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いちじく

 投稿者:秋さやか  投稿日:2021年11月24日(水)15時08分1秒
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  いちじくを囓るとき
私はいつも
彼女の乳房を思い出す

ほら

左の口元だけ笑いながら
私の手を掴むと
躊躇いもなく
自身の胸へと引き寄せて
そのしこりに当てた

ちいさかったころ
一緒に遊んだビー玉が
そんなところに入ってしまったの
だろうか
などと
遠のく思考を
繋ぎ止めるように
冷えていく指先

どちらかが失恋すると
必ず二人で行った
鎌倉の海は
何もかも問題ないような穏やかさで
包んでくれたけれど

「もし、悪性でも、産みたいの」

そう言い残して
彼女の消えた雑踏は
引き潮のように
私だけを置き去りにした

いつかの海に
独りで佇むような心細さで
無音の波に打たれ続けた

数日後
「良性だったよ」
と報告を受けるまで

胎児もまた
無音の波に
暖かく守られていたのだろうか

それとも胎児が
彼女の決意と畏れを包むように
守っていたのだろうか

私たちはまた
いつでも
二人で
鎌倉の海に行くことができる
けれど

いちじくを囓るとき
紅く開かれた
無抵抗な果実に
私はいつも
彼女の乳房を思い出す

 
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