<思いやりのあるコミュニティ宣言>
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忘れ物

 投稿者:内海拓郎メール  投稿日:2021年 4月11日(日)06時55分38秒
  今日は元気を持って行く
いつも保育園に行きたがらない子がふいにそう宣言した

心と体は一体のものと思い込んでいたけれど
本当は、置いて行ったり、持って行ったりできるのかもしれない

夢想したり空想したり、ときに心が出かけるように
体だって、荷物を置いて行けるのかも知れない

休日、子どもたちと公園に行った帰り、鍵が見当たらなくなって探した
大事なものはちゃんと持ってなくちゃ 玄関先で子どもが笑った
 

御礼(齋藤純二様)

 投稿者:内海拓郎メール  投稿日:2021年 4月11日(日)06時24分14秒
  齋藤様、拙作「地蔵さま」へのご感想ありがとうございます。
また、佳作とのこと、ありがとうございます。初めてのことで、とても嬉しいです。(佳作になると特選作品に載せていただけるのですね? 恥ずかしながらしくみを理解できておりません。)
年齢を重ねるごとに、日常を大事にしようという思いが大きくなっていくように思います。これからも、日々の暮らしを、詩を書くうえで大切な素材のひとつにしたいと思っています。
これからも書き続けていきます。
今後ともよろしくお願いいたします。
 

寒の戻りの疲れ

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 4月11日(日)03時27分46秒
  寒の戻りの
涼しい風
一歩一歩
踏みしめる
地めん

動く街の
かすかな人声 物音
缶コーヒー 一杯
流れおちる
正午の汗
そろそろ
家路につく頃

からだじゅうに
春を浴びた
しばらく休める
透析漬けの
からだを
横たえる

静かに
そーっと
じーっと
 

小林大鬼さんへ。

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2021年 4月10日(土)14時14分36秒
  大鬼さん、了解です。  

詩を書こう

 投稿者:ゆうひ  投稿日:2021年 4月10日(土)12時58分18秒
編集済
  夕陽。

あの綺麗な橙は、
記憶の隅で褪せていく。
笑顔はやがてぼやけ、
交わした言葉は、知らぬ間に枯れ朽ちてゆく。

だからわたしは詩を書こう。
だいすきなあの日を忘れないために。
あの日動いた心を大切にするために。

書いたこともない詩を書こう。
右も左もわからないけれど。
規則も定石も知らないけれど。

それでも私だけが知っている。
あの橙にまばゆく光る宝石を。

さあ、詩を書こう。
昨日を、今日を、明日をおめかししよう。
たとえ記憶の隅だとしても
ずっと綺麗に、光っていますように。
 

詩の修正をお願いします。

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2021年 4月10日(土)05時40分22秒
  「人々は北の国からの面影を~」に修正をお願いします。  

齋藤純二様 評へのお礼

 投稿者:山雀詩人メール  投稿日:2021年 4月 9日(金)23時41分6秒
  評をいただきましてありがとうございました。
そうですか。
やっぱり子供の詩は子供っぽく書くべきだということですかね。
了解いたしました。
また書いてみます。その時はよろしくお願いいたします。
 

北の国から~田中邦衛に捧ぐ

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2021年 4月 9日(金)20時54分49秒
  あなたはいつまでも五郎だった

愚直なまでに気弱で優しく
情けない父親を演じて
誰もが共感し涙した

北の国からの面影を求めて
今でも富良野に訪れるのだろう

役を終えたあなたは
ふっと微笑みを浮かべて
風のように立ち去ったまま
もう戻りはしなかった

富良野の春はまだ遠く
桜もまだ蕾のまま

昔のままの星空に
北の国からの歌は流れて
 

春休みのある1日

 投稿者:るり なつよ  投稿日:2021年 4月 9日(金)12時47分47秒
  春分を過ぎた
うららかな
平日のある日

カチャッ
ドアの鍵を閉める音に
<笑顔でいる>という誓いを込め
外遊び大好きの園児と
手を繋ぎ歩き出す

「丁寧に関わってあげましょう」
「大袈裟な位誉めてあげましょう」
数日前、スマートフォンからダウンロードした
育児書の文章をポケットに携える

昼食のメニューを絞り出す日々
コンビニで買うのは簡単だけど
罪悪感が勝り
リュックに詰めたお弁当

これが三度目
園児と二人きりの
長期休暇

到着した公園は
児童も未就学児も
保護者も一緒くた

二台のシーソー
一台は「使用禁止」の文字が貼られる

四台並ぶブランコの柵にぶら下がる
「ソーシャルディスタンス」と
赤字で書かれた布

園児が最初に駆け寄ったのは砂場
しゃがみ込んで
砂にまみれて駆使する
シャベルと熊手
ザーッと落とす白黒交じりの砂

後から必ず回ってくる洗濯が頭をよぎる

が、服にまつわる台詞は呑み込み
笑顔を作る
「お山上手に作れたね」

急にタッと駆け出し
次に向かう先は
らせん状の滑り台
誘われて母も階段を上る
ウェストぎりぎりで天辺に座る
母子(ははこ)で前後に並んで
じわじわと前に乗り出す

ぐるぐるぐるぐる…

滑り切ると
早速キャッキャしながら
園児は言う
「もう一回滑ろ」

ぐるぐるぐるぐる…

「もう一回滑ろ」

ぐるぐるぐるぐる…

回数は記憶になし
頭がくらついても笑顔は忘れず
「大きな滑り台、滑れるようになったね。楽しかったね」



<午前の部>を終え、ベンチに広げるお弁当
「早く食べよう!」
勢いあまって手にしたおにぎりは地面に落下
巻いた海苔に白い砂がまぶされる

ぴきっとこめかみの辺りが切れる音
どす黒い言葉を吐こうとする
もう一つの口を抑えながら
笑顔を作る
「いいよ、ママのあげるから」
「うん!」

不意に、目の前をシャボン玉がふわふわと漂う

透明な丸い球達を追った先に
同じ背格好の女児を見つけて駆けてゆく
<午後の部>が始まる

ママ友の乏しい母とは違い
園児のこころのディスタンスは自由自在

「一緒に遊ぼ」
「…」
「シャボン玉貸して」
「いや!」

見知らぬ母同士は苦笑い

時に振られながらも
次に狙いを定め
めげずにアプローチ

シーソーを終えた幼子のもとへ駆けてゆく
「一緒にブランコ乗ろ」
「いいよ」
男児二人組が駆けてゆく

「ママ、ブランコ押して!」
追い駆ける母に催促する園児
一つ分空けて揺れる二台のブランコ

ぶらーん
ぶらーん
”Forward and back…”
「英語は早いうちから」
何気なく取り入れる外国語教育

ぶらーん
ぶらーん…



やがて
スピーカーから流れる
夕焼け小焼けの
ひび割れたメロディー

園内から大人や子供が
一人また一人と去ってゆく中
仁王立ちする我が園児

公園大好き
雨が降らなければ
夜じゃなければ
ずっと遊ぶんだ

始まる応酬と交渉

「帰りたくない」
「もう遅いよー」
「まだ遊びたいよー」
「もう誰も遊んでないよ」
「でも…」
「滑り台、あと一回滑ったら帰ろう」
「あと二回!」

ぐるぐるぐるぐる…

母子が去った公園には
誰もいなくなった



カチャッ
<夜の部>の始まりを告げる音

ジュージュー
お腹すいた
お腹すいた
飢えた<怪獣>の催促を浴びながら
急ピッチで
切った具材を炒める

普段なら
いない時に
用意できるのに…

おやつ食べる!
動画見る!

ガシャーン!
けたたましくおもちゃ箱がひっくり返る

会社員の頃にはなかった
脳の旧皮質の辺りから覚える徒労感

侵食される基本的欲求

<今日>という日の中で
三度も四度も重ねた仏の顔は
もはやその表情をとどめない

24時間のどこかで大概火がつく導火線
今日はこの時間か…

思いやりと同義の
<ゆとり指数>は皆無に近づく…

「今、お前の世話係はたった一人しかいないんだよ!」

炸裂する怒号

要求の嵐がぴたっと止む
一拍置いて
部屋中に響く泣き声

滅私奉公を演じたエゴイストの
化けの皮が剥がれる瞬間…



やっと訪れた就寝の時間
絵本を読み聞かせる声が
ある時は途切れ
またある時はろれつが回らず
園児から受ける揺さぶりと叱責で我に返る

<春休みの園児の1日>という
舞台の幕が降りるまで
あと少し…

わたしが寝れば
この子も眠るはず…

今日もお片付け
させられなかった…

<主役>のまぶたも
ゆっくりゆっくり
重くなる…

寝たふりで寝かしつけるつもりが…
先に寝かしつけられたのは一体どちらか…



気がつくと
常夜灯の下
残業を終えてやや眉間にしわの寄ったパパと
園児のあどけない寝顔が並んでいる
時計は25時を回る

夜泣きのアラームが鳴る可能性を
頭の片隅に残しながら
誰もいないリビングへと降り
散乱するおもちゃを箱に押し込め
洗濯物と食器の山をなだらかにする

そして
後回しに後回しを重ねて到来する
24分の1未満の時間

専用マットの用意は割愛し
園児用に敷き詰めている
ジョイントマットの上にそのまま立ち
頭を垂れ胸の前で手を合わせる
「どうか、許してください…」
視線を上げて捧げる
深夜の*太陽礼拝

あぐらで締めくくり
目を閉じる
五感をそっと飛び越え
全身に染み込む沈黙

戻ってきた
役割を終えた、ただの<わたし>
「お帰り…」

そして
少し広くなった<器>を携えて
父子の待つ寝室へと向かう

明日こそは
終日笑顔の春休みであることを
願いながら…


*太陽礼拝
ヨガで、感謝とともに太陽に祈る動作で、
クラスの初めなどに行われる。
連続した12のポーズをとることで、
「一日の始まりに、太陽に挨拶し、
その恵みに感謝する」という意味がある。
 

「もう一度生まれたら」への感想どうもありがとうございます!

 投稿者:ふつつかなきねづか  投稿日:2021年 4月 9日(金)08時40分52秒
  青島江里さま。ご感想をどうもありがとうございました。お返事が遅くなってすみません。今後ともどうぞよろしくお願い致しますm(__)m  

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