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感想と評 11/19~11/22 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2021年11月26日(金)04時16分56秒
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  誠に僭越ですが、島さん、りゅうさん、都合により、先に書かせて頂きます。



1 K_r2さん 「水面」 11/19 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。

よろしくお願い致します。ユニークなペンネームですね。
性別もわかりませんが、文中「つまらないわ」とあり、この詩の主人公は女性ですが、作者も女性かというと、そうは限らない点が詩のおもしろいところでしょう。
「水→星→飲む→体光る」。この一連の幻想の流れは珍しいケースで、良いと思います。
短詩ながら、幻想として文として、なかなか完結しています。あと、好み上で言うと「ぽつつ」の擬音は人によってバラツキが出るかもしれない。また書いてみてください。



2 ツトムさん 「役」 11/19 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。

よろしくお願い致します。
お若いかたかもしれません。(違ったら、ごめんなさい)。何だかよくわからない、漠然とした不安・不満・憂鬱。これを読むと、若さが持つ心の不器用さのようなものを感じます。評者も高校生の頃、こんな憶えはありますね。ところでタイトル「役」に注目してみると、4行まではちょっと方向が違う気はします。この詩は何か事例が欲しいと思います。中盤にそれを出して、この詩全体でくるんでやるといいでしょう。タイトルは「役まわり」などとすると、ちょっと“困った感”が出ていいかもしれないです。また書いてみてください。



3 遠野かずひこさん 「望み」 11/21 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。

よろしくお願い致します。
初連、目を惹きます。「詩人みたいな顔」ってどういうのでしょうね、どういった傾向とか?
とても興味がありますね―。凄く想像がひろがっていく。服装ではなく顔であるところが凄いです。ここ、ギャラリーみんな注目して、それぞれに考えると思うナ。
2連は修辞的隠喩。3連では「何もない」としながらも「詩人」を出してくるところを見ると、その「望み」とはすでに明らかでしょう。この詩も「2・ツトムさん」同様、何か事例があると、もっと引き立つし、読み手も有難いです。また書いてみてください。



4 荻座利守さん 「小さな鉱物の結晶に」 11/21

はい、佳作です。(僕の場合、トップにこう書くと佳作度、高いです)。って言っときながら、ちょっと触れます。なに、どうでもいいことですよ。4連目「大きな岩の如き」は女性を副詞句的に修飾するわけだから、あまり雄渾にならず、もそっと女性的がいいでしょう。
「硬い宝石のような決意で」みたいな(?あくまで参考)。誕生石などの具体名を入れてもオシャレかも。そう、全体を見回しても、そういう固有名詞が入ると、全体が締まるかも。
あと、ホント、どうでもいいこと。僕だったら終わり4連はひとまとめにするかも。あるいは3つだけまとめて、最後だけ独立一行もいいですね。
過去2作ほど、ちょっと振るわなかったんだけど、これはいいですね。荻座さんは、こうこなくっちゃ! 岩~鉱物に幻想性をうまく与えています。鉱物の光に「あなた」の瞳の光を見た。その思慕を含んだ幻がすでに詩情の成立です。詩全体が“濃い色”を感じさせますね。そこが一番いいです。僕のイメージで言うと、きれいに濃い紫色かな?



5 galapa(滝本政博)さん 「植物園幻想」 11/21

この評は僕より圧倒的に植物に造詣の深い島さんの方が適任なんですが、そうも言ってられないので、やってみましょう。各種、調べるところの多い詩でした。そのうちに「東山動植物園」(名古屋市千草区)というのがヒットしまして、案内が4連に書かれたのと全く同じ名前、同じ順番記載なので、違うかもしれませんが、とりあえず、ここを想定してみました。とにかくご家族で出掛けたのでしょう。一風変わった植物図鑑を読むような趣で、しかも一般にはあまり知られない部分を扱って大変興味深いです。とりわけ毒性の部分ですね。ケシの功罪、コンドルの飛翔幻想が注目できました。終句「植物が握りしめている秘密」―ここは秀逸ですね。まとめとしてふさわしくオリジナリティもあります。この詩を代表してお釣りがくる表現です。説明的になるのはテーマの性質上、ある程度やむを得ないでしょう。僕にとってgalapaさんのこういった趣向は初めてなので、今回は評価は辞退させて頂きたく思います。



6 小春日和さん「ほどけない結び目」 11/21

モチーフ、その状態、描く角度、どれもおもしろい趣向や個性を感じました。初連、これ、ほどけないという事ですね。ここには何らかの意思があるはずです。2連から黒い糸を推測させます。4、5連から自分の指に結んだ(結ばれた)ようです。そして、この詩の最も焦点となる点は、ほどけない糸の本体と切られた端部分。どちらも「生きていない」といった認識。そこから連想されるのは、さっきまで同質だったのに切断されたことによって変質した何かでしょう。端は空しく落ちていきました。タイトルでは結び目の方を言っていますが、その意思を含めての背景は語ることなく詩は終わっていますが、ほどけない事が象徴的なテーマなのでしょう。今回から評価が入りますが、余裕を見て佳作二歩前で。



7 富士伊真夜さん 「精神薬と家族、そして入院へ」 11/22 皆伝者なので、感想を。

掲示板でお会いするのは久しぶりでした。あ、先日はありがとうございました。ところで、何かありましたか?今は一人住まいされ、まずまず落ち着いている印象を僕は持っていました。それが事実だとすれば、この詩は七年前のことなので、少し安心しています。冷静に綴れる時が来た、といったところでしょうか。家族・家庭事情とは個人の事情に準ずるもので、他の人が入り込むことはできないものです(程度にもよるけど)。たとえば、この詩において「□□はひどい、○○が悪い」とは僕は言えません。ただ極力、客観的一般論で言うと家庭崩壊とでも言うのでしょうか。各人がバラバラに生きている、そんな事態です。主人公の富士伊さんに沿って言うならば、一番辛い目を見た気がしています。やや突っ込んで言わせてもらうと「男性陣、ナニやってんだ。男とも思えぬ」と言ったところでしょうか。
さて、この投稿を含めて富士伊さんが書く一連の作品の位置づけについて、最近、思う所がありました。もちろん自分の為に書く、これ当然ですね。次に、同じような境遇で苦しんでいる人々に伝える、送る、何かの参考になれば、支えになれば、そんな動機付けもあるように思えます。そこから共有するものも生まれるかもしれない、そんな風に思えるのでした。



8 晶子さん 「ありがとう」 11/22

晶子さんはボランティアで読み聞かせをやっている―と何処かで聞いた事があります。
これはそんな詩。概ね主旨がわかる書き方ですが、3、4連において、やや解釈を見失いそうな
雰囲気になりました。おそらく今回の読み聞かせは、読んでる自分の中で少しトリッキーなところがあって、変に抑揚をつけたり、即興的にセリフを入れたり?(2連)。そういった事に反省やジレンマや屈託があったようです。そう思っていた矢先での5連の「ありがとう」の重さ。その子の言葉の純粋さに打たれた。それを噛みしめて帰る道すがら。そんな主旨でしょうか。送り手側に紆余曲折もあったが、結果として受け手には伝わった、感動した。それはひょっとすると紆余曲折の思わぬ功かもしれません。そこで晶子さんはその言葉を語源からひも解いて、さらに大きな、生きる意味にも触れるかのようです。ちょっとしたことで生まれ死んでいく私たちですが、それぞれこの地上に只一人しかいない。奇跡のような「有り難し」でしょうね。フィナーレが大きく美しい。甘め佳作で。
この地球に幾つの言語があるか知りませんが、どの国でも「ありがとう」を最も美しい言葉のひとつとして、その位置が与えられているように思われます。この国の「ありがとう」の語源もいかにも日本らしくて麗しいものがありますね。

アフターアワーズ。

「有り難し」―歴史小説の好きな僕がイメージするのは、主君に信頼され厚意ある言葉を賜った家臣が心の中で(有り難し!)。平伏して畳を涙で濡らす―なんてのが美の極致。あくまで個人趣味ではありました(笑)。



9 ピロットさん 「哀れ蚊」 11/22

これは冒頭に書く佳作です。草野心平の詩でカエルが「ああ、さむいね」と言ってる詩があります(秋の夜の会話)。
この詩(ピロットさん)に見る背景や詩精神は何処かで草野と繋がっている。そんな気がしています。草野のほうはカエル本人(?)ですが、こちらはピロットさんという第三者目線です。草野カエルはまだ休眠という生存機会がありますが、この蚊は間違いなく死ぬでしょう。そこにある種の悲劇性があるのですが、その悲劇性に鈍感なのか、本能がそうさせるのか、よろよろ飛んでピロットさんを刺そうとする。これで刺そうとする蚊も蚊ですが、甘んじて血を吸われるピロットさんもピロットさんですよ(笑)。ここにあるのは、去り行く者への挨拶としての寛容であり優しさであるに違いない。この詩で底流するものは、遅れて来たもの、取り残されたものへの哀歌でしょう。そのことを自分にもダブらせる。時の流れに左右され、いまだたゆたう自分であります。最後の蚊の姿はピロットさんの意志の象徴のようにも思われます。蚊のようにピロットさんは死んではいられない。これら出来事を空だけが見ていた。そんな意味深い終わり方です。

アフターアワーズ

「哀れ蚊」か「蚊哀れ」か?タイトルの件。多分迷ったと思います。こういう事例の時、僕もウジウジ迷うほうです。前者のリズムパラーンは「――|」後者はそれは「|――」。この違いなんですが、今回のは前者のほうがいいように思いました。こっちのほうが希少性がありそう。
何の根拠もないんですが……。



10 藤代望さん 「ひいては日常」 11/22

これはどうしたって、佳作ですね―。まずタイトルがおもしろい。藤代さんはいろいろ語っているのですが、そのふとした部分だけを切り取ってみせた、その”瞬間さ“がいいです。さて、この詩、以下は語った部分―。 普通に書いてて、普通に読んでて、突然の―!

「あ」

こういうの、あまり見たことがない。好き嫌い出そうだけど、僕は手を叩いて迎えたい。
「あ」もこれだけのソロスペースを与えられれば、本望といったところか。ここでは「泣きたいほど」の心情の扱い方が新鮮です。「キリキリと光」は面白い表現で、どんな光か興味がわきますね。濡れていて、慌てて立ち上がるシーンはご愛敬。終わりから2連目は、もう手がつけられないくらい、いい。強い意志と淡い痛みが交錯するよう。一味違う感受性の発露としての詩行です。日常と呼ぶには、少し変わった風景に接した、そんな詩。「ひいては日常」。
明日は普通の日常。



評のおわりに。


最近、ある長篇小説を読み返しているのですが、面白い再発見がありました。
「~であります」という表現は、本来、日本語には無く、たまたま長州(現・山口県)
にだけあったそうです。明治維新で長州人が大挙して官・軍の要職に就いた為、
広まったようで“あります”。 では、また。
 
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