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kazu.様

 投稿者:ゆき  投稿日:2018年 9月12日(水)10時42分44秒
  おはようございます。今回もご指摘をありがとうございました。仰る通り、タイトルと内容が合っていないようです。気をつけたいと思います。  

kazu 様

 投稿者:ロバ  投稿日:2018年 9月12日(水)02時37分32秒
編集済
  ありがとうございました。仰るとおりです。
何度もやり直そうか、削除しようかと
悩んでいました。

次にまた何かの詩を書きました折、よろしくお願いします。
とてもとても、嬉しい指摘に感謝致します。
 

参道で

 投稿者:草香メール  投稿日:2018年 9月11日(火)22時14分28秒
  身を清めながら
鳥居をいくつも潜り
塀に囲まれた本殿へ向かう
朝の玉砂利に現れた
若いわたし

長い黒髪を束ね
緋袴に白衣 千早まで羽織り
深くお辞儀をして迎え
境内を案内したいと
歩み寄ってくる
 ここの参拝は幸せを願い四拍します
 神様の集まる十九社もお参りください
 神楽殿の大注連縄が替えられたばかりです

慣れていたはずの
赤と白が眩しすぎる
迷いのない顔に見とれ
凛としたことばに押されて
逃げずに立ち向かってきた四十年を
ひとことも話せずに
笑みで応えるだけ

松並木で
いつしか一人きりに
木漏れ日の中のどこにも
だあれもいない
 

だめにならない

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 9月11日(火)20時21分49秒
  歯をくいしばっていないと
どこかに力を込めていないと
だめになる

あなたがいなくなるなんて
幸せになってほしかったのに
あなたの映像があふれてくる
あふれてくるのに後味がなにもない
なにもないということすらない
始点がない
それなのに
訳のわからない空っぽが
迫ってくるのがわかる
迫ってくる?
湧いてくる?
訳のわからない空っぽに支配される

力を込める
実感するために
あなたはいない
私はいるぞ!
噛みしめなきゃ
ちゃんと泣かなきゃ
支配させない
けど
忘れない
付き合っていこう
 

Kazu.様

 投稿者:あさぎメール  投稿日:2018年 9月11日(火)20時21分14秒
  止血の方法、バンソウコウのこと、そして、評をありがとうございます。
宿題もありがとうございます。夏休みの宿題が終わりました。こちらの宿題に取り掛からせていただきます!
 

Kazu.様

 投稿者:鈴鳴すずしろ  投稿日:2018年 9月11日(火)17時20分42秒
  初めまして。Kazu.様、ご感想ありがとうございました。

ご推察の通り、私のペンネームは七草からの由来で御座います。
妙に舌に残る音でしたので、気に入って使っている次第です。

お褒めの言葉、ありがとうございます。
ライトバース、あまり意識して書いたことはありませんでしたが、改めて調べてみるとははぁなるほど、と。
意識した点をしっかり汲み取って頂いて、大変嬉しい限りです。

ご指摘の通り、3連目はもう少し推敲が必要だったかと感じています。
狙いの方は仰る通りの転調、明るい昼間から寂しげな夜への繋ぎだったのですが、もう一段挟むべきだったなと今更ながら思います。

どうぞ今後とも、よろしくお願い致します。
 

置いてきぼり

 投稿者:峰岡名負人メール  投稿日:2018年 9月11日(火)15時45分42秒
  路肩に車を止めて
彼はハンドルに突っ伏した
胸を突かれて それから 言った
泣いてるのかよ? いや わき腹がちょっと痛い
男同士は切ないものだ
肩に手を置くこともできぬ
急いじゃいない 休んでゆこう

彼は不治だと おふくろさんから聞いていた
本人には知らせないが
なおちゃんは知ってて欲しい

知ってて 何かできたか
何もできなかった 感づかれるのを恐れた
ただの 小心者だった
 

9月4日(火)~9月6日(木)ご投稿分の評と感想です。②

 投稿者:Kazu.メール  投稿日:2018年 9月11日(火)11時59分25秒
編集済
  ○三澤新太郎さん「やさしい浪花路」9月4日(火)ご投稿分

三澤さん、こんにちは。
晩夏の一瞬の光景を、静謐な筆致で捉えた、読み応えのある詩です。

突然ですが三澤さん、これは散文詩として、もう一度トライされてはいかがでしょうか?
とは申せ、そも、散文詩とは何ぞや、と問われますと、私も明確にお答えできません。ただ、私たちが(いつも)書く詩とは違った、詩情溢れる文章のいいではあると思っています。そして基本、三澤さんと私は同じ抒情派の同系列に居る者だと思っているのです。

例えば出だし、

目的のカフェを探し歩くうちに
いつのまにか日陰に踏みこんでいたようで
急に肌寒く感じられるビルの谷間

これを私の考える散文詩ならば、

目的のカフェを探し歩いていると
いつの間にか日陰に踏み込んでいたようで
ビルの谷間は急に肌寒く感じられた

と、こんな感じです。
一般の詩形式ですと、3行目の体言止めは有効です。なぜならそれは余韻とリズムを齎してくれるからです。しかし私は、詩情を書くのであれば、無理やり言葉を詰めたり、比喩や修辞を用いることをしないほうが、よりその世界観を表現できるのではないかと、最近、考えます(この頃、特にそう考えるようになりました)。

詩を書くにあたり、私はよく言葉に拘れと申します。「てにをは」一語にまで拘り、言葉の無駄遣いを厭います。しかし三澤さんには、もうそこは無用でしょう。充分言葉を意識して書かれている。であるからこそ、そのレベルを保ったうえで、平叙文的詩(それこそが私の今現在考える散文詩なんですが)を書いて欲しいと思うのです。

そういう観点からすると、3連目は自ずと違った情景になると思うのです。
「秋は決して孤独じゃない/寂しがり屋なだけなのだ」というフレーズは、どこかで詩とはこうあるべき感が頭を過った結果ではないかと思うのです。こんな安易な書き方、三澤さんらしくないですよ。ここにきて、急に普通の詩(連分け形)になってしまいました。

と書きながら、私、ずいぶん勝手なことを言っているなと思っています。
私もまだ散文詩って分からなくて、手探り状態なんだから。
だから三澤さん、一緒に考えてみませんか。
詩情溢れた読み応えのある平叙文の抒情詩と言うものを。

もちろん、今まで通りの詩も有りの上ですけどね。

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○あさぎさん 「くじの結果がわかるまで」9月4日(火)ご投稿分

あさぎさん、こんにちは。

う~む、さてどう言ったものか、これが事実であれば、まず傷ならば水道水でよく洗い、止血しましょう。鼻血ならば鼻梁を親指と中指でしっかり強く摘み、顔を俯けて、指を離しても血が滴らなくなるまで待ちましょう。間違っても上向きに寝てはいけません。上向くと、血液が喉に逆流します。
これ、お医者さんに聞いた実体験なんで、間違いありません。私事ですが、以前私入浴中に鼻血が止まらず、上向きで寝ていたら二時間以上血液が逆流してきて、翌日、耳鼻科に行きました。そうしたら前述のように教えてもらいました。その後、また鼻血が出たときは、10分で止まりました。(え~と、なんの話だったっけ?)

そうそう、詩の話でした。
入浴中、何らかの原因で出血して、タイルの目地に沿って、あみだくじみたいに紆余曲折して排水溝まで達したとしたら、ちょっと危ないですよ。まして「お湯の暖かさ」ということであれば、入浴中だから、血管拡張していて、猶更ヤバイ状況ですからね。お大事に…

じゃなくて、特異な状況にあって、それが「あみだくじ」だと発想して、「当たり!」と思う思考経路は、ちょっとアブナイ人のように思われますが、まあ詩的思考の一つとしては、案外、オイシイ思考かも知れません。だからこれ、あくまでも紙上の思考詩として拝読しますが、最後がやっぱり弱いと思いました。この状況で自虐的思考までしたのですから、最後はもっと、一つも二つも捻ったオトシを仕掛けないと、詩として成立しませんよ。
ここ、宿題です。
(あさぎさんには私からの宿題、多いですね)

蛇足:傷口って以前は消毒してバンソコウなんか貼ったりしましたが、今はとにかく清水で傷口を洗い、止血後はホウタイもバンソコウもせず、ひたすら傷口を乾かすのだそうです。そうすると風にあたって傷が沁みて痛いので、最近は、水は通さないけど通気はするというフィルムを傷口に貼って、そのままにしておく。数日後、フィルムがペラペラしてきても自然に剥がれるまでそのままにしておく。それが一番早く傷が治る方法だそうです。(by my wife)

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○小林大鬼さん 「オセロ」9月5日(水)ご投稿分

小林さん、こんにちは。
今回は四行詩ではありませんでしたね。
この程度の長さの詩の感じ、いかがでしたでしょうか。
自分の想いを言い尽くせましたか?それとも感情を表現することに、抵抗がありましたか?そのあたりを熟考して、今後の詩のスタイルをお決めになるといいと思います。

さて詩ですが、ここではオセロゲームを基底に、日常や世界観に想いを馳せています。
詩題としましては、とてもオイシイものと拝読しました。

2連目に「曖昧のなさすぎる世界」とありました。
例えばトランプゲームのように裏にして配られたカードには、運やツキと言った曖昧さが存在しますが、オセロゲームは将棋のようにすべてオープンなので、そこには曖昧さはありません。あるのは対戦者との実力差だけです。ですから「曖昧さのなさすぎる」と申しましても、元々ないのですから、ここでは無用な言葉だと思いました。

3連目「いつも是が非か」は「是か非か」のミスタッチですので訂正を。

4連目「不条理に白黒決め付ける世界」とありましたが、白黒つけられないから「不条理」なのであって、ここはご一考を。この「白黒」をオセロゲームに掛けているのであれば、その「白黒」は勝負であって、不条理ではありません。

5連目は何を言わんとしているのか、私には不明でした。ここに登場する信号とオセロの関連性が見えませんでした。

終連の「終わりのない戦い」とはなんでしょうか?オセロゲームには勝者と敗者が居て終結します。オセロゲームの語源と言われているシェイクスピアのオセロも、黒人と白人との人種的偏見と嫉妬の入り乱れた戯曲ですが、最後は主人公オセロの自殺で幕となります。

以上、ちょっと詳細に指摘させて頂きましたが、詩に公認の事象を取り入れるのであれば、まず前提としての共通認識を無視してはいけないと思います。でないと、読者は作品の中で迷子になってしまいますから。

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○MAINNさん「笑顔咲かす」・「ユラユラ」9月5日(水)ご投稿分

MAINNさん、こんにちは&初めまして。
Kazu.と申します。よろしくお願い致します。
MAINNさんは初めてのご投稿なので、感想を中心に書かせて頂きます。

さてMAINNさん、ダブル投稿です。
※「笑顔咲かす」
1連目、2連目、オッ、面白いなと思いました。
「正」をもってして「負」を乗り越える。健全な精神のありかたとしては、その通りなのでしょうが、改めて指摘されますと、とても新鮮で説得力がありました。

ただ、3連目にきて、アレレッ?となってしまいました。
1・2連は、特定の「あなた」のことだったのですね。

※「ユラユラ」
1連目、言葉のリフレインがあって、それも意図的でしょう、二か所もあって面白いと思いました。
ただそれ以降が何のことか、分かりませんでした。

二篇を通して感じたことは、詩があまりに内向し過ぎていて、読者の入り込む余地がないということです。詩と言う作品を不特定多数に向けて発信するということは、そこには作者の伝えたい想いがあるからでしょう。しかしあまりに内向した内容では、読者には伝わらないのです。読者は作者の自己満足だけを読まされるだけになってしまいます。もう少し、読者を意識した「伝える詩」と言うものを試行してみてください。

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○ロバさん 「森に来た人」9月5日(水)ご投稿分

ロバさん、こんにちは&初めまして。
Kazu.と申します。よろしくお願い致します。
ロバさんは初めてのお方なので、感想を中心に書かせて頂きます。

一読しまして、抒情性のある詩をお書きの人と思われました。
5連に分かれた詩の単元ごとに、それぞれの心象を謳っているのだろうと思われますが、全体を通しい拝読しますと、題の「森に来た人」とは「君」のことなのでしょうが、その「君」とは誰なのか、そして終連に登場する「通り過ぎてきた人」とは誰なのか、最後まで未消化状態でした。

確かに森の風景を描写していて、3連などに登場する「銀杏」など、映像も美しいですが、この「森に来た人」に託された意図がいまひとつ分かりませんでした。私の理解力不足なのでしょう。
何かを伝えるために、読者に媚びる必要はありません。しかし、作者サイドにも、この詩の主題を知らしめる配慮も必要ではなかったか、そんな風に思われました。

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○万年店長さん 「みち」 9月5日(水)ご投稿分

万年店長さんこんにちは&初めまして。
Kazu.と申します。よろしくお願い致します。
あのペンネームなんですが、万年店長さんとお呼びするのはどこか抵抗があるので、「万年さん」でいいでしょうか?不都合ありましたら、ご連絡下さい。以後、この呼び方に改めますから。

さて万年さん、初めてのお方なので、感想を中心に書かせて頂きます。
その前にゴメンナサイ、教えて下さい。

3連目「みちは、ちかえど」ってどういう意味でしょう。
4連目「そのみちを信じて歩いている/ほしい」の文章的意味。
5連目「みちなみちを」ですが、意味的には「未知な道を」でしょうか?

これらの意味、繋がり等を含めて、ここが分からないことには、万年さんの言わんとしていること、理解できないのです。
これ以上はゴメンナサイ。

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台風の風水害(島さんちの屋根大丈夫でしたか?)、地震の災害、大雨による被害、日本列島中、安心して住めなくなってきました。斯く申す私の所は「東南海地震」が叫ばれてもう40年くらい経ちましょうか、今後30年以内に起こる確率は70%と言われています。するとここで安心バイアスが働いてしまって、「30年後に来る確率は70%」と考えてしまいます。イヤイヤそうじゃなくて、30年以内だから、つまり明日だって30年以内なんですね。
災害は起こらなければ0%、でも起こってしまえば100%゜、30%とか50%の災害なんてないのです。
結論は、最低一週間分の食料と水の確保です。
と言うわけで、最近は備蓄食料更新による日切れのビスケット、乾パンを食す日々です。
 

9月4日(火)~9月6日(木)ご投稿分の評と感想です。①

 投稿者:Kazu.メール  投稿日:2018年 9月11日(火)11時48分8秒
  ※雨音様、お先に失礼します。

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○井嶋りゅうさん 「墓参り」9月4日(火)ご投稿分

りゅうさん、こんにちは。
皆伝者さんからのご投稿です。心して感想を書かせて頂きましょう(腕まくり)。

まずこの季節、私の田舎のお盆は八月です。
今住んでいる浜松市は七月がお盆ですが、私の季節時計は、お盆と言うと八月なんです。もうこちらの生活の方が長いのに、刷り込まれた季節感って、そうそう簡単には代えられないですね。そんな心づもりでこの詩を拝読しました。

さてお作ですが、ここでは時空を隔てた「墓参り」を中心に詩が展開されていきます。一つは故郷の母が実際行ってきた「墓参り」。そしてもう一つは、都会に住む「私」の(仏壇も先祖の遺影もない)線香立てと白檀の線香だけの「(墓)参り」。その共通行為を主題に、母と娘の立ち位置が書かれていて、この時期ならではの「季節詩」です。
事の発端は、故郷の母が墓参りの帰途に、車のフロントガラスでしょうか、大きな蜂がぶつかってきたことにあります。それを吉兆と見る母と、現実を醒めた眼で解釈する娘。この何気ない会話に、母と娘の物理的距離感以上の隔たりと愛情が混在していて、ああ、肉親とはそういうものなのだと、改めて気づかされます。私的には、この蜂と仏さまのお告げとがもう一波乱起こしてもらえたら、楽しいだろうと思ってしまいましたが、やはり季節はお盆、厳粛な気持ちでお迎えするべきだと、反省しました。

詩の後半は「私の隣に居る」母のことが中心となりますが、ここはちょっと控えめにして、「線香の煙」に主題を移した方がベターな気がしました。〆の言葉「線香の煙が遅れて揺れた」という、その遅れに主題を持って行って、それがなぜ「遅れた」のか、そのあたりに詩を展開させたいと思いました。

さて、ここからは詩の形式に言及します。
これはそれの良し悪しではなくて、今回の詩の形式に限ってのこととお思い下さい。
見ての通り、この詩は連分けがありません。「墓に行ってきたよと母が言った」以降全32行、一気に書かれています。これは多分に詩人の基本姿勢にもあると思われますが、私はこの書き方で良かった派です。そのことは反対に、ではなぜ詩人は連分けするのだろうという壮大な疑問にもなってしまうので、そこまでは考えません。ただ、この形式が、連分けがない書き方が、この詩に於いてなんの違和感を持たなかったということにあります。それはこの詩が多分に散文詩的要素があるということなのかも知れません。りゅうさんの詩は、全体的に長いものが多い詩人です。そして散文と冗長は紙一重でもあります。詩と言う短文形式を緊張感を持ちつつ散文的に書くことは、短詩連分けより遥かに体力勝負の形式なのかも知れません。

正直申しますと、最近、私は散文詩というものに興味があって、いろいろ考えることがあります。だからこそ、この連分け無しの書き方に肯定的なのかも知れません。もちろん、だからと言って連分け詩を否定するものでは決してありません。

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○ゆきさん 「落日」9月4日(火)ご投稿分

ゆきさん、こんにちは。

う~ん、ちょっとこの詩、整理してみましょう。
まず題の「落日」
※「落日(らく-じつ)」 沈もうとする太陽。いりひ。落陽「孤城-」(by広辞苑SHARP電子辞書)

1連目「ひんやりとした夜風に」
2連目「夜には鈴虫が鳴いて」
3連目「電気を消した暗闇」
6連目「夕焼けはもの悲しく」
7連目「柔らいだ眼差しの太陽」→「和らいだ陽射しの太陽」の方がいいかな。
8連目「夜の安らぎ」

気付かれましたか?題で「落日」と言いながら、内容的にはほとんど夜の情景を謳っています。
詩では意図的に、題に意表を突くものにすることがありますが、ここではそうではないと思われます。
この詩を書いた動機は「季節が過ぎるのは早すぎて」「カレンダーを捲るのさえ気が重い」ということだったからでしょう。するとその過ぎ行く季節の速度と自分の体内時計とのギャップが詩の中心詩題だから、そこを外しては作者の意図があやふやになってしまいます。夜の情景も落日の物悲しさも、季節の移り変わりのスピード感を表すアイテムとして書かれていなければなりません。今回の詩は、その情景だけを書くことが優先されたしまったように見受けられます。

それから7連目「後ろ髪を引いているようで」ですが、「後ろ髪を引かれるようで」ですね。

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○鈴鳴すずしろさん 「夏の果て」9月4日(火)ご投稿分

鈴鳴すずしろさん、こんにちは&初めまして。
Kazu.と申します。よろしくお願い致します。
またフルペンネームで呼びかけると長くなるので、鈴鳴さんでよろしいでしょうか?
しかし面白いペンネームですね。「春の七草」が思い起こされます。

さて鈴鳴さん、なかなかの書き手と思われました。
ライトバース詩のツボ、心得ていらっしゃる。
1連目、2連目などは、対象の事象を言いながら、連の〆ではキッチリ落としている、なかなかの巧者です。
終連の3行は、この詩に在ってはトーンを変えて締めています。この意図、いいですね。またこのように、この詩は締め括るより手はないでしょうね。

気になったのは3連目の3行。
ここでは1、2連の転調を狙ったのでしょうか?4連にまた5行ライトな詩が出てきますから、私的には疑問がありました。ここはもう一捻りした「夏の果て」を5行で書いて、ラストは3行で受けるというほうが良かったのではと思いました。

いずれにしましても、詩をよく知っていらっしゃる、楽しみなお方です。
ぜひまた書いて見てください。

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○草香さん 「おあいこ」 9月4日(火)ご投稿分

草香さんこんにちは。(前回は一歩さんでしたね)

今回も爽やかな風が通り抜けていくような詩風、これが草香さんなんでしょうね。
嫌味のない、どこかほっとする詩です。

この「あなた」なる人物は、古都を愛し、宇宙を語り、雑草を称える広範なこころの持ち主のご様子。
この連の4行目「あなたは掴めない」ですが、ここは「あなたを掴めない」とした方が、人称がはっきりすると思われます。1連目の「あなたは見えない」はこれでいいと思いますが、2連目ではもう確定された「あなた」なので、ここでは強調の意味を込めて「あなたを」としたいですね。

3連目の「二重ドア」ですが、これはちょっとオーバーな表現に思われます。ドアが二重であれば、これは余程のことでなければ、中に(居る人へ)知らせることは不可能ですよね。

4連目。
 あなたは言う
 あなたと同じ
 隠し上手
ですが、この二つの人代名詞は、やっぱり分かりにくいですね。
最初の「あなた」は二人称の人代名詞ですが、2行目の「あなた」は、相手のあなたが、作者である私に向けて行っている「あなた」なので、だからこそ「おあいこ」なんでしょうが、ここ、ちょっとモヤモヤしますね。
例えばですが
 あなたは言う
 貴方と同じ
 隠し上手
とすれば、2行目の「貴方(あなた)」は作者のことと、すんなり分かりますけどね。
 

島秀生様

 投稿者:小林大鬼  投稿日:2018年 9月11日(火)02時21分51秒
  「天空の湯」に感想ありがとうございます。
筑波山を登った折、泊まった宿の露天風呂を描いたものですが、荒削りな部分は否めないです。
 

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