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地獄に行け

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年11月 9日(金)02時03分20秒
編集済
  お前らは神を唱うな
主義を述べるな
人を呪うな

お前らはただ殺したいだけだ
無差別に気持ち良く
死ぬ道連れに気紛れに

お前らは叫びも恨みも
凶悪な弾に込めて
狂ったように
銃乱射する

死にたいのに
血が見たいのだ
死が見たいのだ

悪魔よりも死神よりも
達が悪い人間の成れの果て

お前らは痕を残すな
名を残すな

死にたいのならご勝手に

人に刃を向けるなら
己の愚かさに向けろ

涙も声も悲しみも
感じないまま死ぬなんて

お前らを魂ごと縛り上げ
永遠に磔にして
暗い闇に落としたい
 

友情愛

 投稿者:紅玉リンゴメール  投稿日:2018年11月 8日(木)23時36分46秒
  皆が彼女に与えた悪意をコロリと忘れたように
逆に彼女も誰にも悪意を持たなかったよ
彼女ほど強くて慈悲のある心の持ち主は
他の掲示板にも居なかったの
それなのに皆に慈しまれた
彼女は一体何処に行き
どうして私達の友情愛を
置き去りにしたのだろう
最後のあの日
友情の合い言葉を語り尽くした
真剣な眼差しは
私達の小さな胸の中から
零れ落ちるはずもないの
 

心象 最終章 ~母のこと~

 投稿者:中也  投稿日:2018年11月 8日(木)22時29分6秒
  最期まで僕の心から離れない母への想い。戸籍には蘭という名前があった。1966年10月20日に養子縁組届が受理されたと記されてあった。僕が生まれたのは1963年8月22日、この三年間の祖父母との暮らしは記憶に残っている。

そういえば、祖父母と暮らした記憶の中に、大きな目をした女性が現れる。お盆とお正月にたくさんのお土産を持って来てくれた。
幼心になぜこんなにたくさんお土産くれるのか、うれしさの中に疑問を感じていたのは事実だった。

養父母との暮らしの中でいつしかこの大きな目のおばさんは忘れていたわけではないが、自分ではどうすることもできないまま月日だけが流れた。ただ、人間は不思議な生き物かも知れない。僕が大抵好きになる女性はみんな大きな目をしていた。無意識に母の面影がそうさせたのかも知れない。

さて話を前に戻そう。私が30才を目前にして、結婚するとき、それまで戸籍を見ることに対して、養父母に対する後ろめたさや出生の秘密を知ることへの恐怖心から避けていたが、いよいよそうも行かなくなり、入籍の時、勇気を出して自分の戸籍を見た。蘭という名前の女性が紛れもなく僕の母だとその時わかった。そしてその女性は祖父母の娘であることも理解できた。あの大きな目をした女性が僕の実の母ではないかという確信めいた思いが募って頭から離れなくなった。

結婚するとき、妻にはある程度、自分の複雑な生い立ちは話したが、さすがに大きな目をしたおばさんのことは言えなかった。なぜ僕の母である蘭さんは僕を実家に預けたのだろう。自分が生まれた意味を知りたいという気持ちが結婚と同時に強くなり、そのことが頭から離れなくなった。

僕が生まれた1963年8月22日、この日を出発点にして、地元の新聞を図書館で調べてみると何か手がかりがあるのではないかと思い、仕事終わりに図書館に寄っては、何十年も前の地元の新聞を日をめくるように一日一日読み進めることにした。

養母に聞いてみたら何か知っているのではないか。そう思ったがなかなか聞けなかった訳であるが、妻が私があなたの代わりに聞いてあげると言ってくれ、養母の家に帰省したとき、養母と料理しながら聞いてくれたようだ。後で聞いた話だか、養母は妻に人間、知らないことの方が幸せなことがあるとだけ話したということであった。ますます、自分の出生について知りたくなった。僕は生まれて来なければよかった存在だったのか。

新聞を調べ初めて1年半が経とうとした時、1962年10月14日付けの地方新聞の記事に目が止まった。
「昨夜、7時頃、○○市○○町2丁目において、学校から帰宅途中の高校2年山崎良枝さん(仮名)17才が自転車で帰宅途中、後ろから来た男に襲われ、頭や体に傷を負って病院に搬送された。男は中肉中背、二十代位の男と思われる。警察が昨夜から行方を追っている模様。なお彼女の命に別条はない。」
ローカル欄の右上に見出しとともに書かれてあった。
もしかして、そんな思いが頭をよぎった。知らないことの方が幸せなことがあるというのはこのことなのではないか。
新聞を持つ手が震えた。涙が流れて止まらなくなった。そして大きな目のおばさんの顔が浮かんだ。

それから、僕は、なぜ生まれて来たのか、答えを求められないまま、現在に至っている。何故生まれて来たのか、おそらくわからないまま僕はこの世界からいつか消えてしまうことだろう。しかし、僕が何をして生きて来たのか、どんな人生を送ってきたのか、妻や子供たちが記憶に残してくれると思う。いろいろあったが、振り返るとあっという間の人生であった。
母が幸せであることを願っている。たとえ会えなくても、命をつないでくれたこと、今はただありがとうございます。お元気で。その言葉しか出てこない。

※この作品を持って心象の連載を打ち切ることにしました。この最後の作品の掲載が遅れることをお詫びいたします。この作品を書くにあたり、心の整理をするのに時間がかかりました。改めてお詫びいたします。なお、プライバシーの保護の観点から、この作品がフィクション、ノンフィクションなのかに付きましては、コメントを差し控えさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。この場をお借りして、お礼申し上げます。
2018年10月8日       中也
 

そしてヒロイン

 投稿者:ともりん  投稿日:2018年11月 8日(木)19時38分34秒
  あなたの佇まいは
何気ないのに
魔法のように
心地よい空間を作る
すると私は焦ってしまう
もっと可愛かったら
もっと綺麗だったら

ファッション誌を捲れば
ときめきとためいき
もっと可愛かったら
もっと綺麗だったら

でも私は女
そして主人公
そう決めた

理想はまだまだ遠い
だけど女に生まれたんだ
生きてみよう
美しく生きてみよう
後悔しない
そんな人生を

私さえ知らない
その私を知るために

あなたと目が合い
その瞬間
あたたかな風が吹く日のために
 

愚行恋愛

 投稿者:りょう  投稿日:2018年11月 8日(木)17時34分40秒
  貴方の事が好きなのです。
恋をしてしまったのです。
何時なん時でも、私は貴方の事を考えてしまうのです。

好きなのです。本当に好きなのです。
されども好きとはなんなのでしょう。
どうしてこうも私を支配するのでしょう。
都会の薄汚れた夜空で、弱々しく光る一等星を見つけて、あぁこれを貴方に差し上げたいなと思うのも好きだからなのでしょうか。

私をこんなにも悩ませて、勝手に夢に出てこられては困ります。夢の中では貴方の御顔は見えなくて、ただその輪郭を見つめているだけでありました。

私は貴方に恋をしているのです。恋とは何かも分からないまま、ただいつも読んでいる小説の主人公の女の子が、どうやら私と同じ気持ちでいるようですから、あぁこれを恋と呼ぶのだと思っているのであります。

私はやっぱり貴方の事が好きなのです。ですから一緒に大洋を眺めたりして、言葉も交わさずお隣に居たいなと思ったりするのですが、どうにもこうにもそれは叶わないのです。

叶わないのにあれこれ考え1人で焦がれることを、愚行と呼ばずになんと言うのでしょうか。
 

幸せ配達便

 投稿者:埼玉のさっちゃんメール  投稿日:2018年11月 8日(木)12時10分24秒
  月に一度
黄色の封筒に
貴方の心のこもった
お便りに
ワクワクしながら
封を開ける
字を追いながら
微笑んだり
時には、涙したり
感情のアップダウンが
忙しくなる
読み終えると
来月が更に
待ち遠しい
当たり前に送られて来ると
想ってはいけないのかも
それでも、待ちわびてしまう
わがままな私
気持ちがうらはら
貴方に逢いたくなる
笑顔が見たくなる
やっぱり、
わがままで
欲張りな私になってしまう
 

畑はだまって

 投稿者:草香メール  投稿日:2018年11月 8日(木)09時20分36秒
  行儀よく並ぶ
植えたばかりの
ブロッコリーの苗
二つ消えた!
立ち寄る顔がうかぶ
安い物を なぜ?

蔓を巻き上げた
サツマイモ
畝を荒らした
猪の野郎!
一つもない!
狙っていたのか?
どうしてこの時期を?

歩く土の上に
真新しい釘が一本
上の畑にも
こんなことが前にも
何のために?
誰が?

柵のない畑
知っているのは
目の前のことだけ
知らない世界は
サスペンス

疑いも怒りも恐れも
すべて謎のまま
黙々と耕し
明日も土に立つ
畑はだまって
わたしを見上げている
 

型通りのこと

 投稿者:耀子メール  投稿日:2018年11月 8日(木)06時16分2秒
  早朝の散歩道には
行き交う人もまばら
顔見知りはいない
それでも
「おはようございます」と言葉を交わす

朝の子安神社に参拝するのは
地元の人だろう
何気ない普段の装いだ
40代の女性がじゃり道を歩いてきた
60代の男性が通りからまっずぐ境内へ

いかにも毎朝の習いのように
肩の力を抜いた様子で
鳥居の前で一礼し境内に入る
参拝の心得などもう体に染みついているだろう

この「毎朝の習いに」は素敵だと思う
若いときには思わなかったことも
歳を重ねてみると
心を落ち付かせることに気が付く
歳を重ねるということの意味を
私たちはいつの間にか
気が付いて行くのだと思う

私はと言えば、いつも
「参拝の仕方」を読み返している
まず
「軽く一礼  お鈴を丁寧に振る  お賽銭を入れる」
そうですね
お鈴を振った後にお賽銭を入れるのですね
お鈴は最後に振っている人がいるが
どうも間違いらしい

順番などどうでも心があればいいようだが
何事も意味があって順番がある
心があって形に繋がるのも大事だが
形があって心に通じるのも素敵なことだと思う
型通りすることに
心良さを感じるこの頃だ

とは言え 我が家の神棚はすこし重荷になってきた
そんな立派な神棚ではない
ただそこに神棚があるというだけで
信心深くもない

娘がまだ小さいころ
夫の故郷である
奈良の春日大社で魂を入れていただいたものだ
奈良県出身の夫の
故郷へ対する並々ならぬ誇りを思えば
そう簡単に「重荷」だとも言えない

神社でお祓いを済ませて
お引越しさせたい
どこへ  どこへだろう わからない
分からない型通りのことが
まだまだ沢山ある
 

Kazu.様

 投稿者:ゆき  投稿日:2018年11月 8日(木)02時04分46秒
編集済
  おはようございます。
「父と娘のノスタルジー」に評とご感想をありがとうございます。「題」の「ノスタルジー」は必要ないとの事、実は始めは「父と娘」にしていたのですが、何故か投稿する時に「ノスタルジー」を足してしまいました。そのままの方が良かったのですね。
前半詩を「雨」で結んだので後半詩も「雨」で終わって欲しかった、という事もおっしゃる様にその方が良いと思いました。久しぶりの「佳作」はとても励みになりました。最近はペースが以前の様ではありませんが、良い詩が書けるように推敲もやっていきたいと思います。お忙しい中、貴重なお時間を頂きどうもありがとうございました。
 

kazuさん

 投稿者:阿部龍馬  投稿日:2018年11月 8日(木)00時44分35秒
  二作の詩とは呼べないなにかに評を感想を頂き
有難うございました。
 

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