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感想と評③ 3/8~3/11 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2019年 3月16日(土)09時52分31秒
編集済
  レノンさん「口紅~春のオレンジ~」 3/10

前回、図書館でなかなかレアな場面を見せてくれましたが、今回もひとひねりあるシチュエーションです。都合よく(?)仲間が揃わず、二人で出掛けた場所は化粧品売り場でしょうね。口紅の品定め。こういう場所はよほど二人デキてないと、男は居心地悪く、ぎこちなく、そわそわするものです。ましてや、まだ少し“距離”がある。こういう場合は女性のほうが物怖じしない。そのあたりの事情、男の心理も良く書けていますね。うまいもんです。「色をのせた唇の向こうに/見えてしまったきみの気持ち」―相手の心も含みながらヴィジュアルを見事に捉えたこのフレーズこそ詩的です。同時にこの詩を代表するものでしょう。最後の「心おぼえ」もよく考えましたね。珍しくもあり新鮮でもあります。
進路も決まり卒業し、束の間のフリータイム。「きみ」との事も少しいい感じ。十八歳、この女性の春は今始まったばかり。佳作です。

アフターアワーズ。

塗ったこともなければ知識もない評者は、口紅と言えばピンクと相場が決まっているものと思っておりましたが、オレンジもあるんですね。オレンジがかったピンクということでしょうかね。いや、勉強になりました。(その歳で勉強して、どうする!?)


草香さん「あすなろの樹」 3/10

この詩はあすなろの樹にまつわる文学的修辞を下敷きにしていることがわかります。

「あすは(檜・ヒノキ)になろう」=「あすなろ」
これには表裏の解釈があって、表は向上心。裏はどうあがいてもなれない悲哀と愚か。

……だそうです。そして、この詩の2連には上記の事情が鮮明に刷り込まれているようです。ところで、前記を踏まえて、この詩について僕は3つの問題を考えたいと思います。

① 主人公の「わたし」は本物の樹で擬人化しているのか?
② 主人公の「わたし」は生身の人間で自分を樹になぞらえているのか?

これらはさしたる問題ではありません。どちらで読んでも、まずまず解釈が取れるからです。重要なのは…

③ この詩は上記「表裏」のどちらを問題にしているか?草香さんはどういう答えを用意しているか?僕は両者については答えを出しているとは思えません。そうではなくて、新しい第三の答えを提示しているように思えるのです。独白風に書きます。

「わたしは檜になんかならなくていい。そもそもなれない。なれないからといって泣いたりはしない。あすなろで出来ることを生涯かけて精いっぱいやる」

ぼくは、どうもこんな風に思えるんですがねえ。「与えられた樹を/代えることはできない」「とらわれないで」「真のわたし」―このあたりが、その傍証になりそうです。そうなると終連「揺れない」は「ブレない」と同義感覚で僕は把握しています。もしそうであるならば、草香さんはこの樹にまつわる修辞的問題に新たな地平を開拓したことになりそうです。そうとなれば、これは佳作ですよ。


ケイさん「平成最後 桜 好きな人 誘い方」 3/10

チコちゃんならぬケイさんに叱られたくて、僕もこの三つのキーワードを実際に検索してみました。
まあ、あの手この手でいろいろ出るわけです。単に知識、情報という面では便利な世の中ですが、行動する前の予備知識にはなり得ても、それで体験した気分になるには無理がある。やはりバーチャルな疑似体験でしかない。実感が得られないということでしょう。ここに書かれていることは全て正論です。2連にボリュームを持たせて、戸外の気持ちのよい風景が差し出されました。「ボーッと生きてんじゃなくて、外へ出てリアルなありさまを拾ってみろよ」。そんな雰囲気で文体としてラフな語りかけを採用したのは、かえってメッセージ性が押し出されてうまいチョイスでした。ユーモアも仄見えるかのようです。終連はそれぞれキーワードを回収しながら、オチ的な要素も含んでいます。佳作一歩前で。


メロンパン大行進さん「春のいのち」 3/11

「春は色」色から入ったところが目を引きます。2連では「急がせる」という感覚が興味深い。そして3連にある「春の短い生命」。これらをキーワードとして拾ってみました。
たとえば2連「待つことを知り、急がせる」これはなかなか含蓄ある表現なんです。ここの部分をもっと知りたい、語ってもらいたい。そんな気分です。そして3連。春は今始まったばかりですが、「短い生命」と予兆されている点、ユニークなんです。やや余談になりますが、それに絡めて、僕は詩を初めて以来「春はいつ終わるんだろ?」という疑問が慢性の病のようにあるんです。夏や冬の終わりに比べて、どうもおぼろげで地味な気もしているのです。以上、挙げたキーワードをもう少し膨らませたイメージとして詩中に定着させると、この詩はボリュームも出て、あまたある春の詩の中でメロンパン大行進さんならではの作品に仕上がると思うんですよ。佳作二歩前で。


ともりんさん「春光」 3/11

これは佳作です。ただ、ちょっと注文があって、これは連分けせず散文詩形態にしたほうが絶対(かどうかはわかりませんが)いいように思います。散文詩形態もアレンジして両方持っておくことをお勧めします。ここにある思考と詩に至る経緯は震災と本の出会いが重なった点です。この二つを契機として、ともりんさんの中でいろいろな命題が交錯したことでしょう。少し視野を広く取ると、あの震災以来詩の世界でも「震災と詩・詩人はいかに関わるか?」のような様々な議論が詩雑誌上で成されました。それらを踏まえて言葉という形で実践に移された方々に、たとえば和合亮一氏あり、そして我らが「MY DEAR」にくれ氏あり、です。そしてともりんさん、和合氏、くれ氏の到達する境地はおそらく等しいはずです。この詩に書かれている通り―

「そうだ、生きなくては」「生きよう、何があっても」

非常に単純ではありますが、真理とは、えてして単純なものであるでしょう。それだけに人間に与えられた重い命題であります。パステルナークの言葉によってこの命題はさらに形を与えられたのでしょう。「自己から撤退せず/それでも生きて生きて」―いい言葉ですよね。「アウシュビッツ以来、詩を書くことは―」という言葉がありますが、「あの震災以来、詩を書くことは―」も成立しそうです。時代の目印として、その影響力は今も続いています。

アフターアワーズ。

パステルナークが「ドクトル・ジバゴ」の作者であり、国家によりノーベル文学賞を辞退させられたことを初めて知りました。ありがとうございました。


葦さん「魂の重さ」 3/11 初

初めてのかたです。よろしくお願いします。本日初日は感想を書きましょう。
最初から恐縮ですが「気の気きのまま」は何かの打ちミスでしょう。「気の向くまま」?
おそらくドブ川の流れの中に雲が映ったのでしょう。この間接的情景に詩性が静かに生まれているのを感じました。動きも感じられる。

「誰もいない空で」

独立して書いたのは、最も新鮮に感じた言葉だからです。飛行機が飛んでいたからと言って、人がいたとはあまり思わない。基本、空には誰もいないのが当たり前なんですが、こうして詩の言葉として位置すると独特の磁場というか、光明を放つものなのでしょう。
タイトルの「重さ」と「消えてしまう」。この重量感の対比も鮮やかでした。興味深い書き手さんかもしれない。もう少し長めのも読んでみたいので、また書いてみてください。




評のおわりに。


① 今も影響力のある惨事の代表として、僕の場合、東日本大震災と日航123便墜落事故をどうしてもイメージしてしまいます。(他の出来事が軽いという意味ではありません)今後も意識され考えていくことでしょう。

② 作品に「あすなろ」が出たところで「あすなろ物語」の井上靖です。「文豪」と言ってもいい人物ですが、最初は詩人であったという事実は意外と地味なようです。
確か関西詩人との交流が篤く、杉山平一らと写真に収まっていたのを見た記憶があります。このあたりの事情は島氏の方がお詳しいので、僕はこの辺で…。
散文詩が殆どで、どこか普通の詩とは別物といった印象があります。独自性でしょうね。ある解説書の文を引用したいと思います。「小説家でない専門の詩人と比較しても決して寡作ではない」(日本詩人全集33 昭和詩集① 新潮社 絶版) では、また。

 

感想と評② 3/8~3/11 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2019年 3月16日(土)09時42分37秒
編集済
  ひらさかさん「あの人は美しいと言った」 3/9 新

初めてのかたです。お願いします。今回は感想のみを書かせて頂きます。
この詩は比較的パターン化した形態を取っています。詩や歌詞の世界で割とあるんですが、あるテーマを掲げて、それに沿った人・物・現象などを事例として構成していくものです。
そういう詩はその事例がいかに魅力的であるか、にかかっています。この詩はどうか?という話なんです。で、詩の場合、一風変わったもの、ひとひねりあるものが喜ばれるようです。僕がいいな、と思ったのをキーワードだけピックアップしたいと思います。

「道路」「マンホールの蓋」「日差し」「映画の座席」「うなじの汗」「足首」「薬品の匂い」「煙草」「球根」

けっこうありますよね。どうでしたか?作者さんの好みと合ったでしょうか?
総じて言えることは、まるで人や事物の一瞬間を切り取った写真展を見ているような気分に浸ることができましたね。そして最後に言っておきたいことがあります。こちらのほうが大事かもしれない。それら対象の向こうに作者さんはその人を造形したかったのかもしれない。そしてこういう対象を見て「美しい」と言っていた「あの人」のことを、その心根のことを、作者さんが「美しい」と思っているに違いないことを…。


ひらさかさん「人の形のまま彼岸を渡るあなたへ」 3/9

当然と言えば当然ですが、ここに出てくる登場人物に非常に興味がありました。つまり「あなたと私」です。
「あなた」から行きます。「軍歌を歌う姿」から想像すると戦中派。現在だとすると90~95歳くらいでしょうか。特定の病気というよりは、老衰で木が朽ちていくように最期を迎えようとしている?以前の様子は「私」によって語られます。
「私」は親族か、あるいは老人ホームか終末医療施設の看護師さん。語りかけが、ややよそいき風であらたまったところがあるので、むしろ後者の気がしないでもない。いずれにしても、この人は長い時間を篤実にお世話したようです。この人の「あなた」への思い、行い、語りかけは人間愛に満ちたものです。この人の人格と場の情景が滲み出るようで、ちょっと涙なくしては読めない詩でありました。この詩により、人が亡くなるとはこういうことなのだ、という思いがあります。また書いてみてください。

PS “人が書ける”作者さんだと思います。2作ともタイトルは文中からピックアップしていますが、良い悪い、出来不出来ではなく、癖のようなものかもしれませんが、フレーズが比較的長めなので、タイトルも長いと少し重たくなるかもしれません。たまに単語二文字とか「~して」のようにショートで流したり、タイトル工夫の余地もありそうです。


小林大鬼さん「雨の土浦」 3/9

前作から再び叙景に戻った作品です。タイトルイメージと初連によって、すでに概観的な叙景があります。次に来る「亀城(きじょう)=土浦城」により、具体化が成されました。具体的土地名が登場するのは、多少好き嫌いが出るようですが、僕は推奨したい。自分でも出すほうですし。割と城マニアの僕は調べて勉強させて頂きました。城~神社~蔵とくれば、自然と散歩の方向性も与えられるというものです。後は大鬼さんの案内に従って城下町の風情をそぞろ歩けばいいでしょう。4連こそが表現の宝庫と言えそうです。「客」「珈琲」「本」に係る形容はどれも選び抜かれて魅力的です。5連の「歴史を忍ぶ」は「偲ぶ」でしょうね。終連、自分の行動を「流れてゆく」としたのも趣深いです。
文中に「渋い」とありますが、その言葉通り、しっとりと落ち着いて渋い詩に仕上がりました。薄闇の中に微光が差し込んで来るようなイメージがあります。これぞ“大人の叙景詩”と言うべきでしょう。もちろん佳作ですね。


埼玉のさっちゃんさん「引き際」 3/9

身近な例で言うと、芸能界あるいはスポーツ界。僕はこういう方面に疎いのですが、最近、引退や活動休止あるいは解散のようなものが多いのでしょうか。あるいは、職場や趣味の会などの構成員の進退なども入るでしょうか。主旨として、これは「引き留め=慰留」の詩ですが、2連「だったら、少し充電期間を置けば?」―いわゆる譲歩案ですね。詩というオブラートに包みながらも、けっこう食い下がって思いを伝えているのがおもしろい(=興味深い)のです。終連は切望といったところでしょうか。相手は男性のようです。
それにしても、このような説得する場面~心情の詩は、あまり例を見ず、貴重かもしれないですよ。文体もだいぶ大人びてきた感じです。甘め佳作を。引き続き書いてみてください。


ロンタローさん「LiveLess(ライヴレス)」 3/9

タイトルの英単語は僕の辞書には載ってませんでした。(安くて、ろくでもない辞書かもしれない)文脈からの推測としては「ライヴがなくなった、しなくなった」の意を込めた和製英語か造語か、ということです。
初連の「春」は青春。「散った桜の花びら」は遠く離れてしまったもの。ここでは若さの最盛期のようなもの。そんな隠喩でしょうか。2連はそれを受けての回想。ミニタイトルを付けるならば―陳腐だけど―「夢中だったあの頃」。ここまでは誰にでも、どんなケースでも当てはまる一般性で綴られています。3連目から個別性が提示されます。ひとつの場所、ひとつの部屋。登場するアイテムからすると、ここで音楽の練習やライブが行われたのでしょうか?ここはみんなが共通の想い出の場所。けれどもう昔、そして今。ただ懐かしく語り合うだけ。あの時間は退きもしないし進みもしない。そんな終連でしょうか?3連以降が最もタイトルと絡むところであり、もう“生きなくなった”時間をも暗示するかのようです。そのセンに沿って情感たっぷりに描かれていて好感が持てます。ただ最後の2行の隠喩はトータルで見ると、ちょっと傾向が違う気がしました。曲調に合ったソロというのはあるはずです。佳作半歩前で。


中也さん「春の訪れ~The feeling of love~」 3/9

中也さんは硬軟書き分ける才のある人ですが、これはけっこう「軟」に振った気が致します。まず女性に仮託して書かれている点を挙げましょう。本文を見ます。まず2連目ですが「私 恋したのかな」―これは随分とベタですねえ。後ろや終連に似たようなフィーリングが出てくるので、そちらに任せて、まだ出だしですから、スバリ書かずに、予兆めいたフィーリングのほうがいいです。「なんなの?この気持ち。心臓がキューッと疼くような、いても立ってもいられないような切なさ、体の奥から突き上げるような何かって?」みたいな、まあ、ジワジワ感、遠回し感ですね。逆に後半。「私」が桜のつぼみ~きれいな花びらに例えて語りかける部分はいいですねえ。うまいんですよ。まとめとして書いておきたいことがあります。僕も経験あるんですが、こういうのを書く時、照れや恥ずかしさは一切捨てることです。邪魔になります。「なり切る」ことです。役者といっしょです。今回それができている、と見ます。「なり切り」で佳作半歩前で。ヘンな褒め方、励まし方ですが、僕は大まじめで重要だと考えています。


つづく。
 

感想と評① 3/8~3/11 ご投稿分

 投稿者:三浦志郎メール  投稿日:2019年 3月16日(土)09時32分22秒
編集済
  シャネンさん「返信」 3/8

この詩には難しい言葉やフレーズはひとつも無く解釈も容易なのですが、この詩の伝える真意となると、首を傾げるものがある気がします。「忘れたい事」=「悩みや苦しみ」を手紙にして送ったのだから、聞いてもらいたい。普通ならば、その返信には励ましや慰めが書かれてしかるべきですが、そうではないという。日常だけが淡々と書かれていた。不思議に思う。あるいは読み手への謎かけかもしれないし、詩がいろいろと想像することを求めているかもしれないです。この返信者は相手に平常心を示唆するために、ことさら些細な日常を綴ったのかもしれません。ひとつ、仮定があるとすれば、4連を「励ましてくれた/慰めてくれた」としたとします。そうすると、この詩はまっとう過ぎるほどまっとう過ぎておしまい。面白みが少ない―そんな気がするのです。そうしなかった処で、違う方向に持っていったシャネンさんは、この作品を詩として立たせているような気がします。う~ん、佳作一歩前で。


伊月あかねさん「万華鏡の杜」 3/8

夢とは、時間が経ってしまうと、はっきりしなかったり辻褄が合わないことが多いんですが、この詩もそういう部分もあったろうと思われますが、そこは想像と修辞で補って、結果、丁寧に美しく書き込まれているのがわかります。大木の雄渾さ、群れる深緑。そこに配するに藤色を以てする。僕はこの色は空と解釈しています。雨のせいか?青空よりも、それは抽象的な空でしょうか。ともかく「深緑=ON、藤色=OFF」のイメージが色彩上のコントラストを成して、非常に映像的なものを感じました。音もありますね。無音の世界だからこそ、耳鳴りは「キーン」という音として、ありありと意識されたことでしょう。
あ、香りもあった!「朝の香りで目が覚める」とは、またシャレて粋な感性ではありませんか。情景が微細に丁寧に書かれて伊月さんはきれいな夢で目覚めた、ということでしょう。佳作を。


中也さん「僕の親友T君は何故死を選んだのか~現代社会に潜む病~」 3/8

今回は前回を受けての展開。まず名前が特定され「1964年4月 小学校入学」とありますから、今も健在ならば60~61歳くらいでしょう。泣き虫で臆病だった幼児が小学生になって、裕福な家庭を思わせる身なり、ワイワイガヤガヤの中にあって、静かに読書するタイプ。かといって、ふさぎこんでいる訳ではない。「僕」と「心が打ち解けて」いきます。
ただ「彼の方から声をかけて来た」と、ことさら書くところをみると、話しかけられてからしゃべるタイプ。誕生日の招待も家庭環境を窺わせます。造形が出来ました。後は「僕」と、どのように触れ合いストーリーが展開していくか、が楽しみですね。名前の件ですが、「吉本」を取ると「Y君」ですが、ここでは「哲男」を取って「(タイトルの)T君」で、ほぼ問題ないです。ただ前作で「ちいちゃん」とあったのは、同一人だとすると、やや違和を感じそう。普通でいくと「てっちゃん」? それとも各回毎の列伝形式?それと、今気づいたのですが、ストーリーが“時代性”を加味するほど長期にわたる場合、あるいは時期を飛ばす場合など、僕は年表を作りました。意外と辻褄合わせに便利でした。参考までに。評価保留継続中です。がんばってください。


なおきちさん「あなたの決めたものになる」 3/8

1/30、2/9、2/16、2/28、と過去作を大急ぎで読んで来ましたが、「どんどん詩になっている」といった感想を持ちました。この作品は言ってしまえば論理なのですが、それを上手に詩のフィールドに連れてきています。詩になっています。まずその典型を僕は初連に見ておきたい。そして、この2行で何を言わんとしているかが、大体掴めるように書かれています。分類法は非常に有効な推進であり解決策として広く認知されております。物、時には人さえその対象になりますが、僕はこれを支持します。なおきちさんも同様です。詩中に「分類が悪いのではなく」と述べる事、はなはだ明快であります。ただ、この詩の説くところは、自らに分類という枷をはめてしまうことの窮屈さ、無意味さ、無発展だと思います。百歩譲って他者が、世界が自分を分類しようとも、自分という「個」においては機に臨んで変に応じたい。そのように自己を律し、自己を信頼し、決定づけてゆく―このような主旨が詩という装置の中で100%書かれ伝えられてゆきます。そして、この主旨に反論する人は100%いないはずです。終連でありタイトルでもあるフレーズは、冗談っぽく言うと「殺し文句」。真面目に言うと、論理性・客観性・詩性のウェルバランス。最初と最後を詩的に締めて、どんどん詩になっていますよ。佳作ですよ。


司 龍之介さん「村越しに」 3/8 新

初めてのかたです。よろしくお願いします。今回は初回。感想のみで失礼します。ペンネーム、まるで腕の立つ剣豪のようでかっこいいですね。
では、作品です。「のぼろ」が何かがよくわかりませんでした。「野襤菊」(のぼろぎく)
という野の花があって先端に吹けば飛ぶような綿毛がありました。これを単に「のぼろ」と言ったのでしょうか?詩の雰囲気から言って、この花のような気がしたんですが…。
詩の背景からして、実際に村に立たれ風景に触れ事物を見聞きして、雄渾な感動が湧きあがってきたのでしょうか。名詞止めや命令形に、その雰囲気を感じる事ができます。
3連目最初の「刺す」は「差す」のほうがいいでしょう。3連は多くの修飾句に飾られた名詞群で終わっていますが、2行・4行だけが突然変異的に、ちょっと突飛な修辞になっているのが不思議ですね。全体は明らかに抒情詩系が感じられるのですが、これらだけは何故か抽象詩傾向になって、ちょっと違和感を覚えました。


司 龍之介さん「ため息」 3/8

こちらは前作とは打って変わった題材でありタッチですね。2作書き分けの妙もありそうです。ただ、ここに見る単品的な取り上げ方(ex 苔・電柱・溝・空・雲・鳥・雀)は前作と一脈通じるものがありそうです。文脈として…

ため息→「私 恋をしているのかしら」→「あの人への手紙を破り捨てようか」

原因~結果を含めて特定事情が順序よく明確に語られ、読み手は心情にまで無事行き着く事が出来ます。特に終連はけっこう多くの人が経験している心の迷い、悩みかもしれません。「はぁぁぁぁ」と小文字にしたあたりも、なかなか配慮が細かいです。また書いてみてください。


時雨日さん「魔法使いになれない君へ」 3/8

本文はタイトルとは違い、魔法の存在、その効力を認めているところがおもしろく、案外、読みどころなのかもしれません。こういうパラドックスも詩の妙味であり、うまく使っているように思うわけです。この詩は前半と後半でちょうど2等分できるので、それをシステムとして考えたいと思います。

前半…フィジカルフィーリング。   後半…メンタルフィーリング。

この詩を読んで、僕は人間の生物としての機能、ならびに精神・思考とは、それこそ「魔法」なのではないか、とあらためて思えたりするのです。そして時雨日さんは後半に重きを置いているように感じ取れるのです。すなわち世界との対し方です。ここでは既存対象への懐疑・抵抗・論駁であるかもしれません。この詩の真意はなかなかわからないので、それは措くとして、人間への強いメッセージ性は感知することができるのです。


つづく。


 

名前をなぞる

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2019年 3月15日(金)19時23分37秒
編集済
  自分の歩いて来た道は
自分の名前が教えてくれる

今は亡き祖父が名付けた
名前と願いに誇りを持て

子供の頃は一字だけ
うまく書けずに面倒で
どんなに名前を占っても
悪い暗示で嫌だった

でも名前の意味を知ってから
すべてが変わった

生まれた場所から今いる場所まで
すべては名前の運命通り
一つの道に精進せよ

名前をなぞれば
過去も未来も見えて来る

現在を生きよ
壁や崖のような今を越えよ

悩むなら苦しいなら
名前を見つめよ

名前の使命に従って
名前通りに生きて行け
 

コトノハノタネを蒔く

 投稿者:ロンタロー  投稿日:2019年 3月15日(金)18時58分7秒
  誰も見向きもしない
見捨てられたような
殺風景な空き地が在る
そんなしがない更地でも
言の葉の種を蒔いてゆけば
いつの日か詩が芽吹くだろうか

何も築けない更地
誰も気づかない更地
そんな取り残されて
忘れ去られたような場所でも
言の葉の種を蒔き散らせば
いつの日か詩が実るだろうか

おそらくは
まるで意味を成さない
不毛な言葉と
無明の言葉だけが
雑草の如く生い茂る
だけかもしれない

それでも
老いていく眼差しを以って
病んでいく眼差しを以って
諦めと抗いの狭間に揺れて
芥子粒の言葉を紡いでいく
それより他なく・・・
 

青島江里 様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2019年 3月15日(金)06時03分13秒
  評をありがとうございます。組み立てが単調というご指摘、今後活かせるようにしていきます。どのようにすごいのか、具体的内容があれば書き手も読み手もイメージを持つことができたなと思いました。
ありがとうございます!
 

道化師鉄仮面の下

 投稿者:ケイメール  投稿日:2019年 3月14日(木)22時09分52秒
  またちょっと
怖くなった
恐怖なんてとっくの昔に
忘れてしまったと思っていたけれど
どうやらそうでもないらしい

自分は相変わらず
怖がりで臆病で
不器用に笑いをとってみせるたびに
作り笑いを指摘する輩が
目の前に現れるのでは無いかと
気が気でない
そう思っていた矢先に
厚顔無恥だと指摘され
道化の仮面は木っ端微塵
自分の手元に残るのは
ひんやり冷たい鉄の仮面

余計な事は喋らない
分かっていても指摘しない
楽しい事は何も無い
泣いてるあの子を
道化の仮面で笑わせたのは
いつだったか
怒っているあの子を
道化の仮面を取り払って
泣かせたのは
いつだったか
はてさて

退屈な日常に
興奮と刺激を与えられる
芸術家たちを
常日頃畏怖し
憧憬している
そんな気持ちも
心の奥深くに仕舞い込んで
社会の歯車として
今もなお
回り続けている
 

ぼんやりとした絶望感と不確かな希望

 投稿者:中也  投稿日:2019年 3月14日(木)18時37分51秒
編集済
  思い出がいっぱいだと
別れるときに悲しくて
でも
思い出がない人生も
さびしいかな

トモダチが多いのは
たのしいけど
別れる回数が増える
そのたびに
泣いちゃうんだよね

いつもSNSで繋がっている
一人で生きている訳でもない
だけど
常にぼんやりとした絶望感が
不条理な暴力に無力な反抗心が
僕を襲ってくるんだ
しかも突然

それなら
いっそ
一人がいいかな
孤独だけど
まだその先に
不確かな希望がぼんやりみえる

いつか一人で旅立つ日が来る
必然的にね
だけど
僕の旅立ちは
この世界から
僕が居なくなるだけだと

それは
世界が変わる訳でも
誰かを悲しませる訳でもないと思う

みんなが眠りにつく時間
僕は一人で外に出るんだ
ここ最近
ウオーキングしてる
その時たまに
ふと
顔を上げるとね
今夜の澄み切った夜空に
小さく咲いた黄色の星々がね
ひとりぼっちの私が居るよって
そう言ってる気がするんだ
ホントだよ

だから
僕は誓ったんだ
星々を見ながらね
もう泣かないって

そして
いつか一人で旅立つ日
とびっきりの笑顔で言うんだ
ひとりぼっちでね

じゃ、またね。って
 

タンポポ戦争

 投稿者:切り子  投稿日:2019年 3月14日(木)13時44分52秒
編集済
  日本タンポポとセイヨウタンポポは
すでに百年余の間
力を競い合う関係が続いている

誰に連れられてか しがみついてか
そこを生息域としていた
 日本タンポポなど目もくれず
同じ最北の原野に根付いた
 セイヨウタンポポ

乾燥した荒廃域を好み
やがて都市近郊に夥しく増殖
日本タンポポは駆逐されるまま
あえなく麓から山肌を攀じ登るようにして
生息の地を求めなければならない

単為生殖という優れ技を携えて
雌蕊は受精せずに繁殖をする
さらに季節を選ばず一年中咲く
 セイヨウタンポポ
春を待って咲く日本タンポポなど
 はじめから敵う筈がなかった

花びらを支える蕚の外片をのけ反る形に咲き誇り
豊かな綿毛になって風をつなぎ
空を霞めるほどの個に散って
気ままであてどない飛行旅

春がまだ浅いころ
蕚の外片が反りかえるかどうか知らないけれど
陽あたりの温もりをつたえようと
黄色に染まって咲いている
タンポポ
 

再生

 投稿者:草香メール  投稿日:2019年 3月13日(水)12時23分18秒
  夜の山寺
ろうそくの灯る下
背を正し 坐る
拍子木が鳴る
静寂が張りつめる

半畳前に
次々と現れる煩悩を
深く吐く息が消していく
わたしを忘れて
香のかおりに浸る

警策が唸る

ばさり!
積み重ねていたものが
音を立てくずれる
霞んでいた目が
一瞬 透明になる

痛みのなかで
捨てられないものを
共に生きていくものを
骨のように拾い
空っぽの心に
形を直して
そっと埋めていく
肩に微風が通りぬける

和尚の歩みが遠のく
うすあかりの本堂
 

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