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ノレない観客

 投稿者:九丸(ひさまる)  投稿日:2021年 5月10日(月)18時38分44秒
編集済
  夜が 降りてきた
田植え終わりの
水を張った田圃には
蛙たちの声が鳴り始める
それにうながされるように
夜空の雲は流れ
微かに輝く星たちを消してゆく

やがて雨が 落ちてきた
その一粒を待ち望んだように
蛙たちの声が
いっそう響き渡る
見えなくなった星たちを
嘆くわけでもなく
一滴 一滴と
降り増える雨粒に
歓喜の声を上げるように
蛙たちは
声を張り上げる

楽しそうだ
雨音と奏でる即興は
命を燃やし
心かきたてるのだろう
見えているだけで
届かない星たちよりも
その身打つ雨が
恋しかったのだろう
楽し そうだ

でも ぼくの心には
何も響きはしない
たとえ届かなくても
ぼくは星たちを
眺めていたかった

だから
せっかく良い席を用意してくれたのに
もうしわけないけれど
ぼくは 立ち去るとしよう
ノレない観客は
今夜 この場に似つかわしくない
蛙たちにも
失礼になるだろうから
ぼくは 立ち去るとしよう
背を打つ音に
押されるように
 

感想と評です。2021年 5月 4日(火)~2021年 5月 6日(木)

 投稿者:沢口リリキメール  投稿日:2021年 5月10日(月)17時53分6秒
  1.陰陽魚  蓮見 丈さん  2021年 5月 4日(火)

サイズ的に適量だと思います。また、読みやすかったですね。しかしいつも思うことなんですが、蓮見さんの作品ってスラスラ読めてしまうんですよね。精読はしていますよ。言葉のカリカチュアも上手です。読みやすい。これは立派な長所です。でも、もしかしたら詩として致命的な欠点かもしれません。単刀直入に言わせてもらえば蓮見さんの作品には、一詩行にハッと立ち止まる箇所がないということです。詩行のどこかにそっと置いたひとつのフレーズに強烈な詩情を感じるというような感動やゾクゾクさせる狂気もないということです。そして軽い。ボクシングに例えれば、華麗なジャブが速射砲のように連弾されてくるんですが、肉体的にも精神的にも響かない。そんな感じです。私的にはダメージを受けたいのですが。まあ、重ければ良い訳でもないんですけれど。ですが、これはあくまでも個人的な見解です。物語に入っていきますが、陰陽魚は何故に太陽に焼かれ大海原の藻屑となって消えたのでしょうか。終結の仕方に粗さというか、旨くまとめるために絶命させた感がします。そしてこの物語に作者は何を託したのかが読めませんでした。最も読みたいところが読めなかったのです。
今回から水準を一段上げています。こちら佳作ニ歩前です。

追記)一世を風靡したサーフブランドにタウン&カントリーというブランドがあります。陰陽魚をモチーフとしたハワイのブランドです。私はここのTシャツが大好きでした。当時の沖縄では5人に1人が着ていましたね。実際、沖縄でサーフィンは出来ないんですが。


2.※チャングー  エイジさん  2021年 5月 4日(火)

今作はタイトルと内容が全く一致していませんね。何故、この内容にこのタイトルを冠したのか釈然としません。「地上最後の楽園」と呼ばれる美しいバリ島のチャングーの南国の香りは詩中に皆無ですし、何より二連目。

 寒気が通ったかと思うと
 暖かい五月の陽が射す
 子らが嬉しくて遊びまわる

年間平均気温が28度である島の気候とは差異がありすぎる詩行です。なのでタイトルを外して読んでみました。そうすると初夏の光の祝福を音楽的に表した情景と心情が描かれている詩なんだなと分かります。エイジさんの意図が何なのかがわかりかねますが、先ずはタイトルを変えましょう。それからです。
こちら評価はつけません、というかつけられません。

追記)バリ島にあるチャングーについてウェブ検索してみましたが、サーフィンをするにはうってつけのスポットですね。湿度も比較的低く温暖だそうで、同じ熱帯気候の沖縄と比較しても、断然過ごしやすそうだなという印象を持ちました。


3.彼女  あさぎさん  2021年 5月 4日(火)

よく漫画で、窓側の席の学生が授業中に、頬杖をついて何の気もなしに窓の外を見ているという構図がありますが、そういった部分の切り取りでしょうか。漫画チックですね。うーん、なんと言えばよいかわかりませんが、あさぎさんの作品って、漫画的であったり、ライトノベル的、或いはショートショートなんです。それは否定ではなく、詩寄りではないという意味です。私個人の意見ですが、私は、時折見せるあさぎさんの抒情性が好きです。それを感じたいし読みたいんですよね。あとは今回はまとまりに欠けてましたね。

 彼女の顔は陶器みたい

初連のこの不確かな断定から始まり四連目以降

 彼女の顔からは何も読み取れない
  (中略)
 それは感情の欠落とは違うと思うの

 陶器の淵が欠けているのとは違うの
  (中略)
 滑らかな曲線を描いている
 その曲線が優しくも強くも感じられる

 それが彼女にとって自然なことなの
 ありのままの彼女なの
 だから
 外がどんな空でも
 きっと似合う

要約すると、彼女の顔が陶器のようなのは自然なことで、感情の欠落はしておらず、また陶器の淵(縁)が欠けているのとは異なる。それは美しい曲線を描いているから。だから彼女の見ている空はどんな空でもきっと彼女に似合う。おそらく何色でも美しく染まる(反映する)透明性(純粋性)を言い表したかったのかも知れませんが、意味不明ですね。そうですねえ、「彼女の顔は陶器みたい」と推察したなら、その解答を作者なりに出して欲しかったですね。何故そのように見えたのかを核とすべきではないかと思いました。
こちら佳作二歩前です。


4.ヒカリ  矢を持つ者。さん  2021年 5月 4日(火)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、総体的な感想のみとなります。
一連ニ行、四連構成。「君には見えるだろう」→「○○が」という倒置法での統一が初々しいですね。少々言葉が硬いんですが、それが今回のお作には適してました。ただ、硬質な言葉は表現が大袈裟になりがちです。それだけに別の作品も読んでみて、矢を持つ者。さんの詩風なり思想なりを知りたい気がしました。終連の詩行のレトリック、結晶だけに「結晶法(擬物表現)」を使用したことは偶然かもしれませんが粋でした。

 君には見えるだろう。
 僕の瞳に映る君と言う光の結晶が。

また書いてみてください。


5.キミへの想い  のかさん  2021年 5月 4日(火)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、総体的な感想のみとなります。
内容的にお若い方が書いた詩ような気がします。失恋というか、交際中に「君」が別の男性に惹かれていったというような印象を持つ内容に思えました。「僕」の純粋な懊悩が描かれています。まるで割れたクリスタルの欠片に悲しく反射する光のような内容だと感じました。主人公の心情吐露が良く書けているセンシティブなお作だとも思いましたね。三点リーダ(……)の使い方も正しく使われています。小説か何か書いていたのですかね。終連に向けて行数の間隔が広くなって、最終連に至っては六行も空いてます。それはのかさんの意図的な手法だと思いますが、余り空けすぎない方が読みやすいかな。また書いてみてください。


6.陽光  埼玉のさっちゃんさん  2021年 5月 4日(火)

花鳥風月に明け暮れた日のようですね。お作を読んだときの第一印象は、情景描写の凡庸さです。特別な言葉を使う必要はありませんが、表現がありきたりですね。でもそれが個性なのかもしれません。気になったのは「川沿いの道を散歩してみる」「川のせせらぎが」「川面に」と同語の使用頻度です。左記の取り上げた箇所は、まあ、仕方ないとしてもクドい。表現の工夫が必要ですね。例えば「せせらぎ」「水面に」などでも良いのではないのでしょうか。冒頭で作者は川沿いの道を散歩していると書いているわけですから。こういった細かい箇所の工夫をしていかないといけません。神経を使う要所です。同語の重複は他にもあります。「新緑薫る」「新緑の匂いが」。「優しい木漏れ日」「優しく言っているように感じる」「優しい気持ちに浸りながら」です。何でもかんでも「優しい」で片付けてしまうのは考えものですね。これは意図的な反復の範囲外ですし、「優しい」という言葉への冒涜です。それこそ詩を書くことまで「やさしい」ことになりかねません。あとはミスタッチ。ニ連目のニ行目、忙しいさ→忙しさ。埼玉のさっちゃんさんも当サイトでは常連さんです。ベテランの域に差し掛かっているのではないでしょうか。今一度、細心の注意を払ってご自身の習癖を見つめ直し何度も推敲を重ねてみてください。誰も振り向きもせず素通りするような詩作品にならないように。
こちら佳作四歩前です。


7.月の舞い  ふつつかなきねづかさん  2021年 5月 4日(火)

はじめまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見ですので感想のみを書かせていただきます。
そうですね、結構詩作されている方ではないかとお見受けしました。詩の作り方を心得ていて、豊かな感性の持ち主だと感じます。また神秘性、音楽性も持ち合わせており、荒削りながらも詩情溢れるお作だと思いました。タイトル「月の舞い」は「月の舞」としたほうが美しいかな。しかし詩中で舞っているのは雲ですよね?合致してないような気がするのですが、何か思惑があってのことでしょうか。気になります。それに月が舞っているってあり得なくないですか?また月が照っているのに雨が降る状態にも違和感を覚えます。片降りか通り雨なのでしょうか。そうだとは思いますが、詩の世界と云えども、必要以上に読み手に混乱、困惑を与えないようにしましょう。

 甘い花の香りを
 夜風が運ぶ

初連の入り方に感性の豊かさを感じます。ただ少し抽象的なのでこの場合、花の固有名詞を書いても良かったかもしれません。夜香木、月下香、夜来香、月下美人など夜に咲く甘い香りの花は多種あります。また敢えて英名にして書くことも出来ます。これは好みですね。

 (例1)       (例2)

 夜香木の       ナイトジャスミンの
 甘い香りを      甘い香りを
 夜風が運ぶ      夜風が運ぶ

など。具体的に書くことによって、よりエモーショナル(情緒的)な雰囲気が醸し出されるかと思います。ナイトジャスミンは夜香木の英名です。まあ、参考程度としてください。投稿を続けて読み手の存在というものを意識していけば、良質な詩を創作できる方だと思いました。また書いてみてください。


8.鯉のぼり  小林大鬼さん  2021年 5月 5日(水)

*訂正後で拝読しております。

公津の杜公園を早速ネットで検索しました。2021年版はありませんでしたが、昨年は2000匹もの鯉のぼりが上がってそれは圧巻でしたね。今年も同じ数の鯉のぼりが上がったのでしょうか。私情になりますが、私は鯉のぼりが好きです。しかも今年から。二週間ぐらい前に住宅街を通っていた時、町内会で配布されたらしい小さな可愛らしい鯉のぼりが点々と門柱や門扉に掲げられていました。こんなご時世でも子ども達のことを考え、子供の日を大切に皆しているんだな、と思ったら胸が熱くなりました。なので、小林さんの詩はいつもながらに短いながらも心に刺さりました。情景もありありと見えます。そうですね、一歳すぎたばかりの甥っ子さん、その両親にとっては毎日が子供の日でしょうね。付き添った小林さんの心情も一行欲しかったですね。
こちら佳作半歩前となります。


9.染みの在処  妻咲邦香さん  2021年 5月 5日(水)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、感想のみとなります。すみません、お名前はなんと読むのでしょうか?つまさきさんでよろしいですかね。
そうですね、第一印象は随分と書き慣れた方だと思いました。ご自身の世界を確立しているとも思いました。しかしながら、誰かに読んでもらって感想をもらったことは余りないような印象も受けました。というのも所々にご自身だけで咀嚼し消化している箇所が見られるからです。創作物は一旦自分の手から離れると自身のものでありながら他者に委ねられ様々な印象、解釈、感想、評価を受ける「自分のもの以外の何か」になるのだろうと私は思います。例えば第一連目なのですが

 一人旅を覚えたあの日
 握り締めた切符の温もり
 まだ掌に残っている
 初めての出会い
 在る筈だった身体の一部のように
 再会を喜び、同じ血を通わせた

初めての出会いなのに、再会を喜ぶとはどう解釈すれば良いのか。在る筈だった身体の一部のようだったから再会なのか。同じ血とは、結びつきの意か。など、いち読み手としては、いちいちクエスチョンが付くわけです。勿論書き手はそれを理路整然と説明することは出来るでしょう。しかし説明ありきの詩は、それは詩ではありません。だから読み手は多分、おそらく○○なんだろうなと勝手に落とし込むしかないのです。それが書き手の書きたいことと180度異なっていたとしても、読み手の読解力が低くても、それが正しいのです。これが読み手の心理です。まあ、一連だけでは不明だけれど読み進めていくうちに疑問が氷解する場合もありますので一概に言えないのですが。それでも切り口、アプローチと言う意味において初連は大切です。そしてお作の場合、

 一人旅を覚えたあの日
 握り締めた切符の温もり
 まだ掌に残っている

 初めての出会い
 在る筈だった身体の一部のように
 再会を喜び、同じ血を通わせた


初連は二連に分けたほうが良いです。今回は部分的に取り上げてみましたが、「詩作」センスはキラリと光るものがあります。100%読み手を意識してとは言いませんが、40から50%ぐらいはどう読まれるのかな、どう書き表わせば、言い回しをすれば伝わるのかな、を意識してみてください。結構なレベルの作品が書ける方だと思います。期待できるお方ですね。また書いてみてください。


10.未来への一歩  ハクモクレンさん  2021年 5月 5日(水)

MY DEARへの投稿は初めての方でしょうか。ご投稿ありがとうございます。初めまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見となりますので、感想のみとなります。ハクモクレンさんと言うお名前素敵ですね。因みに花言葉は「気高さ」だそうです。
そうですか、引きこもって5年になるんですね。そうすると高校を卒業した頃ぐらいからですかね。察するに相当なジレンマを抱えているようです。そうですよね、5年もの間外界との接触を絶っていたら、どうやって外に出ればよいかわからなくなりますよ。ましてやアルバイト募集に行こうにも、履歴書を書き、応募先にアポイントメントを取り、面接で人と接触し、志望動機を口にするわけですから、出来そうだとわかっていても中々アクションにまで至らない。二の足を踏んでしまうのも理解できます。困難だとあきらめてしまいそうです。でも、外界との繋がりをトイレの開いた窓から感じるのですね。何とか外界へ飛び出し世界の一員となりたいという希望を捨ててなければきっと道は開けると思います。詩中では挑戦したいことを見つけたと書かれていますが、それが何かを敢えて書かれていないのだろうと思いました。内に秘めているのだと。失敗を恐れず是非とも何度でも挑戦してください。詩は素直な言葉で飾らなく率直で好感が持てます。そしてポジティブ思考で晴れ晴れとしています。今後の進捗についても詩として書いてくだされば良いですね。また書いてみてください。


11.いつか光の元へ…  るり なつよさん  2021年 5月 5日(水)

はじめまして、沢口リリキと申します。よろしくお願いします。今回は初見ですので感想のみを書かせていただきます。
先ずは三点リーダがタイトルと終連末尾に付与されていますが、出版業界では、「…」ではなく「……」が常識です。うーん、私は三点リーダの多用は余り好んでないんですよね。世間ではいま「三点リーダ症候群」と呼ばれる人が増えているらしいですね。メールのやり取り時に自分の意見や判断を濁し、相手に結論を丸投げしたい時に使う人達のことのようです。沈黙や余韻の効果として使用するにはむしろ必要です。しかしお作のようにタイトルに付与するのはお勧めできませんね。他に何か言いたいことでもあるのですか?と考えてしまいます。煮え切らない。お作の内容ですが、スピリチュアルか宗教的な世界が展開されていますが、これはリアルな体験から出た言葉ですか?それとも寄せ集めた知識から得た空想ですか?魂の世界いわゆるアストラル界とか宇宙的、バシャール的なそんな類いですか?すみませんが何れにしても私はこういった系統を信じていない者のひとりです。勿論、信じてる方をどうこう言うこともしません。信じたい人は信じれば良いと思っています。そうですねえ、スピリチュアル世界や仏陀やイエスなどの宗教世界の本も十代の頃に一通り読んでいます。また神智学のシュタイナーや神秘思想ではグルジエフ、ラジニーシ、またインドの哲人クリシュナムルティなど。特に「クリシュナムルティの日記」という本は抒情詩的でした。でも彼らの言葉も基本私は信じてはいません。読みものとしては面白いな、程度です。それに、るりさんが書いているような、肉体を借り物と思ってもいないですし、制約のある器として蔑んでもいません。正直に申し上げると私は特定の宗教礼賛やスピリチュアル世界について書いた作品には感想は書くかもしれませんが、評価はしません。でも誰もが取り上げないジャンルを投稿された勇気は買いましょう。


12.こどものひ  じじいじじいさん  2021年 5月 6日(木)

そうですね、三連目(終連)が唐突すぎますね。一、ニ連は鯉のぼりが上がっている公園か広場なのに、終連でいきなり身長の話。参考案としては

 せがのびたかな →  おうちにかえって
 はしらにしるし    はしらにしるし

と一行目を所在を示す詩行に変えたほうがしっくりくるかと思います。また終連は二連に分けたほうがバランスが良いと思います。

 おうちにかえって
 はしらにしるし
 やったあ
 たくさんせがのびた

 もっといっぱい
 せがのびて
 こいのぼりより
 おおきくなりたい

こちら佳作ニ歩前です。


13.あしたてんきになあれ  じじいじじいさん  2021年 5月 6日(木)

少し歌詞調ですね。にしても「あしたてんきになあれ」というフレーズ安易すぎませんか?このタイトルのついた歌、子ども向けに数多く出てますよ。古くは小沢昭一(作曲)など。敢えて書いたはずですが、じじいじじいさんはいまは新しい言葉で、ご自身の内側から出た言葉で詩作しないとダメですよ。例えば当サイトの投稿者さんが、好きな詩人の言葉をそのままワンフレーズ借用したらどう思いますか?それと同じです。あと気になったのは終連の「あしたがんばれば/おおきくなれるよ」は何がおおきくなれるのですか?背が?心が?人間として?ここに置く言葉を創作することに苦心してみてください。
評価はつけられません。


14.キミのくれたもの  まるまるさん  2021年 5月 6日(木)

随分と言葉がこなれてきたというか、滑らかになりましたね。以前は舗装されていない砂利道のようでしたが、今作を拝読する限り路面舗装された感があります。詩として読めるようにもなりました。サイトに定期的に投稿している成果ではないでしょうか。じいちゃんにお別れしにいく準備場面を描きながら、まるまるさんのお子さんに対する心情、お子さんの緊張など良く描かれていると思いました。四連目のお子さんの台詞の一行字下げ効果がでていますね。「」付きでも良かったかもと感じましたが、「」をつけなかったことでお子さんの真剣な声がありありと聞こえてきました。良い選択でしたね。お子さんの微笑みでまるまるさんの悲しみも癒やされたことでしょう。一連目ニ行目「旅だった」よりは「旅立った」としたほうが読みやすいし、状況を把握しやすいです。八、九、十連ですが、意味を捉えにくい。少し整理が必要ですね。推敲してみてください。
こちら佳作一歩前です。


15.いたいかゆいねむい  よしおかさくらさん  2021年 5月 6日(木)

そうですね、他者との関わりを切り離すことは、生命にとって不可能だと思いますね。一連五行目の「体内に住み着く細菌」ひとつ取り上げても、私たちの生命に役立つ細菌もあれば、そうでない細菌もあります。「個」として生きているようでいて、実際生命は「地球という生命の一部」なのかも知れません。何よりも私たちは生命を維持するために外部からエネルギーを摂取しないといけないわけですから。だからタイトルにもなった「いたいかゆいねむい」は仕方ないな、と私などは思いますね。
そこで、ソーシャルディスタンシング(人的接触距離、社会的距離)フィジカルディスタンシング(物理的、身体的距離)の思考になりますか。そういえば日本では「ing」は付けていませんね。ソーシャルディスタンスは社会的孤立や民族・集団の違いによる距離感を示す際にも使用される場合があるにも関わらず。よしおかさんはきちんと心得ていますね。同一民族である日本人はこういったところは存外疎い民族なのだと思います。私は沖縄に住んでいますが、三十年前来た当時は琉球人(ウチナンチュー)、内地人(ナイチャー)と明確に分けられていました。現在では垣根はかなり低くなっています。関西人、東京人の関係とはまた違いましたね。それもそうです。沖縄は450年もの間、琉球王国という独立国家だったのですから。すみません、話が逸脱してしまいました。ソーシャルディスタンシングは家族間では違和感がありますね。世界保健機関(WHO)は、社会的距離を物理的距離(Physical distancing)という言い方に改めました。日本で今後、フィジカルディスタンシングと言い換えするかはわかりません。きっと現状のままでしょう。言葉は熟慮の上、普及させて欲しいところです。
二連目になりますが、

 心に付けられている重り
 見えない鎖を引きずって歩いている
 時間以外に救ってくれるものはない
 いいや
 時間にも無理なのではないか

こちらの連に書かれている内容がお作では重要ではないかと思いました。ですが、心の重りや見えない鎖について深堀りされることなく流されてしまっています。残念です。書けるのであれば、次作で書いて欲しいところです。終連のまとめ方は良いと思いました。花と蝶。その美しい純粋な関わりに作者の本当の心情が見えたようです。
こちら佳作一歩前です。



***********
雑記)評と感想を書き終えて、西脇順三郎の詩を読みました。何遍も読んだ詩です。ギリシア的、地中海的な明るい抒情性の中にあって、西脇の中に存在する「生へのさびしさ」を感じているところです。

燈台へ行く道  西脇順三郎

まだ夏が終わらない
燈台へ行く道
岩の上に椎の木の黒ずんだ枝や
いろいろの人間や
小鳥の国を考えたり
「海の老人」が人の肩車にのつて
木の実の酒を飲んでいる話や
キリストの伝記を書いたルナンという学者が
少年の時みた「麻たたき」の話など
いろいろな人間がいつたことを
考えながら歩いた
やぶの中を「たしかにあるにちがいない」と思つて
のぞいてみると
あの毒々しいつゆくさの青い色もまだあつた
あかのまんまの力も弱つていた
岩山をつきぬけたトンネルの道へはいる前
「とべら」という木が枝を崖からたらしていたのを
実のついた小枝の先を折つて
そのみどり色の梅のような固い実を割つてみた
ペルシャのじゅうたんのように赤い
種子(たね)がたくさん、心(しん)のところにひそんでいた
暗いところに幸福に住んでいた
かわいゝ生命をおどろかしたことは
たいへん気の毒に思つた
そんなさびしい自然の秘密をあばくものでない
その暗いところにいつまでも
かくれていたかつたのだろう
人間や岩や植物のことを考えながら
また燈台への道を歩きだした


 

 投稿者:れもりあっと  投稿日:2021年 5月10日(月)17時15分13秒
  雨を眺めていた
工場から
春の山並みが霞んでいる

行き交う車は
水たまりを
機械的に弾き飛ばす

雨のひとつぶひとつぶには
エネルギーがあり
音の連鎖

鉄の工場の壁に反響し
僕はまた
心の中で
目を閉じ
息をする

雨が降り続いている
ダムからの水が
果てしなく循環していく

いつかは 晴れ
虹が出るかもしれない
この果てしない 大地の上で

雨上がりの空は
静かに そっと 待っている
誰かの 胸の奥で

明日かもしれないし
明後日かもしれない
百年後かもしれない

待とう
雨が降っている
今は 目の前で
 

バイクの音

 投稿者:れもりあっと  投稿日:2021年 5月10日(月)16時36分15秒
  遠くで
けたたましい
バイクの音
そうか 今日は 日曜日だ
バイクを運転する人たちは
さぞかし迷惑をかけているとは 思っていないだろう
だって 本人たちは気分がいいから

先週 家の近くで
バイクが警察に捕まっていた
ほら 言わんこっちゃない

今日もバイクはけたたましい
山の中で木霊する音を鳴らす
自分たちの気持ちいい行為で
誰かが傷つき
自分たちでさえ傷つくだろう
その警告音は 密かに
あなたたちの胸の奥で鳴り響いている
葉桜は 今日 爽やかに 揺れている
 

湾岸の休日にヒタル

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2021年 5月10日(月)07時22分37秒
編集済
  甘く香る刻が
涼しい海風と
なめらかに混ざり、流れる
穏やかな朝の浜辺に そぞろと 軽く落ち着き
のどかな景色を眺めている
眼の前に横たわる
瞬く青に塗られた 楕円形の隅っこでね


 ほら、あそこ
 瞳を振った斜め左 半ばほどの
 河口へと繋ぐ
 高い大橋を潜った向こう岸の港に
 カラフルな紐絵入りの白い鯨が
 じっと、こちらを 見つめ 返して


 その視線を遮るように
 突拍子もなく
 尖ったモーターボートが
 真っ白な飛沫を噴き上げて、跳ぶように
 唸りながら横切っていくよ


 ふいに周囲を見回すと
 釣り人たちは 流れ雲のように
 いつのまにやら姿を消して
 家族つれの潮干狩りは、まだ
 稀にみる睦まじさで のんびりと続いている


 ずゆりと崩れる濡れた砂
 疎らに打ちあげられた 貝殻たち
 じっくりと探して拾い集めた
 小さく透き通る
 綺羅びやかな、真珠いろの ナミマガシワ
 のた打ちまわる 自然薯が凍りついたような
 乾いた流木に乗せて
 柔らかな日差しに晒しながら


 あと三十分ほど
 裏山の迫りだした木陰に隠れる
 この平たく冷たい
 テーブル石に座り込んで
 洋服屋の開店時間を、待っているのさ


 すべてが有りの儘に
 溶け合って 僕もその中に
 転寝しそうな
 こんな黄金週間も 中々いいかな、なんて
 心の内で 呟いたりして


賑やかに 誘う
祭り囃子を奏でながら
面白可笑しな衣装に身を包む
子供たちの行列が
繊細なオレンジに染まる 夕焼けの街で
忙しい人波を隔てた
空中に渡す 見えない道を
そっと暮れゆく
大きな太陽に向かって
踊るように 歩んで行くさまは


この場が背の方へ離れ
何げと振り返る目尻で
丸刈りの後頭部を
しっとりと逆撫でるような
優しい波の音に揺られて 伸べるよう 遠く
広く晴れた淡い憧憬の空に
なぜだか不思議と、浮かんでいたんだ
 

桜並木に

 投稿者:綴木 黎  投稿日:2021年 5月 9日(日)13時42分22秒
  1 咲いている

卒業式と入学式の頃
何度くぐって来ただろうか

眺めている
余裕なんて無かった

虚しく流れる月日に
飾ろうとする
薄紅の舞い

やっとここまで来た
そしてまた始まるのだと

今は桜が
きれいに咲いている
私の心にも



2 満開です

下り坂を
自転車が加速する

私は風になったか
花びらが
ひら ひらり

春の景色は
ふり返らない

まっすぐに
瞳に映す

私は
明日へと
吹いてゆく



3 離れてゆく

見守っていた
桜の花が

風で空へと
連れ去られて

どこに行ったのかは
わからない

けれども
道には
いつの日からか

やさしく
舞い降りた
春が
重ねられている


*****************
三浦志郎様
短い詩でまとめてみました。
宜しくお願いします。

   ( 綴木 黎 )
 

小林大鬼さんへ。

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2021年 5月 9日(日)09時40分58秒
  はい。大鬼さん、つまり該当連は3行。

白き祝いの上の袋に
中身は大したものではないと
息子の私に呟きながら

OK。了解です。

 

すいませんが、詩の訂正をお願いします。

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2021年 5月 9日(日)08時10分50秒
  「母の日」に下の一行の追加をお願いします。

「白き祝いの上の袋に」を
中身は大したものではないと~の前に。
 

母の日

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2021年 5月 9日(日)04時23分31秒
  母はいつまで経っても母で
自分が帰省するたびに
いつも誰かのために
忙しなく働き続けている

父との変わらぬ生活に
施設の祖母の世話に
弟夫婦と初孫の手伝いに
まるで永遠の親燕のようだ

結婚して実家を出るまで
転々と移る学校事務を辞めるまで
母はいつも休みなく愛を注いだ

そんな母に旅の土産に
母の日用の御守りを渡した

中身は大したものではないと
息子の私に呟きながら

小さな赤い花束の飾りと
小箱に入った桃色の御守りを見て
ありがとうと花のように笑った
 

綺麗事

 投稿者:ゆうひ  投稿日:2021年 5月 9日(日)02時22分3秒
  ありがとう

きみの言葉に戸惑う。
わたしはなにをしたのかな。

わたしの言葉に救われた。
きみはそういって笑った。

わたしが呟いた綺麗事。
本心でも、偽りでも
真実でも、嘘でも
その綺麗事は、綺麗だった。

わたしの言葉は

まるでじっくりその身を育んだ氷のように
一切の光を通すほどに澄んでいて、

わたしの言葉が

まるで精緻に繊細に織られたシルクのように
柔らかにきみの涙を拭った。

ありがとう

きみの言葉に笑う。
わたしはそんなつもりないのにね。

それでもわたしは続けて返す。
きっと世界は綺麗事を乗せて
この先もずっと回り続けるから。

どういたしまして
 

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