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三浦様 詩の評へのお礼

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 4月18日(日)08時12分34秒
  三浦様、詩の評をありがとうございます。
この詩は、一時詩が書けなくなり、好きな詩集を読んで影響を受けて書いたものです。
僕は感じたままをそのまま書いたのですが、「寒の戻り」というのは思ったよりも
僕には難しいテーマでした。あと詩のアイデアが不足していると思いました。
今後ともよろしくお願いいたします。
 

感想と評 4/9~4/12 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2021年 4月18日(日)06時35分50秒
  1 蓮見 丈さん「蝋引きのマスク」 4/9

はい、これは佳作。経験も交えて言うと、一般人にとってのスピーチって“勝ったり負けたり”でしょう。これは滑っちゃったケース。そして珍しくユーモアを交えたケース。
話が一点に絞られ、蓮見さんとしては、このあたりがジャストサイズという気がする。話のスジもうまく繋げてまとまりました。僕はこういうユーモアを淡々と大真面目に語るフィーリングが大好きなんですよね。「重要参考物」としてマスクを挙げたのは、今を反映して面白いし理にかなった原因でしょう。「気は持ちよう」―「ま、いっか」の路線で収まったのでよかったです。軽くその時のセリフなど入れても効果ありそうです。



2 るり なつよさん「春休みのある1日」 4/9

僕は現役引退してるので、第三者的になりますが「旦那は外で働いて大変だけど、ママも
こりゃ同じくらい大変だ」という当たり前にして素朴な感想が、まずあります。
長い詩です。長い物をいかにストレスなく飽きさせずに読ませるか、は難しいところですが、
僕がこの作品で少し感じたのは、まず呼び名。「園児」は息子さんのことで、ある意味、客観化したかったのでしょうが、僕はちょっと違うと思う。さりとてなかなかうまいのが浮かばない。やっぱり「(ウチの)息子」かなあ。あと、一般論で言えば―登場人物がある程度限られているので―主格はなるべく省略したい。略してわかるような文体に持っていきたい。構成については、やや「*」が煩雑なので、〈午前の部〉〈午後の部〉〈夜の部〉などとミニタイトル的に冒頭掲げて、あとはストレート。こういうのもおもしろいかもしれないです。どうしても区切りたいところだけ2~3行空きで。内容は、ひとコマひとコマうまく繋いで実況中継風。短い映画を見ている気分でした。ただの出来事羅列でないのは「母~女性~人間」として揺れる部分があること。正直に書いてくれたこと。葛藤とキープ、そして最後は自己解放があったこと。これらがミックスされて冒頭の素朴感想「こりゃ大変だ」に行き着くわけです。ただ一日を克明に律儀に書きたいと思うあまり、詰込み過ぎです。その分、詩的純度は前二作に一歩を譲る。まあ、このテーマで純度と言っても、難しいものがありますがねえ。もしかすると「要約→蒸留→純度」の図式があてはまるかもしれない。「蒸気(事実文)を液体(象徴的文)に変えることで純度を上げる」なんか、ウイスキーの作り方のようですが…。佳作二歩前で。
ある1日、おつかれさまでした。


3 小林大鬼さん「北の国から~田中邦衛に捧ぐ」 4/9

この人の死をとりわけ悼んでいるのは、倉本聰と加山雄三でしょうか。黒板五郎が有名ですね。2連ですが、ご本人にも、こういった人間臭い面があって”地“で演じていたかもしれません。そこにリアリティが生じて、みな共感したのではないでしょうか。今回、書き出しと4連がこの悲しみを象徴的に語って余りある。佳き昭和が去って行ったの感あり。
全篇、故人の事にせず風景描写を入れたのがよかったです。特に終わり2連。佳作を。

アフターアワーズ。

僕は主役もさることながら、個性的な脇役が印象に残ってます。なぜか今、フト思い出したのは「八つ墓村」(野村芳太郎監督 金田一役は渥美清)で登場した落武者シーンでした。
とにかく個性的な面相の役者さんでした。ご冥福をお祈り致します。



4 ゆうひさん「詩を書こう」 4/10 初めてのかたなので、今回は感想のみ書きます。

よろしくお願い致します。まず句読点はつけないほうがスッキリ読めます。
初登場に相応しいモチーフであり、素直な感情が綴られて好感が持てました。
夕陽の美しさに打たれて何かを残さずにはいられない。話し言葉だけでは満たされない。
そこで詩という形式。そんな心境でしょうか。4連の通り謙虚ではありますが、冒頭、単語の1行置き。その思い切りの良さ。なかなかできるもんじゃありませんよ。加えて…、

「昨日を、今日を、明日をおめかししよう」

これもいいじゃありませんか。シンプルですが光る部分もお持ちです。
「詩を書こう」―このタイトル通り、また書いてみてください。



5 エイジさん「寒の戻りの疲れ」 4/11

はい、その通り、今まで、日によっては寒い日もありましたね。「三寒四温」「花冷え」なども同じニュアンスを持った言葉でしょう。季節と共に歩く日本人の美しい言葉のひとつです。エイジさんも今歩いています。透析からの帰りでしょうか。詩中を流れるゆったり感に好感が持てました。ここでちょっと気になったのは「寒の戻り」から導かれた言葉が「涼しい風」「正午の汗」「からだじゅうに/春を浴びた」など、「寒」のイメージからすると少しチグハグ感を覚えたのです。確かに、すでに冬の寒さとは違うし、当然のように暖かい日が基本なんです。このあたり微妙な時期であって、それだけ書くに難しい時期とも言えます。も少し読み手を惹きつける要素―テンションというか、インパクトというかーも欲しかった。アドバイスとしては、終連に繋いで、何か「疲れ」に触れた“もうひと山”があると、いいかもしれません。そこに含まれる感傷のようなもの。三浦評区間の直近二作と比べてみると…、「雲」~本作~「さくら さくら さくら」といった順位でしょうか。本作はフィーリングとしては「雲」よりです。佳作一歩前で。あと「地めん」「からだじゅう」は漢字にしておきましょう。



6 内海拓郎さん「忘れ物」 4/11

この詩を鑑賞するには以下の慣用句を前提としましょう。

「心ここにあらず」

意味は「何かに気を取られて目下の事案がおろそかになっている様子。集中力を欠いた状態」
とあります。いっぽう2連目にある通り「心身一体」が理想形であるとします。そうすると1連目のお子さんは“逆・心ここにあらず”であり心身一体の理想も具有していることになります。さらに、いっぽう3連のおもしろさという事があると思います。「ああ、なるほど。じゃあ、詩を書いてる時は心が出かけているんだナ」。このように順に読んでいくと、4連。(お父さんであろう)人が一番「心ここにあらず」だったことが、オチ的に書かれていて微笑ましく笑えます。お子さんのほうが実はしっかり者だった事例は日常あり得ますね。
そんな苦笑的自虐的微笑ましさを感じるわけです。評価始めとして佳作二歩前で。



7 山雀詩人さん「ふたりでチャイを」4/11

大雑把にミルクティーといっても、こちらは最後に茶葉を入れるようです。「マサラ」はスパイスのことで、そうすると3連に掲げた各種スパイスが味の決め手であり、インドミルクティーの個性と言えそうです。チャイ→母が好きだった→母娘の肖像。このように詩は発展していきます。チャイの風味と二人の人生が溶け合う部分―すなわち2つ目の「*」以降、5連までが、この詩の思考上のハイライトでしょう。「誰の子だろう/それさえもわからない」は、ちょっと由々しき事態です。実話か創作かはわかりませんが、もしも後者なら違う事態を設定してもいい気がしました。いっぽうで、この詩の環境となる国は何処にも書かれていないし、日本である証明も何処にもない。してみると、この詩は本場インドの母娘を描いたと解釈しても一向に構わない、むしろそれが自然だとも思えてくるのです。
チャイが伝える親子の一話。いい味でした。味に合わせて甘め佳作を。



8 九丸(ひさまる)さん「壊しちゃいけないものが、そこにあったなら」 4/11

まずは10行目まで、ここで一区切り。桜と菜の花、その色のコントラストは春の一大美観と言っていいでしょう。菜の花がここでは雪と桜を取り持つ立場も兼ねています。さらに「足を取られたぼく」さえも受け止めようとする健気さも持ち合わせていました。そこはそれ、九丸さんの優しさ。タイトル通りに菜の花を守り避け、自らが泥に入った。そこには両者の気働きがあるということです。一瞬間の場面を捉えて、心も捉えて、この詩はあります。とりわけ「調律の取れた~」以降の心の背景は清々しいです。誰がいようが、見ていようが、見ていまいが関係ない意志を感じました。バー高めなので甘め佳作を。



9 ピロットさん「はちすに念う―太田垣蓮月によせて」 4/12

またまた驚きです。こんな人がいたとは…。瀬戸内寂聴さんの大先輩にあたるような人かもしれません。経歴を見るに伊賀上野・丹波亀山・彦根など雄藩との縁がありながらも、幾多の死別を経験し、世をはかなんでの出家と思われます。大変な美女で、「引っ越し魔」と呼ばれたのは、言い寄る男どもを避けての事と噂されるほどです。そのような美女が世を捨て尼になるのはとても痛ましいことだと僕も思います。彼女に後世名を成さしめたのは短歌と陶芸で、それをミックスした作品は「蓮月焼」と呼ばれました。法名からもわかる通り、蓮が好きだったのでしょう。この作品にもそれが活かされ蓮に託した心のありさまが見事に描かれました。まさに彼女の亡魂が降りて来たかのようです。このように自身の告白調を採用しているので、調子に統一感があり、過去作に散見された発話者のブレや構成の不自然さは一切ありません。“調べもの感”も、これだと払拭され、読んでいてこの人の世界に入り込むことができます。静かで謙虚な詩の気配。いやあ、これは感動した。上席佳作です。最後の和歌は彼女の名前が巧みに織り込まれていますね。ここは誤解を避けるため、注釈を設けてもいいでしょう。それと上記した告白調の書き方で行くと、副題は、やや第三者発話のように思えるフシがなくもない。「自己発話ですよ」のニュアンスのほうがいいかも。「太田垣蓮月のひとり言」みたいな。いずれも外のことで、
本文安泰、構え鉄壁、文句なし。



評のおわりに。


少し以前になりますが、ゴルフ・マスターズで松山英樹が優勝しました。僕はゴルフが全くわからないのですが、どうやらもの凄い事らしいです。歴史的快挙と言っていいようです。ニュースショーで実況アナウンサーと二人の解説者が(一人は僕でも知ってる中島という人)そろって泣いてるんです。ゴルフと涙ってあんまり関係ないように思ってたんですが、それだけとっても
凄いことなんだと実感できましたね。 では、また。


業務連絡。
宛 島 秀生氏                発 三浦志郎
トミフラ事項(ギャラリーながら)合点。
+エルヴィン、ムラーツ。我速やかに当該領域に赴きたく。以上(笑)。

 

島 秀生さま

 投稿者:るり なつよ  投稿日:2021年 4月18日(日)03時01分46秒
  先の投稿で、お名前の漢字を間違えてしまいした。
失礼いたしました。
 

嶋さまへ 評のお礼

 投稿者:るり なつよ  投稿日:2021年 4月18日(日)02時24分7秒
  嶋さま

ご感想及び評を頂きありがとうございました。

「春、この場所で、思い出の重ね塗り」では名作の評を頂き、いきなり現時点での代表作となった事に恐縮すると共に、特に思い入れのあるものの一つなので嬉しく思います。
今後もこれに並ぶようなものを作れるよう、努力していきたいです。

連の中の行分けの仕方は、自分の中で曖昧になっている所があります。その時々で文節や文字数で区切ったり、句点が付きそうな所で改行したりしています。
行分けの仕方で印象が変わるものなのですね。その辺も今後工夫していけたらと思います。

「おうち時間のティータイム」これを書くとき、根底にあったのは、人と人との往来が困難になってしまい、孤独感の中で対話する相手が自ずと書物になっていったという背景がありました。
私自身は元々「おうち時間」自体が嫌いではありません。また、子どもが小さいこともあり、元々自由に出掛け回る事が難しく、天気が悪ければ家で過ごさなければならない、晴れていても猛暑なら家にいる、ヨガスタジオには通えず、育児の合間の都合のよい時間に自宅でオンラインでヨガのレッスンを受ける…等々の制約のある生活を、コロナ以前からして来ており、逆に「おうち時間」を前向きに過ごす下地はあったのかもしれません。
前作よりも劣るのは自分でも感じますが、「おうち時間」を肯定的に捉えたものとして仕上がっていれば嬉しいです。

引き続きご指導のほど、よろしくお願いいたします。

 

島 秀生さま

 投稿者:よしおかさくらメール  投稿日:2021年 4月17日(土)23時26分13秒
  うっかりして教訓的な、
価値観の方へ流れてしまいました。
しろいものみっつを貫き通したい
と思います。
ありがとうございました。
 

沢口リリキさま

 投稿者:よしおかさくらメール  投稿日:2021年 4月17日(土)23時19分40秒
  自分でも読めない詩の扱いには困るのに、
書いて読んで貰おうというのは図々しいことでしたね。
申し訳ありませんでした。
真意が隠されている詩は私も読めないのに、
自分が書いて直している時はこれしかないと思うのです。
丁寧に書き直したいと思います。
ありがとうございました。
 

島先生へ 評のお礼

 投稿者:ピロットメール  投稿日:2021年 4月17日(土)21時54分4秒
  拙詩「よだかの星」を丁寧に読んでいただきありがとうございました。
また、秀作を頂戴し、恐縮しております。
ありがとうございました。

よだかの動画を見た時、私はその生き物が何ものか全くわかりませんでした。爬虫類かと思いましたので、なに?爬虫類?とかげ?との詩文もあったのですが、推敲の際、削除しました。
結果、「その子」としてしまいました。
しかしながら、読み手の事を考えると、たしかに人の子と考えるのが普通です。
導入部のわかりにくさも、推敲重ねても気付く事ができず、先生のご指摘でなるほどと思いました。
詩は推理小説ではなく、種あかしを先延ばしし、楽しむものではないですね。
「読者に親切に」という視点、考えさせられました。
自分が没頭するだけでなく、読者を考えての導入「入口」の大切さ、身にしみました。
客観的視点をもちつつ、自分らしい詩がかけるよう精進していきたいと思います。
大変勉強になりました。
以降、気をつけていきたいと存じます。
今後ともご指導のほどよろしくお願い申し上げます。
 

島秀生様

 投稿者:水無川 渉  投稿日:2021年 4月17日(土)19時48分8秒
  「蝕(エクリプス)」に評と秀作プラスをいただき、ありがとうございます。

この作品は日蝕時の太陽コロナにかけて新型コロナウイルスのことを描いたつもりでした。コロナ禍という、現時点の人間の知恵では予測することもコントロールすることもできない現象によって平穏な日常が不可逆的なダメージを受ける様子を描こうと思ったのですが、「コロナ」のひとことだけではやはり伝わりにくかったかもしれないと思っています。メドゥーサを出したのも、コロナの禍々しさを表現しようと思ったからでした。

「秋の星座」は、ふだんは太陽の明るさに隠れて見えないけれども春の日中にはそこにあるはずなので、皆既日蝕時には見えるだろうという想定で書きました。その他の細かい表現のご指摘もいろいろと勉強になりました。ありがとうございます。

最近の何作かとは違う方向性ですが、今後はこういう作風にも挑戦してみたいと思っています。今回はあまり自信がなかったのですが、一定の評価をいただけてほっとしています。今後ともよろしくお願いいたします。
 

評、4/2~4/5、ご投稿分、残り。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2021年 4月17日(土)18時12分19秒
編集済
  大阪、重症者が、重症病床数を超えました。
マジ、やばい。
今コロナにかかったら、入院先なくて、助からんかも。


●ピロットさん「よだかの星」

ふーーーん、ピロットさんの文体って、文学度高いなあー
素地がいいですねえー

7連になるかしら。「味噌」に絡む詩行のところ。
10連の、逆もまた真なりのロジカル。
11連からクレッシェンドして、14連(終連)に至るクライマックスが感動的でした。
ここの部分では時に13連の

 銀河の果てから・・・ 透き通った風が吹いてくる

のところ、好きでした。内・外の美しさがありました。
先に言います。秀作です。

ピロットさんて、素地がいいから、あとは読者が入いれる「入口」を意識するといいですね。自分に没頭するところは没頭したらいいんだけど、没頭の前の導入部では、フラットな客観の視点も持っておく、というか。

この詩も凄くいいんですけど、欠点があって、
導入部が凄くわかりにくい。

この詩の導入部の構図はね、

 「よだか」を送信してくれた友は

これなんですよ。この構図が、最初、全くわからないんです。
全くわからないままに読者は前半を読まされるんです。
読者にしてみれば、11連で、この言葉が出てきて、やっとこの詩の構図が解き明かされるという有様です。

これもっと早く出した方がいいですね。
あるいは11連と重複してもいいので(ちょいだけ変えますかね)、この言葉を序盤に置いたほうがいいです。
あのーー、遡って読むのにも限度があるんですよ。これ遠すぎです。

もう一つ、良くないのは、冒頭から「その子は」と言っちゃってることですね。
私は、「子」を文字通りに受け取って、子供が何かのマネをしている動画かなと思いました。そう誤読しても、ある程度のとこまで、読めてしまうんですよ。これがまた、いけない。
冒頭2行目を「子」ではなく「鳥」にするだけで、読む方にしたらだいぶ助かります。

以上の2点を変えるだけで、「読者に親切」なものに変わります。序盤、こんなぐあいです。


つぶらな瞳が私を見つめる
木柵の杭に擬態していたその鳥は
突然 顔が裂けるほどに大きく口を開けた

 この子はなあに?

  「市蔵」

 いちぞう?

  「よだか」

 よだか… ああ、宮沢賢治のね

何とも愛らしい 口をぱっくり開けた時の表情
「よだか」を送信してくれた友の
短い言の葉と共に その子の動画を繰り返し見た


これで解決します。
私が言いたいのは、ピロットさんに、あと、こういう視点があればなあーと、
そういう希望です。

ちなみに、ヨタカはの擬態は実に巧妙で、森の中に入られると、まず、フツウの人ではわかりません。それ、ヨタカが、なにかの間違いで木柵の杭に来ちゃったから、わかったんですね。
すごくラッキーな、貴重な動画だと思いますね。


●水無川 渉さん「蝕(エクリプス)」

むちゃくちゃ余談から入りますが、愛聴してるアルバムの一つ、トミー・フラナガンの「Eclipso(エクリプソ)」は、「Eclipse」と「Calypso」を組み合わせた、トミフラの造語だということが、今わかりました。正しくは、「Eclipse」エクリプス、なんですね。いきなり勉強になってしまいました。

ライラックが街路樹ならば、札幌かしら? ちなみに本州でライラックを植えるとクマバチが来たりしますが(そもそも藤に来るんですが、藤色が好きなのでライラックにも来ます。こちらから攻撃しないかぎりは襲ってきたりはしませんが)、北海道にはクマバチの分布がないので来ません。
パート1のこれは、まあ、珈琲とライラックというアイテムで、T・S・エリオット「荒地」に因もうとしただけかもしれなくて、ライラックは架空かもしれません。パート3には、「荒地のような額の上に」という言い方で、ズバリ「荒地」という言葉も忍ばせています。

いままでにない、幻想的な作ですね。
パート1終わりで、陰気な「英国詩人」を追い出そうとしたら、パート2で逆襲を受けたという展開のようです。予想だにしない日蝕が起こります。パート3で、その悪い夢のようなものから醒めるんですけど、それが夢でなかったという証拠に、作者に石化が残っているという展開で、「四月は残酷な月だ」に、着地するのかなと思います。

うーーん、そこなんですよね。パート3は、パート2の真偽のためにだけ存在している。だからパート3から、テーマ性や意味づけ的なことを受け取るのは困難なんですよ。私はそこに物足りなさを感じるんですけど、抽象寄りの詩人さんは、むしろ、いつものテーマ性ある作より、こっちの方がいいって人もいそうです。
T・S・エリオットに因んだところの構成も鮮やかで、
まあ、上手に書かれてるのは、間違いないんですけどね・・・。一定レベルには達しているので、ここから先は、詩人による好き嫌いかもしれないんですが、秀作プラスってとこに、しましょうか。

いちおう言うと、私はこれ、メドゥーサを出さないで、日蝕の幻想だけで勝負して、戻ってみたら、びっくりするほどの年月が過ぎていた、ということにすれば、日蝕に、人生を高速で回転させる走馬灯のような性格が、せめて持たせられたのかな、という気もしてるんですが。
まあ、それも難しいかな・・・。

細かいとこは3点あります。
まずパート3で「家に戻った」があるんですけど、これを生かすためには、家を出た時をくっきりさせておかないと「戻った」が空振りになるんです
ところが、パート2で「庭に出る」が、前後に紛れ込んだ目立たない表記しかされてないので、「庭に出た」時のインパクトが皆無に近いのですよ。読者的にいうと、「家に戻った」と言われるまで、どこにいたのかさえわからない状態でした。
「庭に出た」をきちっと、独立した書き方にして、そこ一つインパクトを置かないとダメだと思う。

パート2にある「秋の星座」なんですけど、これはまあ超越した時空空間演出のために、わざと現時点である「春」とは違うものを出してるんでしょうけど、単独で置いてるから違和感の方が強い。単独で置いてるのが良くない。
なので、ここに「死んだ桜の花弁」を並べてみてはどうでしょう? その方が引き立つんじゃないかなと思う。
で、元の「死んだ桜の花弁」の位置には、ライラックを置いたら、どうですか? 元々出てるのはライラックですからね。

あと、ちょっと惜しい表現してるのでアドバイスは、

 焼けた鉄板の上のバターのように

 焼けた鉄板の上に置いたバターのように

の方がいい。
この表現自体もよくなるし、次の比喩との連係も、こちらの方がいい。

以上かな。


●れもりあっとさん「ハンドソープ」

これねえ、れもりあっとさんらしいユーモアで、ヒラメキはとてもいいんですよ。
でもって、初連もいいんですよ。
だのに、そのあと投げちゃったのがいけない。

切り口はコロナです。コロナからみんなを救ってるんですよ、ハンドソープは。
初連終行「救われていく」の言葉から、続けていくべきはコロナの話題だったんです。
そうしたら、社会性も入って、いい作品になったのに、もったいないです。

2連以降やり直しですね。素材がもったいないので、またやり直したらいいですね、この詩は。
評価、つけないでおきましょう。


●るり なつよさん「春、この場所で、思い出の重ね塗り」

わあ、凄くいい詩ですね!!
映画を見てるみたいです。
ただの通過地点で終わるはずだった駅で、運命のいたずらのような「運転見合わせ」の立ち往生。
そこは過去の想い出がいっぱい詰まった駅で、否応なく思い出してしまう。家族がいる前で、家族でない人のことを思い出してしまう。
その時の心の葛藤と心の折れ合いのつけ方を描いた名作です。
桜並木や公園や、はしゃぐ子供も絵になります。
これ、15分くらいのドラマにできそう。
タイトルのつけ方も、このドラマに合っててステキです。

これ、一発、ホームランですね。
るりなつよさんの、現時点の代表作となる一作だと思いますよ。
とてもいいです。名作を。

一点だけ。
2連の1~2行目の行分けだけ気になるので
変えておきましょう。

 乗り換えのための通過地点で
 終わるはずだったこの駅の



 乗り換えのための
 通過地点に終わるはずだったこの駅の

とした方がいいと思います。
詩の序盤て、やっぱり大事ですよ。序盤の入りがいいと、やっぱり読んでくれる人が増えますから。そこをもうちょっと、今後磨いていきましょう。


●るり なつよさん「おうち時間のティータイム」

「春、この場所で、思い出の重ね塗り」がすばらしすぎたので、それと比べると正直、だいぶ落ちます。内容的にもちょっと軽めの作品なんですが、でも今のコロナ禍で、みんなに読んでほしいと思う要素をもってくれてる詩なんですよ。
外出自粛で、おうち時間をいかに楽しくすごすか、充実させるか、というのは、直面する課題です。この詩は、単に「読書」のススメということだけでなく、おうち時間の在り方、心の置き方は、こんなふうにするんだよ、っていう姿勢のことまで言ってくれてるところがあるんですよ。

 あなたは
 空っぽの椅子に座る
 お茶のお相手

この感覚ですよね。
そして、

 これからも
 いつ終わるのか分からない
 <おうち時間>の
 おともでいてくださいね…

と言えるのは、
「自粛疲れ」の人が多い中、この人、まだまだだいじょうぶだなあって、
頼もしくさえ感じるんです。
一見、呑気なティータイムを描いた詩に見えるけど、これ、れっきとしたコロナ詩ですね。
コロナでタイヘン!って書くのもコロナ詩だけど、これは違う角度から入ってるコロナ詩ですね。
まあ、作者がそこまで考えてるかどうかわからないけど、結果的に、逆から入った一手になってて、そう考えると深いものがあります。
るりなつよさんは私はこの作、初回になるので評価つけませんが、
第4波コロナ禍の中、<おうち時間>を啓蒙するタイムリーな一作という意味で、マルでしょう。


●まるまるさん「カタチにしたら終わっちゃうけど」

そういえば、大学の卒業生の広報誌が、否応なく、たまに届くけど、「大学」という広さで後輩を眺めると、エラくなった人はいっぱいいるなあ。私、いままでそこを比較対象にしてこなかったので、考えてもなかったけど(お気楽だったかしら?)、まるまるさんに「番付に載った後輩もいる」と言われてみると、番付に載ったかどうかしらないけど、成功した人たちで、卒業生の広報誌は埋められてるなあと、思ってみるのでした。(でも、そんな広報誌には顔を出したくない人の方が過半数だと思うけど)

うーーーん、私の場合、そもそもが人づきあいの範囲が狭かったから、気にするような前も後ろも(先輩・後輩)いなかったから、あんまり人と比較して、人生、生きてこなかったような気がしますね。うーーむ、いつも目先の仕事にばかり追われてて、人生のサクセスストーリーみたいなこと、まるで考えてなかったかも(あ、だから出世しなかったんだ! って、今頃気づいてどうするよ)。
あ、でも、昔、「葬式の時に何人、人が集められるかが、その人間の価値だ!」なんて豪語して、自分の交友関係の広さを自慢してたヤツに、返してあげたい。「今はコロナ対策で、みな家族葬ですよ」と。
ああ、ダメだ、まるで参考になりませんな。まあ、自分の人生なんで、自分の人生の価値は、自分で決めたらいいと思います。他人の尺度じゃなくて、です。ちなみに私は、自分の人生を、他人の尺度で測られるのは、まっぴらごめん、です。
それから、ますますどうでもいいことですけど、私がMY DEAR始めたのは45歳です。このあたりからでも、まだ何かをやれることだけは確かです。

作品ですが、かなり自分を卑下する口調で展開されます。「たいした人生じゃなかった」は、言い過ぎの感があるんですが、なにか引き金になる、落ち込む出来事があったのかもしれません。
ヘンなこと言うかもしれませんが、その落ち込みは、必要な落ち込みかもしれませんよ。30代は、若者に負けんように、の張り合う気持ちがまだどこかにあるんですけど、40代って、もう張り合うのをやめます。その開き直りが大事です。開き直ると、また別のものが見えます。また別のことができます。この詩に書かれた状態は、開き直るための前段階の、ここまでの価値観への「決別」が描かれているんじゃないか、とも思っているんです。

7連の「カーペット見つける不思議な力」から、8連の「そんなものは 無かった」に至る、長い年数に込められた深淵。

11連のここも好きです。

 いろんなことが確かにあった
 いろんなことを考えた
 覚えていること 忘れたこと
 全部が私になっている

これこそが宝物です。

うむ、ここから良くなるんじゃないですか。開き直れるから。秀作を。

話の流れはOKですが、2点あります。
まず、「カタチにしたら終わっちゃうけど」の「終わっちゃう」は、若者言葉で「あ、終わった!」とかいう時の「終わった」だと思う。「もうダメだ、打つ手がない」みたいな、やつ。
使ってもいいけど、国語辞書的な意味の「終わった」(完了)ではないので、つまり正しい意味で使ってないことをわかった上で、使用する必要があります。だから、使うならば、話し言葉的な置き方をしたほうがいいですね。
肝心なことは、「終わる」という言葉自体には、本当は「失敗」の意を持ってないということです。
あれは「失敗に終わった」というべきところを、「終わった・・・」だけ言ってるんですよ。そこをわかって使わないと、意味が通らなくなります。

あと12連の「府に落ちた」は → 「腑に落ちた」です。
(腑って、内臓のはらわたを意味してるので、絶対「肉づき(月)」がつきます)


●すいさん「ピンク色の髪をしたあの子」

えーーーと、
あれも見せたい、これも見せたい、なんだろうか?
要素を並べ立てるのも、ダメとは言わないけど、
個々のパーツを生かすのも、
一本の芯になるものが、あればこそ、なので、
書きながら、書きたいことを整理して、話の芯を作れると、いいんですけどねー
まだちょっと、ランダムなままですねー

そもそも、何度かくりかえしの基本形になっている

 恋してたから
 髪の毛は恋の色
 あの子の恋はピンク色

これなんですが、これ、ロジックが積み重なってないですよね

 恋してたから
 髪の毛は恋の色
 あの子の髪はピンク色

ふつう、ロジックを重ねるなら、こうでしょうねえ。3行目は「恋」じゃなくて「髪」でしょうね。

それと「恋をすると、髪の毛が恋の色になる」というのが、この詩のロジックなので、
「髪の毛は恋の色」というロジカルは不動にして、あくまで色の変化の話だけをする、とした方がわかりやすいと思います。

それと、一本の芯になるスジができたら、そこからあまりに逸脱する言葉は、もったいなくても省くことです。もったいなかった言葉は、また別の機会に使えばいいので。
個々の言葉よりも、作品として組み上げることを優先して下さい。


恋したら
髪の毛は恋の色
あの子の髪はピンク色
初恋だったから

二度目の恋があるのなら
髪の毛は何色?
ライムグリーン?
いえいえ、もう誰にもあの子は染まらない

桜散りかける東京の卯月
あの子はヒールを嫌い
ぺたんこの靴で真っ直ぐ歩く

不運にもどこかで会えたのなら
あの子の恋はブーゲンビリア
ひとり巻き戻り恋した冬に

散りゆけブーゲンビリア
色を愛せど花は愛すな
同じ轍を踏みたくなくば
その黒髪を何にも染めるな


こんな感じにしてはどうですか?
女性の自立を促すような感じの作になった気がしませんか? 話の芯を出すとは、こういう感じです(あ、もちろん、女性が髪の毛を何色に変えようが自由です。ハートの話と思って下さい)

すいさんは、私は初めてなので、今回は感想のみになります。

 

君への手紙

 投稿者:エイジメール  投稿日:2021年 4月17日(土)16時08分14秒
  ひとり
部屋にたたずんでいると
雨が目を閉じて
ざんざんと
降ってきた
どこか悲しい顔をして
ざんざんと

やがて家の中にまで
降ってきた
ずぶぬれになって
僕は手紙を書いている
君に手紙を書いている
戸棚の奥にしまっていた
便箋に

雨が降ってくるので
僕はそとへ行く
あまりに雨がひどいので…
中央公園の
木製の椅子にすわって
僕はまた手紙を書き始めた
君への手紙だ

この便箋は
戸棚の奥に
しまっていたんだ
今日みたいな夜が
来ると思って
ここは遠くて近い春です

「遠くて近い春が来ました
 木製の
 椅子にすわって書いています
 中央公園です

 この春も
 コロナがまた蔓延してますね
 でもなぜか今日だけは
 気分が清々しいのです
 透析明け ひと眠りして
 目覚めた真夜中で
 君にこの声がやっと届く気がして
 眼が冴え冴えとしています
 まるでコウモリみたいに
 こんな奴もいるのです

 もう僕には
 都市の律動はいらない
 それを捨て去って
 都会のララバイにも
 別れを告げて
 森へ 森へ入ってゆく
 悠久の森へ
 小川のせせらぎを聞きに
 森へ
 入ってゆく

 マスクのように
 この手紙を捨てないでください
 マスクのように
 この手紙を汚さないでください
 まるですべてが
 白いマスクのように
 いつかは
 道端に捨てられて
 汚されていく気がするのです

 では
 コロナ明けの
 いつかの
 真夜中に
 会いましょう
 昔みたいに
 じゃあ」
 

/1980