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僕の親友T君は何故死を選んだのか~現代社会に潜む病~

 投稿者:中也  投稿日:2019年 4月19日(金)00時36分48秒
編集済
      大学在籍5年目の6月、大学の付属高校で2週間の教育実習を無事終了し、7月に東京都の高校社会、日本史の教育採用試験を初めて受験した。倫理の専門科目の試験がなかったので、その次に好きだった日本史で受験した。今まで、これは歯が立たないと思ったテストは一度もなかったが、この試験だけは本当に歯が立たなかった。来年こそは絶対合格しようと本気になった。彼女はみごと、合格して、来年度から東京都内の都立T高校で勤務することが決まった。

    僕は無事、卒業でき、教員免許を習得することができた。彼女が教員になったことで、忙しく、なかなか会えない日々の中、月に1度は会って食事をしていた。結局、そんな日々が3年続いて、ようやく僕も教員採用試験に合格することが出来た。僕が採用になったとき、1番喜んでくれたのは、もちろん、彼女だった。僕も彼女の両親に胸を張って結婚のお願いに行くことが出来ることが嬉しかった。

    こうして自分の人生を振り返ると、何故だかいつもてっちゃんと運命的につながっている気がしてならない。結局、僕もてっちゃんと同じ仕事を選び、そして、同じ街で暮らすことになるんだから。人生は自分が努力して道を切り拓いているようで、実は大きな力によって動かされているのかもしれない。それは例えば地球が23度26分傾いていることが、何故、そうなったのか、どんな力が働いたのかわからないのと同じように、誰も本当のことはわからないものであり、人間はそれを運命とか神とかいうのではないだろうか。

    そして、採用が決まり、一息ついたことで、時の早さを身にしみて感じた。いつの間にか、僕はもう、27才になっていた。その後、しっかり、1年間、都内の都立S高校で働いた後、彼女と結婚して、二人の高校の通勤の間をとって、中央線の三鷹にアパートを借りて、新婚生活が始まった。29才の時、1人目の子供に恵まれた。

     時代は昭和から平成に代わり、それとともに大きく時代も変わっていった。東京オリンピックに生まれ、高度経済成長期とともに子ども時代を過ごし、そして大学時代、バブル経済を迎えた。僕は扇子持って踊る女の子には全く興味も関心もなかったけど、友だちの間では、ナンパしたり、通称アッシー君、家まで送るだけみたいな言葉が普通に会話の中に入っていた。景気の良さはバイトの時給にも反映されていた気がする。
    そして教師になってすぐにバブルが崩壊した。野村證券の営業停止のニュースは本当に驚いた記憶がある。

     僕たちが生きて来た時代を振り返ってみると、ICT機器のめざましい進歩によって、グローバル社会と情報化社会を短期間で築かれた。小型の端末さえあれば、世界中の人とコミュニケーション出来る時代になった。ICT機器の普及は仕事の効率化と格差をも生んだ。教育にも影響が現れ、SNS上でのいじめや犯罪など深刻化し、学校ではその対応に悪戦苦闘していた。
    もちろん僕たちも同じであり、本当に仕事と家庭と自分たちの生活に追われて、あっという間に月日が流れ、気がつくと、自分の子どもが大学生になっていた。仕事では、中堅教員として、生徒の指導と教科指導に追われ、家に帰るのもままならない状況で、土日も部活、夕方からは持ち帰った仕事をするのが常だった。特に生徒同士のいじめは、なかなか表に出ることがなかったので、その対応には、本当に心身ともに疲れ果てた。保護者の対応がさらに問題を複雑にし、同僚の先生の中には、心を病んで仕事を辞める先生も出てきた。

     誰もがそうであるとは言えないかも知れないが、自分たちの生活にいっぱい、いっぱいで、他人のことは考える余裕もなかった。てっちゃんのことは2人とも全く頭から消えてしまっていた。僕は名ばかりのサッカー部の顧問をしていた。妻は文芸部の顧問をしているが、結構、伝統のある学校で、毎年、夏に行われる全国高等学校総合文化祭に東京都代表として参加していた。1度だけ、その大会の会場で、てっちゃんがいるのを見たと言っていた。てっちゃんも同じ高校の先生として頑張っているんだと思い、うれしく感じていた。
 

僕の親友T君は何故死を選んだのか~現代社会に潜む病~

 投稿者:中也  投稿日:2019年 4月19日(金)00時33分51秒
編集済
      てっちゃんにメモを渡した当初は覚えていたものの、バイトと学校と彼女のことでいっぱい、いっぱいの大学生活を送っているうちに、すっかり忘れてしまってた。

    僕は大学が高田馬場から20分のところにあったので、西武新宿線沿線の田無駅の近くのアパートに住んでいた。もっともっと埼玉よりの所沢方面に行けば、安いアパートもあったであろうが、大学の学生課で教えてもらったので、土地勘がなかったうえに、安心感もあったので、そこに住んだと思う。だから、彼女のアパートまでは結構遠かった。彼女の実家は横浜の青葉区にあったため、1年生の時は実家から大学に通っていたものの、2年次からは大学近くのアパートに住んでいた。僕は、西武新宿駅から山手線に乗って田町駅で降りて、彼女のアパートに行くため、1時間近くかかっていたので、大学2年生の夏休みころには彼女のアパートで一緒に過ごす日々が多く、その後、後期の授業からはほとんど彼女のアパートから大学に通っていた。半同棲のような状態だった。

    その日はたまたま、荷物を取りに自分のアパートに帰った日であった。前の晩、ライブハウスで演奏した後、バンド仲間と飲んで、彼女のアパートに行くには遅かったのと、必要な荷物を取りに行かなければならなかったので、自分のアパートに帰ったのだった。お昼頃だったと思う。玄関からチャイムが目覚まし時計のように鳴っている気がして目が覚めた。おそらく、新聞の勧誘か何かだと思い、眠たい目をこすりながら玄関を開けると、てっちゃんが立っていて驚いた。てっちゃんは何度か訪ねて来たものの、いつも不在で今日も会えないのではないかと思っていたらしい。

    僕はてっちゃんに少し外で待ってもらっている間に布団を畳み、それからてっちゃんを部屋に招いた。無口なてっちゃんがその時は本当によく喋ったと思う。今までの僕たちの関係がまるで運命的なものであるのではないかと思う話であった。一見幸せそうに見えていたてっちゃんの家は僕たち誕生会に行った頃、両親の仲が最悪で、離婚はしないまでも、毎日、喧嘩が絶えなかったことから、今の大学に進学するまでの話を聞いた。

     僕が小学校の誕生会でプレゼントした、灰谷健次郎の「兎の眼」が彼の今に影響があることも教えてくれた。「兎の眼」に出てくる塵芥処理場の近くの小学生の担任の小谷先生が懸命に教育する姿にてっちゃんは感動し、人のために捧げる生涯の仕事として自分も教師になることを決めたということであった。また、小谷先生が足立先生のハンガーストライキを応援する姿から、正義とはその人個人の中にあって、責任を伴う正義でなければならないということを感じ取ったということであった。
高校生の頃、僕が遊んでいるときに、彼は自分の将来を見つめていた訳で、僕は少し恥ずかしくなった。

    てっちゃんが献血のパンフレットを配るのも、自分が正しいと判断し、精一杯最後までやり通すことを正義と信じて行っているということだった。そして、献血のパンフレットを配ることを誰にも強制しない。人はそれぞれ自分の考えで正義感を持って生きており、それを自由に行ってこそ、幸せなんだとやけに熱く僕に語ってくれた。

     てっちゃんは大学を卒業して、東京都の教員採用試験に合格し、都立高校の国語の先生として頑張りたいという夢を語ってくれた。そのためには、毎年、七月に行われる教員採用試験に合格するために猛勉強すると話してくれた。僕が彼にプレゼントした本が彼の職業選択の一役を担ったと思うと、なんとなく人生は不思議な縁に結ばれていると思った。

    てっちゃんは、自分が、高校教師になることをどうしても僕に語っておかなければならないと思っていたに違いない。てっちゃんのように真面目で、正義感を持った人が、高校教師になることは、とても良いことだと、てっちゃんに自分の気持ちを伝えた。夕方近くになり、お腹が空いたので、田無駅のホームのすぐ前にあった松屋まで彼を送って、二人で牛丼を食べて別れた。

    大学3年になった。僕もいよいよ自分の将来を考える時を迎えたにもかかわらず、相変わらずバイトとバンドと彼女との半同棲生活を続けていた。彼女は、両親ともに高校の先生だったため、迷わず将来、高校の先生になるためにバイトをやめて、学校と教員採用試験のための勉強を行っていた。採用試験は、どこの都道府県でも年一回、7月に筆記試験、その試験に合格した人が、二次試験で面接試験を受けて、3月に合格通知をもらうのが一般的であった。また、高校の場合、筆記試験の科目は教員になるために必要な教育法規や教育心理学などの教職教養と国語や社会、数学といった専門教科の試験に一般教養などの試験が行われるため、とても難しく、社会などの教科によっては、合格するまでに最低5年はかかると言われていた。

    僕はマスコミ関係の仕事がしたいと考えていた。できればテレビのディレクターか新聞記者に憧れていた。当時、朝日ジャーナルがブームで、僕は毎週買っては読んでいた。編集長の筑紫哲也が大学に講演に来てくれて、ますますあこがれた。大学で、ジャーナリストを養成する講座がはじまると、僕は毎週一回ではあったが、僕は積極的に参加した。その中で雑誌の編集者や新聞の編集者の人から直接、文章の書き方を学ぶ機会が与えられ、真剣に取り組んだ。

    彼女とは正式に仕事についたら、結婚するつもりでいた。多分彼女もそのつもりで、僕と付き合ってくれていた。だが、彼女は神奈川県の採用試験を受けるため、僕と卒業してからどうするのか、考えなければならなくなった。

    彼女の両親に一度会って話をしなければいけないと思い、3年になってすぐに彼女の家に、ふたりで行った。彼女から紹介されて、お父さんを真正面に見ながら、とても緊張して正座していた。お父さんは、僕に将来どんな仕事をするのか、そのことを僕に聞いた。テレビの番組制作か新聞記者になりたいと考えていますと答えた。お父さんはしばらく黙っていたが、家に帰って来るのが遅くなる仕事で、共働きは難しい仕事だし、それじゃ、子供を育てるのも大変になると思うから、別の人と結婚した方が幸せだと思うよ。と一言言ったきり、黙り込んでしまった。
それからあとのことはあまり覚えていない。お母さんが中に入って話題を変えて話をしてくれたものの、あまり長く居られない状況を察した彼女が僕を最寄りの田園都市線田奈駅まで送ってくれた。

    彼女と結婚するか、自分の好きな道を突き進むのか、正直、彼女のお父さんを説得することは難しいので、二者択一を迫られた。彼女と一緒にいればいるほど、彼女のいない人生はないと思うほど、好きで好きでたまらかった。彼女はあなたの好きな道を突き進むのが良いと言ってくれたが、彼女のいない人生は考えられず、3年の後期の授業から教職の免許を取るための科目を履修するようになった。つまり、僕は、高校の社会の先生になることに進路変更した。僕が社会科の先生になろうと思ったのは、その言うまでもなく、高校時代の高橋先生の影響であった。

    教職の免許をもらう科目を取るのが遅かったので、1年遅れて卒業しなければならなくなった。それでも、自分が決めた道なので、しっかり免許を取って、高校の先生になることを夢見た。高校時代の倫理の佐藤先生のことを思い出した。生徒の進路目標達成のために頑張れるだけでなく、生徒の生き方に影響を及ぼす教師になりたいと思った。そして、教員採用試験に合格して、彼女の家にもう一度行くことを決意した。

    彼女は一次試験には合格したものの、最終的には不合格になったが、臨時講師の枠があり、神奈川県内の高校の国語の先生として勤務することになった。僕は大学に残り、教職の免許を取るために必死で授業を受けていた。

    彼女からてっちゃんが東京都の教員採用試験に合格したことを聞いた。新卒新採用で合格することはとても難しいことなので、大学としても、喜ばしい出来事であった。てっちゃんは東京都内の高校で国語の先生になったということであった。
 

ギフト 「長い手紙」

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2019年 4月19日(金)00時26分19秒
編集済
  真っ白な便箋の上に
ゆっくりと言葉を置く
一文字一文字の中へ
想いを込めて

伝えたい事
形の無いものに
姿を与えながら
あなたへの贈り物に変えよう

それは 長い ながい 一通の手紙


  虹色をした言葉のインクで、便箋を埋めて
 ゆく。二行目で書き間違えてしまい、ペンを
 置く。溜め息混じりに、便箋をクシャリと、
 けれども、そおっと丸めた。書こうとした想
 いが、無かった事にならないように。誤字に
 込めた想いも、壊してしまわぬように…。

  いったい、あなたへの想いを全て語り尽く
 すまでに、どれだけの言葉が必要になるだろ
 う。何枚の便箋があれば足りるのだろうと、
 いつも悩み、迷っている。
  生きている内に、言いたい事を伝えきれる
 かどうかさえ、今はまだ分からない。ただひ
 とつ、手紙を書く度に思う事があった。

  「まるで手紙は、詩のようだ」

 窓の向こう
 木蓮の枝越しに広がる
 薄青の空を眺め
 彼方で雲が千切れてゆく様を
 静かに、くっきりと
 焼きつけた

 冷えたペンを
 ふたたび握りしめる
 そして、便箋を
 もう一枚…


昼過ぎから書き始めた
脈略の無い話題でいっぱいの
八枚の便箋たちは
それぞれに
角が折れ曲がっている

それも 想いの姿形

すき間を残した八枚目の便箋が
机の上で
夕焼け色に染まってゆくのに
見惚れて

最後に三行ほど書き足し
全て すべて
封筒の中に詰め込んだ

 『追伸

  今日は、夕焼けが、とても綺麗です。
  出来る事なら切り撮り、同封して、
  あなたにも見せてあげたかった―そう感じた程に。』



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三浦さんへ。

お久しぶりです。

殆どはじめての文体で書いたので、
ご感想、アドバイスをいただければと思いました。
ご多忙の中恐れ入りますが、よろしくお願いします。

葉月 祐
 

何を求めているのだろう

 投稿者:ロバ  投稿日:2019年 4月18日(木)22時48分20秒
  ブラックホールの撮影に成功した
と喜び


人類は太陽系外の宇宙人が
宇宙人が送り込んだらしい・・という説に
どこかわくわくし


人工衛星からクレーターを作り
恐ろしい傷跡をのこしてきた
小さな小惑星は涙で廻る


今日、金星調査にロケットが飛んでいく
山で鶯が鳴いている日も
衛星探査は宇宙の生命体の起源探している


建て直す家屋で
泥まみれになって
頭から埃をかぶりながら
古い蔵から取りだされた膨大な古文書に
人々は互いに 目を光らしている


柳行李にきちんと閉じられた書類から
私は父の足取りを追っていた


塵にも満たない人間は
震えるミクロのロマンを携え
光の速さで
遠ざかっていく過去から
見えない明日を掴もうとしていく

 

月光の下界

 投稿者:司 龍之介メール  投稿日:2019年 4月18日(木)18時28分21秒
  歩き疲れた脚
上を見上げれば曇り空
放物線を描く飛行機雲
三羽の春の鳥の水滴
カンバスに塗り満たした涙滴
飛行機が通り過ぎる
何も残さず

国道標識に頭をぶつける車たち
点灯に照らされず見つからぬ天道虫
電灯は消えたまま
豆のできた足裏
引きずる足の裏の皮に問いかける
まだ歩きたいかと
返答を待たずして歩き出す
次の港へ向かって

買い物を終えた主婦
夕暮れを連れと歩く学生
それぞれの居場所へ帰る車たち
電灯はまだ消えたまま
コンクリートに潰される豆
ひしゃげた顔にかまどを思い出す
名物かまど店を通り過ぎる
何も買わず

吹き刺す春の風に救急車が鳴り響く
通り過ぎるサイレンのドップラー効果
何も教えず
突き刺す槍の先に硬直した足
もう豆は潰れているのに
おぼろげな月の光
誰かほかに見ているのだろうか
 

評、遅くなります。

 投稿者:島 秀生メール  投稿日:2019年 4月18日(木)00時33分1秒
  すみません。
いろいろ取り込んでまして、私の評は、
いつも土・日予定のところ、今回23日(火曜)メドになります。

よろしくお願い申し上げます。
ごめんなさい。
 

 投稿者:たゆたえども  投稿日:2019年 4月17日(水)20時15分55秒
  アスファルトに咲いた小さな花 一輪の花
人に見向きもされず 今はただそこにあるだけ

いつか 誰かに 見つけてもらえると信じて
ただその時を待っている

ずっと 誰にも 見つけてもらえずにぽつり
ひっそりと縮こまっていく

はぁ 周りは 人に見つけてもらえたようで
ますます孤独が深まっていく

ひらり 私は 花びらを散らし始めた
これが私の一生か

ひょこ 誰かが 私の顔を覗き込む
君は私をからかっているのか

ひゅう 秋風が 冬の季節へと誘なう
君の視線もなんだか冷たい

だらり 頭が そして気分も下を向く
思い出すのは君の姿

ポキっ 君は すっと手を差し伸べて
私の体を地面に埋める

ふわり 心が 想い出を探している
遠く離れてしまう前に

唯一の出会い たった数秒でも君と触れ合えたことが 僕は
どうして花を咲かせていたのか 分からない
君に会うために 僕は
 

ジグソーパズル

 投稿者:草香メール  投稿日:2019年 4月17日(水)13時52分41秒
  パネルにはめ込まれる
1000個のピースたち
<富士に忍野八海>の絵になれるのか
ドキドキしている

薄いけれど固い
似ているのに
一つとして 同じ形はない
待つ身でありながら
お互いに 妥協しない
ピッタリ合ったのものだけ
かすかな音をたて納まる

「 こたえはひとつ
   目の前にあるのに
   この節穴め
   もっとよくみて
   いつまでもほおっておかないで」

  日々にもこのパズル
  ピース同士の闘い
  頑固なピースに
  振り回されて 埋まらず
  間に合わせに すき間風
  こちらも同じ一ピース
  泣き寝入りするな
  固い頭に
  攻めていけ
  探せばあるはず
  フィットする言葉が

あちこちで行き先不明者が
欠伸をしている
パネルの上
今夜はここまでか
 

my language

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2019年 4月16日(火)23時50分53秒
  「ねえ、あんたさあ、たまにそうやってノート開いて
唸っているときあるけど何やってんの。
英語の宿題したいのにうるさいんですけど」
「へ。ああ。書きたての言葉を使いたくて文章を考えているんだ。
鮮度が落ちないうちに」
「はあ。かきたてえ。せんどお」
「できたてや摘みたてと一緒だよ。心が感じて、頭の中に浮かんだ言葉を書く。
その瞬間が書きたて。心のほとばしりが色濃く残っているほど鮮度がいいってこと」
「はあ」
「ついでに言うと、鮮度が落ちたら使えないってわけじゃないよ。
熟成させるんだ。書いて、一度その言葉から離れる。
そして、数日後その言葉と向き合ったとき
書いたときにはなかった意味をその言葉が放つときがある。
これが熟成。言葉が厚みを持つと言う人もいるけどね。
ただ、熟成させるには書き手自身が成長しなければいけないから難しいんだ。
もちろん僕も熟成させるときはあるよ。
英語は勉強しなくちゃいけない。もちろん日本語も。
ただ、その前に僕は、僕の言葉を学びたいんだ。ししし」

「Ah,I can't understand」
 

月夜

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2019年 4月16日(火)19時41分44秒
編集済
  あなたを想って
何度星空を見上げただろうか
遠くにいても
あの星でつながっている気がして

いつも忘れぬ日は無いよと
手紙に書くことは決まっている

美しい月を見れば
あなたとの想い出ばかり浮かぶのに
あなたは隣にいない

ただ切なくて
涙は照らされてゆく

わかってる
わかっていないのは
私の方で

あなたを待つと決めたのだから
私は此処で待っています

どうかあなたの
夜空にも
この月が照らしていますように
 

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