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三浦さん

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2018年10月13日(土)19時17分16秒
  評に感想、ご指摘有難うございます。
はい、そうですね。物足りなさは自分でも感じているところです。
もう少し面白みのある作品を心がけて頑張りたいと思います。
 

お礼 三浦さんへ

 投稿者:KIKI-TA  投稿日:2018年10月13日(土)19時06分9秒
  たまたまPCを開いたら三浦様の講評コーナーでした。全く久しぶりに三浦様と会話ができとても楽しかったです。有難うございました。このような内容は、99.9%、諸人のアンテナにはひっかからないものですが心に浮かぶ言葉はこのようなことばかり。趣くままに進めるだけと思っています。
さてMY DEAR、次はいつになるのやら。心身が維持できるのかも危ういですのでお礼の意味を込めて、以下に茶菓子一篇を記して終わります。前記の動機ですから(~うふふふ~)読み流してください。何万年か先の地球、カゲルとキリコという二人のこどもが見る世界のなかの一断片。

(12)
キリコは話した。
「わたしたちは漂う。漂いながらときに集まる。わたしたちは動いて止まない。集まりぶつかりあいながらひろがっていく。ひろがるためには思い切り広い場所がなくてはならない。けれど場所は、わたしたちが動くよりずっと速い速度でひろがり続けている。離れたいのだけれどつながりたいというのがわたしたち。わたしたちをつなぎとめようとするちからが何処から来るのか知りたい」
「わたしたちは夢見ることを赦されている。だから夢を見続けている限り、新しいわたしたちに生まれかわることができる。何処かで出逢いの手を結ぶために必要なの小さなきっかけなのでしょう?それはいまからどれほど先のこと?星屑となったわたしたちの見る夢はいちども消えることがない」
 

誰かの為に

 投稿者:耀子メール  投稿日:2018年10月13日(土)18時43分32秒
  秋風を裂くように
花見川沿いのサイクリングロードを
自転車通学の
高校生が列をなして走っている

10月とともに少し暑さの和らいだ
朝の空気を
少年達の頬が分けて行く
彼らの目は一心に前を見つめている

青春時代が夢なんて
後から思うものなんだ
という歌もあったね
だから今は夢も悩みも
沢山抱えているのだろう

前を一心に見つめている
少年たちの目の奥まで
見通すことは 出来ないから
いいね いいね
若いっていいねって
思ってしまう
いやいや本当にいいね

沢山の悩みや苦しみを
通り過ぎて
今の私の朝は穏やかだ
花見川に沿って
細長く続いている
花見川公園には
クローバーが沢山

四葉のクローバーを探してみよう
私はもう
四葉のクローバーは探さなくいいけど
探してみよう
私の為でなく
誰かの為に

秋の朝の空気を
沢山吸いこんで
私は 四葉のクローバーを探し始めた

 

感想と評② 10/5~10/8 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年10月13日(土)18時16分33秒
編集済
  ひなのさん「クロアゲハ」 10/7

皆伝者さんなので感想のみを。
この詩、ちょっと驚きました。今まで自己の内面を少し傾いて書いた詩、憂いの詩はあったのですが、こういうのは珍しい。フィクションとして書かれたことはまず間違いないでしょう。一点だけ言うと4連「チェリーを食んだ」。「食む」(=はむ 食べるの意)の変化形ですが、用例としては「牛が牧草を食む」とか「加賀で100万石を食む」くらいで、現代人は「食べる」の意味ではあまり使われてません。どちらかというと古語的です。古典に親しむひなのさんらしいですが、ここは無難に「チェリーを口に含んだ」とか考えた方がいいでしょう。ついでに前連の「ルージュ」と絡めて色彩表現しても艶っぽいかもしれない。傾いてダカダンスのようなフレーバーもあるんですが、この人、案外こういう世界に入ってまだ日が浅そう、そんな初心(うぶ)さと葛藤も行間から匂ってくる気がしました。終わり3連がものすごく素晴らしい。特に2連は抜き書きしてフレーズ大賞と致します。なかなかこうは書けないものです。

そこに生きる
人の昏さが
空をむしばんで

この街の月は
いつも欠けている


沢口リリキさん「ノイズ」 10/7

こちらも皆伝者さんなので感想を。それにしてもひなのさん・リリキさん、どちらも異色作の投稿でした。遺伝子操作、組み換えによって、思い通りの人間を誕生させる。文中「全能の神でも~」とある通り、神をも恐れぬ所業と言っていいでしょう。これは純粋な科学進歩とは違う。人倫への挑戦のような気がします。この詩も警鐘的な色合いを持ち、それは「アンドロイドは~」以降最後までに顕著です。そのような危惧を「ノイズ」という音方面に引っ張っていったのがこの詩の個性でありユニークだと感じています。なるほど、デザイナーズ・チャイルドの体内でテクノロジーと血肉的な人間性がせめぎ合って、軋むような不気味な音を発するかもしれません。まあ、こういう子供が闊歩する時代には僕たちはごっそりいなくなってるでしょうが。
この詩でもうひとつおもしろいと思ったのは、体言止めの多用です。僕も体言止めが割と好きで使いますが、頻度とポジションには気を使います。使った後の行は“フレーズを流す”とかですね。これは多いですよねえ。ちょっとブツ切れ感がありますね。そこはそれ、テクニシャンのリリキさんのことですから、多用することによって冷徹感を醸し出したかったのかもしれません。そのあたりは皆伝者レベルでは好みの問題に入っていきますね。

アフターアワーズ。

ディックの「アンドロイドは~」はSF小説の古典にして現在も定番中の定番。
昔のカバーは牧歌的でしたが、?版目から以降、不気味なカバーになりましたね。


埼玉のさっちゃんさん「光が導く道標」 10/7

初めてのかたなので感想を書きます。まずはペンネームから。僕は公私共に埼玉にはお世話になった人間であります。(今もです)新宿に負けないくらいの都市機能あり、いっぽうで田園風景が美しい。
さて、作品です。文中「私の住む街に」とあります。これも埼玉の何処かの街であってほしい。自分が生まれた、そして住んでいる街の再発見。いつもと違う角度、違う視点で見たのでしょうか?無条件の喜びで満たされているようです。深い言葉はありませんが、普段着の言葉で素直に記されているところは誰しも共感するでしょう。「舞台袖で出番」のくだりはシャレていて、心地よい変化にもなっていますね。日向性を持っての新登場です。


埼玉のさっちゃんさん「優しさに触れて」 10/7

もう一作。こちらは短めです。一点だけ書くと「真心(本当)」の部分です。(  )を使う場合の僕の認識では…

「単語A(単語B)」①…Aを個性的に読ませたい、作者の意図通り読ませたい場合のルビ。
          ②…外国語表記など。

そして、どちらかというと、「A(B)」=「A≧B」のようなイメージです。
こちらのケースだと、その使用真意がよくわからない気がします。

最初から細かいことを書いてすみません。ところで、この詩の読みどころは「ほら」以降のような気がします。読み手はこのあたりをもっと読みたいと願うものです。そうすると、この分量ではおのずと制約が生じます。このあたりはもう少し量を使って掘り下げたい。
全体的印象としては、美しい物を素直に、疑うことも無く書ける良さがありそうです。
そのあたりを読んでみたい、かつ、連分け等も読んでみたい、そういう意味でまた書いてみてください。


ともりんさん「ムーンライトディーヴァ」 10/7

ジャズファンを自認する僕としては、“ ”の歌詞部分、既存スタンダード曲の歌詞かと思い、いろいろ探してみたんですが見当たりませんでした。後になって、引用がないところをみると、これはともりんさんオリジナルと思うようになりました。もしスタンダードなら、僕の面目まるつぶれなんですが、そんな面目はどうでもいいことです。オリジナルとして話を進めましょう。けっこうストレートなラブソングが多い中にあって、“この詩の中でシンガーが歌う歌詞“はウイットに富み、ひとひねりあり、けれども理にかなっている気がするわけです。詩の中にまた詩があるようで、試みとしても面白いのです。
「彼女は泣かない女ではない/しかしステージではそれは許されない」
おっしゃる通りです。特にプロは…。このあたりに、このシンガーの事情がありそうです。意味深いものがあります。ライブがはねて、外では―この曲、この詩にふさわしく月の描写で締めくくられます。月だけが彼女の心情を汲み取るかのようです。この詩の制作動機は実際のライブかなにかで触発されたのかもしれない。そんな気がしますね。佳作です。


山田睦夫 ハンドルネーム むつちゃんさん「半世紀の人々」 10/8

初めてのかたです。今回は感想のみで。まずは年表的感覚をもって読みました。各種情報―たとえば、40数年前自殺、メルボルンオリンピック(1956年 昭和31年)、90代―
を基に、作者の年齢を推測すると、僕と同世代、あるいは2、3歳上のかたと思われます。
いずれにしても、老いの入口にさしかかった時の同窓会とは、本当に感慨深いものがあります。出世した人、そうでない人、すでに鬼籍に入られたかた。それぞれの人生、それぞれの人々の跫音が聞こえてきそうです。前半はそんなエピソードの数々。終わり近くの「私は、誰れに」以降、最後までが、フィナーレを飾るにふさわしい感慨が述べられます。同世代を代表するような深い思いは多くの共感を募るでしょう。最後に書法の件ですが、マスが空きすぎのところが散見されます。空けるか、つめるか、の判断をもう少しすれば、より、かたまり感、タイト感がでると思います。また書いてみてください。


ロバさん「生きていく」 10/8

この老女性は死期が迫っているのか?そうは思えません。タイトルにあるとおり、これもひとつの生の姿であるでしょう。起きている時間、眠っている時間が交錯するように、夢と現実の世界も交錯するかのようです。「過去から来たように」「少女になって」―分かる気がします。少女だった昔が夢の中に現れるのでしょうか?「少しばかりの生命の欠片を吸いながら」このあたりも現実に即しながらも、うまく詩として変換されていると思います。少し気になったのは「96歳の女性」のすぐ前に「死ねないのだ」とあることです。
女性ですから「死ねないの」とか「死ねないよ」が自然でしょう。「行こう」はどこに行きたかったのでしょう?僕の中で謎として残りました。最終部分の「そこし」は何かの誤記でしょうか。確認してみてください。終行は、おそらく、この詩を代表し、隠喩として飾る役割でしょうが、全連との意味の関係性がちょっとわかりませんでした。すみません。
佳作半歩前で。


Risaさん「主人公」 10/8

こちらも初めてのかたです。感想を書きます。短いですが、言い切れてます。読み手側としては二つの場面が想定できます。この短さの中で珍しいことです。そしておもしろい点です。ひとつは実際の恋愛風景。俗に言う「恋のさや当て」といったところでしょう。
ふたつはドラマの中での役者さんの立場?どちらをとっても女性特有の“目線バチバチ感”があって、文中の「君」がハタで見てると、ひくような。そんな勢いを感じました。
この詩だけでは、まだわかりません。また書いてみてください。


評のおわりに。


今回は新登場のかた、復帰のかた、ゲストのかた、常連のかた、常連になりつつあるかた、皆伝者のかた、
など多士済々でありました。分野・モチーフも多岐にわたり、楽しくも力の入った評時間でありました。
ところで急に寒くなってまいりました。体調を崩されませぬよう、では、また。
 

感想と評① 10/5~10/8 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2018年10月13日(土)18時05分12秒
編集済
  西朗さん「月へ捧げたソネット 暖」 10/5

初めてのかたです。今回は感想のみ書きます。9/30付「同タイトル 序」を連作的に受け継ぐような位置付けでしょう。まず「序」を受けての「暖」。このキーワードが、この詩全体にどのように寄与しているかが不明でした。不明と言えば各連が相互に違う方向性を持ち、連絡がないのが気になりました。いわゆる現代詩はこういった傾向もあるんですが、たとえば実利面、読者数や共感度といったものを広げたいとするならば、もう少し、月に寄り添って書いてもいいと思います。そういった観点で言えば、「序」のほうが向いているように思いました。連個々の詩的表現力はなかなかいいものをお持ちのように感じました。ただし、こちらも「序」のほうに、僕の場合は共感度が高いのです。今後の動向を見ましょう。また書いてみてください。


中也さん「心象 その2 ~人は人と出会って生きている」 10/5

これが詩であるかどうか、は、まあ、措いといて。これは中也さんの半生の記のようなものでしょう。本作を理解するには当然「心象その1」が必要になるわけで、読みました。
「大人の都合で翻弄された幼少期」といったところでしょう。自分ではどうすることもできなかった。当然なことです。「1」から「2」への橋渡し的な事情が、端的に言うと「養子」ということでしょう。これが大きなトラウマとなって「2」が描かれてゆきます。
そこで感得されることは、最大限折り合いをつけながら“上手に丁寧に”生きてきた感じは読み取れるんですよ。なるほど、不良になった、裏表を持つようになった。しかし、ここは“自分なりに生きてゆく術を体得した”と解したい。勉強も必死でやったわけですしね。やっぱり見る人は見ている。先生というのは、ある程度学力が行ってないと、そういう声はかけないものです。あなたの深い部分にある何かを見ていたのでしょう。そういう人に出会えたことは人生の喜びであり幸福と言えるでしょう。ちょとしたきっかけだけなのにね。そのきっかけを幸運とか運命と置き換えることも可能でしょう。かくして、この詩は実タイトルに還元してゆくのでした。久し振りでもあり、作品の性格も加味して、評価は外しておきましょう。

アフターアワーズ。

祝福と感謝を。
前者は、困難を克服しながら復帰されたことをお喜び申し上げます。あせって書く必要は全然ありません。ふと何かに気づいた時、自然と何かが湧きあがろうとした時、そんな時間をマイペースで掬い取って頂ければ、と思っています。
後者は、本作が僕の既存作に関わる重大なヒントを示唆してくれたことです。僕はそれに基づき、再考・修正を加えるでしょう。具体的に書くのは無粋になりますので、ここまでで。ただ、ありがとうございます、をお伝えしておきたいと思いました。


草香さん「ヤブガラシ」 10/5

今までの果物もそうでしたが、こういう植物に焦点を当て書いてしまうところが草香さんであります。「へいっちゃら」「ここまでおいで」―このあたり難敵の小面憎さがよく出ていて、むしろユーモアに行ってます(失礼しました)。さほど詳しくは調べなかったんですが、2連にある通り、秋~冬は沈静化するのかな?まあ、雑草一般がそうですが。3連にある通り、そして最後の2行にある通り、本格的対決は夏ですね。根から絶たなきゃだめで、しかもそれが長いときているからやっかいなものです。ウチも家の周りを定期的に草刈りしないとダメなんですが。除草剤なんか利きませんね。けれど、ヤブガラシは殆ど見ないんです。あんまり評になってないですね。すいません。「祈願!根絶的佳作」を。


アフターアワーズ。

このタイトルを見て、まず思い出したのは、西脇順三郎の決定的名連作詩「旅人かえらず」です。第5章に「やぶがらし」と、たった一行だけ出てきます。ア、それだけなんですけど。


KIKI-TAさん「ある力学Ⅵ (ある加速)」 10/5

理系的思考能力並びに理系的思考努力をほとんど持たない僕にとっては、恐れおののく作品ではありました。近づくポルシェ。それに乗っているのが未来の自分。「わたしである彼」が示すように、この詩を代表するイリュージョンです。おもしろいです。少し腑に落ちないのは「老翁が言っていた言葉」です。そのことは触れられていない。おそらくこれは連作なので他の章に登場した人のことではないか?パーツで読む読み手はちょっと戸惑いそうです。それと「アクセルのない自動車のアクセルを踏む」を、どう遇すればいいのか判断に迷いました。それ以降は僕にとっては、摩訶不思議な理系世界が光彩のごとく広がり、なす術を持たないミウラでありました(笑)。


KIKI-TAさん「ある力学Ⅲ (酸素について)」 10/5

はい、こちらは全体理解ができました。「空気・酸素があって当たり前!」で行ってしまう人間にはこういう詩は書けないのです。その根源を、こちらはむしろ文系的に詩的に説いています。そう、人の誕生と同時に酸素はたちまちやって来て、よってたかってサポートしてくれる。そういう感覚が横溢していておもしろいのです。「地球との約束」「手配してくれた」といった言葉感覚がこの詩において新鮮です。「吸って吐いてがひとつの未来」の捉え方も普遍を手放すことなく詩になっていますね。何といっても、この詩の極め付けの華は「あのひとは酸素をあげると言った」でしょう。詩といわず小説といわず、文学が出発するひとつの精華であるでしょう。

アフターアワーズ。

僕にとってゲストプレイヤーといった感覚ですので、評は控えましょう。これは以前にも書いたかもしれませんが、その昔、ここへKIKI―TAさん登場の頃、詩人会の集いで、たまたま井嶋りゅうさんと会った時「KIKI-TAさんっていいね」と話し合ったのを、今でも鮮明に憶えております。


本田明美さん「桃」 10/6

初めてのかたなので感想を。まず構成上のことを。結論から書くと、6行目と7行目の間で1行抜いて、連分けしたほうがいいように思います。前半は「私=桃」後半は「私=私(人間)」と、僕は読めたからです。指摘はそれだけ。いいと思います。初々しくフレッシュな印象があります。奇を衒わず素直な書きぶりです。女性らしさがうまく桃に託されました。この種のことはテクニックではなく人格に属するもののように思われます。また書いてみてください。

アフターアワーズ。

およそフルーツは女性に隠喩されることが多いですが、とりわけ桃~ピーチはその代表か?旬が短く扱いはデリケートがいいです。さながら女性に接するように(?)でしょう。
東日本の大産地は山梨ついで福島。西日本では岡山、和歌山、大阪府。それぞれ豊饒な産地を持っています。「水蜜」という言葉もどこか艶やかで詩的ですね。


かすみ じゅんさん「それでも僕は、雨が好き」 10/6

タイトルが、なんかいいんですよネ~。「うん、そうだネ」って思わず言っちゃいそうな。
初連でスパッと状況設定出来てます。全く無駄がないですね。
「積もらせた埃」「汚れた心 清める」「流す涙 隠すため」は「事物→心情・抒情」へと
移りゆくさまがとてもきれいです。特に3番目は“粋”とも言っていい感覚でした。
さて、本作品から少し離れて今後のことを。作風としてちょっとおとなしくて損をしそうな気もするんですよ。奇を衒うとか、ふてぶてしく、とかではなく、標語的に言えば、
「少しのインパクト」「少しのひとひねり」「軽く冒険」といったニュアンスでしょうか?
なに、今日明日の話ではありません。長い目です。そんな期待値込めて佳作一歩前で。


@すみっこさん「秋の西陽」 10/7

前回はワンコの詩で、書きぶりのゲージを(意図して?)下げましたが、今回はスタンダードポイント、そんな感触があります。それと季節のピッタリ感ですね。これを書いてる今この時は涼しくて夕方でいい感じ(ア、どうでもいいな)。
夕暮れ時ではありますが、まだ光は充分届いていて、物みな美しく輝く時間帯、その一瞬を切り取って極めて映像的です。次に来るのは不変を見せる光景にくらべ、それを見る私たち人間のなんという寄るべなさ!景色から思考へと移っていきますね。その呼吸も印象的です。一点だけ言うと2連目「人々を魅了する」ここだけ散文的で俗っぽい気がしました。あとはOK。最後の「ばかり」に触れます。この言葉の含む淋しさ・切なさは、キマリ過ぎるほどのキマリ。言葉フェチの僕を激しく動かします。冒頭書いたことを加味して「@すみっこ的マイルストーン的佳作」であります。

アフターアワーズ。

「ばかり」小論。ある楽曲の歌詞でこれが出てきて、非常に新鮮な響きを感じて注目したことがありました。これは個人的フィーリングですが、ニュアンスが二通りあって…

A…「many~all」 B…「little」

Aで使うと「陽気、賑やか」 Bで使うと「淋しさ、余情」そんな気はしますね。



つづく。
 

秋の口元 見てみれば

 投稿者:かすみ じゅんメール  投稿日:2018年10月13日(土)11時11分54秒
編集済
  衣替え もう過ぎて
柿の実 ぽっ と 色付いて
毬栗 ぱっ と 咲くように 開いて 開いて

夏はもう殆ど 呑み込まれてしまった
残された尻尾だけが ジタバタしてる
一回り大きな魚 秋の口元で

全て平らげられて
頭と 刺々しい骨と 尻尾だけの姿になり
ぷっ と 吐き出されてしまったら 漸く

夏も終わりに
過ぎ去った季節に

変えることが出来そう
僕のなかで
 

砂で汚れたパンダ

 投稿者:伊月あかね  投稿日:2018年10月12日(金)22時00分27秒
  命を知らない遊具
錆びついたブランコ
砂で汚れたパンダ
闇の面影を残した朝日が
あまりにも静寂な公園を照らし出す
そして影が生まれる
それはもう命を宿した無機物
目の前の道路で起こった交通事故
こども達が身を持って教えてくれる
命の尊さ
あの子もその子もどの子も
みんな大きくなって次第にいなくなる
さみしいよ
また遊びにきてね
すっかり汚れた遊具
その命は綺麗なまま
太陽と共にしずんでいく
 

み菓子

 投稿者:草香メール  投稿日:2018年10月12日(金)21時12分43秒
  わたしは大きな梨
厳かな茶席に
四方盆にのって
客の前をゆっくり通り
正客の前に置かれた

床の軸は<日日是好日>
青銅の花器には<秋明菊>
湯音ささめくなかで
着物の客たちは
悠と茶を飲んでいる

菓子に見立てられ
食べられることもなく
ため息も許されない
ただ細る思い
同じ席でじっと待つ

客が退席しても
最後まで残り
自分が果物であることを
すっかり忘れて
役目を果たす
 

島秀生様

 投稿者:夏生  投稿日:2018年10月12日(金)18時00分43秒
  返信遅くなりまして、失礼致しました。

拙作「夜長月」に秀作との評をくださいまして、ありがとうございます!
細部までお読みくださり、評価くださり、ありがとうございます。大きな励みなりました。

ご指摘頂き、まだまだ推敲、改善を繰りかえして、詩作しなければと改めて思いました。
これからも精進致します。



 

記憶の断片

 投稿者:メール  投稿日:2018年10月12日(金)16時40分54秒
  時計ばかりを見つめていた
何もかも忘れるために
時が経てば忘れられると思っていた
あなたに会うまでは

雑踏の中
雑音の中
独りぼっちを意識させられて
世の中を憎んだ
自分を憎んだ
こころが軋んでいく音がした

急に外に出たくなって
窓を突き破った
うるせえよわかってるよ
そんな事を思いながら
自由と不自由の間に挟まれて浮かんで世界に溺れた
私は一人だ

鏡ばかりを見つめていた
世界がどのように映るのか知りたくて
不細工な自分に美しい背景
思わず嗤ってしまった

暗闇の中閉じ籠って
涙を流したあの日
あの目にもこの目にも
見られたくなくて
でも気づいてほしくて

全てが正しい訳じゃない
全てが間違ってる訳じゃない
この世が全て平等だったら
こんな面白い人生はなかっただろう

急に外に出たくなって
空を突き破った
あの声もこの声も
聞こえない気がして
眼を瞑って胸に手をあて
耳を澄ました
なにひとつ聞こえなかった
私は自由だ
馬鹿みたいに自由だった
 

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