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Kazu. 様

 投稿者:蓮見 丈メール  投稿日:2021年 4月20日(火)16時35分2秒
編集済
  評をありがとうございます。
ほど遠かったものが、
もう一歩のところまで近づいたお祝いに、
最終連の後にもう一連加えます。

だからいっそのこと
お骨もマイナンバーの
紐付きにして浮力を与え
税務署辺りが処理して呉れると
税務署対策だけに集中でき
大いに助かるのであるが
 

4月13日(火)~4月15日(木)ご投稿分の評と感想です。②

 投稿者:kazu.メール  投稿日:2021年 4月20日(火)15時36分16秒
  ○麗さん 「新緑」 4月15日(木)ご投稿分

麗さんこんにちは&初めまして。Kazu.と申し上げます。よろしくお願い申し上げます。
最初に一言。実は私、去年の五月に脳を患い、もうじき一年となります。今は何とか言葉を言っていると思っていますが、時々、怪しげな言葉になる(よう?)です。そういう時は質問して頂ければ、再度、ご回答致しますのでよろしくお願い致します。

さて麗さん、今回は初回ですので内容には入らず、総体的観点から申し上げようと思います。

まず詩には長短があって、今回、麗さんの詩はたまたま6行だったのかもしれないし、もしかしたら100行超の作品が得意なのかも知れません。いずれにしましても文字×行で詩を表現します。で、まず最初なんですが、大体は20行から40行内で書かれますと、そのお方の嗜好みたいなものが分かります。
ですからできましたら、最初はノーマルな詩作だと有り難いと思います。
そんなことも考慮にして、ご投稿をお待ちしています。

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○よしおかさくらさん 「地球脱出」 4月15日(木)ご投稿分

よしおかさんこんにちは。

まず視点が良いですね。そして様々な対象に対して果敢に書こうとしています。(私の最も好きなタイプです)

初連、不気味な支配に佇んでいて、何やらとんでもない場景がありそうです。
二連目、中世の地図のような世界に迷い込み、詩の世界観は更に混迷を深めます。
終連、「月に住んでいるの」で結末をみます。

まずこの詩はこれでいいと思います。月に住んでいるということが、疑似的空想世界としても思われるし、月の世界からの俯瞰図だったとしても在りえます。要はこの世界観は、いわば絵画の中の一場面としてあるわけです。
ただこの場合、私はこれから先を二つ考えます。
一つは今の延長上を更にシュールに行くか、二つ目はこの白日夢の世界から現代に引き戻すか。
私ならそのどちらかに振り子を移動し、詩の立ち位置を明確にしたいと考えます。

どの方向に振っても随分と厄介な詩となるでしょうが、甘んじてトライする価値はあると思いますよ。

評は現時点での「佳作」です。
(これが書けたら、「極上佳作」を冠いたしましょう!)

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○れもりあっとさん 「残響音」 4月15日(木)ご投稿分

れもりあっとさんこんにちは。

この詩、とても苦労して書かれたものであったと察します。
恐らくどれだけ書かれたのだろう、私はそう思います。

私も若い頃、様々にひっくり返して、一応の作品を認めたものの、改めて読み返すと、なにかしっくりしない、どうも違うなと思ったことがしょっちゅうありました。そんな状態を、この御詩にも感じてしまいます。それは一応連毎には書かれています。しかし書けてはいるのですが、全体的に観ると統一感が欠如しているのです。三連目が特に感じられます。言葉の流れも引っ掛かります。私なども何度もこういう状態に陥ったことがありましたから。

それから最終連、これは覚悟の上で題と対比しましたか?
それは絶対的確信として書かれたのならいいですが、思い付きからでしたら余程注意された方が無難です。このような詩での視覚意図は、いわば確信犯的意志が必要です。草野心平の「蛙」だって、蛙詩の一篇がたまたまそうなのであって、一篇だけでは確立できないのです。

御作「佳作一歩前」で。

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○小林大鬼さん 「亀城無常」 4月15日(木)ご投稿分

小林さんこんにちは&お久し振りです。

最近のせいか分かりませんが、お城物のテレビが多く見られる感じです。また最近のCGではあたかも当時の建物みたいに映像してくれますので、よりリアル感が増しましたね。私の住むところでは二俣城のお膝下だから、家康の長男信康の悲劇などがあって、お城大好きの方々はけっこう歩いている場所です。

さてこの手でしたら、本来は三浦さんのお得意なのでしょうが、私的には過去の一場面という感慨程度しか思いつきません。確かに「春が来たのに寂し」くて、人々は「桜だけを撮ってゆく」事は無常ではありますが、それ以上でも以下でもないと言うのが正直なところです。

ですから亀城が詩の背景にあって、それが相乗的ものであったなら、亀城の現在と詩とが相俟って、何某かの想いを引き寄せられたのではなかったかと思われました。

御詩「佳作一歩前」で。

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○藤代望さん 「最後」 4月15日(木)ご投稿分

藤代さんこんにちは。

一見、オムニバス感覚の連毎ですが、それなりの通りがあります。それは連毎の背景には必ず収束するものがあって、それが全てを手綱している、そんな感じです。ですからちょっと見飛んでしまった映像が、最後はどこかに結ばれていて、それが詩を統一化しているのでしょう。

しかしそうは言っても、最後には何かしらの明確な結末をして欲しいとも思うのです。そうしないと収拾がつかない状態のままだからです。
私的にはラス前の「なんて退廃的なエンドロール」で締めても良かったのではないかと思われました。一応の落とし前が出来ていますから。
「ドーナツ」の意図は意味ないと思いますし、折角のラスラス前の廃工場や白いネモフィラのイメージが薄れてしまうからです。

と、以上は私の想いなんで、また違う人には見えてくる世界があるかもしれません。
若干、引っ掛かる箇所はありますが、まずは全体としての雰囲気を楽しみましょう。

お作「佳作」です。

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○ぱすたさん 「他人は他人」 4月15日(木)ご投稿分

ぱすたさんこんにちは&初めまして。Kazu.と申し上げます。よろしくお願い致します。
最初に一言。実は私、去年の五月に脳を患い、もうじき一年となります。今は何とか言葉を言っていると思っていますが、時々、怪しげな言葉になる(よう?)です。そういう時は質問して頂ければ、再度、ご回答致しますのでよろしくお願い致します。

さてぱすたさん、今回は初回ですので内容には入らず、総体的観点から申し上げようと思います。

まず詩に対しまして真摯に向き合おうとする意志を見て取って、好感致しました。
また他人(ひと)と銀河系との比較もあって、詩の本質を捉えていると思われました。
詳細につきましてはいろいろ思うところがありますが、正統派の詩人さんとお見受けしました。

一つ。
詩の行間が全て一行空いています。
この場合、無言としての空白として考えますから、この詩は全て一行の連とみなされます。
詩の形式上そうなっていますので、そのようにお願い致します。

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○内海拓郎さん 「あの日の雨」 4月15日(木)ご投稿分

内海さんこんにちは。
今回からレベルの高さを上げます。

結局、ここでは「雨」と言うよりはむしろ、「水」というものの在りかを書こうとしたのだろうと思いましたが、その形態のなかで、雨なのか水なのか、ちょっと宙ぶらりんに思われます。情景は書かれています。それはそれで良いのですが、しかし雨にしろ水にしろ、その実態に踏み込みこんでいないのです。表面だけで素通りしてしまった感があるのです。
その例が10、11連。「見えない/聞こえない」「言葉など/何もない」。ここまでなんとか踏み耐えていたものが、瓦解してしまいました。こんな見せかけなら無い方がいいです。

詩は基本、二行一連で構成していますが、ラス前だけ一回、三行を使っています。このようなアシンメトリーは大変効果的で、しかもここぞということに使ってこそのものです。そうした場合、「~とか/~とか」という表示形態はダメですね。ここでは今までとは全く違った形容乃至はあたかも殺し文句のように使いたいですね。その分、ラストをどう落すかで、歌舞伎の見得みたいにハマるのです。

評は更なる奮起を期待して「佳作半歩前」で。

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今年の桜はあっという間に行っちゃいましたね。(ここ静岡県の場合です)
去年は結構長かったのですが、やっぱり桜は潔さが身上ですね。
「願わくは 花の下にて春死なん その如月の望月の頃 / 西行」
建久元年2月16日はユリウス暦では3月23日です。
「花」も梅ではなくて桜の事らしい。
梅とは違って桜の健気さ。
ところで私の生まれた11年前には、日本はまだ桜を散らした戦争をしていました。
 

4月13日(火)~4月15日(木)ご投稿分の評と感想です。①

 投稿者:kazu.メール  投稿日:2021年 4月20日(火)15時27分35秒
  ○蓮見 丈さん 「彼岸の憂鬱」 4月13(火)ご投稿分

蓮見さんこんにちは。
今作では日常を書かれましたね。
そうですね。若かった時には考えもしなかったことが、だんだん、(終末になると)もう置き去りに出来ないことが出てきます。
「お墓」なんかはその際たるものですね。
特に事情は自分の事よりは、残された人たちへの問題となるわけです。それが家系図に絡まってくると更に複雑になってしまいます。

そんな社会性のあることとして、御詩はここに問題提起しています。
蓮見さんは多数の事象を入れて書かれますが、今回は分かり易い表現を書かれてあって、ありがたかったことでした。

お作「佳作一歩前」です。

追記: 実は以前、私もこの事で考えました。自分たちの「墓」のことです。で、結局、私自身は墓を持たないことにしました。どうしても必要ならば、妻の実家の菩提寺があるので、そこの永代供養に入れてもらおうと考えています。私自身は死後、どこに葬られても構わないと言っています。しかし親戚の手前、何かしらの形は必要でしょうから。

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○あさぎさん 「パルスと玉」 4月13日(火)ご投稿分

あさぎさんこんにちは。
この詩、様々な読み方が出来ると思われます。
そこには当然あさぎさんの意図があったのでしょうが、多分、私の想いとは違う意図なのだろうと思われます。
そのこと自体はそれでもいいと思いますよ。あさぎさんの中の詩魂があって、それを丁寧に書かれていますから。

初連、二連目、とても素敵な表現です。この二連に、読者は作者の覚悟を感じます。そしてその理由を随時語って行くのですが、アイテムとして「玉」なるものにもって来ます。それが私とは違うのですが、それ自体はあさぎさんの詩だから、それは別に問題ありません。ただ、作者である私は、「そう言う方へ持って行ったんだ…」と理解する反面、であるならば、その「玉」の意味をもっと表現して欲しいと思った次第でした。

 まとまって
 小さくても
 滑らかな玉になる
 満月より
 満ちた玉になる

 玉は
 心臓とはまた違う
 僕の核だ
 その脈動を全身で感じる

あさぎさんの見せ場でしょう。
ここが一番言いたくて、そして読者に対して殺し文句で立ち上がる場面です。

しかしこの詩では最後、「僕は/飛んで行ける」//「まだ見ぬ/遥かな彼方へ」と言う。そうすると今までの「玉」の立ち位置が途端にグラついてしまうのです。そしてその飛んでいく事への意図が書かれていたのかと、読者は思い知らされるわけです。

それもまた有り、かも知れませんが、私にはどこか釈然としないものがあります。
それは「私」と言う生き方なのかも知れません。

御詩「(そういう考え方も有るか的)佳作」です。

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○入間しゅかさん 「壁打ち」 4月14日(水)ご投稿分

入間しゅかさんこんにちは&初めまして。Kazu.と申し上げます。よろしくお願い致します。
最初に一言。実は私、去年の五月に脳を患い、もうじき一年となります。今は何とか言葉を言っていると思っていますが、時々、怪しげな言葉になる(よう?)です。そういう時は質問して頂ければ、再度、ご回答致しますのでよろしくお願い致します。
また私は評に際しましては「入間さん」という語り掛けで言わせて頂きますので、ご承知下さい。

さて入間さん、今回は初回ですので内容には入らず、総体的観点から申し上げようと思います。

詩の詩たる由縁の一つに「対象物に対する眼差しを表現する」ということがあります。それにはまず観察し、それを自分の身体の眼で体得し、改めて「詩という言葉」で表現します。そういう点では入間さん、充分体得されていると思われました。
また二連目の最終三行、シャレでありながらリズム感もあって、テクニシャンです。

新しい詩人さんにお見え出来ましたこと、また楽しみです。

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○ふつつかなきねづかさん 「八流の詩人が七流になった時」 4月14日(水)ご投稿分

ふつつかなきねづかさんこんにちは&初めまして。Kazu.と申し上げます。よろしくお願い致します。
最初に一言。実は私、去年の五月に脳を患い、もうじき一年となります。今は何とか言葉を言っていると思っていますが、時々、怪しげな言葉になる(よう?)です。そういう時は質問して頂ければ、再度、ご回答致しますのでよろしくお願い致します。
また評に際しまして「ふつつかなきねづかさん」と申し上げるのは長いので、「きねづかさん」と申し上げることをお許し下さい。

さてきねづかさん、今回は初回ですので内容には入らず、総体的観点から申し上げようと思います。とは申しましても、本作品の必要上、内容に言わざるを得ません。
それは詩に「八流、七流…」と冠位を言っていますが、私は寡聞にしてこのような順位を聞いたことがありません。また一流なる表現(表紙上の人)もありますが、私は基本、一流の詩人なんて事は全く信用していません。そこに在るのは「詩」という作品だけであって、それに対して感動したり驚いたりするだけで、一流だから良いわけではありません。従いまして、そういうことから言いますと、私には御詩としてはこれ以上は申しあげる事はないということです。

それよりも自分の心に在る深い物を考えましょう。
考えれば考えるほど、キラキラと輝くものを捜しましょうよ。

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○るり なつよさん こころの形~<始まり>という名の物語 4月14日(水)ご投稿分

るりさんこんにちは。

そうですね、作品を丁寧に書こうとしていることは分かります。内容的には「わたし」なる人物が本人であるか、それとも創作であるのかは別にして、物語の一部始終は分かります。しかしそうであるならば、主人公は最終的にはどうしたいのか、或いはあるべき姿とはどうあるべきなのか、その辺りが判断し兼ねるのです。内容的に言って逡巡する人物像はその通りでしょう。簡単に答えられないことでもありましょう。しかしここは小説の世界とは違って、詩の世界だと思うのです。苦しいのならもっと徹底的に苦しまなくてはいけないし、なにより題の「こころの形」とは何だったのかに特化して欲しいと思うのです。

 終わるさだめを孕んだ
 <始まり>という名の物語

これは言わずもがなですね。
この二行の根源から詩は始まるのです。

るりさんは詩の表情、或いは詩形はほとんど完成されていると思います。
しかしこの形ですと、詩がもったいない。
言葉ではなかなか伝えられない形式ですが、例えば他者の詩を読まれてみて、どこかに引っ掛かる所を見詰めて欲しいと思います。

お作、「佳作一歩前」で。

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○エイジさん 「うたたね」 4月15日(木)ご投稿分

エイジさんこんにちは。

この詩、多忙な現実に於いて、しばし、寛いだ時間を書かれたものでしょうか。
そういう時って嬉しいし、もっと誇大的に言えば、もう一人の自分を見つめられたという想いがあります。
きっと充足できた時間だったのでしょう。

この詩に関しましてはそれ以上何もありません。
時にはこんな詩があってもいいですね。

御詩「佳作」と致します。
 

御礼(三浦志郎様)

 投稿者:内海拓郎メール  投稿日:2021年 4月20日(火)08時17分26秒
  三浦様、評をいただきありがとうございます。
「心ここにあらず」、なるほどと思いました。
子どもの宣言(1連)を聞いて・・・そこからもっと深いところまで掘り下げたかったなという思いがあります。最後(4連)で微笑ましい小話(?)のようにまとめてしまったところが、我ながら未熟だなと。
今後ともよろしくお願いいたします。

https://note.com/takuro8791

 

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2021年 4月20日(火)05時16分20秒
  僕らはミュージシャン
じゃない
僕らは作曲家
じゃない
僕らは歌手
じゃない
でも
音を奏でることはできる

薄紅色の花びらが
舞い落ちる
ひらりとふらりと

オレンジ色の夕陽が
雲を染め上げる
じんわりゆるりと

「ありがとう」
耳の彼方に届けられる
鮮やかさわやかに

初めての
二人乗り自転車
今が永遠にと
願ってしまう

ほらね
きっと僕らは
奏でている

その時その時の
心のゆらぐ音を
奏でている

奏でられ情になる

きれいね
うれしいね
悲しいねさびしいね
しあわせね

譜面は僕らの中に
 

君の名は母性

 投稿者:蓮見 丈メール  投稿日:2021年 4月20日(火)00時42分13秒
編集済
  寝過ごした上に
産道と尿道を取り違えて逆上し
さらに血管にでも迷い込んだのか
未だ姿を見せない
新米の母性

そのせいで母牛は
自分の血肉を食らった
不気味な異物として
子牛のことを恐れ
鼻先で追いやったり
後ろ足で蹴散らしたりして
決して子牛に
乳房を吸わせようとはしない

その様子をしばし傍らで
見守っていた牛飼いであったが
ここが潮時と見定めたのか
徐に親子の間に割って入ると
すかさず母牛の首元に
体を預けながら
前足の一方を二つ折りにし
それを自らの太腿で支え上げ
放置すれば暴走しかねない
危険な威嚇行動を制止させた

その一方で嗅覚を働かせながらも
まごついている子牛を
乳が滲み出ている母牛の
はち切れそうな乳房へと誘った

といった具合にして
足持ち哺乳を二週間余り続け
上の空に任せた
下見不足が祟って
大きく出遅れてしまい
一時母体内で消息不明となっていた
迂闊な母性の誕生を
不透明な親子の絆を結びつつ
気長に待った

にしても出産が必須の肉牛にして
この有様であるから
出産が任意の人間については
推して知るべし
ということになるのであった
 

波のない海

 投稿者:るり なつよ  投稿日:2021年 4月19日(月)19時22分47秒
  このままでいい
このままでいい

波風立てず
浮きもせず
沈みもせず

これ以上
得ることもなければ
失うこともない…

*求不得苦
有頂天まで上り詰めた後に
すとんと落とされる

波が去った今
その曇った目を見開き
深海の中に潜む
白いものも黒いものも直視せよ

その先にあるものこそ
きっと
<微笑>という名の光…


*求不得苦(ぐふとくく)
仏教における八苦の一つ。求めるものが得られないこと。
 

三浦志郎様

 投稿者:ピロットメール  投稿日:2021年 4月19日(月)15時10分16秒
  拙詩、丁寧に読んでいただきありがとうございました。
また、過分な評価を頂戴し、恐縮しております。
ありがとうございました。
題につきましては、先生のおっしゃる通り変更の必要がありそうです。
最後の句は蓮月尼の辞世の句ですが、やはり注釈を加えるべきですね。

いつもながら丁寧に調べていただき、感動しました。
京都神護院で生を終えた蓮月尼遺愛の蓮は、その後、唐招提寺に移され、今なお可憐な赤い花を咲かせているとか。
いつかぜひ観に行きたいです。

今後ともご指導のほどよろしくお願い致します。
 

三浦さま 評のお礼

 投稿者:るり なつよ  投稿日:2021年 4月19日(月)02時20分50秒
  拙作「春休みのある1日」、長いものを丁寧にお読み頂き、評に加え、労いの言葉まで頂きありがとうございました。

育児の大変さを綴った日記のようになってしまったかな…と思いながらも、すっきりまとめ上げる表現力も構成力もなく、このような形での投稿になりました。

「園児」という呼び名は、確かにもっとしっくり来るものがありそうな気がします。構成の仕方も見直してみます。

詩なので、事実文の羅列にならないよう、象徴的表現を工夫していけたらと思います。

引き続きよろしくお願いいたします。
 

帰り道

 投稿者:夏宝洛  投稿日:2021年 4月18日(日)23時07分9秒
  何かと配色の濁った
街灯が
僕の影
タイル貼りの歩道に
引き伸ばし
すでに頭だけは次の角

遠くに漆黒の山
峠を越える国道に
車のブレーキランプ連なる
寂寥に赤は
物悲しく
懐かしく

細い路地は
慣れた近道
西洋風の屋敷の窓
シャンデリアが垂れ
部屋はオレンジに染まり
空想の円舞曲が流れると
空想の吸血鬼が躍る

ふと夜香木の匂い
風が連れてきた
夜の個性に
癒され
立ち止まれば
後ろに口笛を吹く
人の
伸びた影を踏む

とっさに僕は
辺りに蛇がいないかと
身構える
かりそめにも
振り返ったりはしない

誰かが言ったことなんて
放っておけばいいのに
でも
夜だから
 

/1980