投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


時の鼓動

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2019年 5月24日(金)20時32分30秒
  光眩く
艶やかに広がる、淡い青を
瞬きしながらじっと見上げ
身体ごと
飛び込めはしないだろうか
と両手を翳す

爽やかな風吹く
初夏の午前

瑞々しい緑は煌きながら
道行く人に
お早うを優しく囁き掛け

昨夜の激しい雨に
水嵩の増した川は、急ぎ足で
石ころと砂を連れ
賑やかに
遠い海へと下る

町は穏やかに温もり始め
和やかな雰囲気が
静かに湧き出し
すうっと
長閑な谷間の景色を満たす

緩やかに動き出す
時の鼓動
この胸に、そっと聴こえ

もう直訪れる
頭上に喧しく降り注ぐ
蝉時雨を思い眺めて

少しだけ
口元が綻んだ
 

三浦さん

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2019年 5月24日(金)16時41分44秒
  佳作の評に感想、有難うございます。
頑張った甲斐がありました。
また宜しくお願いします。
 

感想と評 5/17~5/20 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2019年 5月24日(金)16時19分47秒
編集済
  @すみっこさん「涙との関係」 5/17

涙、あるいは泣くという表情・行為も時代と共に、だいぶ価値観が変わって来たように思います。昔は、泣くという行為はちょっと恥ずかしいこと、人にはあまり見られたくないもの、と思われた傾向がありましたが、現在は必ずしもそうではない。それに涙が出るTPO(?)もかなり広く許容されて来た感があります。要は喜怒哀楽も含めて、あらゆる感情発露としての涙の役割が語られるようになった…。僕はこの詩の前半を、そのような文脈で捉えています。おそらく@すみっこさんにも、そんなアプローチはあったように推測されるのです。キャッチコピー風に言うと「涙…自然のままに、こころのままに任せようよ」という感覚でしょうか。初連~4連を経由して「悪気もない」「大事な水分を~自ら使う」「不思議な力」など、いわゆる各論的なものが展開されます。とりわけ…

「生きる為に少しでも涙を使いましょう」

このあたり、考えが個性的であり、けっこう声を大にして言いたい気がしてます。ハイ、それ以降終わりまでですが、ここからは少しトーンや主旨が変わります。涙を伴いながら相手に何かを伝えることに振られるのですが「どうしたいのか?」の結論めいたものが見えて来ないんです。とりわけ終連はこれで終わっていいんですかねえ。途中で突然切られたような、そんな印象なんですね。ここは、もうひと山、もう一連、創造してみましょう。「わたしの想い、とても大切にしたいことを、涙に乗せて、あなたに送ろう」みたいなそんな主旨ですかね。まあ、ちょっと“キメ”が欲しいわけです。佳作一歩前で。


ひらさかさん「手首」 5/17

これはちょっと容易ならざる詩です。フィクションであることを願いたいです。
あるいは、自傷行為癖のある人の心情を慮って作ったとか、ですね。僕は全くこういう経験がないので、この詩の限りにおいて知りたいのは、やり方や場面ではなく「何故そうなるのか?」です。本文で言うと「血が見たいんじゃない」以降、最後までなんです。たとえば6連。これらの目標達成・自己実現、とりわけ「生きている事を実感したくて」の方法は世の中に、他にいくらでもあるわけです。7連は良くない事とは知っていてもやってしまう葛藤が提示されます。そしてこの詩が袋小路のまま終わっている点が気になります。ここは人生相談室ではなく詩作品の批評の場なのですが、いきおい前者風にならざるを得ない点、ご了承頂きたいと思います。分別ある大人が「そんなバカなことはするな」と頭ごなしに言うことは簡単ですが、何の問題解決にもならないでしょう。ある程度気持ちに寄り添い「気持ちはわかった。でもそれで何かが前に進むとでも言うのかい?」みたいなアプローチでしょうか? 要は気持ちを何処かに逃がさないといけないでしょう。他に世の中にはいくらでもあるわけです。好きな音楽を聴いて大声で歌ってみるとか、スポーツをしたりジムに通うとか、もちろん専門医にかかるのがいいでしょうし、僕は恋愛するのが一番いいように思いますがね。ただし、万一失恋した場合は、それはそれでリスクになってしまいますが。結果はともかく人を好きになる過程というのは、やはり人間に活力や潤い、さらには詩を与えてくれると思うんです。そう、詩を書くのもいいでしょう。これは評になってませんね。申し訳ないですが、評価は辞退させて頂きます。


レノンさん「一歩」 5/17

女性は失恋したりすると(立ち直りとか、気分転換で)髪を切ったりするそうなんですが、この詩に見るケースはややニュアンスが違う、少なくともレノンさんはそういう地点で書いてるような気がするのですよ。つまり…。

A…もともとショートが常態→別れ→その痛手で徒に時を過ごした→髪がやや放置気味に伸びた→カットして常態のショートを取り戻した→どうやら立ち直れそうだ。

この種のイメージとして…。(一般論的に)

B…もともとロングが常態→別れ→キッパリとショートに。

こういうケースが多いように思うのですが(独断と偏見か?)、結局、A・Bともショートにはなるのですが、A(この詩)の方はそれほど短絡的でない。多分にニュアンスが込められているような気がするんです。注目すべきは、まず最初はショートだったこと。タイムラグがけっこうあっただろうこと。心の屈折が多かっただろうこと。「髪の長さ=心の重さ」らしいこと。以上のような主旨を感じ取ることができるのです。おそらくレノンさんの中で「ありがちなケースだけど、ひと味違ったものを書いてみたい」心理があって、過程を重くみたい、そういったものが伝わるように書かれていると思えるのです。ロングの時の重さと対比的に書かれたショートの壮快感・身軽感が立ち直りを表現しているようでよかったです。タイトルは髪寄りにちょっと変えたいかな? 佳作を。

アフターアワーズ。
この詩を読んで、以前僕も似たような状況を書いたことがあったのを思い出しました。
参考というより余興として抜粋―(笑)。

時が移るということは
髪が伸びることと同義
毎日が私の髪を重くしてゆく
後ろを振り返ると
物憂くなびく今です


葉月 祐さん「群れ」 5/18 皆伝者につき感想のみ。

まず、たんぽぽの咲く佇まいと葉月さんの姿が映像として浮かびます。次にその視線の行方です。その先にあるのはたんぽぽの持つ可憐さ、色彩の持つ陽性、そして、ある種の力強さでしょうか。自己の心のありようも交えながらスケッチし、それらがもたらすものにまで詩域は及んでいます。後半、ひらがな主体で、なまな自己の気持ちを綴ったパートもこの詩の主旨に沿いながらの変化になっています。セリフ調なのも悪くないです。一点だけ言うと、一行置きフレーズの「君」です。「群れ」で「君」という単数はちょっと違和があるし「対象=君」。そろそろ、こういう甘さというか、少女性というか、から卒業しておきたい気はするんですよ。参考までに。

「陽気なイエローに照らされて モノクロの街角」 (色彩的コントラスト)

「その優しさ強さをもらえて笑えた 今日という一日」 (前連の主旨を受けて)

セリフ調の後は―― 逆発想上に乗せたたんぽぽの姿が印象に残り、良いエンディングでした。


@すみっこさん「戯言」 5/18

「ある、ある!」―まずはそんな感じ。誰かの曲集を聴いて、ある一定のテーマというか、モチーフを感じて、イメージが育ってゆき(僕たち「詩人」で言うと)、詩集を感覚する、といった状況ですね。今回の@すみっこさんの場合では「空」?「題名だけ思い付いた」―これも「ある、ある!」ところで、この詩の語り口がとてもいいんですよ。「みたよ~ないよ~いくんだ~だったんだ」こういうのは使い方(TPO)が案外難しいんですが、内容にすごくフィットしていて、センスを感じますね。使いこなしています。どこか可愛らしい。そして、僕にとってこの詩の最も好きな部分は終連なんです。ここは「普通過ぎて詩が生まれない」と取ってもいいんですが、もうひとつ、言葉では表現しきれない何かを感じ取ることができるのです。強いて言うなら、飯島耕一の詩タイトルに「他人の空」というのがあるんだけど、そのフィーリングに通じるような、ある種の距離感というか“突き放し感”とでもいうか…。ともあれ、こういう雰囲気を醸したこの部分は凄いのひと言です。この部分のおかげで甘め佳作を。


かすみ じゅんさん「静寂は、透き通る灰色を纏う」 5/20

ハイ、これは佳作です。かすみさんは割と試行錯誤があって苦労人なのですが、これは今までのひとつの解答、ひとつの到達点と思われます。タイトルに触れると
「音→色」へ抒情が流れていきます。これはとても難しいことだと思います。しかし音は本文では何処にも書かれていません。その分、本文が全詩行を挙げて、“静寂という音”をスケッチするかのようです。色は初連から3連にかけて顕在化させながらイメージ付けしています(例・くすみを帯びた厚い雲、霞がかる景色、低い空から漏れ出す)。加えて灰色世界に木の花と紋白蝶の白が描かれ、境界も定かでないような淡さがあります。とりわけ、紋白蝶の登場はこの詩に幻想性をも加えました。「ひらゆら」の擬音もユニーク。フレーズを長めに引っ張ったかと思うと、短く抑えたところもある。山あり谷あり。メリハリあり。


メロンパン大行進さん「ブランコ」 5//20

僕はあなたのペンネームが、どうしようもなく好きなんですね。それはさておき、作品です。トピックとして未来というものがあるのですが、その不安をよりくっきりさせるにおいては、残された時間感覚、すなわち過去と現在の対比をあげてもいいように思いました。要はその不安を読み手はもう少し知りたいわけです。他に、表記として―勿論これでも充分いいのですが―やや様式美を狙うならば…。

フラフラと
またフラフラと

公園のブランコのように
行ったり来たりを
繰り返す

ゆらゆらと
またゆらゆらと

参考までに書きました。佳作二歩前を。


評のおわりに。

@すみっこさんの詩に「サビ」という言葉が出てきました。この用語の不思議さにつられて、各種調べたことがありました。邦楽で言うと「曲の最大の聴かせどころ」となるそうです。ちょっとアカ抜けない感じですよね。いっぽう、古めのジャズやポップスの構成―「A~B~A」の「B」に当たる部分。こちらは聴かせどころというよりは変化を付ける部分って感じです。「イパネマの娘」「上を向いて歩こう」(古い!)などの「あ、ちょっと感じ変わったな」と思う部分です。人によっては「サビ=ブリッジ」という場合もあり。結論から言うと、諸説ふんぷん・けっこういい加減な感じ、でした。まあ、曲構成も詩構成も若干似た部分ありなので、「読ませどころ・変化部分」なんていう「サビ」が詩にあってもいいのではないか、と愚考するしだいでありました。 では、また。
 

追憶

 投稿者:埼玉のさっちゃんメール  投稿日:2019年 5月24日(金)15時18分58秒
  若葉が萌える頃
君の儚げな姿を想い出す

君の大きな瞳に
僕は映っていたのだろうか

今はその事を
聞く機会がなくなり

人生の岐路に立った時に
一緒に歩む
選択をしなかった事に
後悔をしている

まだ間に合うのか

つい街中で
君の姿を探してしまう
出来る事なら
隣で笑っていて欲しかった

新緑の季節と相反して
落ち込んでしまう

今なら
君の全てを
受け入れられるのに

 

理性

 投稿者:エストリン  投稿日:2019年 5月24日(金)10時39分4秒
  WHY
いつの間にか、あなたを探してる
WHAT
いつの間にか、何かを期待している
違う人を選んで、過ごす私
過去の恋愛
あれは確かに青春だったと
今、わかる
あんなに情熱的に
もう生きられない

WHY
大人になったと、悟った
WHAT
いつの間にか、あなたを追い越した
大人になりきれないあなた
過去は輝くの
あれは確かに宝石だったと
今、わかる
あんなにきらきらと
もう生きられない

WHY
もう戻りたくない
WHAT
期待は捨てるの
理性があるから

 

月と太陽

 投稿者:エストリン  投稿日:2019年 5月24日(金)10時20分35秒
  Moon
どうして、明るいの
白い月
星は見えない
あなただけの世界
SUN
どうして、輝くの
赤い太陽
空の王者
存在は大きく
月は太陽なしでは輝けない
あなたと私
どちらが太陽か、月か、わからないけど
なくてはならないのか
寂しさは
いつも
どちらかが太陽や月になって
癒してる

朝からの訪問
あなたは眠いと
私は詩を創作してる
評価は仕方ない
ありのままを述べてる
気持ちが先走り
技術とか、技法とか
見えない
私達も、見えない
大分、時が過ぎないと
見えない
ベッドに横たわり
来てとささやくあなた
嫌よ、私は創作に夢中
来てとささやくあなた
私は夢中
夢中

 

色彩の路

 投稿者:k2  投稿日:2019年 5月24日(金)01時00分40秒
  まっすぐに続く道
樹々のアーチが続く道
突き当たりは小学校

とにかくふざけた小学校
3年生になると割り算に入る
(僕の時代はそうだった)
僕は九九を覚えなかった
割り算神妙にやってるフリして
頭の中は九九の暗唱でいっぱい
乗り越えました

視聴覚室で風の谷のナウシカを鑑賞した
権利の問題から本当はやっちゃいけない
見たい子だけ来なさい
そんな時代だった
僕はクーラーに当たりたくて行った

帰りたいな
あの頃は毎日が楽しかった
つまらないのが当たり前
そんな将来浮かびもしなかった
つまらない
そこから始まる人生

そんな人生を拒否する教師がいた
高校の最後の担任
子供と話すのが好きだから
だから学校に通える教師になった
そんな風に僕に言った
おたまじゃくしに帰った大人

高校は不思議な教師が多かった
カビの研究で実績を挙げた好々爺
美術の臨時で放課後たまに来る
仙人みたいなヒゲじいさん
極め付けは教頭先生

気分が悪くて保健室にいた時
見かけない初老のおばさんがいた
なんか当たり障りのない偉い奴特有の
いやらしいものの言い方をする

最後に突然こう言われた
あなたの場所がどこかは分からないけど
きっとあるはずよ
そう言い残して帰って行った
話したのはそれきりだった

既に初老だったあの教頭
あれからたまに遠くで目が合う時
あんた必ずじっと俺を見つめてたな
卒業式の時
堅牢な石門までは見送らなかった

結局迷子だったあんたの人生
僕が義理堅く咲きますよ
ヒントはおたまじゃくしな気がします
 

見えないものを

 投稿者:夏生  投稿日:2019年 5月23日(木)18時52分39秒
  見えないものを
見なさい

教えられた

見えないものは
消えないから
厄介だ、とは
誰も言わなかった

見たまま
見えたまま
だったら
あとは感じたとおりに
記せばいい
見えないものの
果てしなさに
怯むこともない
もし、に囚われることも
ない

言葉も
刻まなければ
見えない
見えない方がいい
音のまま
消えてしまえば
その儚さに
泣くことも
できる

見たまま
見えたまま
だったら
救いようがない

見えないものが
つぶやく
かもしれない、に
心が動けば
救われることも
ある、と

見えるものより
見えないものの中で
生きている
たしかな感触も
ないのに

目を閉じて
暗闇の中
浮き上がる音に
耳を澄まし、
生活の匂いを
ゆっくり嗅ぐ

目を開けても
見えないものを
感じる
あたたかいもの

心をかすめた





 

齢(近づいてくる死)

 投稿者:galapa  投稿日:2019年 5月23日(木)13時25分0秒
  齢を取るということは
死が近づいてくるということだ
母や義父を見ていてそう感じることが多い
義父は頭はしっかりしているが米寿(八十八歳)であり
その言動に死を意識していることが分かるようになってきた
そういうわたしも今年で還暦(六十歳)であり
もう若くはないのであるが――

わたしの父は七十一歳で亡くなっており
わたしもそのくらいの齢で死ぬのだとしたら
あと十年しかない
わたしは若い頃無茶な酒の飲み方をして体を壊したし
持病もあるのでそうそう長生きは出来ないであろう

だが、わたしは確実に死ぬのだということにまだ実感がない
そういう年齢に達していないのか、私の精神構造が幼いのか――

今回、あなたの呼びかけでこの連詩をかくにあたって
自分の齢について、また死について考えるよい機会を与えてもらった

わたしは以前詩に
 <死については何も知らない
  信仰もなければ天国や地獄の存在も信じないし
  輪廻転生もどうかなと思う
  理不尽ではあるが死んでしまえばそれまでのことなのだろう
  生とは一瞬の光なのであり
  闇の中でほんの一瞬だがわたしたちは光輝いているのだ>
と書いたが
死を体験した人は死人しかなく
本当の意味で人が死んだあと何がおこるのかは、誰にもわからないことなのだ

そう考えれば、死についていたずらに恐れるのは意味のないことだろう
だが残り少ない年月を無為に過ごすのももったいないことだ

メメント・モリという言葉がある。ラテン語で「自分が必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句だそうだ。「死を記憶せよ」などと訳される。
自分が死ぬことを忘れずに精一杯生きろということであろう。

わたしは五十歳を過ぎて突然、詩を書き始めた。突発的な文学的衝動というやつであった。もともと文章を書くのはそんなに得意な方ではなかったが、詩をかいてみようと思ったのだ。それからおよそ十年間、ブログ等に発表しながら書き続けてきた。いまではそれはわたしのアイデンティティの一部となっている。

メメント・モリ。今後十年もわたしは詩を書き続けていこう。
わたしが死んで何も残らないとしても、まあそれもよい。
死ぬまで精一杯書き続けていこうと思う。
 

Kazu様へ

 投稿者:k2  投稿日:2019年 5月23日(木)08時51分56秒
  初めまして。k2と申します。未熟ですがこれからどうぞ、宜しくお願い致します。
まだ形にも至らない詩の様な2作に一考を下さり、大変有難いです。
「忘れた頃に」や「夜の外出」は読者の側から見れば疑問や難解な点が多いと思います。
発信する僕と、受け手の読者の方をイコールで結べるだけの表現力が足りない。
ボールがまっすぐ届かないと言いますか、主観と客観がまだ混濁したまま、結局は稚拙な文面に終わった感があります。
指摘された箇所を再考し、また励みたいと思います。今回は貴重なお時間を割いて評を書いて頂き、有難う御座いました。
 

/1506