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僕と未来の僕へ

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2018年 9月16日(日)08時17分2秒
  見えている目の前だけ
良かったら    守られたら
それでいいのか

色々な事に流されて
僕の本心さえ
どこにあるのか
消えかけていたけれど

僕は本当の幸せになりたい
それだけの為に
不器用でも
たった一つの勇気を今こそ見せるんだ

人より何倍も
時間をかけてしまったけれど
気が付いたんだ
いつまでも同じ僕じゃない

そう言いながら
できない僕もわかっている
伝える術を持っていながら
誰よりも臆病者の僕に
このメッセージを送る

今日の僕は
昨日の僕を越えてゆく
流されそうな時は
明日の僕を想ってあげて

もう一度
僕は目を覚ました
未来の僕の為に
 

三浦さんへ

 投稿者:こたきひろしメール  投稿日:2018年 9月16日(日)01時16分59秒
  今回も的確な解析ありがとうございました。
MYDEAR は沢山の新しい書き手が押し寄せていて、私ら常連はスペースの無駄遣いにならないようにひっそりと息を潜めます。
また、機会があれば風の吹くまま気の向くままに現れるかもしれません。
 

三浦志郎さん

 投稿者:伊月あかね  投稿日:2018年 9月15日(土)22時43分21秒
  初めまして
「402号室で夏の終わりにあった」と「死を美徳と感じるなら」に評を下さいまして大変ありがとうございました。
詩を書いてみるのは初めてで書き直しも訂正もせず、直接書いたそのままを投稿させていただきました。
「死を美徳と感じるなら」について前半部分は”死ぬことに対して心を許してしまうほどの絶望”を表現し、後半部分は”あの鳥のように美しく死にたい”という風に表現したつもりでしたが、まだまだ未熟者でした。
大変勉強になります、今後も誰かの心にとまるような詩を書いていきたいです。

 

三浦さん

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2018年 9月15日(土)21時37分3秒
  甘め佳作の評を頂き、有難うございます。
より良い作品作りに生かして行きたいと思います。
 

三浦志郎 様

 投稿者:草香メール  投稿日:2018年 9月15日(土)20時13分2秒
編集済
  9月7日の<ウエルカム>の作品に、早々批評をありがとうございます。
ご多忙な中、丁寧に見て下さり感謝致します。物をモチーフに詩作するのは難しいですが、
敢えて学びたいと思います。広がりや深さや、自分の日々や人生につなげるように書けば、
詩らしくなるのではと反省しています。今後も懲りずにお願いいたします。

 

三浦 志郎さまへ。

 投稿者:葉月 祐メール  投稿日:2018年 9月15日(土)19時38分1秒
  三浦さん、

「釘(くぎ)」をお読みくださいまして、また、ご感想をありがとうございました。
日常、さまざまな場面で、さまざまな手段で、いろんな方と言葉を交わしますが、
(以下、とても当たり前の事を言ってしまうんですが、)
作中の「わたし」だけでなく、周りにいる人もまた、会話の中で言葉を選びながら、時には尖った言葉を飲み込んでくれているのだと感じています。
詩を書いていなければ、そういう「当たり前」にも、気付かないでいたのかな、とも、思います。。。

また、段下げ連についても、お言葉をありがとうございました。
かなり前にいただいた評でも、やんわり、多用を避けるようにとコメントをいただいておりましたが、この作では良くない用い方をしたと思います。
下げる必要はあるのか?あるとしてその理由は?という部分、もっと詩全体を見つめながら、今後も考えていきたいです。とても嬉しいアドバイスでした!

三浦さんが「評の終わりに」で書かれていますが、行間や連分け(先日Kazu.さんも触れられていました、)スタイリング、書きながらとても迷う部分です。
詩行に呼吸を置く事も、切るべきなのか、繋げておくべきか、二行に分けるか?など、書いた後でも、考えている事なのですが、掲示板へ投稿される皆さんの作品や、毎月の新作から、ヒントを貰う事が多いです。創作の秋、思いきりこの課題に向き合って、書いてみようと思いました。

秋田は朝の冷えが刺さります。日中も暑いと言わなくなりました、いつの間に。。。
三浦さんも、どうぞ、おからだご自愛ください。朝と夜は、あたたか~く、過ごしたいですね。
この度もありがとうございました!
 

三浦志郎様

 投稿者:鈴鳴すずしろ  投稿日:2018年 9月15日(土)18時49分47秒
編集済
  三浦様、初めまして。ご感想ありがとうございます。

ご推察の通り、初めに思い浮かんだのは4連目の映像で、そこから組み立てて行った形になります。
前作も読んでいただいたということで、ありがとうございます。
私は頭の中に浮かんだ映像としての場面→題名(あるいはキーワード)→それらを文章に起こしたもの、という順番で詩を書くことが多いです。
本作も前作も書き方に大きな違いはないのですが、恐らく物語の有無でしょうか。

より洗練されたものにしていければと思います。
今後ともよろしくお願いします。
 

飛び越えてSummer

 投稿者:フッツ  投稿日:2018年 9月15日(土)18時35分3秒
  夏の暑さは苦手だけど
あの強烈な光と陰のコントラストは
たまらなく好きだ
玄関ドアを開けた瞬間に広がる
眩しく 濃く 鮮やかな世界
踏み出せば  時空さえ飛び越えられる

飛び越えてたどり着く先は
今よりもずっと動物的な感覚で生きていた
あの頃

身も心も自由だった
宿題はぜんぶ後回しだったな
「今日」しか考えずに
好きなことを好きなだけやった
夏の日のド真ん中

飲みかけのジュース
畳の匂い
風の中のうたた寝

全開の軒下で風鈴は歌い
行き場に困った朝顔のツルが 風に揺れていた

遠くの空にスタンバる入道雲
追いかけたセミの声

動物的な感覚で覚えてる
光と匂い  風と音
カラフルなビー玉を集めたような日々は
退屈さえもきらめいていた

あの頃
あまりにも素直だった自分に
この世のすべてのものが語りかけてきた
耳をすませば聞こえた
目を凝らせば見えた

それが 大人になった今
みんなそろって黙ってしまった
頭でっかちで慌ただしい日々が
入り込む隙を奪ってしまったのかな
全部きっちり収まって
寸分たりともはみ出さない殺風景な毎日
何も言ってこない
何も触れてこない


だけど  夏の この眩しさが
強烈な光と陰のコントラストが
消え失せていた感覚を呼び戻す
この世のすべてのものが語りかけてきた
未完成な  でも絶対だった あの頃の自分を

「そうだ」

ふと われに帰る
容赦なく照りつける日差しの中
眼を細め  自転車のペダルを踏み込んだ
なまぬるい風を切って走りながら
記憶の隙間から漏れ出す言葉を繰り返した

「そうだ。 そうだった!」

無表情だった街路樹が  いっせいに手をかざし
光のトンネルを繋げていく
木漏れ日がクスクスと笑い出す

今年も夏がやって来て
時空の扉を押し開けた
 

感想と評③ 9/7~9/10 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 9月15日(土)18時08分36秒
編集済
  鈴鳴すずしろさん「火葬」 9/9

初めてのかたです。よろしくお願いします。この詩はけっこう現実にあったことを下敷きに書かれてる気がしました。それが3連目まで。やっぱり注目しておきたいのは4連以降でしょう。火事の火のイメージとアルコールの持つ火の燃えるイメージが融和されて、ひとつのシーンが醸し出されています。4連の冒頭から導き出されたのでしょうか。焼却炉と火葬場の比喩にインパクトを感じました。タイトルもやや意表を衝いた雰囲気を感じました。前作「夏の果て」も拝読しました。僕はどちらかと言うと前作のほうが好きなんですが。抒情の前作、場面の本作、と言えそうです。また書いてみてください。


葉月 祐さん「釘(くぎ)」 9/9

まず概略を言います。まず感心したのは、相手が暴言を吐いて「この野郎!」と思ってアクションを起こすのでなく、自分の側に引き込んで内省する心根のことです。自分はそういう言葉を吐きたくない、言葉を汚したくない。これが基調。あとは詩による具現化です。「釘=言葉」の隠喩が有効かつユニークでした。それらを過不足なく段階踏んでサイズ内に納めるところは皆伝者の技量でしょう。後半「そう」を合図に始まるパーツこそ葉月さんが本来的にもっている「らしさ」というものでしょう。僕がアドバイス? 特にないですよ。強いて言うならば、葉月さんがよく使われる2~3字下げた“段違い平行連”です。
「ただ、なんとなく」では皆伝者の名前がすたる(笑)。ご自分の中で論理を確立されるとよいと思います。


ilikaさん「402号室で夏の終わりにあった」 9/9

初めてのかたです。よろしくお願いします。言葉において、フレーズにおいて、なかなかいいものをお持ちのように思います。書き慣れているような。そして、この詩はむしろ散文詩のようにしたほうがいいと思います。理由は…

① フレーズが長め。
② 各行の体裁が散文的・小説的。(「AはBだ。AはBした」的文体が多い)
③ ところが、その集積である作品自体は散文・小説に多量に含まれる現実認識や現実調和が希薄。これは批判ではなく、現代詩と他を分かつ重要なファクターと考えられる。

具体的策としては…
行間を失くす、すなわち連分けせず、たとえば20字なら20字と自分で決めて、折り返して巡行させる。ただし、このオリジナルはキープしといて比較検討してみてください。けっこう勉強になると思います。この案はあくまで参考です。また書いてみてください。


輝瑠美さん「僕は負けた」 9/10

初めてのかたです。よろしくお願いします。さっそくですが、やっぱり「僕は負けた」や、それに準ずるフレーズの絶対数が多いです。たとえば作者さんがリフレインによる一種の刷り込み効果を意図されているならば、作者の方向性を尊重するものであります。いっぽう僕のほうで、あくまで参考として一案を考えてみました。「僕は負けた」はタイトルだけに全幅の信頼を寄せ、託して、本文にはそのフレーズを全削除して僕のほうも実際にPCに打ち込んでみました。削除したフレーズは以下の通りです。

「負ける」「負けた」「僕は負ける」「僕は負けた」「さっき負けた」「あっさり負けた」「いつでも負けた」 7フレーズ。

すると、けっこう現代詩として、いいフィーリングが出たように思いました。「負ける」というフィーリングはそれでも残留していて、それらと違う方向に飛んでゆく内容、その飛ばせ方が現代詩っぽい気がします。オリジナルは残して、もしよかったら試してみてください。ちなみにこれはあくまで参考です。また書いてみてください。


伊月あかねさん「死を美徳と感じるなら」 9/10

初めてのかたです。よろしくお願いします。このかたも言葉選び、フレーズの特色付けがなかなか巧みなかたです。叙情的な美しさを保ちながらもモダンな結びつきをしているような。楽しみです。ただ、構成がちょっと引っかかりました。「一羽の鳥が~」から最後まで、はタイトルに即した要素が感じられますが、前半部分はその即し方がやや希薄に思える、線が細いと思われるのです。逆に言うと後半が妙に断定的な気がします。ここに方針転換があったように思えます。ただし、繰り返しますが、本来持っておられるであろう言葉やフレーズのセンスは優れているのです。それからこれは、詩とは直接は離れますが、タイトルも「If」の要素があるので問題ないのですが、鳥も桜もたまたま結果として美しかったから美徳になったのであって、「死を美徳」を頭から大前提にしてしまうと、思考形態が不健康、不健全になる可能性があります。老婆心ながら記しておきたいと思います。とはいえ―日本人って「滅びの美学」とか言って、そういうの好きなんですよねえ。
僕もそういうので書いたりしますんで。話がそれました。また書いてみてください。



評のおわりに。

またまた日記風に…。
ある作品を書いている。いつも通り横書きで進め、一応書き終える。縦書き変換して様子を見る。推敲しながら、行間・連分け・スタイリングを確認してゆく。ひとつ気づいた。「いつも詩行スタイルが同じだなあ」いつも同じような逆山型あるいは台地形。「最近、フレーズが短い。も少しロングにしたいよなあ」それとも、これが僕の呼吸タイムの標準形だろうか?これは個性か、はたまた煮つまりか? 何か手を打たねば…。では、また。





 

感想と評② 9/7~9/10 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 9月15日(土)18時06分46秒
編集済
  メルトさん「目には見えない」 9/8

やあ、メルトさん、久しぶりでした。ようこそおいでくださいました。ハイ、僕は今、大変嬉しいのですよ。あなたは当家でなかなか有名で、たとえば、こんな会話。

家人「メルトさん、最近どうしてる?ちょっと気になるわね」
僕「さあ、元気なんじゃないか?8月頃に一度メールが来たね」  (以上、実話)

さて、詩のほうでは幽霊として登場とは!意表を衝かれた、まいった、まいった!とはいえ、お忙しそうで何よりのことではあります。ところで、メルトさんで何代目の皆伝者になるんでしょうかね?マイペースで構いません。時々いらしてください、詩の手みやげ持って。お茶出しますから(この場でどうやって出すんじゃあ~)。


かすみ じゅんさん「爽やかに雲 流れゆく日に」 9/8

かすみさんの作品を何篇か拝読していますが、正統的な叙景派という気がしてます。
まずタイトルです。前半と後半の間に助詞を“入れてくれなくて”本当によかった。これはひとつの感覚であり、詩に対する見識と捉えます。音楽で言うと、たったひとつの4分休符が感動的に生きることがあります。それに近い。本文は、というと、初連から3連までは普通なんです(失礼!)。この詩はそれ以降でしょう。鮮やかに角度を、作者の視線を、姿勢を、抒情的に物語るものです。ここは普通ではない。優れた点です。NHKでよくやる癒しの情景番組のワンシーンを見るようです。そして、そのような情景を受けての終連であります。ちなみに「続けて 続けて」「流して 流して」のさりげないリフレインも魅力ですね。甘め佳作を。


桂さん「Freedom」 9/8

この作品は2つの論点から評するとおもしろいと思います。まずひとつは、これだけの恐ろしいほどに意味の広い概念をどう枠組みし、このサイズ内で定着させるか?桂さんはこれを実現するに「書く」ことを以てする、とします。言葉を、文章を、詩を、時に小説を。その行為によって初めて「魂の開放=Freedom」と意味づけられるかのようです。その傍証はこの詩の多くの場面で取れます。いわく「工具の代わりに~Freedom建設中」の連。「連想から連想」「空想から創造」「懲りずにペンを走らせ」「狂ったように言葉を吐く」「ページを開く」etc…。なるほど、たとえば詩を書く者にとっては、生みの苦労はあったとしても、それに携わる時間の総称とは精神の高揚・上昇・解放と言えるでしょう。
もうひとつのファクターは、以前、桂さんがコメントで触れていた「ラップ」ということです。ただ、ここでお詫びを込めて書いておくと、僕はラップ.が嫌いです。ただ.、言葉~音楽~ビートという三者と関わる上において最低限は知っておかねばならないと思います。好みはそれ以降でしょう。そんなふうに見てゆくと、ラップに乗りやすい、ふさわしい言葉をうまく集めてきているな、と思います。体言止めの多用。それと、いわゆる“流すフレーズ”との兼ね合い・間合い。韻の踏み方(指針~ミシンなんてうまいですね)。Freedom~hug~ADHDなど英語のポジション等。なかなかフィーリングをつかんでいるように思えます。「実験的佳作」を。案外、詩の未来形としてラップはファクター化してくるかもしれない。近い将来、ガチガチの現代詩をラップに乗せて朗読する詩人が出てくるかもしれない。それで若い人が詩に興味を持ってくれれば、変則ながら詩も蘇生するかもしれない。
僕はやりませんがね(笑)。


こたきひろしさん「気がついたら」 9/9

正直、困ったなあ~。初連から「排泄物と一緒に丸めた」までは、ひとつの空想物語として成立するでしょう。終連もその通り、真理であります。ただ、その真理を証明するのに前連の急展開な例示は如何なものか、という気はするんですが。少なくとも最後の2連は別展開にしたほうがいいですね。このままだと、評価のほうは僕にはわからないですね。


ゆきさん「雨が降る前に」 9/9

僕にとっての、この詩の優れた点は初連に差し出された二人の距離感。それが僕の脳裏に伝染(うつ)って、視界となって、瞼に再生されたことなんです。2連の「修復」という、やや硬い言葉もうまくブレンドして、さまになっているようです。思わせぶりな「君」に軽く振り回される。でも、それもまんざらじゃない、ある意味心地よい、でも心配。
そんな消息が伝わってきます。実るか、終わるか、ややボーダー。天気も降りだしてくる前の、ややボーダー。短いサイズながら二人の心のコントラストがうまく表出されてますね。「甘酸っぱい佳作」を。


環さん「正しさは寂しい」 9/9

初めてのかたです。よろしくお願いします。これはいいです。純粋に詩の技法としては
荒削りな部分もあるんですが、取り上げておきたいのは、この詩の言わんとするところ。
思考のことです。人間場面、人間風景として、万人にありがちな事を短いサイズで見事に言い当てていると思うからです。「注文」も「予定時間」も確かに“そっち”が悪いんだけど、「まあ、まあ」という部分もあるわけです。「怖い顔して私が正しいよねと周囲に共感を求める」―これ、人呼んで「正しさの押し売り」と言う。たとえば、正論を大上段に振り回して相手を論難・論破したとします。相手にもプライドがあります。快くは思わないでしょう。正論や正しさを言うには地味に穏やかに言った方がいいかもしれない。だいぶ横道にそれました。詩の大部分を受ける終連3行が秀逸です。「なんか違う」は実感。「外は雨」は象徴的。


環さん 「夢」 9/9

前作に比べると、こちらはちょっと弱い気がします。僕の感覚で言うと、大人になり切っちゃったから前連のようになった気もしますが。それと「夢という現実をみている」がイメージしにくかったです。あるいは総体として作者さんに別個な思考があるのかもしれません。それを伝えるには、こちらはこのサイズでは言いきれていない気はしました。
また、書いてみてください。


つづく。
 

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