<思いやりのあるコミュニティ宣言>
 teacup.掲示板は、皆様の権利を守りながら、思いやり、温かみのあるコミュニティづくりを応援します。
 いつもご協力いただきありがとうございます。

 投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


沢口様 詩の評へのお礼

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 5月11日(火)14時40分26秒
  沢口様 詩の評、ありがとうございました。
今回の詩は直すとか言うよりもボツにしたい内容の詩です。
そして次に行きます。
自分の詩は自分ではわからない、見えないということに改めて気づかされました。
 

沢口リリキさま ご感想のお礼

 投稿者:るり なつよ  投稿日:2021年 5月11日(火)13時58分2秒
  初めまして。ご感想をいただきありがとうございます。

三点リーダの表記の仕方、無知により心得ていませんでした。これまで書いた他のものに関してもそうですが、「…」を無意識に使っていたように思います。余韻を持たせるためだったというのが一番近い気がしますが、今後は意識して使っていけたらと思います。

沢口さまの足元にも及びませんが、私も諸宗教の本に目を通し、知識を得てきたつもりです。が、特定のものへの信仰というのは持っていません。
それでも、人知を超えたものへの畏敬の念というのは抱いていて、それを宮沢賢治の作品にも登場する瑠璃という石に託して表現してみたかったという背景がありました。あまり自覚がありませんでしたが、誰もが取り上げないジャンルなのですね。
ちなみに、宗教的なものだから投稿するのに特別な勇気が要ったということはなく、どのテーマであっても多かれ少なかれ投稿には勇気が要るものだと思っています。

この作のようなものが評価の対象ではないということは承知しました。別なテーマで、また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
 

失礼しました。

 投稿者:九丸(ひさまる)  投稿日:2021年 5月11日(火)11時18分16秒
  三浦志郎様
投稿作の一部訂正をお願いします。
一連 夜空に→夜空の
終連 もうしわけい→もうしわけない
以上でよろしくお願いします。
 

不在の航跡

 投稿者:蓮見 丈メール  投稿日:2021年 5月11日(火)06時09分28秒
  自分の存在の座標を
風景を通して視認できない
夜の車の運転が
僕は嘘のように嫌いだ

周りを見ても
前を見ても
ルームミラーを見ても
光の明滅と
朧げな曲線ばかりで
幻惑された視座に
有相の交点を
正確に打ち込むことは
全くもって望めない

だから方向ばかりか
時間の感覚までが
曖昧になり
帰宅途中なのか
夜勤に出向く
途上なのかさえが
瞬時には
分からなくなってしまう

ナビを見れば矢印は確かに
自宅の方向を指しているから
帰宅途中ではあるのだろが
対向車の前照灯が
神経を根こそぎ逆なでして
脳裏には実感が湧かない

むしろ焦燥感と不安が募り
心臓の悲鳴を聞き付けた
目に自然と涙が滲み
消滅の寸前を漂っているような
嫌な気分になる

そんな寂寥感に耐えながら
何とか自宅の駐車場に辿り着き
車のドアロックもそこそこに
玄関ドアを引き開け
駆け上がり

飯より風呂より何より先に
自室の椅子に腰を下ろし
ようやくにして
今日の原点へと帰着する
 

沢口リリキ 様

 投稿者:蓮見 丈メール  投稿日:2021年 5月11日(火)06時06分18秒
  評をありがとうございます。
目先だけでなく、
位相そのものを変えられるような
ハッとする言葉を見つけられたらいいと、
僕も思います。
 

知らないことを

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2021年 5月11日(火)05時16分0秒
編集済
  何と言ったのでしょう?
どういう意味なのでしょう?

「バカヤロー!」

猫の威嚇みたいです


何と言ったのでしょう?
どういう意味なのでしょう?

「コロシテヤル」

ここにいてはいけない気がします
引きずり込まれそうです


何と言ったのでしょう?
どういう意味なのでしょう?

「スキ」

鳳仙花の果実が弾けました


何と言ったのでしょう?
どういう意味なのでしょう?

「アイシテイマス」

私に怯えているのでしょうか
でも少し違います
目が
怯えていますが
真剣です
まっすぐ私を見てくれています
ちゃんと向き合わないといけない気がします

あなたのことを教えてくれますか?
 

再生

 投稿者:ピロットメール  投稿日:2021年 5月10日(月)22時28分17秒
  上野東照宮のぼたん苑
紅色 黄色 桃色 白色…
富貴 百花の王の名に相応しく
色鮮やかな大輪の牡丹は
和傘を翳し 座した姫様のよう
紫禁城 皇嘉門…
名も絢爛な深見草
清和の天 千々の幽香に浸る

数々の災難を免れた 上野東照宮
五月晴の青空に 黄金の社殿が眩しい
華麗な牡丹は 徳川の栄華に似つかわしい

然れど 徳川ゆかりの寛永寺は 上野戦争で消失した
戦端は 官軍が放った一発の砲弾
弾丸沈む 不忍池
時代の遷移に心揺れながら
青葉に囲まれた不忍池まで歩いた

豪奢な徳川の面影 牡丹の華美は残影すら払拭され
拠り所なく 黄色みがかった小さな蓮葉だけが漂っていた
海松色に濁った池には油が浮き
腐った落葉 蜘蛛の巣 朽ち果てた蓮の茎や実が
泥水に半ば顔を埋めていた
首が折れ 枯死した蓮茎は
脚長く 薄気味悪い巨大な蜘蛛のよう
水面に映った高いビルを 食い尽くすかに思えた

葦の茂みの向こう 林立するビルは
巨大蜘蛛に食われることもなく
幻の如く霞んでいた
朧げな 東京の今がある
煌めく陽光と青空を映した不忍池
かつて 砲弾をも飲み込んだ池は
あらゆる尾籠を あえて溜め込んでいる
目に見えぬウイルスの泥沼にはまり
身動きとれず じっとしている人々もまた
泥濘の中にエネルギーを蓄え
再生を願う
この池の如く 汚泥と死を抱きつつも
再生の時を待つ

花の命は短い
桜はとうに散り果て
牡丹は今を盛りと 王者の如く咲く
蓮は死んだように眠っている
華やかな牡丹も間もなく散るだろう
そして 新たな季の花がまた咲くだろう
泰平も 時の流れの中に風景を変え続ける

我が想い 人知れず光風に揺れる

黄雀風吹く頃
魚が雀に変わらずとも
不忍池一面 紅白の蓮華は開くにちがいない




※上野戦争の戦端は他説もある。上野戦争により寛永寺堂宇は消失したが、五重塔などは残された。


 

良くない考え

 投稿者:よしおかさくらメール  投稿日:2021年 5月10日(月)19時47分10秒
  《良くない考え》が
性懲りも無くやって来た

液体か霧みたいに
するすると忍び込んで来る
私を包んで信じ込ませようとする
なぜ私は
(そうかも知れない)を
(そうに違いない!)に
変えるのだろう
なぜ私は
嫌な気持ちごと受け入れる
のだろう
何に備えているのだろう

いま生きていて
日差しの中
眠りに誘われて
眩しいのに
 

ノレない観客

 投稿者:九丸(ひさまる)  投稿日:2021年 5月10日(月)18時38分44秒
編集済
  夜が 降りてきた
田植え終わりの
水を張った田圃には
蛙たちの声が鳴り始める
それにうながされるように
夜空の雲は流れ
微かに輝く星たちを消してゆく

やがて雨が 落ちてきた
その一粒を待ち望んだように
蛙たちの声が
いっそう響き渡る
見えなくなった星たちを
嘆くわけでもなく
一滴 一滴と
降り増える雨粒に
歓喜の声を上げるように
蛙たちは
声を張り上げる

楽しそうだ
雨音と奏でる即興は
命を燃やし
心かきたてるのだろう
見えているだけで
届かない星たちよりも
その身打つ雨が
恋しかったのだろう
楽し そうだ

でも ぼくの心には
何も響きはしない
たとえ届かなくても
ぼくは星たちを
眺めていたかった

だから
せっかく良い席を用意してくれたのに
もうしわけないけれど
ぼくは 立ち去るとしよう
ノレない観客は
今夜 この場に似つかわしくない
蛙たちにも
失礼になるだろうから
ぼくは 立ち去るとしよう
背を打つ音に
押されるように
 

感想と評です。2021年 5月 4日(火)~2021年 5月 6日(木)

 投稿者:沢口リリキメール  投稿日:2021年 5月10日(月)17時53分6秒
  1.陰陽魚  蓮見 丈さん  2021年 5月 4日(火)

サイズ的に適量だと思います。また、読みやすかったですね。しかしいつも思うことなんですが、蓮見さんの作品ってスラスラ読めてしまうんですよね。精読はしていますよ。言葉のカリカチュアも上手です。読みやすい。これは立派な長所です。でも、もしかしたら詩として致命的な欠点かもしれません。単刀直入に言わせてもらえば蓮見さんの作品には、一詩行にハッと立ち止まる箇所がないということです。詩行のどこかにそっと置いたひとつのフレーズに強烈な詩情を感じるというような感動やゾクゾクさせる狂気もないということです。そして軽い。ボクシングに例えれば、華麗なジャブが速射砲のように連弾されてくるんですが、肉体的にも精神的にも響かない。そんな感じです。私的にはダメージを受けたいのですが。まあ、重ければ良い訳でもないんですけれど。ですが、これはあくまでも個人的な見解です。物語に入っていきますが、陰陽魚は何故に太陽に焼かれ大海原の藻屑となって消えたのでしょうか。終結の仕方に粗さというか、旨くまとめるために絶命させた感がします。そしてこの物語に作者は何を託したのかが読めませんでした。最も読みたいところが読めなかったのです。
今回から水準を一段上げています。こちら佳作ニ歩前です。

追記)一世を風靡したサーフブランドにタウン&カントリーというブランドがあります。陰陽魚をモチーフとしたハワイのブランドです。私はここのTシャツが大好きでした。当時の沖縄では5人に1人が着ていましたね。実際、沖縄でサーフィンは出来ないんですが。


2.※チャングー  エイジさん  2021年 5月 4日(火)

今作はタイトルと内容が全く一致していませんね。何故、この内容にこのタイトルを冠したのか釈然としません。「地上最後の楽園」と呼ばれる美しいバリ島のチャングーの南国の香りは詩中に皆無ですし、何より二連目。

 寒気が通ったかと思うと
 暖かい五月の陽が射す
 子らが嬉しくて遊びまわる

年間平均気温が28度である島の気候とは差異がありすぎる詩行です。なのでタイトルを外して読んでみました。そうすると初夏の光の祝福を音楽的に表した情景と心情が描かれている詩なんだなと分かります。エイジさんの意図が何なのかがわかりかねますが、先ずはタイトルを変えましょう。それからです。
こちら評価はつけません、というかつけられません。

追記)バリ島にあるチャングーについてウェブ検索してみましたが、サーフィンをするにはうってつけのスポットですね。湿度も比較的低く温暖だそうで、同じ熱帯気候の沖縄と比較しても、断然過ごしやすそうだなという印象を持ちました。


3.彼女  あさぎさん  2021年 5月 4日(火)

よく漫画で、窓側の席の学生が授業中に、頬杖をついて何の気もなしに窓の外を見ているという構図がありますが、そういった部分の切り取りでしょうか。漫画チックですね。うーん、なんと言えばよいかわかりませんが、あさぎさんの作品って、漫画的であったり、ライトノベル的、或いはショートショートなんです。それは否定ではなく、詩寄りではないという意味です。私個人の意見ですが、私は、時折見せるあさぎさんの抒情性が好きです。それを感じたいし読みたいんですよね。あとは今回はまとまりに欠けてましたね。

 彼女の顔は陶器みたい

初連のこの不確かな断定から始まり四連目以降

 彼女の顔からは何も読み取れない
  (中略)
 それは感情の欠落とは違うと思うの

 陶器の淵が欠けているのとは違うの
  (中略)
 滑らかな曲線を描いている
 その曲線が優しくも強くも感じられる

 それが彼女にとって自然なことなの
 ありのままの彼女なの
 だから
 外がどんな空でも
 きっと似合う

要約すると、彼女の顔が陶器のようなのは自然なことで、感情の欠落はしておらず、また陶器の淵(縁)が欠けているのとは異なる。それは美しい曲線を描いているから。だから彼女の見ている空はどんな空でもきっと彼女に似合う。おそらく何色でも美しく染まる(反映する)透明性(純粋性)を言い表したかったのかも知れませんが、意味不明ですね。そうですねえ、「彼女の顔は陶器みたい」と推察したなら、その解答を作者なりに出して欲しかったですね。何故そのように見えたのかを核とすべきではないかと思いました。
こちら佳作二歩前です。


4.ヒカリ  矢を持つ者。さん  2021年 5月 4日(火)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、総体的な感想のみとなります。
一連ニ行、四連構成。「君には見えるだろう」→「○○が」という倒置法での統一が初々しいですね。少々言葉が硬いんですが、それが今回のお作には適してました。ただ、硬質な言葉は表現が大袈裟になりがちです。それだけに別の作品も読んでみて、矢を持つ者。さんの詩風なり思想なりを知りたい気がしました。終連の詩行のレトリック、結晶だけに「結晶法(擬物表現)」を使用したことは偶然かもしれませんが粋でした。

 君には見えるだろう。
 僕の瞳に映る君と言う光の結晶が。

また書いてみてください。


5.キミへの想い  のかさん  2021年 5月 4日(火)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、総体的な感想のみとなります。
内容的にお若い方が書いた詩ような気がします。失恋というか、交際中に「君」が別の男性に惹かれていったというような印象を持つ内容に思えました。「僕」の純粋な懊悩が描かれています。まるで割れたクリスタルの欠片に悲しく反射する光のような内容だと感じました。主人公の心情吐露が良く書けているセンシティブなお作だとも思いましたね。三点リーダ(……)の使い方も正しく使われています。小説か何か書いていたのですかね。終連に向けて行数の間隔が広くなって、最終連に至っては六行も空いてます。それはのかさんの意図的な手法だと思いますが、余り空けすぎない方が読みやすいかな。また書いてみてください。


6.陽光  埼玉のさっちゃんさん  2021年 5月 4日(火)

花鳥風月に明け暮れた日のようですね。お作を読んだときの第一印象は、情景描写の凡庸さです。特別な言葉を使う必要はありませんが、表現がありきたりですね。でもそれが個性なのかもしれません。気になったのは「川沿いの道を散歩してみる」「川のせせらぎが」「川面に」と同語の使用頻度です。左記の取り上げた箇所は、まあ、仕方ないとしてもクドい。表現の工夫が必要ですね。例えば「せせらぎ」「水面に」などでも良いのではないのでしょうか。冒頭で作者は川沿いの道を散歩していると書いているわけですから。こういった細かい箇所の工夫をしていかないといけません。神経を使う要所です。同語の重複は他にもあります。「新緑薫る」「新緑の匂いが」。「優しい木漏れ日」「優しく言っているように感じる」「優しい気持ちに浸りながら」です。何でもかんでも「優しい」で片付けてしまうのは考えものですね。これは意図的な反復の範囲外ですし、「優しい」という言葉への冒涜です。それこそ詩を書くことまで「やさしい」ことになりかねません。あとはミスタッチ。ニ連目のニ行目、忙しいさ→忙しさ。埼玉のさっちゃんさんも当サイトでは常連さんです。ベテランの域に差し掛かっているのではないでしょうか。今一度、細心の注意を払ってご自身の習癖を見つめ直し何度も推敲を重ねてみてください。誰も振り向きもせず素通りするような詩作品にならないように。
こちら佳作四歩前です。


7.月の舞い  ふつつかなきねづかさん  2021年 5月 4日(火)

はじめまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見ですので感想のみを書かせていただきます。
そうですね、結構詩作されている方ではないかとお見受けしました。詩の作り方を心得ていて、豊かな感性の持ち主だと感じます。また神秘性、音楽性も持ち合わせており、荒削りながらも詩情溢れるお作だと思いました。タイトル「月の舞い」は「月の舞」としたほうが美しいかな。しかし詩中で舞っているのは雲ですよね?合致してないような気がするのですが、何か思惑があってのことでしょうか。気になります。それに月が舞っているってあり得なくないですか?また月が照っているのに雨が降る状態にも違和感を覚えます。片降りか通り雨なのでしょうか。そうだとは思いますが、詩の世界と云えども、必要以上に読み手に混乱、困惑を与えないようにしましょう。

 甘い花の香りを
 夜風が運ぶ

初連の入り方に感性の豊かさを感じます。ただ少し抽象的なのでこの場合、花の固有名詞を書いても良かったかもしれません。夜香木、月下香、夜来香、月下美人など夜に咲く甘い香りの花は多種あります。また敢えて英名にして書くことも出来ます。これは好みですね。

 (例1)       (例2)

 夜香木の       ナイトジャスミンの
 甘い香りを      甘い香りを
 夜風が運ぶ      夜風が運ぶ

など。具体的に書くことによって、よりエモーショナル(情緒的)な雰囲気が醸し出されるかと思います。ナイトジャスミンは夜香木の英名です。まあ、参考程度としてください。投稿を続けて読み手の存在というものを意識していけば、良質な詩を創作できる方だと思いました。また書いてみてください。


8.鯉のぼり  小林大鬼さん  2021年 5月 5日(水)

*訂正後で拝読しております。

公津の杜公園を早速ネットで検索しました。2021年版はありませんでしたが、昨年は2000匹もの鯉のぼりが上がってそれは圧巻でしたね。今年も同じ数の鯉のぼりが上がったのでしょうか。私情になりますが、私は鯉のぼりが好きです。しかも今年から。二週間ぐらい前に住宅街を通っていた時、町内会で配布されたらしい小さな可愛らしい鯉のぼりが点々と門柱や門扉に掲げられていました。こんなご時世でも子ども達のことを考え、子供の日を大切に皆しているんだな、と思ったら胸が熱くなりました。なので、小林さんの詩はいつもながらに短いながらも心に刺さりました。情景もありありと見えます。そうですね、一歳すぎたばかりの甥っ子さん、その両親にとっては毎日が子供の日でしょうね。付き添った小林さんの心情も一行欲しかったですね。
こちら佳作半歩前となります。


9.染みの在処  妻咲邦香さん  2021年 5月 5日(水)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、感想のみとなります。すみません、お名前はなんと読むのでしょうか?つまさきさんでよろしいですかね。
そうですね、第一印象は随分と書き慣れた方だと思いました。ご自身の世界を確立しているとも思いました。しかしながら、誰かに読んでもらって感想をもらったことは余りないような印象も受けました。というのも所々にご自身だけで咀嚼し消化している箇所が見られるからです。創作物は一旦自分の手から離れると自身のものでありながら他者に委ねられ様々な印象、解釈、感想、評価を受ける「自分のもの以外の何か」になるのだろうと私は思います。例えば第一連目なのですが

 一人旅を覚えたあの日
 握り締めた切符の温もり
 まだ掌に残っている
 初めての出会い
 在る筈だった身体の一部のように
 再会を喜び、同じ血を通わせた

初めての出会いなのに、再会を喜ぶとはどう解釈すれば良いのか。在る筈だった身体の一部のようだったから再会なのか。同じ血とは、結びつきの意か。など、いち読み手としては、いちいちクエスチョンが付くわけです。勿論書き手はそれを理路整然と説明することは出来るでしょう。しかし説明ありきの詩は、それは詩ではありません。だから読み手は多分、おそらく○○なんだろうなと勝手に落とし込むしかないのです。それが書き手の書きたいことと180度異なっていたとしても、読み手の読解力が低くても、それが正しいのです。これが読み手の心理です。まあ、一連だけでは不明だけれど読み進めていくうちに疑問が氷解する場合もありますので一概に言えないのですが。それでも切り口、アプローチと言う意味において初連は大切です。そしてお作の場合、

 一人旅を覚えたあの日
 握り締めた切符の温もり
 まだ掌に残っている

 初めての出会い
 在る筈だった身体の一部のように
 再会を喜び、同じ血を通わせた


初連は二連に分けたほうが良いです。今回は部分的に取り上げてみましたが、「詩作」センスはキラリと光るものがあります。100%読み手を意識してとは言いませんが、40から50%ぐらいはどう読まれるのかな、どう書き表わせば、言い回しをすれば伝わるのかな、を意識してみてください。結構なレベルの作品が書ける方だと思います。期待できるお方ですね。また書いてみてください。


10.未来への一歩  ハクモクレンさん  2021年 5月 5日(水)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、感想のみとなります。ハクモクレンさんと言うお名前素敵ですね。因みに花言葉は「気高さ」だそうです。
そうですか、引きこもって5年になるんですね。そうすると高校を卒業した頃ぐらいからですかね。察するに相当なジレンマを抱えているようです。そうですよね、5年もの間外界との接触を絶っていたら、どうやって外に出ればよいかわからなくなりますよ。ましてやアルバイト募集に行こうにも、履歴書を書き、応募先にアポイントメントを取り、面接で人と接触し、志望動機を口にするわけですから、出来そうだとわかっていても中々アクションにまで至らない。二の足を踏んでしまうのも理解できます。困難だとあきらめてしまいそうです。でも、外界との繋がりをトイレの開いた窓から感じるのですね。何とか外界へ飛び出し世界の一員となりたいという希望を捨ててなければきっと道は開けると思います。詩中では挑戦したいことを見つけたと書かれていますが、それが何かを敢えて書かれていないのだろうと思いました。内に秘めているのだと。失敗を恐れず是非とも何度でも挑戦してください。詩は素直な言葉で飾らなく率直で好感が持てます。そしてポジティブ思考で晴れ晴れとしています。今後の進捗についても詩として書いてくだされば良いですね。また書いてみてください。


11.いつか光の元へ…  るり なつよさん  2021年 5月 5日(水)

はじめまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見ですので感想のみを書かせていただきます。
先ずは三点リーダがタイトルと終連末尾に付与されていますが、出版業界では、「…」ではなく「……」が常識です。うーん、私は三点リーダの多用は余り好んでないんですよね。世間ではいま「三点リーダ症候群」と呼ばれる人が増えているらしいですね。メールのやり取り時に自分の意見や判断を濁し、相手に結論を丸投げしたい時に使う人達のことのようです。沈黙や余韻の効果として使用するにはむしろ必要です。しかしお作のようにタイトルに付与するのはお勧めできませんね。他に何か言いたいことでもあるのですか?と考えてしまいます。煮え切らない。お作の内容ですが、スピリチュアルか宗教的な世界が展開されていますが、これはリアルな体験から出た言葉ですか?それとも寄せ集めた知識から得た空想ですか?魂の世界いわゆるアストラル界とか宇宙的、バシャール的なそんな類いですか?すみませんが何れにしても私はこういった系統を信じていない者のひとりです。勿論、信じてる方をどうこう言うこともしません。信じたい人は信じれば良いと思っています。そうですねえ、スピリチュアル世界や仏陀やイエスなどの宗教世界の本も十代の頃に一通り読んでいます。また神智学のシュタイナーや神秘思想ではグルジエフ、ラジニーシ、またインドの哲人クリシュナムルティなど。特に「クリシュナムルティの日記」という本は抒情詩的でした。でも彼らの言葉も基本私は信じてはいません。読みものとしては面白いな、程度です。それに、るりさんが書いているような、肉体を借り物と思ってもいないですし、制約のある器として蔑んでもいません。正直に申し上げると私は特定の宗教礼賛やスピリチュアル世界について書いた作品には感想は書くかもしれませんが、評価はしません。でも誰もが取り上げないジャンルを投稿された勇気は買いましょう。


12.こどものひ  じじいじじいさん  2021年 5月 6日(木)

そうですね、三連目(終連)が唐突すぎますね。一、ニ連は鯉のぼりが上がっている公園か広場なのに、終連でいきなり身長の話。参考案としては

 せがのびたかな →  おうちにかえって
 はしらにしるし    はしらにしるし

と一行目を所在を示す詩行に変えたほうがしっくりくるかと思います。また終連は二連に分けたほうがバランスが良いと思います。

 おうちにかえって
 はしらにしるし
 やったあ
 たくさんせがのびた

 もっといっぱい
 せがのびて
 こいのぼりより
 おおきくなりたい

こちら佳作ニ歩前です。


13.あしたてんきになあれ  じじいじじいさん  2021年 5月 6日(木)

少し歌詞調ですね。にしても「あしたてんきになあれ」というフレーズ安易すぎませんか?このタイトルのついた歌、子ども向けに数多く出てますよ。古くは小沢昭一(作曲)など。敢えて書いたはずですが、じじいじじいさんはいまは新しい言葉で、ご自身の内側から出た言葉で詩作しないとダメですよ。例えば当サイトの投稿者さんが、好きな詩人の言葉をそのままワンフレーズ借用したらどう思いますか?それと同じです。あと気になったのは終連の「あしたがんばれば/おおきくなれるよ」は何がおおきくなれるのですか?背が?心が?人間として?ここに置く言葉を創作することに苦心してみてください。
評価はつけられません。


14.キミのくれたもの  まるまるさん  2021年 5月 6日(木)

随分と言葉がこなれてきたというか、滑らかになりましたね。以前は舗装されていない砂利道のようでしたが、今作を拝読する限り路面舗装された感があります。詩として読めるようにもなりました。サイトに定期的に投稿している成果ではないでしょうか。じいちゃんにお別れしにいく準備場面を描きながら、まるまるさんのお子さんに対する心情、お子さんの緊張など良く描かれていると思いました。四連目のお子さんの台詞の一行字下げ効果がでていますね。「」付きでも良かったかもと感じましたが、「」をつけなかったことでお子さんの真剣な声がありありと聞こえてきました。良い選択でしたね。お子さんの微笑みでまるまるさんの悲しみも癒やされたことでしょう。一連目ニ行目「旅だった」よりは「旅立った」としたほうが読みやすいし、状況を把握しやすいです。八、九、十連ですが、意味を捉えにくい。少し整理が必要ですね。推敲してみてください。
こちら佳作一歩前です。


15.いたいかゆいねむい  よしおかさくらさん  2021年 5月 6日(木)

そうですね、他者との関わりを切り離すことは、生命にとって不可能だと思いますね。一連五行目の「体内に住み着く細菌」ひとつ取り上げても、私たちの生命に役立つ細菌もあれば、そうでない細菌もあります。「個」として生きているようでいて、実際生命は「地球という生命の一部」なのかも知れません。何よりも私たちは生命を維持するために外部からエネルギーを摂取しないといけないわけですから。だからタイトルにもなった「いたいかゆいねむい」は仕方ないな、と私などは思いますね。
そこで、ソーシャルディスタンシング(人的接触距離、社会的距離)フィジカルディスタンシング(物理的、身体的距離)の思考になりますか。そういえば日本では「ing」は付けていませんね。ソーシャルディスタンスは社会的孤立や民族・集団の違いによる距離感を示す際にも使用される場合があるにも関わらず。よしおかさんはきちんと心得ていますね。同一民族である日本人はこういったところは存外疎い民族なのだと思います。私は沖縄に住んでいますが、三十年前来た当時は琉球人(ウチナンチュー)、内地人(ナイチャー)と明確に分けられていました。現在では垣根はかなり低くなっています。関西人、東京人の関係とはまた違いましたね。それもそうです。沖縄は450年もの間、琉球王国という独立国家だったのですから。すみません、話が逸脱してしまいました。ソーシャルディスタンシングは家族間では違和感がありますね。世界保健機関(WHO)は、社会的距離を物理的距離(Physical distancing)という言い方に改めました。日本で今後、フィジカルディスタンシングと言い換えするかはわかりません。きっと現状のままでしょう。言葉は熟慮の上、普及させて欲しいところです。
二連目になりますが、

 心に付けられている重り
 見えない鎖を引きずって歩いている
 時間以外に救ってくれるものはない
 いいや
 時間にも無理なのではないか

こちらの連に書かれている内容がお作では重要ではないかと思いました。ですが、心の重りや見えない鎖について深堀りされることなく流されてしまっています。残念です。書けるのであれば、次作で書いて欲しいところです。終連のまとめ方は良いと思いました。花と蝶。その美しい純粋な関わりに作者の本当の心情が見えたようです。
こちら佳作一歩前です。



***********
雑記)評と感想を書き終えて、西脇順三郎の詩を読みました。何遍も読んだ詩です。ギリシア的、地中海的な明るい抒情性の中にあって、西脇の中に存在する「生へのさびしさ」を感じているところです。

燈台へ行く道  西脇順三郎

まだ夏が終わらない
燈台へ行く道
岩の上に椎の木の黒ずんだ枝や
いろいろの人間や
小鳥の国を考えたり
「海の老人」が人の肩車にのつて
木の実の酒を飲んでいる話や
キリストの伝記を書いたルナンという学者が
少年の時みた「麻たたき」の話など
いろいろな人間がいつたことを
考えながら歩いた
やぶの中を「たしかにあるにちがいない」と思つて
のぞいてみると
あの毒々しいつゆくさの青い色もまだあつた
あかのまんまの力も弱つていた
岩山をつきぬけたトンネルの道へはいる前
「とべら」という木が枝を崖からたらしていたのを
実のついた小枝の先を折つて
そのみどり色の梅のような固い実を割つてみた
ペルシャのじゅうたんのように赤い
種子(たね)がたくさん、心(しん)のところにひそんでいた
暗いところに幸福に住んでいた
かわいゝ生命をおどろかしたことは
たいへん気の毒に思つた
そんなさびしい自然の秘密をあばくものでない
その暗いところにいつまでも
かくれていたかつたのだろう
人間や岩や植物のことを考えながら
また燈台への道を歩きだした


 

/1993