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I'm ADHD

 投稿者:  投稿日:2018年 6月19日(火)14時26分37秒
  I'm ADHD
抜けたアルファベットが俺っぽいね
徒競走で負けても 忘れ物の数なら誰にも負けなかった少年時代
誰に怒られても別に気にもしてなかった

Pay attention please??

Sorry  俺にはそれが難しい
だって意識はとっくに滑走路を離陸してあの空を飛んでいる 飛行機みたいに..
で俺は窓から退屈に手を振ってる
そんなに悲しい顔をしないでお母さん
このままじゃ まともな大人になれないって心配してるんだろ?
けど案外そうでもない

当時は誰も俺の中で起きてることなんて
知りもしなかったけど 誰も恨んでなんかいない

この子はドーパミン受容体が他の子と違うなんて誰にわかる?

ただ年齢があがるにつれて生き辛くなる

社会って魔物が
背後から ゆっくりと近づいてきて
俺を摘もうとしてるのがわかる日がくる

鏡を見れば

見た目とはアンバランスな精神

追いかけてくる 白い目と嘲り

そして 最後に医者が俺にADHDの烙印を押す

社会って魔物に希望を吸われて 絶望の淵で横たわる

そして その場に沈んでいく

そんな俺を眺めながら 精神科医はきっぱりと言う

彼はADHDの二次障害で鬱になりましたってな

で また 飲む薬が一つ増えるってわけ

社会に認められるために薬を飲み続ける同志を見ると胸が痛くなるよ

俺を救ったのは薬なんかじゃない
彼女の偏った愛
100人の人間が否定しても
たった 一回の抱擁で肯定してしまう愛

失った自尊心さえとり戻せば
他人の目を気にすることさえやめれば
ADHDは覚醒する

集中力のなさは発想力に
多動性は無限のエンジンに
衝動性は行動力に変わって

今の自分は誰にも止められないだろうなって気分になる

だから おまえも
魔物に貼られた このむず痒いレッテルを剥がせよ

社会は型にはまらない俺逹を恐れている

どこまでも自由で野蛮な俺達に名前をつけることで  どうにか納得している

もう 我慢しなくていいんだ

ADHDの創造力の翼に身を任せて
好きな空を飛んで 退屈に手を振るんだ...





*ADHD ...発達障害







 

6月12日(火)~6月14日(木)ご投稿分の評と感想です。②

 投稿者:Kazu.メール  投稿日:2018年 6月19日(火)14時08分2秒
  ※葉月 祐さん 「光」 6月13日(水)ご投稿分

葉月さんこんにちは。
皆伝者さんからのご投稿なんで、感想だけを申し上げましょう。

普通、私たちは「光」というと、真昼のそれ、あの太陽からやってくるものを想像します。ただ、私たちは「光」そのものは肉眼では見られなくて、その光が映し出してくれる物質を通して、間接的に光の存在を意識できます。しかしここで言う光は星空のそれで、晴れた夜空に散りばめられた星々から放たれる光を対象にしています。そして星は単なる無機物に過ぎませんが、その無機物が自ら光ったり、また他の熱い星から照らし出されることによって、長い年月を経て、今、地球に届けられたことに注目しています。

古来、「星」と「光(光る事)」は同等に扱われ、私たちが「星」と言うとき、それは夜空に瞬くそれ、光の粒々のことを差し、その星の光から、知恵や勇気、神話や予言まで「遥か はるか 遠くから/私達へと贈られた/プレゼントのようだ」となるのです。

このスケールの大きな事象と対照的に、葉月さんは「人々」や「恋人」との、星の光に想いを馳せます。ここには星の光を通して、マクロ(宇宙)からミクロ(人間)まで語られていて、これこそが詩と言う言葉がなせる業と言えます。たぶん「光」の本質とは、物理学で言うところの量子論で解明されようとしているのでしょうが、しかし詩人の「光」は、「無償の愛を 夜空に散ら」すものと結論付けられました。それで充分、納得です。

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○ロンタローさん「大きな橋からの眺め」6月14日(木)ご投稿分

ロンタローさん、こんにちは&初めまして。
私はKazu.と申します。よろしくお願い申し上げます。
ロンタローさんは、私宛のご投稿は初めてなので、今回は所感を申し上げることと致します。

一読して、とても詩情豊かなお方とお見受けいたします。
また、1連目と5連目、2連目と6連目は対になっていて、技巧派でもあります。
中程に書かれた「渡り鳥」と「鳩」も同じ鳥類を題材にしていますが、渡り鳥は現実の、鳩は比喩の眼で書いていますし、文明批評のまなざしも感じられます。

とてもこれから先が楽しみな詩人さんだと思われました。
しいて言えば、題にある「大きな橋」がもっと中央に来て、主張して貰いたかったです。
なんたって「題」に登場してくるくらいですから。

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○一歩さん 「薫風」6月14日(木)ご投稿分

一歩さん、こんにちは&初めまして。
私はKazu.と申します。よろしくお願い申し上げます。
一歩さんは、私宛のご投稿は初めてなので、今回は所感を申し上げることと致します。

詩のイメージとしましては、とてもすっきりとしていて、私はこの手の詩風は好きです。
特に語り掛けるような口調がいいですね。

尤も、この一作をもってして、一歩さんのカラー云々を申し上げることは慎みますが、この詩、ちょっと意地悪ですよね。「九十(才)を超えたわたし」に見えるものがあるのなら、やっぱり教えてあげたらどうでしょうか。「この歳まで生き」なければ分からんよ、と言うのは、ちょっと悪魔の証明みたいですね。そして「かつての夢は/すべて消えていった」としたら、「九十歳」で「はっきり見えるもの」は、自ずと答えが出てしまいます。

この詩、一歩さん、背伸びして書いているような気がしてなりません。それよりも、もっと身の丈にあった一歩さんの詩を読んでみたい、と思った次第です。

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※井嶋りゅうさん「構造改革ノート①」6月14日(木)ご投稿分

りゅうさん、こんにちは。
今回は「井嶋りゅうファンクラブ1号」としてではなくて、MY DEARの評者として、きっちり、感想を申し上げましょう(笑)。

だいぶ昔なんですが、手塚治虫のマンガに二重人格の作品がありました。内容的にはほとんどうろ覚えの状態なんですが、主人公は、もう一人の邪悪的性格の自分に苛まれています。そしてこの二人、言い争いをします。最後がどうなったのか、忘れてしまいましたが、ただ、突然オソロシイ顔のもう一人の自分が話だして、主人公は困惑します。その場面だけが心に残っています。
この二重人格性、私は、人は誰しも多少の差はあれ、持っているものだと考えます。りゅうさん流に言えば「同居したはずはないのに/いつの間にかあんたには/ちゃっかり部屋がある」というわけです。正直言うと、私はよく自問自答します。これもいわば一種の二重人格ですよね。私の問いにもう一人の私が答えている。

この詩に見る饒舌手法は、そうでもしなければとても取り扱いかねる内容です。それができるのがりゅうさんの腕です。りゅうさんはもともと長めの詩の人です。野放しにしたら、どこまで行っちゃうんだろうと思われる詩人です。そしていつもどこかで、そのことに対してブレーキを掛けている人でもあります。だったらこの際、徹底的に「お前を甘やかし」「お前を放任し」てやったらどうでしょうか。『構造改革』は生易しいことでは出来ないはずです。時に「血」を見ることもあるかも知れません。どこかの国の『構造改革』みたいに、その場しのぎじゃなくて、ぶっ倒れるまで書いてみるのはどうでしょうか?『ノート①』は始まったばかりです。

但し、『明るい街』のりゅうさんも、正真正銘のりゅうさんです。そのバランス感覚、お忘れなく!

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6月14日に、燿子さんの島さん評に対するコメントに、マーラーの交響曲第五番の事がありました。私もだいぶ前の詩に、このマーラーの五番を使わせて頂きました。第四楽章に聴く静謐間は、筆舌に尽くしがたいものです。これ読んだら、無性にマーラー聴きたくなって、で、早速聴きました。(最近はずっとバロックばかりだったからなぁ)
私、一時期、マーラーとブルックナーにハマっていました。やはりCDになったお陰でしょう。レコード盤はそこに刻まれた能力はCDを遥かにしのぐものなんですが、如何せん、再生装置がその能力を活かし切れません。(つまり私のは安モンのコンポだったからです)
今日のマーラー五番は手持ちの四枚中、これを選んで聴きました。
「指揮:小澤征爾/ボストン交響楽団 1990年(ライブ)PHILIPS」
オザワ55歳、ボストン響とは17年間の付き合い、絶頂期の演奏です。
(オザワさん、もう長野での演奏会いいから、とにかく長生きしてください…。)
 

6月12日(火)~6月14日(木)ご投稿分の評と感想です。①

 投稿者:Kazu.メール  投稿日:2018年 6月19日(火)14時02分5秒
  ※雨音様、お先に失礼します。
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○ゆきさん「月明かりの下で」6月12日(火)ご投稿分

ゆきさん、こんにちは。

古より、煌々と光る満月には、人は想像を掻き立てられたことでしょう。その神秘な光に、ある者は月よりの使者として、そしてある者は月の光で変身し、科学の進歩で月への往復が可能になった現在でも、やはり月の光は、見る者の心の内を照らし出してくれます。

お作はそんな情景を、言葉の世界で語ってくれた作品です。
ただ、詩はとてもきれいに纏まっているのですが、この月光と己自身との絡みにもう一つ深まりが欲しかったように思われます。それは何も、この月光がある事件を創り出すというのではなくて、この月光に触発された、ゆきさんのこころの内を書いて欲しかったと思うのです。月の光という事象だけでスルーしていて、せっかくここまで書いたのですから、ちょっともったいないと思いました。
詩としての心構えはこれでいいと思います。起承転結、言葉の纏め方、きれいにハマっています。ここにもう一発、インパクトがあればと思った次第です。

評価は「佳作一歩半前」で。


○ゆきさん「乾いた紫陽花」6月12日(火)ご投稿分

ゆきさん、ダブル投稿です。
まず、詩の構成はいいと思います。
場面設定があり、そこに事象(事件)があって、それに触発された想い(心理)があります。
起承転結も決まっています。

さて、この詩のヤマである「この公園にまた/紫陽花を見に来るだろう」以下の展開なんですが、ちょっと不満があります。それはその想いに至った経緯が、詩の前半の心理状態からだとすると、なんかあまりにお膳立てされた成り行きの用で、詩の広がりが感じられなくなってしまうのです。なるべくしてなった結論に、そのまま誘導されてしまったという物足りなさと言い換えてもいいかも知れません。ラストの2連は、毅然として言い切っているところが心地いいのです。とても説得力ある言い方です。だからこそ、ここに至るまでの過程を、もっと深めていって貰いたいと思うのです。

評価は「佳作一歩前」で。

PS
ゆきさんの詩に見られる姿勢は、「伝える詩の王道」を歩もうとしている、そんな感じを持ちました。
正直言って、今作の詩からは、作者の魂の言葉が聞こえてきませんでしたが、しかし、詩を真正面から捉えようとしている姿勢が見えます。詩とがっぷり四つ。ですから詩を横綱に例えるなら、その胸を借りて稽古をつけてもらっている新弟子さんのような、そんな気概を、ゆきさんの詩には感じます。であるならば、ゆきさん、どんどん稽古をしてください。
きっと素晴らしい詩人さんになる、そんな予感がします。

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○@すみっこさん「明るい太陽の下で」6月12日(火)ご投稿分

@すみっこさん、こんにちは。
改定の件は承知しました。

詩を書くとき、何か特定な事(物)を念頭にしていること、多いですね。
そしてそこに焦点を合わせ、そのことだけを考え、そのことの世界に没頭する。それを「詩題」と言ってもいいかも知れません。しかし、時に、詩を全身で感じる時があります。或いは全く詩の対象が無いのにも関わらず、自分が詩の世界に佇んでいる、そんな思いがする瞬間があります。

この詩は正に後者のような状態、全身で、向こうからやってきた詩の世界に包まれた瞬間だったのでしょう。この恍惚感は、詩の神さまが降りてきたときです。いわば詩の神さまからのご褒美だと思うのです。
厳密な意味では、これは詩ではないかも知れません。他者に伝えるという点では、意味のない事なのかも知れません。しかしこの想いは、詩を書く者としては共有できます。特定の人限定の詩かも知れませんが、私はこの境地に至った作者を祝福したいと思います。

評価は詩を書く同士として「佳作」です。

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○中也さん 「螢」6月12日(火)ご投稿分

中也さん、こんにちは。

まず、信州の螢はいいとして、酸素マスクして「青色の計器にかざされた/君」が螢のようとは、どういう状態を言っているのか、ちょっと想像しかねました。ホタルの微かな発光と、君の闘病とを掛けているのであれば、それはちょっと違うかなと言うのが、私の心情です。
あと、欄外の「※」の断りは不要ですよ。信州辰野云々も要りません。これらは作者の舞台裏であって、読者には関係ない事です。そんな註書きなんかなくても、作品で読ませればいい事です。

中也さんには充分それができる実力がある人だと思うので、余計なことはしないことをお勧めします。
そしてこの詩、あまりに感傷的過ぎますね。これがフィクション・ノンフィクションに関わらず、ここぞと話を盛ってしまった感が否めません。
もっとガチで来て欲しいなぁ、中也さんには。だってそれができる人なんだから。

評価は「保留」ということで。


もう一篇
○中也さん「A氏からの手紙に対する返信~生きるということ~」6月14日(木)ご投稿分

ここで中也さんの言おうとしていること、一々分かるのですが、もう少し整理してみてください。一篇の詩の中で、とてもたくさんの事を言っています。そしてとても激情しているように思われます。もうちょっと時間を置いてみてください。そしてここが詩の場であるということも、思い出して下さい。

詩を書くにあたって、哲学的に物事を考えることは有効でしょうが、詩で哲学を語っても、それはやはり「詩」ではないと思いますよ。
『空想や聯想の自由を有して、主観の夢を呼び起こすすべてのものは、本質に於て皆「詩」と考えられる。(萩原朔太郎・詩の原理より)』

これも評価は「保留」ということで。

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○こたきひろしさん「人間は誰しも」6月13日(水)ご投稿分

こたきさん、こんにちは&お久しぶりです。

最近、こたきさん、以前のような「ストーリー詩」を書かれませんね。
ここは詩の場なので、やはり、あからさまなストーリーに裏付けされた物よりは、まずはみんなと同じ土俵で臨まれることが基本だと思います。ですからそういう点では、この姿勢、歓迎です。

ところでこたきさんと私は、そんなに歳、違わないですね。だからこたきさんの思考の背景って、共感できることが多いのです。いや全部じゃないですよ、時代背景を含めて、という意味ですけどね。そしてここに書かれたことは、私は全部肯定しますよ。だってその通りだから。だけど全部肯定しながら、全部否定もします。

その理由は、人はいずれ死んでしまうからです。世の中、神羅万象、肯定しようが否定しようが、私もこたきさんも、今から百年後にはもう生きていません。間違いなく死んでいます。だから喜怒哀楽に生きて、「宗教も哲学も倫理も道徳も/医学も化学も科学も生物学も物理の学問」も何の役に立たないとこたきさんが思っても、いずれ死んでしまいますから、基本的にはどっちに転んでも、もうその時には私たちはい居ないのです。そしてたぶん、百年後も世界は依然としてあるでしょう。

だから私はどうせ死ぬのだから、たとえ蟷螂の斧と知りつつも、この世界の不条理に抗って死にたい、と思っているだけなんですよ。私には今の社会を変えられる力があるなんて、露程も思っていません。ただ、このままでいいのかという想いだけがあるから肯定し、そして否定するわけです。

たぶんこたきさんは、社会を裏側から見て、物を言っているんでしょうね。
結局私たち、同じ穴のムジナですよ。
その表現方法が真逆に見えるだけで、同じところで生きている。

評価は「保留」ということで。


○こたきさろしさん 「私は」6月13日(水)ご投稿分

続いてこたきさん、ダブル投稿です。

おっ、こたきさん、きましたねぇ。
この救いようのない自分!がちゃんと分かっていらっしゃる。
そうなんです。あなたは「酷い人」なんです。「蔑まれる」べき人なんです。
そして、バカが付くほどの正直者なんです。

私は正直者じゃないから、こんな風には書かないし書けない。もっと婉曲的に書く。
でも考えていることは、こたきさんとちっとも違わない。
やっぱりこたきさんも私も、同じ穴のムジナ。同病相哀れむ。

こっちはお作「佳作」です。

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○あさぎさん「未熟の今」6月13日(水)ご投稿分

あさぎさんこんにちは。

この詩、「あさぎワールド」全開ですね。
友の死、右が動かなくなった事、比喩なのか事実なのか、そんなことは関係ありません。この2つの連が3連目の「何者か」と、どのように関連するのか、そして終連の二律背反がどのようにオチているか、その謎解きに挑んでみましょう。もちろん、これは私流の読み解きであって、これだけの材料で犯人探し(作者の意図)なんて、ベネディクト・カンバーバッチの「SHERLOCK」でもなければ不可能です。

この詩は最初に終連の「聞こえないのが先なのか/聞かないのが先なのか」の二律背反(的)オチがまずあって、それから詩が書かれたのではないか、と推測します。そして1連目の「友の死」は、もしかしたら本当にあった事実が頭のどこかにあって、それが聞く⇔聞こえない⇔聞かないとリンクして書かれたのではないか、と思われました。そう考えるとこの詩の流れに一応の納得がいきます。ただこの詩にあって2連目は異質で、ここのキーポイントは「一年」、この限定された期間に、どんな意味があるのかなと想像しました。

が、しかし、いずれにしましてもこの詩の解釈は自信がありません。
「聞こえない/聞かない」も「未熟」との関連性が分かりません。

と言うわけで、評価は「不問」です。
詩を単連毎にみると、いい味出ていると思いますよ。
ただ、これが「詩」として通して読むと、よく分からないと言うのが正直なところです(泣)。
 

失って

 投稿者:hal  投稿日:2018年 6月19日(火)11時14分49秒
  どれだけ幸せだったか
思い知ったはずなのに
噛み締めて生きていかなきゃと
決意したはずなのに
包まれて 満たされて
いつの間にか
また見えなくなっていく

私が次に幸せに気づくのは
埋もれて沈んだ海の底

 

私に寄り添う

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 6月19日(火)08時03分41秒
  ベッドとちょっとばかりの家具
それと私一人
それだけで満たされてしまう
1Kの部屋
外は雪だ
朝からずっと降っている
明日の通勤を考えると憂鬱
外に出るのも億劫だから
今日は
部屋でダラダラを決め込む

夕方近くなってくると
さすがに飽きてしまった
灰皿の中に埋もれる
タバコの本数が増すばかり
暇だから
もう
お風呂に入ろう

お風呂は寒いけど温かい
雪がやんだのか
浴室に紛れ込んできた
夕日
夕日が入った浴室には
私と水の粒子がいた
空中に浮遊している
水の粒子が見えた
浴室の中にまんべんなくいる
何がどういう仕組みでもたらした現象かは
きっと今後調べない
その代り
自分の心の中を探った

ああ、そうだ
そうだ
この子らは仲間だ
夕日が沈んで
今日が終わる
明日がきっと始まるよ
 

大阪近況。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2018年 6月18日(月)21時56分39秒
編集済
  まずもって主要大都市における地震は
そのメインターミナルに通ずる各方面の電車が、全面ストップするので、
膨らんだ昼間人口が、通勤・通学や帰宅の移動手段を失くし、
えらい混乱になりますね。
新幹線より在来線のストップがすごく長かったです。
幸い今回は、橋脚等の被害が今のところなく、夜8時にはほとんどの路線で運転再開しました。
JRの在来線で引き続き止まってるところがあるのですが、
並行する私鉄は動いているので、大阪市内は、明日からはほぼ正常に戻ると思われます。

ライフライン。
電力会社は地震から2時間後には早々に回復宣言。
結果は、地下埋設の水道管、ガス管の破損が、大阪北部地域において多数発生しました。
ガスは、復旧に最長10日かかるところがあるそうです。
いずれも震度6や5の大阪北部地域に集中しています。

前々から思ってるのですが、地震は、強さの話だけでなく、どれだけの時間揺れたか、
揺れた時間の長さもセットで語られるべきだと、今回も感じました。
今回は震度6とはいえ、揺れた時間がとても短かったので、家屋倒壊というのはゼロに近かったです。
ただ、塀の倒壊は何カ所かであって、痛ましい事故が起こりました。
ブロック塀を高く積むというのは、構造的に無理があるような気がします。あの小学校の積み方はちょっと引っ掛かります。
とはいえ、うちもブロック塀なので、状態には気をつけたいです。


あ、私は大阪南部震度4の地域なので、まったく被害はないです。
ご心配のメールを下さった方には、お気遣い、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
 

島秀生 様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 6月18日(月)21時21分16秒
  評をありがとうございます。まぐれです(笑)まぐれをたくさん出したいなあと思う今日この頃であります。今後もよろしくお願いします。  

島 様

 投稿者:ゆき  投稿日:2018年 6月18日(月)19時57分29秒
  こんばんは。
評と感想をどうもありがとうございます。
詩の中で主張するものがないために、よくある内容で終わってしまっているとの事。
余計な事を書いてしまうのが嫌でこんな結果になってしまいました。
終連の「信じられる」の場所で迷っている。本当にその通りです。島 様の仰るように
するとすっきりまとまりました。ご指摘とアドバイスをどうもありがとうございました。
とても勉強になりました。
 

島 秀生さまへ。

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2018年 6月18日(月)14時59分31秒
  島さん、

この度も「薔薇」へのご感想、アドバイスをいただき、ありがとうございました。

薔薇について、まだ殆ど知らないわたしが、このタイトルを掲げて詩を書く事も、それを島さんへ投稿する事も、わたしには大冒険、でした。
地元のローズガーデンへ通い始めて、様々な薔薇を見つめていくうち、誰もが自身の中に薔薇を抱えていて、薔薇について明るくないわたしにも、それはあるのだと、花に教えられたように思います。詩に込めた思考や意図、思考面ではオリジナルなものを感じてくださったとのこと、詩作への励みになります。アドバイス3点も、手元の稿を修正し、もう一度詩と向き合おうと思います。
新作でもローズガーデンで出逢った神秘的な薔薇について書かせてもらいましたが、そちらと合わせて、深く深く、掘り下げて表現を磨こうと思います。

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すみませんが、スペースをお借りします。

この度の大阪、関西方面各地での地震に遭われた方へ、心よりお見舞い申し上げます。
みなさまがご無事でありますよう、心から、祈っております。

葉月 祐
 

大阪~関西方面地震のお見舞い

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 6月18日(月)13時51分20秒
編集済
  僭越ながら、他地域を代表致しまして、大阪~関西方面のかたへお見舞い申し上げます。
ご無事であること、異常時に見舞われていないことを、切に祈っております。
なお、お忙しい中でしょうから、ご返信は辞退申し上げます。
 

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