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静かな一日を

 投稿者:@すみっこ  投稿日:2020年 2月16日(日)10時10分59秒
編集済
  気持ち
なんてわからない

明日と
その先も
どんな気持ちでいるか
なんて

考えても
ほんと
疲れるだけで

どうなるかなんて
考えない
考えない

今は休んで
休んで
私の心に
触れたり
擦ったり
勿論当たる事も
全くないように

そっと
ほんとの
お休みを下さい

雨の音さえ
静かで
穏やかな一日を
 

ひなの様

 投稿者:澤 一織メール  投稿日:2020年 2月16日(日)03時08分12秒
  ひなのさん

この度はお祝いのお言葉ありがとうございます。

こちらこそ、ひなのさんの詩を読んで学ばせてもらっています。
ひなのさんの詩は、日常を書かれた詩、アンダーグラウンドの詩(そういえば共通ですね!)、
どちらも心の動きや揺れを感じる作品が多く、その描写に感動します。
これからも色々と学ばせてください。

評者はくれさんの後任で、葉月さんと担当させてもらいます。私は後半です。
今は不安ばかりが先行しています。

お返事は気にしないでくださいね。
それよりもご多用だと思うので、お体には気をつけてください。
今後ともよろしくお願いいたいます。

澤 一織
 

まとめて失礼いたします。

 投稿者:ひなの  投稿日:2020年 2月15日(土)23時38分8秒
編集済
  耀子さん

この度は急なことで本当に驚いています。
先ほど、PCメールを確認いたしまして、
こんなに遅くなってしまったことをお詫び申し上げます。
耀子さんのまなざしで表現される
やわらかくて、楽しい世界が好きでした。
私もそんな世界を生きたいと思っていました。
一生忘れません。

どうかこれからの生活が健やかでありますように。
ご冥福をお祈り申し上げます。


くれさん

長い間、お勤めお疲れ様でした。
右も左も分からない中で、ご指導いただいたことは
今日現在、詩を書く中で、大きな礎となっています。

「自分がいる詩」というのが書けなくて苦労しました。
それが今ではレギュラーメンバーとして、また詩人会の会員として、末席に座らさせていただくまでになりました。
それもこれも島さんやくれさんをはじめとする評者のみなさんのおかげです。
私を育ててくださり、ありがとうございました。

今でも迷子になったときは、「この感覚」と言って頂けた
「レモンティー症候群」を読み返しております。
まだまだひよっこなので、アドバイスいただいたこと、
ひとつひとつを私の血肉とできるように、精進して
参ります。

本当にお疲れ様でした。ありがとうございました。



葉月さん

評者ご就任おめでとうございます。
また一段高みに登られましたね。

葉月さんの優しさとあたたかさに溢れた詩は、
拝読させていただいていて、とても柔らかな気分になります。
それって本当に凄いことだと思うのです。

また、葉月さんの優しく的確なアドバイスはとても参考になりました。
拙作で「もう少しどうにかならないかな」と思い、
それでも、「今はこれが精一杯」と見過ごした部分も
葉月さんはとてもきれいな代案を提案してくださいました。
いつも私を気にかけてくださり、ありがとうございます。

評者となられたことで、さらにご多忙になられると思います。
どうか、お体に気をつけて。
葉月さんの元気なお姿に元気づけられている人も少なくないのですから。
(何を隠そう、私もその一人です。)



澤さん

評者ご就任おめでとうございます。
更にご活躍の場を広げられましたね。

いただいたメールにお返事できず、申し訳ありません。
この場をお借りして、「ごめんなさい」をさせてください。

澤さんと私はアンダーグラウンドを書くという領域で、
共通項がありまして、いただいたアドバイスを含め、
いつも参考にさせていただいております。

澤さんはとてもお上手なので、同じ領域で詩を書くことが
恥ずかしくなってしまいます。
「あと何年、詩を書いていたら澤さんレベルの詩が書けるんだろう」と遠さを感じてしまうのです。

そんな澤さんですから、評者となられましても
そのご慧眼で、多くのよきアドバイスをされるのでしょう。
私も、もう少し自分の環境が落ち着きましたら、
ぜひ、またアドバイスをいただきたいと思っております。

評者となられたことで、さらにお忙しくなられると思いますが、
どうか、お体ご自愛くださいね。



※長らく掲示板の方を覗いておりませんでしたので、
遡ってコメントさせていただきました。
見落とし等ありましたら、申し訳ございません。


ひなの
 

恋を知った私

 投稿者:素言  投稿日:2020年 2月15日(土)19時08分14秒
編集済
  「恋をしてから世界が変わった」
とか
「毎日が幸せに満ち溢れている」
とか
そんな少女漫画みたいな恋がしたかった
でも、今はただただ悲しい

バレンタインデー
手作りチョコを用意する同級生
私には関係ない
だって、振られたんだから

目も合わないし
口もきいてくれない
そして、一番堪えるのは
友達としている
私の悪口

あなたは
醜くなっていって
それでも 大好き
余計に辛い

私の恋は
ビターチョコでも
ミルクチョコでもない
見た目だけ良くて
味は最悪
甘いの?ほろ苦いの?
方向性がてんでない

早く誰か
作り直して
 

三浦志郎さまへ

 投稿者:れもりあっと  投稿日:2020年 2月15日(土)16時17分9秒
  評をいただきまして、誠にありがとうございます。
感謝いたします。

今回の評で観察眼が鋭いということを指摘していただいて恐縮しております。
とても嬉しいです。やはり日頃から俳句などをやっているからでしょうか。
その点を指摘していただいたようで、もう少し自信を持てそうだなと思いました。

「剥がれかけの広告」を最初に見たときに、その儚くも健気で美しい姿を、詩という形に
して残しておきたいと思い、今回の作品へと繋がっていきました。

俳句にして残しておこうかな、とも考えましたが、いやこれは詩にして残しておこうと
思い、今回のような作品が出来上がりました。

そして私の感性についても褒めていただき、とても嬉しかったです。
この感性をこれからも大切にしていきたいと思います。

甘め佳作で、完全な佳作、ではありませんでしたが、次はしっかりとビシッと
佳作と言ってもらえるような、そんな作品を書けるよう努めて参りたいと思います。

今回もありがとうございました。
 

三浦様へ〈お礼〉

 投稿者:吉岡 海  投稿日:2020年 2月15日(土)10時25分11秒
  お世話になっております。
お忙しいところ、御教示くださいましてありがとうございます。また、ぎこちない音を聞き取ってくださいまして感謝しております。本筋からはずれる部分は削いでいこうと思います。(棚の戸の鍵でした。)

暖かくなってまいりまして、桃の花が少しずつほころぶのを眺め過ごしております。
季節の変わり目、お体大切にお過ごしくださいませ。
 

儚き夢

 投稿者:風星  投稿日:2020年 2月15日(土)04時37分14秒
  冷たき霧におぼろの月影

白きもの浮かび

近寄れば、やさしくあまく


その美しさに見惚れ

霧中の夢中

少し…と話しかける

答えはなし

ココロ残して去る


儚い眠り夢の中

あの美しい

白梅に逢う


私はすでに

黄金の朝日照る

山なみに沈み
 

三浦志郎様

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2020年 2月15日(土)00時05分38秒
  「インドの旗」に感想ありがとうございます。
今回もつくばの駅前で偶然見かけたインド人達との交流を描きました。

インドの空の下を想像されたようですが、それもありですね。
 

ビターチョコレート

 投稿者:ともりん  投稿日:2020年 2月14日(金)19時29分52秒
  何度クリームを塗ってもカサついた手
もう誰も握ることはないんだから
もう温もりを感じることはないんだから
言い訳は心をもカサつかせる
そんな私でも―――

愛しい人に寄り添いたい
そう願う毎日
儚い夢は街行く恋人たちが叶えてる

渡せないチョコレート、
結局は自分好み

だけど―――
今日、会えたこと
明日も会えること
糧になっていく、
あなたとの時間

そして、
私が幸せなのはあなたがいるからこそ

ほろ苦いチョコレート
あなたと私のハートの行方
占うかのように甘く苦く溶けていった
その後味に私は名前をつけることができない
 

感想と評 2/7~2/10 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2020年 2月14日(金)14時00分49秒
編集済
  小林大鬼さん「インドの旗」 2/7

今までは日本にいる異国人でしたが、これは日本人がインドに行っているようですね。
インドの憲法記念日にインドの旗の下、皆が祝福しているさまは一目瞭然なのですが、申し訳ないのですが、僕はこの詩に触発されて、全く別のことを考えていました。申し訳ないのですが、この詩は僕にとってはインドでなくとも、英国でもアルゼンチンでもジンバブエでもよかったのです。要は旗の下に素直に集まれる心情のことです。しかもこれが一般大衆ならなおいい。この詩に見る光景を日本人は純粋な心で祝うことができるだろうか?日の丸の旗の下で…。たぶんしないでしょう。やったとしても、何か特別の考えを持った人々がやっているのだろう、と思って立ち去るでしょう。右も左も関係なく僕はこの国が好きです。この国に生まれてよかったと思っています。でもそういう単純素朴な心情はどこかに追いやられ、イデオロギーにまみれ過ぎている。仮にこれを「愛国心」と呼ぶならば、日本人はいまだトラウマやアレルギーから抜け出せないでいる。よく報道番組のインタビューなどで、外国人が自国愛を誇らしげに語っているのは清々しいほどです。このインドもそうなのでしょう。非常に幸せな人々だと思います。羨ましいと思います。繰り返しますが、僕はこのインドの詩を読んで日本のことを考えていました。直接的な評にならなくて申し訳ないです。何故こうなったのか? おそらくこの詩の終行の影響でしょう。

「遠い日本の空の下」

外国に行くとよくあることですが、異国の地で、強く日本人であることを意識したのかもしれない。故国の空を想ったのかもしれない。そして―。
もしかすると大鬼さんは日本とインドの友好。正義・打算両面でインドの独立に日本が多少関わったことを知っているのかもしれません。この詩によって深く考えるところがありました。そのことに思いを致して佳作を―。




吉岡 海さん「砂の音楽室」 2/7

まずは僕が好きなタイプの詩なんです。まずタイトルがいいじゃありませんか。それだけですでに抒情の始まり。誰しも読みたくなるでしょう。(吉岡さんのペンネーム通り)海を意識することができます。次に砂と風。非常に比喩力が利いた音と映像を感じました。
細かく見た場合に「風の冷たい暖かな夕暮れ」ですが、読み手の中には「一体、どっちなの?」という人もいるかもしれない。「暖かな夕暮れだが風だけが冷たい」等、ニュアンスをつけてみるといいかもしれないです。
まず音です。5~8行は僕は音楽だと思っています。この詩は懐に音楽を内蔵している。
リフレインは音楽の重要要素です。この異彩を放つパートが自然と脳内に刷り込まれる感じがします。この詩の成功部分のひとつでしょう。もしかすると前後、もう一行ずつ空けてもいいかもしれない。続く9連、短い表現ですが「日は崩れ」。これもいい。砂というのは本来音がしにくいものですがアコーデオンと出会うことによって音のイメージが生まれています。アコーデオン。このやや珍しく趣ある楽器。日本語では「手風琴」もなにやらこの詩にふさわしいです。結果として音が映像をも連れてきている気がします。それは風景画のような写生的なものではなく、あくまでイメージで抽象的なものなのですが、一点だけ「小さな鍵」「錆び付いたねじ式の鍵」これ、ナンだろ?これがイメージの完結をやや妨げているように思えて、唯一惜しいと思われる点です。う~ん、イマジネーションがあっていい詩ですよ。実にタイプの詩なんですが、佳作半歩前で。ホント、惜しい…。




@すみっこさん「言葉力」 2/7

実に身につまされる詩ですなあ。少なくとも書くことを志す者にとっての共通願望であり課題であるでしょう。散文的な要素ではなく局地的に感性と言葉を結集させる詩人の領域にかなっていると言える。そこも評価したい点です。これは「言葉力」=「どれだけ心を乗せることができるか」。そして心が乗り切った言葉は必ず読み手の心にも届く。そういうものを目指してゆく。@すみっこさんの言いたいことはそのあたりにあると思う。そして、それはどうやら抒情詩の神髄にも思えてくるのでした。詩人の願いを充分代弁していると思います。

「この空欄には
 この言葉でしかない
 との迫力ある言葉~」

そうなんです、そうなんです。ここで私事を書いてしまいます。自慢じゃありませんが、長年詩を書いてきて―
「ここはこの言葉じゃなきゃ絶対ダメ。この行はこのフレーズじゃなきゃ絶対ダメ。不動!」
というのがただの一度もない。ただの一度もです。いつも、チャラチャラと交換可能だった。
そのことを、この詩と共に考えておきたい。@すみっこさんにとっては、万が一何処かで行き詰まった時、この作品を思い出せればいいと思います。これは「お守り詩」かもしれません。詩人と寄り添えるという意味において佳作です。
最後に「人様」―いや、そこまでへりくだる必要、ないですよ。「人々」で。




九丸(ひさまる)さん「スパイス」 2/8

先に一点。タイトルだけ、違うのを考えたほうがいい気がしました。それと1か所だけ異様に長いフレーズのところがあって、「編集機能」を使っているんで、その際、調整しておきたいです。具体的には「それこそが」で改行がいいでしょう。
ここからが本題です。このことこそが「生活の達人」と言えるでしょう。雪で化粧されてはいるが、いつもの同じ道。コンビニでのちょっと嬉しい出来事。日常という大波に乗りながらも僅かな変化に気づき楽しむことができる。生活の極意と言わずして何でありましょう。
挙げた事例も微笑ましいのです。ことほどさように、あいも変わらぬ日常ではありますが、視点を降ろせば、変えれば、同じ日は一日とてない。この詩はそんなことを教えてくれています。ところで、話を変えますが、「七時五十分」「朝八時」「八時十分」。この刻々の時間表示が案外この詩を引き立てる名脇役のような気がしますね。そこで、思いつきで書いてしまって恐縮ですが、少々掟破りなんですが、「7:50」「8:00」「8:10」などと表記しても、おもしろいかもしれない。「刻々感」が出そう。この表記だけ独立連にしたほうが臨場感出て効果的か? これはあくまで余談ということで。佳作一歩前を。




れもりあっとさん「剥がれかけた広告」 2/10

人があまり思いつかないユニークな場面が光ります。それだけに観察眼の細かさ、鋭さがあります。まずは、この広告の“キャラクター”にふさわしい舞台が用意されます。すなわち「曇天の冬」。おそらく風も強いのでしょう。まず浮かぶのは広告本来が持つ属性で、対象物・事例を強力にPRする。それこそ文中の「承認欲求」的なものでしょう。次に、この詩によって付与される「剥がれかけた」という状態・属性です。後者がこの詩の本領で、「剥がれかけ」を書き分けています。いわく「踊り狂って」「ひっそりと」「レトロな/甘い/ゴジャス」。しかし共通するのは「剥がれかけ」です。これをどう見るか?です。
「剥がれかけ」のイメージを考えてみます。「不完全、危機的、切迫感、醜い、哀しみ、やがて来るかもしれない無」。そんな状況の中で広告は上記三態を見せるのです。考えようによっては、そういう崖っぷちで耐えている姿は健気であり、どこか人間の謂いでもあるようです。そして、何より、れもりあっとさんの感性の所産でしょう。甘め佳作を。




エストリンさん「想像力と勇気」 2/10

佳作です。僕がウダウダ書くより、二つの言葉を掲げて援用とします。

A…「頭脳明晰な人ほど臆病者である」(出典不明)。
B…「人間が想像できることは人間が必ず実現できる」(ジュール・ヴェルヌ SF作家)

Aは確か古代中国の天才戦略家を指した言葉だったと記憶していますが、推測として…

想像力豊か→「こんな風になってしまうのではないか?(恐怖・臆病)→「そうならない為にはどうすればいいか?」考える→頭脳を鍛えることになる。

こんな具合だと思うんです。Aを持ち出したのは、この作品に殆ど同じ事が書かれているからです。すなわち6連です。Bも同様で作中の8連が全くこれにあてはまるのです。
その他にも興味深いのは想像力と事実との因果関係にも触れている点です。この詩を読んで、もしかすると人間の一生とは想像力と事実の応酬あるいは、いたちごっこであるかもしれません。最後に提示される勇気ですが、これは極論すれば臆病と同質ではないでしょうか?なるほど対極にはありますが、心の振動という点において同種と考えられます。
この詩を読んで僕なりの結論は「想像力と事実は融和・相克しながら存在し前後しながら推進する。それを後押しするのが勇気と臆病である」

ここでちょっと視点を変えます。あえて、造語的に言うならば、これは「論理・思想詩」と呼んでもいいのですが、こういうものは賛成もあれば批判も受けやすい。ですが、思想とは反対意見があってこそ初めて思想と呼べるほどのものではないか、とも思うのです。これもちょっと他者の受け売りではあるのですが。たしかに本作は詩としてのスタイル・領域からすると、やや不利な地点にいるでしょう。しかしそんなことはどうでもいい。この詩には全篇にわたって深く掘り下げるに足る潜在能力があります。僕はその力に期待したい。ゆえに冒頭の標語です。




評のおわりに。

評者と言えばエラそうに聞こえますが、僕自身は多くの読み手の委託を受け、代表で書いている、そんな風に思っています。
いつぞやも書いたように、投稿者のかたから気づかされること、思いを深めること、教わること、が多々あるものです。勉強になるのです。
今回はとりわけそういうものが多く調べる機会も増えました。ありがとうございました。では、また。
 

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