁はぬるい掌に手渡され
ぬくもりの戻った指先は頭に積もった霙を拭う


その実は
彼等の気付かぬ人々の情の林からたわわに生って
けれど多くは彼等の下には届かぬまま
時と運が巡りやっと辿り着いた一つであった
 
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