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周囲百三十kmの屋久島
鋭角に競り上がった山脈を
深い森が覆い
苦海に浮かぶ満開の
蓮の華のように
急峻な絶壁の続く海岸線沿いの
平坦部にのみ
人の営巣を許している
時が悠久にまで堆積した
暗緑の森には
屋久杉と特に呼称される
樹齢千年超の
杉の巨木が点在している
中には縄文杉と
別個に命名された
樹齢二千年超の
婚礼の最中の新郎新婦を
失神させてしまうものまである
屋久島の杉が通常の杉の寿命
五百年を優に超えて
千年単位で
生き長らえていられるのは
屋久島全体が隆起した岩山で
多雨のお蔭で繁茂する
苔の中に根を張りミリ単位の
緻密な成長を弛まず続け
抗菌作用の強い
腐り難い幹を育むから
そんな屋久杉の古木の樹上には
天空の植物園が見られる
古木の枯れ枝に着床した苔に
杉の枯れ葉などが絡まり
数百年をかけて腐葉土の層を形成し
そこに鳥や風や齧歯族が運んだ
ヤクシマシャクナゲや
ミヤマヤマシグレや
アクシバモドキなどの種が芽吹き
五月の終わりには
天球を砕いたように
色とりどりの花を咲かせる
他にはナナカマドや
ソヨゴやマメヅタラン
なども見られる
更にこうした山の豊かさに
海も相伴させて貰い
角を突き合わせた岩礁の谷間に
カクレクマノミや
チョウチョウウオや
スズメダイなど熱帯や
亜熱帯の魚を侍らせている
そこから海岸に目を向ければ
民家もあれば宿屋もある
無暗に人を拒みはしないが
島の中央に聳え立つ真骨頂は
粗野な好奇心や軽量な冒険心を
その威容を煮え滾る隋が
滲み出るまで掻き毟ってでも
決して寄せ付けようとはしない
一歩森に踏み入れば
至る所に枯れ枝や枯草に覆われた
獣たちの古い巣穴や風穴があり
安価な足取りを戒め
雨が降り出せば
天を仰ぐ間もなく
其処彼処の岩肌に急流が出現し
物見遊山を許さない
神々が地上に残した
秘境という名の
ビオトープ
人も含めた全ての生物を
肥えさせも
飢えさせもせずに
真理の恵みで養っている
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