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この街には黄色い電車が走っていた
停車する駅名もホームの風景も
私の知っている駅に似ていたが
文字がひとつ多かったり
ホームが少し短かったりして
まるで間違い探しをしているかのような
不思議な気持ちになりながら下車した
駅前には指定喫煙場所があって
そこに続くまでの道や
そこに備え付けられた灰皿のまわりには
吸殻が沢山落ちていた
二十時を示す時計台の下で
コートのフードを被ったまま
ヨガの動きを真似ている者がいるのを見て
思わずふっと笑うと
私の口元から白い煙が束になって溢れ出た
眼鏡屋、携帯屋、居酒屋のビル看板の横を
デパートのエレベーターが
最上階から降りてくるのが見える
その透明の無人箱の上部が赤く光っていたので
どのような仕組みになっているのだろうと思い
しばらく眺めていると
セクハラ、セクハラ、と
異国の者が発する独特の発音で
憤怒している声が背後から聴こえた
通りすがりか喫煙者か
セクハラ、と青文字の大きな見出しが書かれた新聞を
細く折り畳んだ状態のまま
街灯の下に落とした者がいて
それを指して異国の者が怒っているのだ
セクハラ、セクハラ
オトシタ、オトシタ
ヒロエ、ヒロエ
私こそ異国の者であるような気持ちになる
自国を汚している者のひとりであるような
油断の多い話を持ち寄り
笑いながら吐き出す者たちが集う場所で
芋虫みたいな吸殻を嫌悪するだけの私のほうこそ
異邦人ではないのかというような気持ちになる
憂鬱を隠しきれず夜空を仰ぎ見ると
指定喫煙場所の上には
ぼんやりと滲む三日月が出ていた
その朧な輪郭に
私は最もふさわしい者であるかのような
錯覚をおこした
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