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感想と評③ 9/7~9/10 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 9月15日(土)18時08分36秒
編集済
  鈴鳴すずしろさん「火葬」 9/9

初めてのかたです。よろしくお願いします。この詩はけっこう現実にあったことを下敷きに書かれてる気がしました。それが3連目まで。やっぱり注目しておきたいのは4連以降でしょう。火事の火のイメージとアルコールの持つ火の燃えるイメージが融和されて、ひとつのシーンが醸し出されています。4連の冒頭から導き出されたのでしょうか。焼却炉と火葬場の比喩にインパクトを感じました。タイトルもやや意表を衝いた雰囲気を感じました。前作「夏の果て」も拝読しました。僕はどちらかと言うと前作のほうが好きなんですが。抒情の前作、場面の本作、と言えそうです。また書いてみてください。


葉月 祐さん「釘(くぎ)」 9/9

まず概略を言います。まず感心したのは、相手が暴言を吐いて「この野郎!」と思ってアクションを起こすのでなく、自分の側に引き込んで内省する心根のことです。自分はそういう言葉を吐きたくない、言葉を汚したくない。これが基調。あとは詩による具現化です。「釘=言葉」の隠喩が有効かつユニークでした。それらを過不足なく段階踏んでサイズ内に納めるところは皆伝者の技量でしょう。後半「そう」を合図に始まるパーツこそ葉月さんが本来的にもっている「らしさ」というものでしょう。僕がアドバイス? 特にないですよ。強いて言うならば、葉月さんがよく使われる2~3字下げた“段違い平行連”です。
「ただ、なんとなく」では皆伝者の名前がすたる(笑)。ご自分の中で論理を確立されるとよいと思います。


ilikaさん「402号室で夏の終わりにあった」 9/9

初めてのかたです。よろしくお願いします。言葉において、フレーズにおいて、なかなかいいものをお持ちのように思います。書き慣れているような。そして、この詩はむしろ散文詩のようにしたほうがいいと思います。理由は…

① フレーズが長め。
② 各行の体裁が散文的・小説的。(「AはBだ。AはBした」的文体が多い)
③ ところが、その集積である作品自体は散文・小説に多量に含まれる現実認識や現実調和が希薄。これは批判ではなく、現代詩と他を分かつ重要なファクターと考えられる。

具体的策としては…
行間を失くす、すなわち連分けせず、たとえば20字なら20字と自分で決めて、折り返して巡行させる。ただし、このオリジナルはキープしといて比較検討してみてください。けっこう勉強になると思います。この案はあくまで参考です。また書いてみてください。


輝瑠美さん「僕は負けた」 9/10

初めてのかたです。よろしくお願いします。さっそくですが、やっぱり「僕は負けた」や、それに準ずるフレーズの絶対数が多いです。たとえば作者さんがリフレインによる一種の刷り込み効果を意図されているならば、作者の方向性を尊重するものであります。いっぽう僕のほうで、あくまで参考として一案を考えてみました。「僕は負けた」はタイトルだけに全幅の信頼を寄せ、託して、本文にはそのフレーズを全削除して僕のほうも実際にPCに打ち込んでみました。削除したフレーズは以下の通りです。

「負ける」「負けた」「僕は負ける」「僕は負けた」「さっき負けた」「あっさり負けた」「いつでも負けた」 7フレーズ。

すると、けっこう現代詩として、いいフィーリングが出たように思いました。「負ける」というフィーリングはそれでも残留していて、それらと違う方向に飛んでゆく内容、その飛ばせ方が現代詩っぽい気がします。オリジナルは残して、もしよかったら試してみてください。ちなみにこれはあくまで参考です。また書いてみてください。


伊月あかねさん「死を美徳と感じるなら」 9/10

初めてのかたです。よろしくお願いします。このかたも言葉選び、フレーズの特色付けがなかなか巧みなかたです。叙情的な美しさを保ちながらもモダンな結びつきをしているような。楽しみです。ただ、構成がちょっと引っかかりました。「一羽の鳥が~」から最後まで、はタイトルに即した要素が感じられますが、前半部分はその即し方がやや希薄に思える、線が細いと思われるのです。逆に言うと後半が妙に断定的な気がします。ここに方針転換があったように思えます。ただし、繰り返しますが、本来持っておられるであろう言葉やフレーズのセンスは優れているのです。それからこれは、詩とは直接は離れますが、タイトルも「If」の要素があるので問題ないのですが、鳥も桜もたまたま結果として美しかったから美徳になったのであって、「死を美徳」を頭から大前提にしてしまうと、思考形態が不健康、不健全になる可能性があります。老婆心ながら記しておきたいと思います。とはいえ―日本人って「滅びの美学」とか言って、そういうの好きなんですよねえ。
僕もそういうので書いたりしますんで。話がそれました。また書いてみてください。



評のおわりに。

またまた日記風に…。
ある作品を書いている。いつも通り横書きで進め、一応書き終える。縦書き変換して様子を見る。推敲しながら、行間・連分け・スタイリングを確認してゆく。ひとつ気づいた。「いつも詩行スタイルが同じだなあ」いつも同じような逆山型あるいは台地形。「最近、フレーズが短い。も少しロングにしたいよなあ」それとも、これが僕の呼吸タイムの標準形だろうか?これは個性か、はたまた煮つまりか? 何か手を打たねば…。では、また。





 

感想と評② 9/7~9/10 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 9月15日(土)18時06分46秒
編集済
  メルトさん「目には見えない」 9/8

やあ、メルトさん、久しぶりでした。ようこそおいでくださいました。ハイ、僕は今、大変嬉しいのですよ。あなたは当家でなかなか有名で、たとえば、こんな会話。

家人「メルトさん、最近どうしてる?ちょっと気になるわね」
僕「さあ、元気なんじゃないか?8月頃に一度メールが来たね」  (以上、実話)

さて、詩のほうでは幽霊として登場とは!意表を衝かれた、まいった、まいった!とはいえ、お忙しそうで何よりのことではあります。ところで、メルトさんで何代目の皆伝者になるんでしょうかね?マイペースで構いません。時々いらしてください、詩の手みやげ持って。お茶出しますから(この場でどうやって出すんじゃあ~)。


かすみ じゅんさん「爽やかに雲 流れゆく日に」 9/8

かすみさんの作品を何篇か拝読していますが、正統的な叙景派という気がしてます。
まずタイトルです。前半と後半の間に助詞を“入れてくれなくて”本当によかった。これはひとつの感覚であり、詩に対する見識と捉えます。音楽で言うと、たったひとつの4分休符が感動的に生きることがあります。それに近い。本文は、というと、初連から3連までは普通なんです(失礼!)。この詩はそれ以降でしょう。鮮やかに角度を、作者の視線を、姿勢を、抒情的に物語るものです。ここは普通ではない。優れた点です。NHKでよくやる癒しの情景番組のワンシーンを見るようです。そして、そのような情景を受けての終連であります。ちなみに「続けて 続けて」「流して 流して」のさりげないリフレインも魅力ですね。甘め佳作を。


桂さん「Freedom」 9/8

この作品は2つの論点から評するとおもしろいと思います。まずひとつは、これだけの恐ろしいほどに意味の広い概念をどう枠組みし、このサイズ内で定着させるか?桂さんはこれを実現するに「書く」ことを以てする、とします。言葉を、文章を、詩を、時に小説を。その行為によって初めて「魂の開放=Freedom」と意味づけられるかのようです。その傍証はこの詩の多くの場面で取れます。いわく「工具の代わりに~Freedom建設中」の連。「連想から連想」「空想から創造」「懲りずにペンを走らせ」「狂ったように言葉を吐く」「ページを開く」etc…。なるほど、たとえば詩を書く者にとっては、生みの苦労はあったとしても、それに携わる時間の総称とは精神の高揚・上昇・解放と言えるでしょう。
もうひとつのファクターは、以前、桂さんがコメントで触れていた「ラップ」ということです。ただ、ここでお詫びを込めて書いておくと、僕はラップ.が嫌いです。ただ.、言葉~音楽~ビートという三者と関わる上において最低限は知っておかねばならないと思います。好みはそれ以降でしょう。そんなふうに見てゆくと、ラップに乗りやすい、ふさわしい言葉をうまく集めてきているな、と思います。体言止めの多用。それと、いわゆる“流すフレーズ”との兼ね合い・間合い。韻の踏み方(指針~ミシンなんてうまいですね)。Freedom~hug~ADHDなど英語のポジション等。なかなかフィーリングをつかんでいるように思えます。「実験的佳作」を。案外、詩の未来形としてラップはファクター化してくるかもしれない。近い将来、ガチガチの現代詩をラップに乗せて朗読する詩人が出てくるかもしれない。それで若い人が詩に興味を持ってくれれば、変則ながら詩も蘇生するかもしれない。
僕はやりませんがね(笑)。


こたきひろしさん「気がついたら」 9/9

正直、困ったなあ~。初連から「排泄物と一緒に丸めた」までは、ひとつの空想物語として成立するでしょう。終連もその通り、真理であります。ただ、その真理を証明するのに前連の急展開な例示は如何なものか、という気はするんですが。少なくとも最後の2連は別展開にしたほうがいいですね。このままだと、評価のほうは僕にはわからないですね。


ゆきさん「雨が降る前に」 9/9

僕にとっての、この詩の優れた点は初連に差し出された二人の距離感。それが僕の脳裏に伝染(うつ)って、視界となって、瞼に再生されたことなんです。2連の「修復」という、やや硬い言葉もうまくブレンドして、さまになっているようです。思わせぶりな「君」に軽く振り回される。でも、それもまんざらじゃない、ある意味心地よい、でも心配。
そんな消息が伝わってきます。実るか、終わるか、ややボーダー。天気も降りだしてくる前の、ややボーダー。短いサイズながら二人の心のコントラストがうまく表出されてますね。「甘酸っぱい佳作」を。


環さん「正しさは寂しい」 9/9

初めてのかたです。よろしくお願いします。これはいいです。純粋に詩の技法としては
荒削りな部分もあるんですが、取り上げておきたいのは、この詩の言わんとするところ。
思考のことです。人間場面、人間風景として、万人にありがちな事を短いサイズで見事に言い当てていると思うからです。「注文」も「予定時間」も確かに“そっち”が悪いんだけど、「まあ、まあ」という部分もあるわけです。「怖い顔して私が正しいよねと周囲に共感を求める」―これ、人呼んで「正しさの押し売り」と言う。たとえば、正論を大上段に振り回して相手を論難・論破したとします。相手にもプライドがあります。快くは思わないでしょう。正論や正しさを言うには地味に穏やかに言った方がいいかもしれない。だいぶ横道にそれました。詩の大部分を受ける終連3行が秀逸です。「なんか違う」は実感。「外は雨」は象徴的。


環さん 「夢」 9/9

前作に比べると、こちらはちょっと弱い気がします。僕の感覚で言うと、大人になり切っちゃったから前連のようになった気もしますが。それと「夢という現実をみている」がイメージしにくかったです。あるいは総体として作者さんに別個な思考があるのかもしれません。それを伝えるには、こちらはこのサイズでは言いきれていない気はしました。
また、書いてみてください。


つづく。
 

感想と評① 9/7~9/10 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年 9月15日(土)18時02分1秒
編集済
  ダブル投稿のかたは日付順ではなく、2作同時に評を書いております。



氷魚さん「臆病者の歌」 9/7

前作「告白の歌」と同様、詩行のトーンやユニークさは踏襲されています。というか、これが持ち味、個性でしょう。今回は散文的、平文的スタイルを含むところが変化と言えます。引き続き、意味が取れない破天荒さはあるのですが、タイトルと呼応させ、この詩の主旨を提示している部分があるんですよ。こういうポイントを作って頂くと、僕も他の読み手さんたちも大変助かるんです。3連「強いんだぞ、と言いながら~~なんてね、冗談」の部分です。さて、冗談について。確かに冗談は冗談なんですが、全くの無からは生まれて来ない気がします。どこかにその片鱗はあるからこそ冗談として出てくる気がします。そう考えると、以前のフレーズは興味深いものがありそうです。ところで、この詩の人物的構成ですが、3人いて「主人公(作者)」「アオ」「君」ですが「アオ」の存在が途中で途切れてしまいます。どういう役割なのか、少し気になりました。


氷魚さん「こどもの歌」 9/8

もう一作です。こちらも平文スタイルの部分があって、そして今回も“主旨提示ポイント”があって、今度はその平文スタイル部分がそれを担っております。「ハロー、ハロー、神様の馬鹿野郎」このあたり軽快でうまいですね。「ベクトルがいつまでも解けなくて」そう、いっそ解けないほうがいい。ここはすごく印象に残りましたね。それにしても、作品群に見る詩行感覚は若さがなければとうてい生み出せないもの、そんな風に推察しています。タイトルについては、パターン化してきたのが少し気になっています。本作のほうを、まずは手始めに佳作一歩前から行ってみましょう。


草香さん「ウエルカム(再)」 9/7

まずはお詫びを。前回2作目だったところを初登場と勘違い致しました。申し訳ありませんでした。そういう事情もあってか、今回タイトルに「再」とされていますが、初回同様「ジャボジカバ」を描いても、これは別種の詩と把握できます。言うならば姉妹編あるいは連作と捉えてもいいでしょう。今回は前作と比べてまず「わたし」という存在が提示され、次いでジャボジカバも擬人化を以て登場してくる。このあたりが一歩踏み込み、前進であると思われます。まずは佳作一歩前で。それにしても、木に成ってるところの不気味さと果肉の美味しさ(食べたことないけど)の両者のギャップをデフォルメ気味に書いてみるのもおもしろそうですね。


小林大鬼さん「初めての墓参り」 9/8

前作「納骨」に引き続き、こちらも連作的存在になっているようです。そうですね。このくらいの分量になると伝わるものも多くなってきます。この詩に接して3つのことを想っていました。まずは「満州の話~引き揚げの話」―多くの辛苦が察せられます。次に自分にとっての祖父母とは、親とはまた違った愛着があるということ。最後にそれに関連して、僕ら世代にとって祖父母とはすでに歴史に入った存在であるわけです。してみると、大鬼さんは世代的には、一回りか、それ以上お若くおられることが推察されます。この詩はそういった副産物的ことがらを充分伝えてくれているわけです。「途切れた話」を経由して…

「あの終戦の夏の日祖父は」

このあたりはこの詩の読みどころにして最高峰。あえて詩で語らなかったところに奥ゆかしさと、かえって万感の思いが託されているようです。佳作となります。


@すみっこさん「竜胆」 9/8

花については“自慢できるほど”疎い僕なので、名は知っていても、その姿をまじまじと見るのは初めてに近いかも?鮮やかな青紫。もしかすると桔梗に近い?日持ちせず、儚い花であることがこの詩から知れるのです。これはそんな花との再会の詩。この詩の主体が「僕」=男、である点もおもしろい。ナイーヴな彼なのでしょう。終連はこの花に似合いそうなフレーズで締められて絵画的、印象的です。佳作一歩前で。

アフターアワーズ。

たった今思い出したんですが、僕の住む市の花がササリンドウでありました。


@すみっこさん「私に勇気を」 9/10

「他者との関係、そして自己」キャッチコピー的に言うと、こんな感じでしょうか。
「人によって変えない/合わせない」に続く初連によって、この詩は方向づけられた気がしています。自分の自分への信頼が少し落ちた時、あるいは自分が行き詰ったり、袋小路に陥った時、他者と自分を卑屈に比較することは不幸な気がしてます。文中「ありのままに上を向いていくんだ」からエンディングまでの上昇気運は素晴らしいものがあります。
記念に抜き書きしときます。

「昨日よりも/自分を知っているはずだから」
「この見えない糸を超えて一言の勇気を渡すんだ」 以上、フレーズ大賞。作は佳作。

この詩の書き方憶えておかれるといいと思いますね。似すぎては困るけど。フィーリングですよ、フィーリング。あと、前作に戻るけど、@すみっこさんもすでに中堅。「対象=君」
の擬人システムもそろそろ卒業してもいい頃でしょう。なに、今日、明日の話ではありませんよ。長い目で見て、です。


ロバさん「危うい穴から」 9/8

初めてのかたです。よろしくお願いします。東山魁夷の絵画を連想させるような始まりです。が、次に、貴方に突然、豆腐と胡瓜なますを食べさせる。この急変・落差は一体何だろう? 誰しもそう首をひねることでしょう。しかも3行以降違う方向に向かっています。
3連、また然り。ちょうど3つの別詩がここに会したような。タイトルの出所もどこから来たか不明です。最終「我が身のように見ていた(夜 」はこれで合っていますか?ちょっとミスタッチのような気もしたんですが。読み解くとっかかりがどこにもないので、ちょっとストレスになる作品でした。前作「森に来た人」のほうが、そういう意味では良いように思いました。また書いてみてください。


つづく。
 

ぱらら ばらら るりるらん

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2018年 9月15日(土)15時22分26秒
  雨上がりの朝に登る
しっとりと濡れた林道

ぱららん らんらん
薄紫の小花 散らばって

ばららん らんらん
緑に黄に茶
橙 赤の葉 散らばって

続くこの道 彩って

沢の流れ 潔く
るるら るるら るりるらん

涼風運び
涼風運び
 

夢破れて

 投稿者:ゆき  投稿日:2018年 9月14日(金)17時22分29秒
編集済
  夢破れて帰る道

ため息をつきながら
自分の影を見つめた

小さくなった黒い影は
弱々しく片足を引きずっていた

家に帰るまでは泣くまいと
悔し涙を堪えたつもりでも
じんわりと口の中に入ってくる

どれだけ努力しても
実現できない夢

この挫折感を何度味わっただろう

犠牲にしたものは大きく
もう取り戻せない

これからどうしたら良いのかと
途方にくれる影が泣いていた

もうすぐ陽が暮れる
考える事は沢山あっても
暗闇に一人残されたくなくて
疲れた体を急がせた

暫くは笑えそうもない
何をやっても上手くいかない世の中を
嘆いて暮らすだろう


いつの日かまた新しい夢が出来た時に
この経験が役に立つといい

諦めてしまう事は
本当の挫折になってしまうから

今度は絶対に諦めないと
静かに消えてしまった影に呟いた



 

乾かす

 投稿者:草香メール  投稿日:2018年 9月14日(金)10時54分10秒
  ここはデイサービス
風呂上りのお年寄りが
ーごくらくごくらく
 どっこいしょ
と椅子に座る

ボランティアの私は
ゆっくり話しながら
洗い髪を
首元から乾かす
小さくなった頭を
タオルでやさしくなでながら
少なくなった細い白い髪を
温風や冷風をあて
手櫛を何回もし
ふぁっと仕上げる

手鏡に笑顔をつくっても
 近くで見た焼夷弾を
 怯えた防空壕を
 忘れようとし
 どこへ置いてきたのか
心の深くはそのまま

ー終わりましたよ
肩に手をやると
ゆっくり立ち上がり
えっちらおっちら
歩き始める
 

秋雨が降る

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 9月14日(金)00時21分26秒
編集済
  秋雨が降る
秋雨が降る

煙草を吸いに外へ

指先が淋しがる
唇が恋しがる

秋雨が降る
秋雨が降る

煙草を吹かす煙

秋の夜に雨音に
溶けてゆく煙

秋雨が降る
秋雨が降る

酒が飲みたくなる

赤提灯に誘われて
蛾のように戻る
 

だるまさんがころんだ

 投稿者:鈴鳴すずしろ  投稿日:2018年 9月14日(金)00時19分46秒
  スクランブル交差点の真ん中で
立ち止まって振り向いた
人々は淀むことなく歩き続けていて
歩行者用信号機だけが
私を急かすように明滅していた

駅のホームで
今度はゆっくり振り向いた
スーツの青年は駆け足で階段を登り
パーマのおばちゃんは大笑いの電話
反対のホームの快速電車は
止まることなく走り抜けて行った

黄金色の田んぼを
私は真正面から見つめていた
風の足跡が稲穂を揺らして
私はすかさず叫んだ

だるまさんがころんだ

風が突然ふわりと消えて
置き土産に私の麦わら帽子をほんの少し浮かせた
後には佇む稲穂の群れと
空を舞う秋赤音が残った
止まることの無い一瞬を
私は確かに捕まえたのだ

頬を北風が小さく凪いだ
慌てて振り返ると
風の足跡はいつの間にか田を飛び越えて
山の向こうへ走り去ろうとしていた
 

Kazu.さんへ。

 投稿者:井嶋りゅう  投稿日:2018年 9月13日(木)16時37分52秒
  Kazu.さん、こんにちは。

評をありがとうございました!
まんべんなく丁寧にお読みいただき大変嬉しいです!
母との会話の部分、そして、ラストに持ってきた線香の揺れ。
もう少ししぼって表現できたらよかったなあ、と思いました。
しばらく寝かせてからもう一度とりかかりたいと考えています。
その時はまたお世話になるかもしれません。どうぞよろしくお願い致します。
今回はたまたま連わけなしで書きました。Kazu.さんの評を読んで、そういえば初期の頃、連分けってなんだろう?と思ったことを思い出しました。
そして私は、初期よりだいぶ詩が長くなってしまいました。駄文でないことを願っています。。
短い詩は難しいですね。私にはまだまだだなあ、と感じます。

この度はお忙しい中お読みいただきありがとうございました。
また宜しくお願い致します。
 

kazu.様

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 9月13日(木)01時37分19秒
  「オセロ」に感想をありがとうございます。短い詩が信条ですが、今回はネットやメディアによるバッシングなどの世界を表現したくて、作品にしました。

オセロはあくまでも比喩のモチーフでオセロ自体を表していません。曖昧のなさすぎる、終わりのない戦いも、白黒を付けたがる日常を表したものです。
 

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